妹を友人の詮索から守るだけの話⑦
「ッ!?」
シュウから送られて来たメッセージを見た瞬間、俺は驚きで目を見開く。
なんて大胆な策だ。余り気は乗らないが......今はこれに頼るしかない!
じゃあソラにも作戦を――ってもう時間が無い!?
館内でスマホの画面を見るのは、ヒカルに作戦がバレるリスクが高い。
作戦をする上でソラの協力はそこまで要らないし、伝えないまま実行するしか無いか......?
そうこう考えている内、流されるように館内へと入り、そしてマナームービーが始まる。
上映開始までもう少し......ええい、ままよ!
決意した俺は照明が落ち切る直前――手摺に置かれたソラの左手に、右手を重ねた。
「ちょ、兄さん!?」
「......」
狼狽えたソラがこちらを見るが、キリッとした真剣な眼差しで訴える。
ビックリしたと思うけど許しておくれ。これこそが、作戦の要なんだ。
そして始まる映画。
導入のシーンが終わり、いよいよホラーシーンに入る。
と言っても、最初はまあ軽めのジャブみたいなシーンが多い。
その時々に、ピクリと動くソラの手。
それがダイレクトに、重ねた俺の手に伝わる。
よし、行ける。ソラがどのシーンでどれ位驚くのか、手に取るように分かるぞ......!
脳内の妹データベースにアクセス、ソラが驚くであろうポイントを予測。
数十分後には、どのシーン・タイミングでソラが悲鳴を上げてしまいそうか完璧に予想出来るようになっていた。
映画も中盤に入り、ホラー描写も本腰が入る。
ヒト一人居なくなった集落を歩く主人公。
ふと物音がした方向に振り返ると、そこには異形と化した村の住人達が!
「ヒャッ!?」
うっかり声を漏らしてしまうソラ。が
「うわあああぁぁぁ!!!」
それを完全に掻き消すほどの、けたたましいまでの絶叫が映画館に鳴り響いた。
あまりの大声にざわめき立つ館内。
暗いながらも、非難や好奇の目が発生源に注ぎ込まれる。
その視線の先に居たのは――シュウだった。
ああ、ちょっとやり過ぎじゃないですかね、シュウさんや。まあ、効果バッチリだけどさ。
そう、これこそが今回の作戦の要。
ソラが声を上げるであろうタイミングで、俺が空いた右手を頭の上で動かし、それを見たシュウが瞬時に大声を出すと言う荒業だ。
木を隠すなら森の中、悲鳴を隠すなら絶叫の中。
そう考えたシュウの、奇天烈な作戦だった。
そして、ホラーシーンはまだまだ続く。
川の中から無数の腕が!
「ギャアアアァァァ!!!」
逃げる為に乗った車の後部座席から異形が!
「ヌアアアァァァ!!!」
ずっと一緒に居た女の子の正体が、実は異形だった!
「フェアアアァァァ!!!」
だが、ホラーシーンの度に絶叫を発するシュウを見兼ねたのか、スタッフがとうとう動き出す。
そして厳しい言葉を浴びせられた後、シュウは強引に立たされてしまった。
首を回すと、スタッフに両脇を固定されて連れ出されるシュウの背中が、僅かな光に照らされて浮き上がっていた。
そしてシュウが、これまで共に戦ってきた仲間の姿が、暗闇の中に消えてゆく。
胸の内から湧き起こる感情に突き動かされかけたが、俺は右手を握り締めて必死に堪える。
今の俺の役目は、シュウを庇う事じゃない、ソラを護る事だ。
もし動いてしまえば、俺までソラの元から離れてしまう。それは絶対に避けないといけない。
だから、今は耐えるしかないんだ。耐えるしか......無いんだっ......!
くっ、俺は無力だっ! 離れていく仲間を無視する事しか出来ないなんて!
すまんシュウっ、許してくれっ......!
暫く後、後ろからドアの開く音が聞こえて、シュウは本当に館内から連れ出されてしまった。
ありがとうシュウ、お前は立派に務めを果たしたよ。迎えに行くまで、向こうで休んでな。
後の役目は、俺がしっかり引き継ぐぜっ!
......等と覚悟を決めてはみたものの、ホラーシーンは峠を越えたのか、その後はそれほどビックリする展開は無かった。
それに、ソラ寝ちゃってたし。
何か静かだなーとか思って隣見たら、スヤスヤ寝息立てて寝ちゃってたし。か わ い い ぜ・・・
結局、俺は一度も叫ぶ事無く映画を見終える事が出来た。何かゴメン、シュウ。
で、そのシュウと言えば。
「あの、シュウ先生凄い声出されてましたけど、大丈夫ですか?」
「ァ゛ァ゛、大丈夫だよ゛。生徒に心配をかけさせるなんて、俺は駄目な教師だね゛......」
上映終了後。純粋に心配しているヒカルと、うなだれた様子で会話していた。
と言うか、凄く声枯れてるな。さっきの映画で出て来た異形かな?
「そう言えば終盤寝てたな、ソラさんや?」
「うっ......いや、何て言うかさ。ビックリしてる内に疲れちゃったみたいで」
「ほーん......」
「て言うか兄さん。さっきの腹パン案件だと思うんだけど、どうかな?」
ジットリとした妙な笑顔を浮かべ、詰め寄って来るソラさん。
「いや、あれは作戦の為――アイッター!?」
腹パンでは無くデコピンが飛んで来た。
痛みはビンタより下だけど、瞬発的な痛み故に脳内変換出来ない。やるじゃないか我が妹よ。
「げっ、マジかよ......」
と、少し離れた所でスマホを見ていたサキトが苦い顔をする。
「どうしたんだ?」
「すんません、ちょっとウチの事情で、俺帰らないと......」
「え? サキト君大丈夫?」
「いんや、別に心配する程のモンじゃねーよ、ヒカル。ウチのオカンが出掛ける事になって、代わりに俺がメシ作る事になっただけだから」
ほう、サキトは意外と家庭的なのか。
ちょっと意外だ。
「あれ、じゃあ今日はこの辺りでお開きか?」
「そんなトコすかねー。もうここで解散って形で」
「分かった。お疲れさん」
手を振り合って、俺はソラ達と分かれる。
俺以外の皆は電車で帰るらしい。
何度も思うけど、ホントに地球と変わらんな。
変な世界......いや、ある意味変じゃないのか? まあいいや。
「さて、と。俺達も帰るか。――ってアリスは?」
「お嬢様ならお手洗いに行っていますが」
「そうか。真耶は......随分と楽しめたみたいだな」
「ええ、素晴らしいひと時でした」
そう話す真耶は上映中の様子を思い出しているのか、腹黒そうな笑い声を時折漏らす。
あ、これ映画の内容じゃ無いな。
「しかし、録画が出来なかったのは残念です」
「当たり前だろ、映画なんだから」
「まあ、音だけで我慢すると致しましょう。後日ビデオが出回るはずですから、雑音もそれを使えば取り除けるでしょうし」
「......」
言うまでもなく録音も駄目なんだが......十中八九、真耶が録音したのはアリスの悲鳴だろう。
映画の内容は最初から眼中に無い感じだ。
「ホント歪んでるな......」
「お嬢様のどんな様子も、尊いものですから」
「......」
無表情なままだが、尻尾はしっかり動いている。
これはもう医者が黙って首を横に振るレベル。
某バスケ漫画の先生もニッコリである。
「お嬢様も、本日は楽しそうにされていました。それについては、礼を言います」
「ああ、ありがと。と言っても、俺そんなに相手してないぞ? 昼間のアリスの相手してたのも、ヒカルだったんだろ?」
「それもありますが、普段とは経験を出来た事が嬉しかったようでして。昼食も映画も、お嬢様なりに愉しまれているように見えました」
そう話す真耶自身も、嬉しそうである。
まあ、腐っても従者って事か。
「でも、俺も久しぶりにバカ出来て楽しかったよ。ソラにお金も渡せたしな」
「ソラさんにお金を?」
「昼間食ってたポテト、完食出来たら一万甲貰えるって聞いてさ。ソラが金欠で苦しんでるって聞いたから、腹にポテト突っ込んでたんだ」
「そうですか。てっきり、意味もなくあのような行為をしていた物とばかり」
「俺そんな馬鹿に見えてるの......?」
そうですよ、と言わんばかりの真耶の視線。
そうか、そうなのか......結構ショックだ。
と、真耶がまた口を開く。
「それにしても、何故でしょうね」
「ん? 何がだ?」
「いえ、ソラさんが金欠な理由です」
「以前、ポーション買ってたからな。魔術の練習とかに使ってるんじゃないのか?」
「......だと良いのですが」
「前みたいな事なんてそうそう無いだろ。何、ソラに恨みでもあるのか?」
「別にそういう訳では......」
そう言って、真耶は後ろを向く。
いや、恨みあるだろうよ。
この前アリスと仲良さそうにしてた時、殺気みたいなの送ってたじゃないか。
溜息を付く俺。真耶の尻尾が垂れ下がっている事がやや気になったが、特にその理由を聞く事はしなかった。




