妹を友人の詮索から守るだけの話⑥
昼食を取り終えた俺達は、ファストフード店が入っていたデパートの上階へと、エスカレーターを使って登って行く。
一番前を歩くのはサキトだが、その後ろにはソラと手を繋いで満面の笑みを浮かべるアリスの姿が。
「ソラ様も、普段このような場所に?」
「何回かは経験があるけど、余り多くないかな」
「まあ、でしたら私と一緒ですわね!」
「そ、そうだね」
アリスとは対照的に、ソラの笑顔はぎこちない。
以前、ソラが藤宮邸に来た時と同じ状況だ。
そして案の定、最後尾を歩く真耶の顔はむくれていた。
俺は特に何も思わないが、すぐ後ろにいるヒカルは驚きを隠せないようだ。
ススーと近づいて、俺に耳打ちして来る。
「アリスちゃん、あんな顔もあるんですね......」
「そうだなぁ、オフの時は意外と子供っぽい感じだけど、ソラの前では特にあんな感じじゃないか?」
「じゃあ、あれが素の姿......?」
「んー、それは――」
「ハルト、その辺りにしてください。藤宮家に変な印象を抱かれては困りますので」
「ああ、ゴメン」
凜とした声で、後ろから釘を刺す真耶。
それ、アリス本人にも言った方が良くないか?
そう口にしようと思った頃には、既に真耶はアリスの元まで近寄っていた。
耳元で囁かれ、アリスは一瞬表情を曇らせる。
が、小言を言い返す事は無く、それからはやや口を慎んでいた。
立場ってのも面倒だな......頑張れ、アリス。
それから数分歩く内に、俺達は映画館に着いた。
「サキト君、何を見るの?」
「モチロン、この前公開された『サイレント ビレッジ2』だろ!」
「えぇ、ホラーなの!? 僕苦手なんだけど......」
「まー、そう言うなって。経験だと思って、な?」
「えぇ〜......」
嫌がるヒカル、その背中をグイグイ押すサキト。
そのやり取りを後ろから見ていると、シュウがぽつりと声を漏らした。
「なるほど、そう言う事か」
「な、何か分かったのか?」
「ああ、サキト君の次の目的が分かったよ。ソラちゃんの悲鳴の確認だ」
「? ......ああ、なるほどね」
今のソラは、クラスメイトが居る事もあって低めの声を出している。
幸い身近に居るヒカルの声が高めなのもあり、気を付けてさえすれば声の高さで不審に思われる事はないだろう。
だが、それは平常心を保てていた時の話。
もし急に驚かされる等して悲鳴を上げたら、ソラ本来の小鳥のさえずりのような声が漏れてしまうかもしれない。
サキトはその瞬間を狙っている、と言う事だ。
「とりま中に入らないと始まらない、か」
映画館に入ろうとする俺達。
「............」
が、ふと後ろを振り向くと、黙ったまま足を進めようとしないアリスの姿が写った。
何やら苦々しい表情。ん? これは......
「もしかして、怖いのか?」
「ッ!? そ、そんな事無いんだから!」
駆け込むようにして映画館に入るアリス。
別にホラーが苦手でも、変って訳じゃ無いと思うんだが。まあいいか。
アリスの後を追って映画館に入ると、チケットの受付には長蛇の列が出来ていた。
幸いな事にソラ達も列に並んだばかりだったようで、俺はその少し後ろに加わる。
並んで待っている間は、メッセージでシュウと作戦会議だ。
(どうする? また眠らせるのは難しいか?)
(ああ。インビジブルで近づくのが難しいし、加えて睡眠導入剤が上映時間一杯まで持つか怪しい。映画の上映時間が2時間だからね)
(厄介だな......)
(今出来る事としては、早急にサキト君に席を決められるのを防ぐ程度かな)
(だよな。ソラに連絡して、時間を稼ぐよう伝えておくよ)
(分かった)
ソラには、全員が固まって座れそうなエリアを探すよう伝えておく。
これですぐに席を決められる事は無いだろう。後はどんな感じに席が空いてるかだが......
「うっへー、結構空いてるトコ少ねぇなぁ」
列に並ぶこと十分程度。
受付で席の空き具合を見たサキトが声を漏らす。
後ろから顔を潜り込ませ、その様子を見てみると......げげっ、二人横に並んで座れる箇所は中央と端に一つずつ、他は中央に縦向きの空席がある程度じゃないか!
「中々人気の映画なんだな、取り敢えずソラの横、は......」
「............」
アリスが俺を見ている。
ソラの腕をがっちりと身体全体でホールドし、ソラの横は譲らぬとの視線を送って来ている。
しまった、アリスが動いてくる可能性を考えて無かった。
アリスはソラへの好意を隠してないから、隣の席に拘るのも不自然じゃない。
それにお嬢様と言う名の印籠まで付いている以上、この場は観念するしか無さそうだ。
まあ、アリスはサキトと違ってソラを探ろうとしてる訳じゃないから、隣がサキトになるよりかはマシなはず。
一旦席を決める事にして、アリスとは......可能なら後で交渉しよう。
「......仕方無いな。ソラ、何処に座る?」
「え? じゃあ......“F10”で」
「でしたら私は“F11”で!」
ソラとアリスが席を決めた後、他の面々が席を決めて行く。
結果として、ソラの隣にサキトかヒカルが座る事態は防げた。
が、シュウは二列・ヒカルは一列ソラの後方で、サキトはソラの真ん前の席に。
俺はと言うと、ソラ達とはやや離れた位置で、真耶と並んで座る事になった。
受付から戻った後、シュウが俺に近づいて来る。
「ちょっと事態がこじれて来たね」
「ああ、迂闊だった。アリスが動いて来るなんてな......ソラの悲鳴を隠す為の作戦も練らないと駄目だってのに」
「ハルト、アリス嬢については君に任せていいかい? 俺はソラちゃんの悲鳴を隠す方法を考えるよ」
「分かった、頼む」
互いにコクリと頷き、俺達は各々のするべき事に専念する。
内容が内容なだけに、素直に『席を替わって欲しい』とお願いした所で、アリスは聞き入れてくれないだろう。
上手く誘導して言いくるめないとな。
考えろ、考えろ俺。
現状の俺とアリスの席、その周辺の状況......アリスの心境とその動き方......
......
そうか、思い付いたぞ! 迷ってる暇も無いし、即行動だ!
「ちょいちょい、真耶さん? ちょっと話があるんだが......」
人だかりから離れて柱にもたれている真耶に向けて、俺は手招きをする。
やれやれと言った表情で溜息を吐く真耶。
どうやら、俺が接触して来る事に薄々勘付いてたっぽいな。
「お嬢様に、他の席に替わるよう伝えて欲しい、と言った所ですか。なら貸し一つ――」
「いや、今回は“貸し”じゃない。真耶自体にもメリットがあるからな」
「ほう」
ピクリ、と動く真耶のネコミミ。よし、協力してくれそうだ。
「で、具体的な話なんだが――」
真耶の耳元に顔を近づけ、俺は内容を伝える。
あれ、コレ人間の耳がある位置に話しかけたら良いのか? それとも髪の毛からピョンと飛び出してるネコミミに語りかけたら良いのか? まいっか。
真耶からの意見も取り入れ、作戦の具体的な内容が決まる。
よし、作戦の決行だ。
「お嬢様、宜しいでしょうか」
最初にアリスに話しかけるのは真耶だ。
俺は少し離れた場所で、事の様子を見守る。
「どうしたのよ、真耶?」
「いえ、杞憂なら良いのですが......」
「だから、どうしたの?」
「この映画、ジャンルはホラーのようですが......お嬢様、ホラーは大丈夫でしょうか」
「! も、もちろん大丈夫よ!」
またまたぁ、強がっちゃって。ま、他の人も居る所だし見栄を張るのは変じゃないか。
「そうですか、なら問題ありませんね」
「え、ええ」
「安心致しました。もしお嬢様がソラ様やそのご学友の前で取り乱し、自身の情けない姿を晒すような事があればソラ様に失望されるのではないかと、そう心配していたのですが」
「......」
「お嬢様も既に中学生、藤宮家の恥になるような真似をされるはずがありませんね。私めの考えが及んでおらず、申し訳ございません。それでは、映画を存分に堪能ください。真耶は皆様とは離れた席に居ますので」
「ええ、う、うん......」
そう話して、真耶はアリスの元から立ち去って行った。
アリスはと言うと......視線や身体をせわしなく動かして、オロオロしてるな。
よし、上手く行った。こ う か は ば つ く ん だ。
流石は真耶だ。ずっと一緒に暮らしてるだけあって、どう接すればアリスが動揺するか知り尽くしておる......
これでソラと離れた席に行きたい事情は出来たから、後は“アリスにとって席を替えるに値する、表面的な理由”を用意してやれば良い。
そしてここで俺の出番だ。先ほどの会話は知らない体で、俺はアリスに近づく。
「ああアリス、ここに居たのか」
「あ、ハルト。何かあった?」
『何かあった』って、その言い方よ。イカンイカン、笑ったらバレる。
「いや、何とかソラの横を譲ってくれないかな、って思ってさ」
「譲る...... ! だ、駄目よ! ソラ様の隣の席はあげないんだから!」
ムッとした表情で、お願いを跳ね除けるアリス。
でも俺は見逃さなかったぞ? 一瞬アリスの顔に差し込んだ、助け舟の到着を喜ぶ顔を。
「俺の隣の真耶もさ、アリスの方が嬉しいだろうし......」
「............」
「あー、これは俺の個人的なお願いだから、アリスにも何か利点が無いとな。あそこでキャラメルコーンとコーラ売ってるし、それと引き換えでどうだ?」
「キャラメルコーン......」
そう呟いて、アリスは売店に目を向ける。
甘〜い匂いがアリスの鼻と食欲をくすぐる。
ちなみにキャラメルコーンは真耶の提案だ。
まあ、アリスは甘いのに目が無いからな......
そして俺の方に振り返った時、アリスは口角をやや上げていた。
「そ、そこまでお願いされるなら仕方ないわね。真耶の為でもあるし、乗ってあげなくも無いわ!」
「お、流石アリス。それこそお嬢様の鑑だ!」
「ふふん!」
「これキャラメルコーンとコーラの代金な。それとチケット」
「仕方ないわね、貰っといてあげる」
チケット交換と小銭の受け渡しを終えると、アリスは一目散に売店に向かって行った。
そしてお目当ての物を買うやいなや、それを胸の前で大事そうに抱えて子供っぽい満面の笑みを浮かべている。
あー、真耶がアリスにイタズラする理由、なんか分かる気がするな......
と、またも溜息を付きながら近づいて来たのは、真耶では無くソラだ。
「また兄さんは悪い事して......こうなるとは思ってたけど」
「て事は、結果が分かってて止めなかったのか?」
「認めたくないけど、今回はそんな所かな。実際、私もアリスちゃんが隣に居るとやり辛かったし」
「そうか、そんなにお兄ちゃんと映画が見たいのかぁ~!」
「そう言う意味じゃないから!」
ソラと熱い抱擁を......しようとしたが、額を押さえて防がれる。
ちくせう。
「でも、私の隣に座ってどうするつもり?」
「その先はシュウに考えて貰ってるんだけど......何か良い方法あるか......?」
ソラに聞かれて腕を組んで考えてみるも、やはりアイデアは浮かばない。
アリスから席を取り返しはした、でもその先って何をすれば......?
頭を捻ってもアイデアは浮かんで来ず、上映時間が近づいていた、その時。
シュウから届いた一通のメッセージ。
それを見て、俺は目を見開いた。




