妹を友人の詮索から守るだけの話①
八伏山の中腹部。
鬱蒼とした森の中で、俺は目を閉じて意識を研ぎ澄ませていた。
右手に握ったステッキ――接近戦を想定した短めの杖――の先には、既に<サンライト・アロー>の組成式が構築されている。
あとは、対象の位置を特定して打ち込むだけ。
森の中を通り抜ける微風。それに揺られる木の葉の音に混じって、ガサリ ガサリと荒々しい音が近づいて来る。
マナの感知も良好、もうアレで間違いはない。
後は動きが止まった瞬間を狙えばいい。
直後、高木の枝からこちらに――
――今――
「<サンライト・アロー>!」
「ギャウゥゥ!!!」
飛び掛かって来たシャドー・ウルフの脳天を、ステッキの先から打ち出された光線が射抜いた。
暫くして、一人の男性が控えめに笑いつつ茂みの向こうから姿を現す。
「いやぁ、助かりました。こちらも――」
「っ! 頭下げてっ!」
「ふぇあ!?」
しゃがんだ男性の頭があった位置を、長く伸ばしたエルゲージで薙ぎ払う。
燃え滾る焔を纏った刀身が、右奥にある茂みから急襲したシャドー・ウルフを焼き墜とした。
「あ、危なかった......感謝しますよ、ハルト君」
立ち上がった男性――山瀬調薬本舗の店主、山瀬 卓也――が手を差し出して来たので、それを笑顔で握った。
「この辺りは特に多い感じですね......。もう離れられます?」
「ええ、少し場所を変えましょうか」
互いに頷いてから、俺達は場所を移動する。
時刻は三時過ぎ。
俺はリーシャからお願いされ、卓也さんの魔草採集の護衛をしていた。
五月から表面化したと言う、魔物の増加。
卓也さんが魔草の採集場所として利用している八伏山も、今では魔物が蔓延る危険地帯だ。
こうなると、以前は一人で出来ていた魔物への対処も、それ専用に人を雇う必要がある。
もちろん、前までなら奥さんが一緒に出掛ける事で、対応出来ていたと思う。
が、リーシャがBランクに合格し、その際の取材で店の事を宣伝した結果、お店は過去に類を見ない程の大盛況に。
店は空けられないから、警護用の人を雇って対応しないといけない。
が、普段警護をして貰っている人が、今日は急な用事で来られなくなった。
そこで声がかかったのが俺、という訳だ。
「<固定せよ>、<リム>」
刈り取った直後に卓也さんが短い呪文を唱えると、魔草は消失せずに残った。
これが、<リム>による固定。魔産物回収で、一番大切な工程らしい。
魔物や魔産物はオドを持たない。だから、機能が停止すると暫く後に塵となって消えてしまう。
それを防ぐのが<リム>で、発動に使ったマナが消費され尽くすまで消えなくなるのだとか。
「そんなにじっくり見て、どうかされましたか?」
「いや、つくづく変わった魔法だなあ、と」
「はは、勉強されている方は見方が違いますね」
「いや別に、魔術を勉強してるって訳じゃ......」
ないんだけど、やっぱり気になるんだなぁ。
だってさ、他の魔法が属性を示す言葉で始まるのに、<リム>だけ『固定せよ』の一言だし。
属性何なんでしょうって聞いても、卓也さんも知らないみたいだし。
名前も謎だ。リム、リム......そう言えば、数学でlimって使ったな。いや、アレは関係ないか。うーん、分からん。謎だ。
等と悩んでいると、卓也さんの生暖かい目線が飛んで来る。何か妙に気恥しい。
「それにしても、ハルト君が警護をするのは今回が初めてなんですよね?」
と、採集を終えて身支度を整えている卓也さんが尋ねてきた。
「あ、はいそうですけど......どうかしました?」
「警護中、森の中で常に緊張感を保ち続けていたでしょう? 凄いなあ、と感心しまして」
「? 魔物がこれだけウロついてるんですし、当たり前って感じしますけどね......?」
そもそも、護ってくれって依頼されてる訳だしなぁ。気を抜くなんて出来る訳ないんだが。
「はい、仰る通り当たり前の事です。ですが、最初の内は緊張感が緩んでしまう方も多いんですよ。私も昔はそうでして。どれだけ気を付けていても、人間ですから集中力が途切れてしまう時がある。だから、ハルト君にそれが無いのは凄い事なんです」
「そう......ですか」
客観的に見れば、喜びを以て受け止めるべき言葉だ。でも、俺はそんな気持ちになれない。
「あまり嬉しそうではありませんね?」
「いやだって......卓也さんも知ってますよね。俺がBランク試験の時、油断して失敗した事。それで......リーシャに大怪我をさせた事」
ふと、あの時の出来事が脳裏に蘇る。
暗い洞窟、充満する血の匂い。苦しそうな、リーシャの声。
「それを考えたら、別に凄い事だなんて――」
「それなら尚更、ですよ。ハルト君は自らの失敗を正面から受け止め、反省して次に活かしている。それはとっても立派な事です」
「そう......ですかね」
「失敗あってこその成長、ですからね」
そう言って卓也さんはふふ、と声を漏らす。
『成長』。その言葉を、心の中で反芻する。
これまで『頑張ったな』とか『よくやったね』とか言われた事はあった。
『成長』も、物理的に身長が伸びて言われた事は多少。
でも、この意味で『成長』を言われたのは初めてな気がする。
いや、もしかすると言われた事があるかもしれないけど、記憶には無い。
これが成長なのか。あんなに苦しい想いをして、初めて成長するものなのか......
胸の内を、色んな感情が渦巻く。
が、その中から最終的に浮かんで来たのは、不思議な温かみだった。
「と、ここまで来れば安全ですね」
その感覚を噛みしめていると、気付くと麓に到着していた。
あ、俺が考えてる間に卓也さんが周囲を警戒してくれてたのか。何だか申し訳無いな......
そのまま店に入ると、リーシャと卓也さんの奥さんが出迎えてくれた。
汚れているからと言う理由で、服は洗濯機へ。
疲れているからと言う理由で、俺は浴室へ。
お風呂から上がると、ふんわり乾いた服と冷たいお茶が用意されていた。
......俺ってVIPか何かなん?
ここまで至れり尽くせりだと、後で大変な事でも要求されるんじゃないかと疑ってしまう。
が、結局そんな事がある訳でも無く。
ダイニングキッチンでくつろがせて貰っていると、まだ泥のついた服を着た卓也さんが小袋を手に持って部屋に入って来た。
風呂に入っている間も、卓也さんは採ってきた魔草の下処理をしていたらしい。
なんだろう、罪悪感が......
「何か色々してもらってスミマセン......」
「いえいえ。急なお願いを聞いていただいた、せめてものお礼ですよ。それと、こちらが今日のバイト代ですね。お気持ちばかりですが」
「あ、ありがとうございます」
差し出された小袋を受け取る。
ん、これソコソコ入ってるぞ。一体どれだけなんだ?
と、今見るのは止めておこう。
「私はこの後も収穫してきた魔草の処理をしていますが......ハルト君はどうされますか?」
「あー、ずっとお邪魔するのも悪いんで、そろそろお暇しようかな、って」
「そうですか? もし宜しければ、お夕飯もご一緒に、と思っているのですが。その方が、あの子も喜びますし」
「いやいやいや! もう十分頂きましたから! これ以上貰うと、俺が何か言われますよ!」
それもあるし、何より夕飯時までこの世界に居るのはマズいのだ。
親には気分転換に図書館で勉強して来る、って言って出かけて来たが、これ以上は誤魔化せない。
出掛けたフリして異世界に行く――つまり、鏡の中に入る――ために、鏡を物置に置いておくのさえ、リスキーだってのにさ。
「そう、ですか。分かりました」
残念そうな表情を見ると気持ちが揺らぎそうになるが......ここはガマン我慢。
「もし良ければ、今後もお手伝いいただければ私共としても嬉しいです。また、お気軽にお声がけくださいね」
「あ、ありがとうございます。じゃあ今日はこの辺りで」
「はい、お疲れ様でした」
おずおずと椅子から立ち上がった俺は、店の出口まで親子三人に見送られた。
何かやたら距離感近い気がするなぁ......。
気のせい、か?
一方、その見送っていた三人は。
「どうでした、アナタ」
「ええ、あの青年は見込みありますよ。山の中で話していた様子だと、まだ将来も固まりきって無いようでしたし」
「じゃ、じゃあお兄さんと一緒に働けたり!」
「そうだね、リーシャ。いずれはお店の従業員として......」
「あらあら、では今から囲い込みを始めませんと」
「リーシャも、手伝っていただけますか」
「はいっ!」
などと微笑ましいような背筋がよだつような、そんな話をしていたのだが、その声が俺に聞こえる事は無かった。
【お知らせ】
第三章の改稿が完了し、昨日差替えました。
内容は以下の通りです。
・掃除用具入れでのやり取りを修正(Part15・16)
・シュウが一度気絶して公園に運ばれている説明を追記(Part19)
他、表記揺れの訂正など。
今後とも本作を宜しくお願い致します。




