Part8 vs フィッシング・ツリー!
休憩がてら寄りかかろうとした木は、実は魔物だった。
洞かと思っていた穴の中から目を覗かせ、触手で捕まえたマヤをじっと見ている。
「マ、マヤッ――って、うお!?」
マヤに手を差し出すが、その瞬間俺の足元の地面が盛り上がり、沢山の触手が飛び出してきた。
半分はマヤと俺の間を遮り、もう半分は俺に迫って来る。
これはマズイ。一旦離れないと、俺まで捕まってしまいそうだ。
「こっち! 早く!」
「お、おう!」
少し離れた所からアリスが手招きしている。
どうやら、あの距離なら触手は届かないらしい。
転がりつつ、触手を避けるように離れつつ、何とかアリスの元まで退避する。
「ハルト、下がって!」
そう声を出すアリスの前には、組成式で出来た球が浮かんでいた。
俺が逃げて来る間に、魔法の詠唱をしたようだ。
「<ウインド・エッジ>!」
発動した魔法から放たれた一本の刃が、空を切る音を立てながら目にも止まらぬ速さで魔物に迫る。
その刃はマヤの両腕を縛り上げる触手を、日本刀のような切れ味で一刀両断した。
しかし
「――ッ、駄目だ、これだけじゃ――!」
腕を使えるようになったマヤだが、その両脚は未だに触手に捕まっている。
宙吊りの状態で持ち上げられるマヤ。その向かう先では、木の中央が大きく裂けてマヤを飲み込まんと――
その時、魔物の口にマヤが何かを撃ち込んだ。
「~~~ッ――!!!」
まるでうめき声が聞こえてきそうなぐらいに、木の魔物がその身体をうねらせて悶え苦しむ。
触手の拘束を逃れたマヤは、受け身を取りながら着地した。取り敢えず、窮地は脱したみたいだ。
ホッと息をついて、改めてあの木の化け物に目をやる。
「な、なんなんだありゃあ......」
「『フィッシング・ツリー』。土属性の魔物で、身体が土とコケで出来たイソギンチャクみたいな奴なの。花や実の生る草を身体にくっつけて動き回って、良さそうな所を見つけたらそこで待つ」
「んで、惹きつけられた奴を捕まえる、ってワケか。くそっ、まんまと引っかかった」
俺達の視線の先では、マヤが迫りくる触手をいつの間にか持っていた剣で打ち払っている。
とは言っても払うのに精一杯といった感じで、このままだとバテてまた捕まってしまうだろう。
早く、なんとかしないといけない。
「って、どこに行くんだ!?」
打開策を考えている俺を横目に、踵を返して戻ろうとしていたアリス。
急いでその腕を掴むが、アリスは全力で俺の手を振り切ろうとする。
「ハルト、離して! 私達だけじゃどうにもできない! 誰か助けに来てもらわないと......」
「たった一人で、あれを凌ぎ切れると思うか!? 見捨てるようなもんだぞ!?」
アリスの身体がビクリと動く。
一瞬止まる動き。だが、アリスが大声で叫ぶ。
「『絶対に出来る』なんて思えない......でも! だからと言って他に何が出来るの!?」
目に涙を浮かべ、必死に感情を押し殺す口元は震えていた。
そうか、このお嬢様も『従者を一人置いて立ち去る事』の罪悪感に後ろ髪を引かれつつも、それを必死に押し殺そうとしているんだ。
自らの無力を痛感し、その上で残酷で冷静な決断を下す。
この年齢で、凄い精神力だ。本当に強い。
掴んでいたアリスの手を離す。そして――
俺はアリスに背を向けて、フィッシング・ツリーに視線を向けた。
「ちょっと、ハルト!?」
「俺には森の中を抜けるだけの土地勘は無い。だから、行くなら一人だ! 行ってくれ、アリス!」
「せっかくマヤに助けてもらったのに――」
「だからこそ、だ! 俺は妹に会うためにここに来た。命の恩人を見殺しにしたら、愛しい妹に合わせる顔が無いんだよ!」
首だけを後ろに向けて、アリスに目を向ける。
彼女の顔は、感謝と申し訳なさがごちゃまぜになった表情になっていた。
が、アリスは顔を袖で乱暴に拭いて、スカートのポケットの中から何かを取り出す。
「~~~ッ! 分かった、じゃあコレを渡すわ!」
そう言って投げ渡されたのは、一本の棒。
「コレは?」
「杖! それでスキルも使い易いはずよ!」
「あんがとよ!」
杖を渡したアリスは、直ぐに森に戻って全力で走り始める。
が、くるりとこちらを振り返り、手で囲いを作って大声を出した。
「死んじゃダメだからね!」
「ッ!!!」
――フ、何を言っているのやら。そんな事を言われたら、こう返さざるを得ないじゃないか。
「別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
まさかこの名言を使う日が来るとは。
正直、俺の人生でマジになって言う機会なんて、ゼロだと思ってたんだけどな。
恐怖とそれに伴う妙な気持ちの昂りを感じながら、俺は触手の束に突っ込んだ。
「うおおおおお!」
少しフィッシング・ツリーに近づいた所で、地面から伸びた触手が俺を感知する。
ムチのようにしなりつつ高速で迫る触手は、避けようにも目がついていかない。
――だが、その必要はない。自分が避けられないなら、相手に避けさせるまで!
杖を握る右手に意識を向けて振り上げると、さっきよりも大きな焔が出た。
そこまで集中したつもりじゃ無かったけど、そうか、これが杖の効果か。
そして杖から出た焔を感知した瞬間――
触手は、大袈裟に避けて地面に逃げ込んだ。
やっぱりそうだ。この触手、火に弱い。
アリスが風属性の魔法で攻撃した時は、大してダメージが無かった。
一方、マヤが火器っぽいもので攻撃した時は、かなり悶えていたのだ。
これがヒントになった。
「おりゃあああ!」
覆いかぶさるように迫ってくる触手を、焔で豪快に払いながら前へ進む。
前へ。前へ前へ前へ前へ! そして――
「待たせたな!」
一分足らずで、フィッシング・ツリーの根本で戦っていたマヤの元に辿り着いた。
「待っていたとも、来いとも言った憶えはありません、よ!」
息を巻き、触手を払いつつ俺に声を掛けるマヤ。
とは言いつつ、ちょっぴり嬉しそうにしてるのは気のせいだろうか。
などと内心で突っ込むが、それを口に出す余裕は無さそうだ。
流石に相手の懐だと、触手の数も尋常じゃない。
本当はさっさと本体に一撃かまして離脱したいところだが、四方八方から迫る触手への対処で一杯一杯だ。
打ち払えど翻ってまた襲い掛かる。
焔で払えど別の触手が出てくる。
これじゃラチが明かないな。
「少しの間、耐えて貰えますか!?」
と、マヤが剣を地面に刺して何かを書きだした。
何か考えがあって、その間守って欲しいようだ。
自分に加えマヤも守れるよう、より大きな焔で迎撃する。
相手にする触手の数は増えるし、さっきより右手に意識を集中させないといけないしで、コレは結構疲れるな......
「シッ――」
まだか。なんだか疲れて――
「――しまった!」
一瞬眩暈がして、その隙を突かれて触手の接近を許した。
急いでカバーを、ってアレ? どうしてだ、炎が出ないぞ!
それに、<トーチ>も消えてるし......!
眼前に迫る触手。マヤも俺の異常に気付くが、ペンを握っていたせいで対応が遅れてしまった。
ヤバイ、捕まる――
「......ん?」
今にも俺の身体に巻き付かんとする触手が、ピタリと動きを止めた。
かと思えば、ウネウネと戸惑ったような動きをしている。
一体、何があったんだ?
と、触手が動きを止める中、マヤが俺の後ろに回り込んだ。
「<大地を駆ける疾風よ その理 この身に集い 我が障壁を退けよ>、<ウインド・スラスト>!」
「うおぉう!?」
俺の胸の前で組成式の珠を出現させたマヤは、すぐに手前の地面に向かって魔法を発動させた。
強風が地面に叩きつけられ、その反動で俺とマヤの身体は後ろに飛び跳ねる。
宙に放り投げられ、そのまま地面に叩きつけられるかと思ったが、ピッタリと身体を密着させたマヤが地面を転がって衝撃を逃がしてくれた。
やだ、カッコイイ。
「......いつまで私の上に乗っているんですか、向こうに吹っ飛ばしますよ」
「いやぁ、女の子に抱き着かれるのとか妹が小学生の頃以来だったから、久しぶりに抱き着かれて妹への想いが俺の胸の中で――」
「3......2......1......」
「ハイ、スミマセン」
チェッ、もうちょっと味わいたかったな。まあ仕方ないか。
身体を起き上がらせ、フィッシング・ツリーの方に目を向ける。
「お、触手引っ込めたっぽいな、諦めたか?」
ねえねえ、今どんな気持ち? 折角捕まえかけた獲物に逃げられて、どんな――
「って何かこっち来てる!?」
フィッシング・ツリーの身体が持ち上がり、ズリズリと音を立てながらこっちに来ている。
触手を引っ込めたのは、移動する為だったのか。
うへぇ、それにしても這う姿がナメクジみたいでキモイなぁ。
「まあ、一度姿を見られた以上、そう簡単には逃がしてくれないでしょうね」
「どうするんだよ!? あんなのに追われ続けるとかマジ勘弁なんだが!?」
「だから、ここで倒すんですよ」
そう言って手渡されたのは、試験管のような形の小瓶に入った半透明の青色の液体だ。
「なんぞコレ?」
「マナを補給する為のポーションです。マナが切れると眩暈起こすんですよ、気を付けてください」
「そうか、あんがと」
ポンと音を立てて栓を抜き、中の液体を喉に流し込む。
あ、エナドリとは味が違うんだな。ミントっぽい爽やかな味付けで、これはこれで飲みやすい。
「取り敢えず、<トーチ>で照らして貰えますか」
マヤに言われ、すぐに<トーチ>の詠唱をする。
さっきは意識を集中させ過ぎたせいで眩しくなっていたから、今度は控え目に。
よし、周囲を程よく照らす程度になってくれた。これで敵の姿もはっきり見える。
「では、これを」
マヤがメモを渡してくる。多分、さっき書いていたヤツだ。
その紙には――
「何々? えっと……」
その紙に書かれている物を見た瞬間。
確かに、俺の心臓がドクンと跳ねるのを感じた。
「――分かった、やるよ」
まずは敵を倒そう、話はそれからだ。
ゆっくりと迫り来るフィッシング・ツリーに右手を向けて、詠唱を始める。
「<火の力よ その熱の作用の源よ 我に力を貸したもう 我が求めるは爆発なり 全てを破壊する爆裂なり 炎の脅威を体現し 地上の象を爆破せよ>」
そう唱えると、これまでよりも一回り大きな球体が現れる。
「その球の事を頭に残しつつ意識を前に移せば、球も前に進みますので」
言われたままにやってみると、球は滑るように空中を移動した。
そして、フィッシング・ツリーの前まで来たのを確認し――
「<エクスプロージョン>!」
魔法の名前を言った瞬間、球を起点にして灼熱と爆風が辺りを包んだ。
直撃を受けたフィッシング・ツリーは成すすべもなく焼き尽くされ、塵も残さず消え失せる。
顔を隠す腕に、爆風で飛ばされた石や枝がいくつも当たるのを感じた。
それが収まってから目を開けると、目の前の地面は深く抉り取られ、半球状のクレーターが出来ていた。
「ひゃー、ヤベエ威力だな......」
「ええ、本当に」
ビックリな威力に驚く俺。というかコレ、やりすぎたんじゃなかろうか。
だが、今の俺にそれを気にする余裕は無かった。
――何故なら、後ろにいるマヤに剣を突きつけられていたからだ。
「へいへい......何の冗談だよマヤさん?」
「冗談などではありませんよ。今から質問をしますから、答えてください。答えなくば、あなたの首を跳ね飛ばしますので」
冷たく言い放たれた言葉には、背筋が凍り付くような殺気が込められていた。
笑ってごまかせそうな様子は、微塵もない。
両手を上げ、無抵抗の意思を示す。
全く。冗談キツイな、色々と。
「答えてください。アナタは人間ですか?」
――おかしいとは思ってたんだよ。
異世界なのに、砂漠にはサボテン。
会話で使われる、『ドラゴン』や『トーチ』のような英語。
もちろん、自動で言葉が通じるようになってる異世界転移のお約束、そういう可能性もあった。
でも、答えは違っていたようだ。
左手からヒラリと落ちる、マヤが書いたメモ。
その紙に書かれていたのは――紛れもなく日本語だった。