初対面の時の話
お昼時を迎えた店内では、至る所から様々な声が聞こえてくる。
近所で起こった何気ない出来事について話の花を咲かせる、主婦の方々。
身体のどこが痛いという話で不思議と楽しそうな声を響かせている、お年寄りの皆さん。
旦那の愚痴を言い合っている若い女性と、その傍で夢中になって遊んでいる子供達。
あとは、友達や最近のめり込んでいる事について大きな声で話し合う、僕達のような中高生。
でもその中で、僕――桐島 ヒカルの座る四人席だけは、ちょっと様子が違っていた。
「いきなり淑女の接遇を放棄するだなんて、ハルトも不躾な事をするものね。後で問い詰めてやろうかしら。ねぇ、真耶?」
「はい、その方が宜しいかと」
目の前では機嫌ナナメな栗毛の女の子――アリスちゃんが愚痴を漏らし、その隣には燕尾服に身を包んだ女性――真耶さんが座っている。
軽い自己紹介を交わした後、この四人席はずっとこんな感じ。
アリスちゃんは街の雰囲気に合わせているのかお洒落な服で着飾っているけれど、艶やかな光沢を纏う髪はその身が高貴である事を粛然と伝えていて。
真耶さんが放つ凛とした雰囲気は、ソラ君の放つ物かそれ以上に厳かで、まるで目に見えない壁があるかのように錯覚させる。
ニュースで流れていた、ハルトさんが藤宮家の邸宅で暮らしていると言う報道。
疑うつもりは無かったけれど、こうして目の前に座る二人を見ていると、改めて本当の話だったんだと実感させられる。
ハルトさんは結構庶民的な雰囲気の人だったけど......世の中、どうなってるか分からないなぁ、なんて考えてしまったり。
藤宮家は、何百年と続く由緒正しき商家の一族。
かつての栄耀栄華は鳴りを潜めているけれど、月生でその名を知らない人は居ない。
それだけの名家、それだけの威厳。
だからこそ、僕の様な普通の高校生が出会ってしまう事なんて、そうそう無いはずなんだけど。
ああ、何でこうなっちゃったんだろう。サキト君、早く助けに来て......
そもそも、どうして僕達がファストフード店に来たかと言うと――
「ソラ君が女の子!?」
「シーッ、声がデカイぞヒカル! 誰かに聞こえたらどうすんだよ!?」
「ご、ごめん......」
話は数日遡り、プレハブ校舎の隅の窓際。
教室でソラ君と話していた所を手招きされてサキト君に呼ばれた僕は、自分でもびっくりする位の大声を張り上げた。
「ほ、ホントなのそれ?」
「マジだとは言い切れないんだけどさ。でも、どーもなんかそんなカンジがするっつうか......」
視線を逸らしつつ、頭を掻くサキト君。
それは自信が無いと言うよりかは、伝え辛そうな様子に見える。
「例えばなんだけどよ。5月の終わりごろに、俺とヒカルがソラに助けてもらった事あったろ? その時、ソラを見て何か感じなかったか?」
「何か、って言われても......」
正直、あの時は助かりたい一心だったから、ソラ君の事をしっかり見てた訳じゃない。
でも言われてみれば......普段とは印象が違った気がする。
何だろう、近くに居て安心したと言うか、いや、助けに来てくれて安心したのはその通りなんだけど、それだけじゃないような......
「どう......なのかな。違ったような、そうじゃないような......」
「じゃあさ、この前学校が襲われた時、ボロボロのソラを見てどう思ったよ?」
「もちろん、守ってあげたいって思ったけど」
「『守ってあげたい』? あのソラをだぞ?」
「だから......えっ? あっ......」
自分の口から出た言葉なのに、サキト君に聞き返されて初めて気付いた。
考え直してみたら変な事だ。僕をいじめっ子から何度も救った、この学園で一番強いソラ君の事を『守ってあげたい』だなんて。
「まあ、俺もそんなカンジだったんだけどさ。あのソラの事を、まるで女子を助ける時みたいな目で見てたんだ。変な話だよな」
「......うん」
「その後もミョーな気分だったんだ。ハルトさんとの距離感も、弟って言うにはなんかズレてる気がしたしな」
そっか、サキト君には弟が居る。
世の中の兄弟全て自分達と同じ、と思ってはいないだろうけど、一人の兄としての経験や感覚が、違和感を感じさせるんだ。
「でも、さっきソラ君と話してた時は変に思う事は無かったよ?」
「ソレなんだが......ヒカル、今週の頭にあったアノ事件の事は憶えてるよな?」
「えっと、旗立君の事?」
事件って言うほどの事だったかなぁ?
サキト君が話しているのは、学園が再開した直後、何故か旗立君が女の子に人気になった事。
サキト君含め男の子達は凄く羨んでたけど、当の旗立君は疲れっぽくなった気がすると言ってたし、女の子に振り回されて大変そうだった。
結局は先生の耳に入って、調べたら旗立君の付けてるブレスレットが原因だったみたい。
「ああ、あの旗立の付けてたブレスレットなんだけどさ。アレ、前にソラが付けてるトコを見た事があるんだよ。チラっとだけどな」
「え、でもこの前ソラ君を助けた時は、確か付けて無かったと思うんだけど......」
「いや、そこがポイントなんだ」
「??? それって......あっ!」
ブレスレットをしていないソラ君は、どこか女の子のような雰囲気があった。
そしてブレスレットをしている旗立君は女の子から人気になった、つまり、カッコイイ男の子に見えた。
その意味する所は――
「ソラ君は本当は女の子で、普段男の子に見えてるのはそのブレスレットのせい?」
「ハッキリとは分かんねぇけど......なんかそうかもな、って」
サキト君の話し方は何処か歯切れが悪い。
そしてその意味は、僕にも何となく分かった。
「何で......そんな事してるのかな?」
「俺もソレが気になってさ。また大きな事を隠してるんじゃねぇかな、ってモヤモヤするんだよ」
「......」
三週間前、ソラ君は僕達やクラスの皆を守ろうとして、あんな大怪我を負ってしまった。
もうあんな事はない、そう信じたい。
けど、まだ何かあるかもしれないと考えると、どうしても不安になって来る。
それに、また蚊帳の外にされるのはちょっと寂しく感じた。
「つー訳だから、今度の週末、俺はちっとばかし探りを入れてみようと思うんだ」
「そ、そんな事したらソラ君怒らない?」
「かも知れねぇな。でもよ、たまには喧嘩するぐらい相手の内に踏み込むのが、本当のダチだと思うんだ。例えソラが怒っても、俺は後悔しない」
「サキト君......。そうだね」
ソラ君が赤の他人だったとしたら、個人の事情に踏み込むのは止めておいた方がいいと思う。
でも、僕らは友達。
相手を深く知ってこそ、初めて一緒に楽しんだり、悩みの相談に乗ったりする事が出来る。
失礼かも、なんて考えて遠慮してたら、永遠に仲良くなれないかもしれない。
「でも、どうするの?」
「それはだな――」
こうして、僕達は休日のソラ君を遊びに誘った訳だけど。
蓋を開けてみれば、シュウ先生が途中で合流したり、ハルトさんにバッタリ出会ったり。
ハルトさん凄い見幕で迫ってたけど、サキト君大丈夫かなぁ?
「......ょっと――ぇ! ねえ、ヒカル!」
「は、はいっ!」
「さっきからボーッとして、どうしたのよ?」
「な、何でもないです!」
「ふーん......」
サキト君より、僕自身の心配の方が先かも。
アリスちゃんはソファにもたれかかって溜息を付いている。
うぅ、僕の反応が悪かったからかなぁ。
「ハルトの方が片付くまで、もう少し時間がかかるかしら。折角ソラ様とお会い出来たのにお顔を見れないだなんて、良い事無いわね」
お腹も一杯になったのか、アリスちゃんは退屈そうに窓の外を見ている。
僕よりいくつか年下のように見えるけれど、その横顔はとても綺麗で。
それにうっかり見とれてしまったのか、それとも僕の方から意識が逸れて安心したのか。
どちらか分からないけどぼんやりアリスちゃんの方を見ていると、不意にその顔が僕の方に向いた。
「ねえ、面白い話でもしてくれない?」
「ぼ、僕が?」
特に期待している風でも無く、ただ何となく思い付いたから、と言う感じの顔でお嬢様が話を振って来た。
面白い話ってどんなだろう。
テレビで話してる様な、身の回りで起こった出来事とか話せばいいのかな......?
「えっと......僕のお父さん、DIYが趣味で。ある日、お隣で飼ってるワンちゃんのお家の屋根を赤いペンキで塗ってたんです。そうしたら、警察の人がやって来て――」
「ヒカル? 悪いけどその話、凄くつまらないわ」
「え、そんな......」
アリスちゃんが冷たく吐き捨てた言葉に、僕は冷や水を浴びせられたような気分になる。
やっぱり、僕に周りの人を笑わせる才能なんて無いのだろう。
だからいつまで経っても友達は少ないし、クラスの中でも日陰者のまま――
「ちょっと、ヒカル!」
「!」
内へ内へと沈みつつあった僕の意識を、アリスちゃんの放った声が引き上げる。
アリスちゃんはしかめ面を作っていたけれど、不思議と不快そうな表情には見えず、どちらかと言えば僕を気遣っているように感じた。
「いい、ヒカル。私は、アナタに興味があるんじゃなくて、アナタの話す“面白い話”に興味があるの。まず、そこを履き違えちゃ駄目」
「???」
どういう意味だろう。
僕の話す事だから、僕に関係する話しか無いと思うんだけど......?
「分からない、って顔してるわね。いいわ、じゃあ一つ質問するけど、いわゆる芸能人のするトークを人が聞く理由、説明できるかしら?」
「そ、それは面白い話だから――」
「違う。『面白い話だから』なんて、これっぽっちも理由にならないわ」
僕が言いかけた答えを、アリスちゃんは通った声で一刀両断する。
それからピッと人差し指を上に立て、落ち着いた口調で話し始めた。
「いい? 一つは、彼らが芸能人である事、つまり人の注目を集める人という社会ステータスを持っている事。彼らが話すからこそ、人は耳を傾けるの。この時点において、既にヒカルとは前提が異なって来るわ」
「......」
言葉が心の内にジクジクと染みていく。
確かにそうだ、僕は芸能人なんかじゃない。
彼らと同じ気持ちになって話すだなんて、思い上がりもいい所だ。
アリスちゃんの言ってる事は正しい。
でも、それだと僕が何を話しても無意味だと言う事になってしまう。
残酷な事実に気持ちがまた沈みそうになるけれど、その前にアリスちゃんは中指を立てて2を作った。
「そしてもう一つが、司会進行に沿った話をしている事。これがコミュニケーションにおいて重要な点よ」
「司会進行に沿った話......?」
「そう。如何に素晴らしい話でも、そこがズレていると場に則した話題では無いと見なされるわ。『お花見にまつわるハプニング』がテーマなのに『人生で一番感動した瞬間』を話すようなものね」
「あ......」
具体例を示しながら丁寧に説明される事で、僕はようやくアリスちゃんが詰まらなさそうにしていた理由が分かった。
つまり、アリスちゃんが求めていたのは『僕の周りで起こったハプニング』じゃない。
自身で話していた通り、彼女は僕に興味がある訳ではないからだ。
「初対面の人物と会話する場合、まずは相手の嗜好を探るのが先決よ。もちろん、違和感が無いよう注意するけれど。そして話せそうな事は無いか、自分の引き出しを調べてみるの。身の上話は、相手が自分に興味を持ってから」
「......」
思わず、黙ってしまった。
アリスちゃんは僕の話の何処が駄目で、どう直せば良いのか、全ての答えを出して見せたのだ。
僕よりも小柄で、歳も小さい女の子なのに。それでも彼女は臆する事無く、堂々としている。
気品のある容姿から、身に纏う雰囲気、話す内容まで、何もかもが格上。
正直に言って、尊敬してしまう。
「どうしたのよ? そんな顔して」
「え? あ、す、凄いな、と思って!」
「あら、そう言われると少し恥ずかしいわね」
少し意表を突かれたのか、得意げな様子と僅かな羞恥が、その端正な顔に混じって現れる。
が、アリスちゃんはコホンと咳払いをして、すぐに場を仕切り直した。
「そんな事は脇に置いて。さあ、方法は示したのだから、後は自分でやってみなさい!」
「!」
ぐっと身体に力が入る。
ここまで導いて貰えたのだから、これ以上の情けない姿は見せられない。
自分の頭の中をひっくり返し、答えを探す。
果たして、アリスちゃんが満足出来る答えを僕は持っているのか。
――いや、違う。
きっと彼女は僕の中に答えがあると知っていて、それでさっきの話をしてくれたんだ。
答えを持って無いのに話すだなんて、そんな事はしない......と思う。
探せ、探せ、探せ。
僕とアリスちゃんはさっき会ったばかりだから、答えはその会話の中で出ているハズ。
僕が知っている事で、かつアリスちゃんが話していた事......
――! そうか!
「あの、ソラ君の学校の様子を話すのは......?」
その場に居ない一般人の事を話すなんて、普通なら絶対にしない。
でも、アリスちゃんにはきっとこれが響くはず。
彼女は、ソラ君の事を口にしていたから。
「......」
ふぅ、と息を吐くアリスちゃん。
それに反するように、僕は息を呑む。
お店の中は賑やかで、それは常に変わらないけれど、何故かこの一瞬は周りから音が聞こえなくなった気がして。
場違いなまでの緊張感に、手にジットリとした汗が滲み始めた、その直後。
「合格よ。やれば出来るじゃない」
そう言って、アリスちゃんはニコリと笑う。
彼女の笑顔を見た瞬間、自分の気持ちがサアッと晴れていくのが分かった。
「随分と回りくどい事をされましたね、お嬢様」
「余りに緊張感の欠けた場だもの、こう言う事をしたくなるのよ。それとも、私がリードする所を見るの、真耶は嫌いだった?」
「いいえ、良いお点前です」
「そう、ありがと」
表情を少しも動かさない、クールなやり取り。
その恰好良さに、僕はまたほうっと呆けたように口を開けてしまう。
「あら、ごめんなさい。さあ、話を始めて?」
「ご、ご期待に沿えるかは分かりませんけど」
「ちょっと、そう言う所で謙虚さは要らないのよ。逆に不安になってくるじゃない」
「す、すみません!」
「謝ってないでホラ、早く話し始める」
「は、はいっ!」
良かった。僕でも何とか、藤宮家の御息女、アリスちゃんと話す事は出来るみたいだ。
本来ここに来た目的なんてすっかり忘れてしまった僕は、ただ目の前に座る淑女を満足させる為だけに一生懸命話し始めるのだった。




