妹を友人の詮索から守るだけの話④
『インビジブルを使うのはどうか』。
シュウのそのメッセージを見て、俺は度肝を抜かれる。
<インビジブル>は術者の姿を隠す魔法だ。
風・火・無属性の複合魔法なので、俺とシュウが協力すれば発動自体は可能。
ただ、人の姿を隠すと言う性質上、殺傷能力のある魔法と同様で街の中で使うと罰金刑に処される。
つまり、見つかったらアウトな危険な橋。
シュウは教育者だから、最悪懲戒処分になる可能性だってある。
(バレたらどうなるか、知ってるよな?)
(知っているとも。でも、今はこの手しか思いつかない。ずっと相談してる訳にもいかないしね)
(そうだけどさ......)
確かにソラの性別がバレるのは避けたい。
でも、教職を辞めさせられる危険性を天秤にかけると、直ぐにハイとは言えないと思うんだが......
(何でそこまで、ソラを守ろうとするんだ?)
俺なら多少の危険を冒す覚悟はある。
でも、シュウはあくまで赤の他人。そこまでソラに肩入れする理由は何なのか。
興味半分で送った俺のメッセージに対して、シュウの返信は早かった。
(生徒の秘密を知ってしまったらそれを守るのは教育者の義務だし、相談されたらそれに応えるのが当然だと思ってる。それが出来ない程、俺は落ちぶれてはいないよ)
その言葉が、脳天を突き破る。
俺はシュウを見くびっていた。ソラを助ける為に、そこまでの覚悟を決めていたのか......!
こんな姿を見せられて、引き下がれる訳が無いじゃないか!
(何かあれば、ハルトはシラを切っても構わない)
(いやいや。俺もソラの兄、その時は逃げも隠れもしないって)
(そう言って貰えると嬉しいよ)
かくして二人の男は結束した。
が、今度は具体的な作戦内容だ。
<インビジブル>だけではソラを護れないと思うんだが......?
(でも、インビジブルを使ってどうするんだ?)
(サキトの飲み物に、ちょっと細工をするのさ)
(飲み物に細工?)
(彼の飲み物に、睡眠導入剤を入れる)
ナ、ナンダッテー!?
いやいやいや、どう考えたってアウトだよ!
無色透明のサイダーがコーラの色になるぐらいの、どす黒いレッド判定だよ!
(他に方法は無いのか!?)
(今は一刻を争う事態だ。厳しい言い方をするけど、ただ否定するだけじゃ物事は前に進まない。それとも、君は降りるかい?)
普段の俺なら、迷わずに降りる確信がある。
が、『逃げも隠れもしない』と言った舌の根が乾かない内に発言を取り下げるのは情けないし、何よりこれはソラの為なのだ。
兄には逃げられない時がある、ってか。
いいぜ、やってやんよ!
(いや、それでいい)
(分かった。具体的な作戦はこうだ)
そして、作戦は実行される。
懐からステッキを取り出し、可能な限りマナを注ぎ込む。出来た所で、シュウに連絡。
[ガチャリ]
シュウ、トイレに入室。
彼の額に手を当て、マナをやんわりと送る。
この状態でシュウが呪文を唱える事で、<インビジブル>の発動が可能となる。
詠唱を終え、透明人間と化したシュウ。
「さて。ハルト、例のブツは」
「ああ、これだ。頼んだぞ」
そして、マナを溜めたステッキを彼に渡す。
これは言わば乾電池だ。このステッキに込められ俺のマナがある限り、魔法が切れる事は無い。
とは言え、ステッキはマナの貯蔵を目的とした杖じゃない。
恐らく、持って10分程度だろう。
トイレからの退室は二人同時に行う。
これは、シュウ一人が出ると勝手にドアが開いた様に見え、<インビジブル>を使っている事が露呈する可能性があるからだ。
その後もシュウは俺のすぐ後を歩くよう徹底し、足音や床に伝わる振動でバレないように努める。加えて、靴も脱いで出来る限り音を消す。
「アレ、ハルトさんソロ? シュウ先生は?」
「ああ、シュウならついでにトイレに行くって言ってたよ。少し経ったら出て来るってさ」
――本当は、もうお前の後ろに立っているさ。
取り敢えずここまでは順調だ。次は、この作戦の内容をソラに伝えないといけない。
サキトと言葉を交わしつつ、俺が元座っていた場所――ソラの隣の通路側の席に座る。
そして、サキトにはバレないようソラの身体の横まで手を伸ばし、一本締めのリズムでソファを軽く叩く。
直後、ソラの目が一瞬俺に向いた。
よし、伝わった。
やはりソラは俺の妹。例え異世界に行こうとも、当人の記憶までが失われる訳じゃない。
さっきの行為でコネクションは確立された。
今から俺は、妹と聴覚を介しない言葉のやり取りを行う!
互いの手の平の上に人差し指を置き、なぞったり叩いたりを繰り返す俺とソラ。
そう、これこそが口裏合わせ用に開発した数多ある兄妹専用連絡手段の一つ、『ハンド・モールス信号』!
テーブルに座った時に用いるこの連絡手段。
原理は簡単で、叩く動作を・(トン)に、なぞる動作を―(ツー)に置き換えて通信を行う。
――表面上はサキトと話し続け
(サクセン ヲ ツタエル)
(ドウゾ)
――右手でソラに信号を送り
(コレカラ サキト ノ ノミモノ ニ スイミンヤク ヲ マゼル)
(ドノヨウニ)
(シユウ ガ インビジブル ヲ ツカツテ キヅカレナイ ヨウニ イレル)
(ワカツタ)
――左手でナゲットを取り......食べる!
(タダシ イレルトキ ハ サキト ノ チュウイ ヲ ヒキツケル ヒツヨウ ガ アル)
(ナルホド)
(イレルトキ ニ アイズ ヲ オクル ヒトシバイ タノム)
(ワカツタ)
(オワリ)
――サキト、まさかこんな方法で俺とソラが連絡を取るなんて、思っても居ないだろう。
お前は兄妹の繋がりの強さをナメた。
俺とソラを隣に座らせるべきじゃなかったな。
これにて第二段階終了。
後は、サキトの飲み物に睡眠導入剤を入れるだけだが、残りの時間も少ない。
早急に最終段階へ移行しないと――
「いやー、それにしても二人ってマジ仲いいですよね」
「サキト、そんな事言うとこの人はすぐ調子に乗るんだ。言わない方がいいよ」
「ソラはまたそんな事言うよなー。ハルトさん、昔はどうだったんです?」
――よし、今だ。
瞬時にソラの膝関節を叩き、合図を送る。
「んー、もっと甘えん坊だったけどな? それこそ、俺の膝の上で寝る事だってしてたんだ」
ソラの肩をグイと掴んで引き寄せ、いわゆる膝枕をする。
ちなみに俺が膝枕をしたのは、仮にソラの表情が多少乱れてもそれを直す時間を確保する為。
まあ、合図送ったし大丈夫だと思うけど。
「ホラ、こんな感じに」
「へ、へー」
芝居の効果は十分。サキトは立ち上がり、こちらの様子をのぞき込んで来る。
ちなみに、兄の膝の上に頭を乗せる我が妹の明星は......? む、うつ伏せ気味だから見えない。
そんなに見られたく無いのか。少し悲しい。
「思ったよりヤバイですね」
「そうか? 慣れてしまえば何も感じなくなる物なんだけどな」
「そ、そっすか......」
何でちょっと引き気味なんだ。
いや、本当の事を言えば、俺だってした事ないんだけどさ。やってみたかったシチュエーションの一つが叶って、飛び跳ねたい気分だけどさ。
でも今はそんな事より、作戦の達成だ。
チラリと視線をサキトの飲み物に向けると、僅かに表面が揺れている。
恐らく、睡眠剤を入れたか風のスキルで飲み物を混ぜている最中だ。よし、上手く行った。
後は適当に雑談をして場を繋ぎつつ、睡眠導入剤が効き始めるのを待つだけ。
シュウ曰く、効果が出始めるのは服用してから三分後らしい。
「そう言えば、サキトにも弟君居たんじゃなかったっけか? そっちの兄弟はどんな感じ?」
「いやー、ハッキリ言って、ハルトさんとソラの仲と比べるとゼンゼン違いますよ?」
「へー、そうなのか」
「マジな話、こんな仲の良い兄弟が居るもんなのか、って気すらしますけどね」
「止めなよ、サキト。僕達はそんな仲じゃない」
「そーだな。義理の弟だもんなー」
「いや、義理ですら無いんだけど。この人が一方的に僕の事を弟扱いしてる、それだけなんだ」
ぐ、会話の流れが途切れそうだ。
時間は......やっと一分経った所か。
普段あっという間に感じる三分が、こんなにも長く感じるとは。人生で一番長い三分だ。
こうなれば、ソラとの思い出話で場を繋ごう。
「ちょいちょい、ソラさんや? 一方的なんて言うとお兄さん悲しいなぁ? 昔はソラの方からお兄ちゃんお兄ちゃんって言ってくれてたのに」
「ちょっ......」
「へー、どんな話なんです?」
よし、食いついた。こうなればこっちの物。
そう言えば、2〇時間テレビのテーマは『愛は世界を救う』だそうだな?
俺は妹愛の話なら、24時間以上語れる自信があるぜ!
――そうして、数分後。
糸が切れたように、サキトは額をテーブルにぶつけて眠りの世界に誘われたのだった。
「勝った。計 画 通 り ――ってフグォ!?」
「......兄さんのバカ」
「バカとは何です!? せっかく守ってあげたのに、腹パンするとは何事ですか!?」
「あんなの守った事にならないよ! 恥ずかしすぎて死ぬ所だったよ!?」
「照れ屋さんなんだなぁ~」
「うるさい!」
今度はビンタが飛んで来る。
相変わらず手袋越しのビンタだが、この前の経験から頬をハタかれた直後から、ビンタの感覚は直接ぶたれた物へと脳内変換されているのだ。
兄の成長力を舐めてはいけない。
ま、何はともあれ。
サキトが倒れた事で、この下らない罰ゲームはお流れになるだろう。
君は今眠っているが、一言言わせて貰う。
――サキト、ボ......俺の勝ちだ。




