妹を友人の詮索から守るだけの話⑤
「上手く行ったみたいだね」
「あ、ああ」
ピタリと動かなくなったサキトを放心気味に眺めていると、何食わぬ顔でシュウが戻って来た。
「先生コレ、結構強力なヤツなんじゃあ......」
「うん? ああ、そうだね。と言っても超短時間型の薬だから、小一時間後に起こしてあげると良いよ。ちゃんと一回分の量に抑えてるし、心配しなくて大丈夫さ」
「ああ......はい......」
若干引き気味のソラ。
いや、俺もちょっと引いてるよ。と言うか、なんで睡眠導入剤なんか持ってたんだ。
何か恐いから、聞くのは止めておこう......
なんてやり取りをしている内に、件のポテトが運ばれて来た。
「この量はヤバいな......」
「そーだね、サキトが起きててかつ僕が協力したとしても、食べ切れるかどうか微妙かも」
目の前に置かれた山盛りのポテトに、俺とソラは戦慄する。
こんな物に俺達は挑戦しようとしてたのか......なんて言うか、うん、助かった。
「でも、こうしてサキトが寝てしまった以上、挑戦もお流れかな」
「ああ、そうだろうな。無理してポテト食べるのも身体に良くないし、まあ、最悪残してしまってもこういう企画物なら許されるとは思う」
「そうそう、だから......?」
事を終わらせようとしている俺とソラだが、その横ではシュウが神妙な顔つきでポテトをまじまじと見ている。
「せ、先生? どうしました......?」
不思議に思ったソラがどこか慎重な様子で尋ねると、シュウはゆっくりと口を開いた。
「ソラ君、君は何も思わないかな? 俺達のお遊びのせいで捨てられていく食べ物を見て。このポテトだって、農家の方々が心を込めて栽培した作物を使っているんじゃないのか?」
「え、ええっと......」
困惑した声を出すソラ。
こう言う店で、しかもポテトで使ってるとなると、そこまで心籠ってるかアヤシイけどなぁ。
俺としてはそう思うけど、今言うべき事じゃ無いか。いや、そんな事よりも......
「え? サキトを眠らせてチャラにさせるのが計画だっただろ?」
「ああ、そのつもりでいた」
コクリ、と頷くシュウ。
「が、こうして目の前にある物を見ると、俺はその気にはなれない」
そして彼は、目の前にある自分の皿のポテトを手に取り、高らかに宣言した。
「ハルト、そしてソラ君。俺はこのポテト、完食を目指そうと思う」
『「えぇ......」』
キリッとした顔でそう話すシュウを前に、俺もソラも嘆息せざるを得ない。
いや、だってゴッツイぞ、5kgぐらいありそうだぞ、ソレ。
が、それを他所に黙々とポテトを摘まむシュウの姿は、何となくシュールだ。
「食べ物が勿体無いからって、そこまでしなくても......」
「ソラの言う通りだって。無理して食って、体調でも崩したら――」
「それだけじゃない。もし完食したら、俺は手にした一万甲をソラ君に渡す」
「な、何故に?」
またしても突拍子も無い事を話すシュウに思わずツッコンでしまう俺。
が、同時にソラがピクリと身体を動かした。
ん? 何か話があったりするのか?
「ハルト、君は不思議に思わなかったのかい? 自身が窮地に陥っていると言うのに、何故ソラ君がハルトを呼ばなかったのかを」
「!!」
言われてみればそうだ。
この異世界で、ソラの本当の性別を知っているのは俺とシュウ......それとこっそり知っている真耶だけ。
ソラが俺にベッタリでは無いにしても、こんな状況で頼らないのはおかしい。
「ソラ君は今、金欠なんだよ。ハルトの分は元より、自分自身の代金を払う余裕さえ無い。この外出だって、全てサキト君の奢りだそうだ」
「金欠? ......そうか、ポーション!」
数週間前、ソラは山瀬調薬本舗でポーションを買っている。
あの店で扱ってるポーションは、一つ買うだけでも高校生の一ヶ月の小遣いが吹っ飛ぶ代物だ。
そんな物を複数買っておいて、財布に余裕がある訳がない。
何てことだ、完全に失念してたぞ......
「それに、ソラ君はハルトが金欠気味だと知っていた。自分に加えてハルトの分まで払ってもらおうなんて、言えなかったんだ」
「それは分かる......でも、だとしても相談してくれたら、アリスか真耶にお願いして――」
「だからこそ、だよ。もしこの事を話せば、ハルトは土下座をしてでもお金を借りて助力する、そうソラ君は予感した。ハルトや藤宮家にこれ以上の迷惑をかける事を、良しとしなかったんだ」
「ソラ、そうなのか!?」
「う、うん。まあ......」
ばつが悪いように、ソラは少し顔を背けつつ自身の髪の毛を指先でいじる。
ソラがどう思って俺に声を掛けなかったのか、見た瞬間に悟ってしまった。
グッと拳を握り締める。
最低だ。俺はまたしても、妹に全部背負い込まそうとしていたのか......!
己の内から、後悔の念が沸き起こって来る。
気持ちに突き動かされるまま、俺はポテトを乱暴に掴んだ。
「やはりその気になったね、ハルト」
「ああ。何ならソラの分まで食ってやるさ!」
「分かった、俺も手伝おう。二人で、この壁を乗り越えようじゃないか!」
「やってやんよ! うおおおおお!」
今の俺に出来る贖罪、それはこの食材を完食し、ソラにお金を捧げる事だ!
ポテト5kgがなんぼのもんじゃい! 体重の12分の一ぐらい、ペロリと平らげちゃる!
「もう、勝手にしなよ......」
何かに追い立てられるようにポテトを貪る俺達を見て、また溜息を付くソラ。
そして、小一時間が経った後――
「ん、俺いつの間に眠って......って、ハルトさんにシュウ先生!? グッタリしてるけど大丈夫っすか!?」
目を擦り眠たげな様子のサキトだったが、目の前の光景を見た瞬間、バネに弾かれたような速度で頭を上げる。
そこには、膨れ上がった腹を突き出して苦しそうに喘ぐ、俺とシュウの姿があった。
「ん、んん。ダイジョウ、ブェップ」
ヤバイ、口からポテト出そう。何だったら鼻の穴からもポテト出そう。それぐらい苦しい。
結局、俺とシュウ、ソラの分のポテトを完食する事には成功したが、サキトの分にまで手を付ける余裕は無かったのだ。
まあその方が違和感出ないだろうし、結果オーライと言う事で。
と、サキトの声が聞こえたのか、アリスと真耶がこちらの席の様子を見に来た。
「何してるのよ、そんなだらしない恰好して」
「ポ、ポテト3.5kg食ったからな。ちと見苦しいかもしれんけど許して欲しい」
「な、何でそんな事――」
「漢の、いや、兄の意地ってヤツだ!」
「阿保ね」
「ええ、阿保ですね」
「阿保とは何、ウップ!」
むう、かっこいい事言ったと思ったのに。
アリスにすげなく否定されたのと、リバースしかけたのとでキマってくれない。ちくせう。
「迷惑かけてごめんね、アリスちゃん。止めるように僕も言ったんだけど」
「いえそんな! ソラ様が謝る事なんて!」
「そうだぞっ、ソラが謝る事なんてウェッ――」
「ちょっ、一回水でも飲んで! 目の前で嘔吐されるなんて勘弁なんだから!」
そう言って、アリスは一度引き返して水の入ったコップを持って来てくれた。
グイッと水を喉に流し、昇りかけていた胃の内容物を飲み下す。
「ありがとう、助かった」
「マッタク。で、連れて来た淑女を放置した事についての弁解は?」
「確かに悪かった、ゴメン。ただ、ソラが変な事に付き合わされてると聞いて居ても立っても居られなくなってさ」
「......」
アリスは腰に手を当て顔をしかめている。
が、暫くしてムズ痒そうな表情に変わった。
「......まあいいわ。今回は許してあげる」
溜息を吐くアリス。
ソラを引き合いに出されて観念してるのか、それとも俺に呆れてるのか。
「それに、そこそこ楽しめたし」
そう言って、アリスは視線を少し右に動かす。
その視線の先には、向こうの席からこちらを眺めるヒカルの姿があった。
そうか、ヒカルと雑談してたのか。
少し内容が気になるけど、今聞くのは止めとこう。
何にしても、許してくれたのは有難い。
冷静に考えたら、怒られても仕方ない事してるしなぁ。
「で、この後はどうするつもり?」
「あー、予定変更してソラと一緒に過ごすつもりなんだが......」
アリスには帰って貰う......は流石にマズいわな。
確かに、アリスが居るとソラを守り辛くなる。
でも、俺が連れて来たのに『邪魔だから帰ってください』は幾ら何でも酷すぎる。
アリスは優しい子だけど......一週間は口聞いてくれなくなるんじゃないかね。
「勝手で悪いんだけど、アリスも一緒に来るか?」
「ホントに勝手な話ね。何する予定なのよ?」
「サキト、この後のプランとかは?」
「あー、映画館行こうかー、とか?」
「......だ、そうだ」
「映画館......」
ポツリと呟いたまま、手を口元に当てて考え込むアリス。
うん? これはもしや......
「アリス、映画館にも行った事ないのか?」
「わ、悪かったわね」
「いや、折角外出したんだ、一緒に映画館行くか」
反対意見が無いか、目配せして確認する。
と、このタイミングで真耶がスッと手を上げた。
「サキトさん、と仰いましたか。一応確認しますが、鑑賞する映画は一本だけですか」
「え!? あー、まあそんなカンジ......かと」
「分かりました。一本ぐらいなら良いでしょう」
真耶の許可も取れた様子だし、問題無さそうだ。
ちなみに真耶が言った『良い』は、多分アリスの勉学等への影響の度合いは知れてるからOK、と言う意味だろう。
と言うか、露骨に話し辛そうにするな、サキト。
真耶が放つピリッとした雰囲気が苦手と見た。
「よし、じゃあそろそろ移動しようか」
席から立ち上がり、会計をしにレジに向かう。
俺の払う分が終わり、サキトが済ませるまで後ろで待機していると、ソラとシュウが近づいて来た。
「悪い、アリス居るとやり辛いだろうけど......」
「いいよ別に。このまま帰すのなんて可哀想だし」
「俺も反対はしないけど、君達兄妹は本当にお人好しだね......」
『「そうか?」「そう?」』
「......」
同時に返事する俺とソラを見て、シュウは呆れと安堵が混じったような、よく分からないため息を吐くのだった。




