Part24 決着の時
「ッ! ハァッ、ァ――」
「ハルト、上空左前だッ!」
「シッ――」
場所は常明学園運動場。
空を滑りながら襲って来る水龍を、俺は<ソーラー・ビーム>のスクロールで迎撃する。
シュウの方は――ッ! ヒュウランの<エアロ・スラッシュ>が......!
いや、悪いが構っている余裕はない。
階段横の手摺に置いた瓶を手に取り、咽るのを恐れずにポーションを流し込む。
[ギャリギガギギャギャギャギャ!]
幸い、シュウの方も<エアロ・スラッシュ>のスクロールで迎撃している。
地上に刻まれる刃の跡。
その傷跡は凄まじいが、一体どこからどこまでが今の魔術の痕跡なのか、荒れ果てた地上を見ても判別できない。
マナの激しい消費に、ポーションによる急激な補給。常時身体の中をマナが駆け巡っているせいで、ジンジンとした奇妙な感覚が全身を這いずり回っている。
こんな戦いが、もうかれこれ10分続いている。
ここまで絶体絶命のピンチは無かったが、蓄積した疲労で倒れてしまいそうだ。
ヒカルとサキトはまだ――ッ、次が来る!
「<熱をもたらす日の光よ その理 この身に集い 光線の一撃と成し給う>」
水の腕が氷塊を持ち上げ、俺に向かって投擲
「<サンライト・アロー>!」
――される直前に魔法で撃ち抜く。
支えを失った氷塊は、そのまま地に落ちる
「<大地を駆ける疾風よ その理 この身に集い 我が障壁を退けよ>、<ウインド・スラスト>!」
――事はなく、ヒュウランの魔法で弾き出された。
ッ、何て大きな塊だッ......!
「フッ――!」
「<大地を駆ける疾風よ その理 この身に集い 我が障壁を退けよ>」
火炎を放射し、僅かに小さくなった氷塊を
「<ウインド・スラスト>ッ!」
シュウが魔法で弾き、何とか軌道をズラす。
空には......水龍が居ない! 今だッ!
スクロール、<ソーラー・ビーム>!
直後、相手の前に氷壁が出現し、阻まれる。
気のせいか、今回は薄いように見える――
「ッ!」
が、しかし。
地上からより集まった水が、どんどん壁を補強していく。
届きそうで届かない、そんなギリギリをせめぎ合う内に、魔法の持続時間は切れてしまった。
「クソッ」
「! ハルト、上だ!」
「ッ!?」
頭上には、先ほどまで居なかったはずの水龍が迫っていた。
やられた、雲の上に隠していたのか!
<ソーラー・ビーム>のスクロールはさっきの分が最後。この状況、どうやれば凌げる!?
――そうか!
「シュウッ! 五秒後だ!」
俺の呼びかけに、シュウは目で反応する。
<エクスプロージョン>のスクロールにマナを流し込み、それをシュウに投擲。
そのスクロールを、シュウは流れるような手つきで丸め、直前に拾った鉄パイプの中に押し込む。
そして鉄パイプごと風のスキルで上空に打ち上げ、水龍を迎撃した。
「ッ!? まだあるのか」
が、その直後、更にもう一体の水龍が地上へ襲い掛かる。
これで正真正銘スクロールはゼロ、マナももう――いや、今はこれしかない!
「ハァァッ!」
水龍に炎を放射。直後にシュウもスキルで加勢するが、どう考えても物量差で負けてしまう。
――ここまでなのか。
一時は勝てると思ったこの戦闘。
スクロールやポーションの補助を得て、それでも勝てないなんて――
「~~~ッ、!?」
もう負けた、そう諦めかけていた時、不思議な事が起こった。
激しくぶつかっていた水龍が、突然消えたのだ。
「ッ! ハルト、上を見るんだ」
「上......?」
シュウの呼びかけに従い、俺は上を見る。
上? 水龍が居ない事か?
だが、その光景なら何回も――いや、違う!
「これは......雲が浅くなっているのか!?」
気付けば、地上もやや明るくなっていた。
でも、一体どうしてなんだ......?
何か、何かこれまでとは違う事が――
「も、持ってきましたっ!」
「! ヒカルッ!?」
直後、背後から石レンガを蹴る音が届き、大声を出して腕を振りながらこちらに走ってくるヒカルの姿が目に入った。
後ろにはサキトの姿もある。
俺達の元に着くなり、ヒカルは膝に手を突いて荒い息をする。
「お待たせしました、補填材、と骨形成材です!」
「ヒカル君、よくやった! ......エンガには遭遇しなかったのか?」
「それが出会ったんですけど......何が起こったのか、僕達の目の前で窓の外に押し出されて。こっちに来ていたりはしないんですか?」
「あ、ああ。彼の姿は見ていない。でもこれは、一体どういう......」
「............」
――エンガが、死んだ?
一体誰が......?
俺達以外にも誰か居るのか? いや、学園の生徒は全員避難しているはず......?
不可解な現象である事と、人が死んだという感覚により、俺は戸惑いを感じる。
そして、その様子は相手側にも伝わったのか、ヒュウランは立ち竦み、ウマウは地面に膝を突いていた。
「ヒカル君、<リザレクション>をソラ君にお願いできるかい?」
「は、はい!」
が、何はともあれする事がある。
ヒカルが治癒魔法の詠唱を開始し、その間に三人がかりで補填材と骨形成材をソラの身体にあてがう。頼む、治ってくれ......!
「<この身に宿る真心よ その慈愛の精神よ 今こそ想いを実らせよ 我が望むは再生なり 起死回生の奇跡なり 生命の神秘を増幅させ 失われし身体を取り戻せ>、<リザレクション>!」
魔法が発動すると、あてがった物がソラの身体の中に吸収され、青い半透明の身体がどんどん生気を帯びていく。
数秒後には、ソラの身体は元通りになっていた。
「はァ......、ハあ、ふ、ぅ。......兄さんゴメン、心配かけちゃったね」
そう言って、ソラは息も絶え絶えに笑う。
「ソラッ!」
「ちょ、抱きつくとかやめてよっ!? というか周り見てるから!」
「良かった、良かった......」
んなもん知るか! 瀕死の状態からの生還劇に、こちとら泣きたい気分なんだ! 疲れすぎて泣く気力も湧かんけど!
「この......は~な~れ~ろ~!」
「まあマアまあそう照れるなって――」
「! 皆さん前を見てください! 水が......!」
ソラと戯れる俺。が、その緩み切った空気に、動転したヒカルの声が釘を刺す。
前を向くと、運動場中の水がウマウに向かって雪崩れ込んでいた。
そして、その姿が膨れ上がっていく。
直感した。これこそが、転化術なのだと。
響き渡る轟音は、ただならぬ事態を予感させる。
「あーあ。兄さんのせいで反応が遅れた」
「ちょ、俺のせい!? と言うか、今はそんなふざけてる場合じゃ――」
「大丈夫、心配しないで」
しかし、ソラの声は落ち着き払っていた。
「<サンダーボルト>の呪文は知ってる?」
「サンダー、ボルト?」
「! 火・風・土の複合属性、雷属性の魔法だね?」
「うん。シュウ先生、兄さんに呪文教えて。ヒカル、ポーション三本貸して」
『「分かった」「う、うん」』
「ソラ、これは――」
「終わらせよう、この戦いを。三人で」
そう言って、ソラはニコリと微笑む。
直後に差し出されたポーションを飲み干し、俺とソラ、ソラとシュウが互いに手を繋ぐ。
水が集まって出来た、四階建ての校舎を優に超える龍を前に、俺達は静かに詠唱を始めた。
「<火よ 地よ 水よ 集いて生まれる雷よ 我に力を貸し給う」
水龍の突進が直撃すれば、学校ごと全てが破壊されるだろう。
「我が求めるは雷撃なり 疾風迅雷の一撃なり」
だが、不思議と不安は感じない。
「神の威光を体現し 地上に裁きを執行せよ>」
隣に、真っ直ぐ前を向く妹が居るだけで!
「<サンダーボルト>!」
津波のような勢いで突っ込んでくる水龍に向かって、雷撃が放たれる。
大木のように太いエネルギーの迸りは空を裂き、熱をまき散らし、地鳴りのような音を立てながら直進し、水龍を貫いた。
「ゴアアアアァァァ!!!」
大地が割れんばかりの断末魔を上げる水龍。
「......?」
だがこの時、それに混じって聞こえたか細い悲鳴に、俺は違和感を感じた。
水龍が崩れて濁流が俺達に押し寄せるも、ソラが土壁を展開してそれを防ぐ。
やがてその濁流は勢いを失い、ひたひたとヒュウランの足元まで広がった。
「......ッ!?」
そして泥水の中から浮かび上がったウマウの姿を見て、俺は言葉を失う。
ツンと尖った長い耳に、藍色の髪の毛。
だがそれ以上に衝撃的だったのは、その幼さ。
どう見ても、ウマウはアリスかリーシャ並に小さな少女だったのだ。
「ウマウ、おいウマウ! しっかりしろ!」
俺達にもはっきりと聞こえる大声で、ウマウに呼びかけるヒュウラン。
対峙した時から崩さなかった不気味な程の冷静さは、見る影もない。
取り乱したその様子はさっきまでの俺と酷似していて、否応なしに悲哀の情が湧いて来る。
「なあ、ソラ――」
「もしかして今兄さんは、自分達は良くない事をしたんじゃないか、って思ってる?」
「それは――」
「違うよ。奴らはこの学園の皆を危険に合わせて、兄さんやシュウ先生の命を奪おうとした」
俺は『それは違う』と言おうとしていた。
だが返事を聞かずに、ソラは否定の言葉とその根拠を口にする。
「そんな奴に......同情する余地は無いんだよ」
そう話すソラの表情は、とても苦しそうだった。
「おい、見てみろよ......!」
突然、何かに気付いたサキトが声を上げる。
振り返ってみると、そこには四人の人間が。
そう言えば、Aランカーの部隊が来るって......そうか、彼らがその部隊のチームなのか。
やがてそのチームは俺達を抜き去り、その内の一人が俺に話しかけてくる。
「もう一人は?」
「見てません......けど、多分死んだんじゃないかと......」
「そうか、分かった。よく生き残ったね」
「はい......」
言葉を交わしている間にも、他のメンバーは着実に距離を詰めていく。
そうしてあと3メートルほどの距離となり、一人がスクロールを取り出した直後――
突然、ウマウを抱えたヒュウランが暴風と共に空中に弾き出された。
「ッ!?」
懐に風魔法のスクロールを隠し持っていたらしい。風の強さからして中級魔法だ。
周囲に飛び散った大量の泥が、ヒュウラン達の姿を遮蔽する。
「一時の方向! 逃が――」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「後ろだ!」
チームはそれに怯まず、空中のヒュウランを追撃しようとするが、突如背後から業火が迫る。
エンガは生きていたのだ。
その攻撃はあえなく防がれてしまうが、ヒュウラン達を逃がす隙を作るには十分だった。
遠くに見える生垣からも魔法が放たれたように見えたが、それも氷の壁で阻まれてしまう。
「アルファからHQへ マジック - WS2で対象“カット”・“ローブ”が逃亡、方角は一時。―― ...... ―― アルファ了解」
「ど、どうなったんです?」
もしかして俺のせいで逃がしたんじゃ......?
そう思って恐る恐る聞いてみるが、隊長と思しき人物の表情は冷静だった。
「心配は無用だ。逃げた二人は他のチームが追跡する。あの様子では、大きな抵抗も出来ないだろう。我々は残ったエンガを処理して――」
「隊長。対象“レッド”、既に絶命しております」
俺と隊長さんが話している最中、他のメンバーがライトで死亡確認をしていた。
さっきのエンガの一撃は、仲間を逃がす為の最期の攻撃だったのか......
「......そうか、分かった。我々はこの場を警察の方に任せた後、ポイントFにてエコーと合流だ」
「了解しました」
隊長さんはメンバーへ指示を出した後、再び無線でやり取りを始めた。
「終わったね、兄さん」
「あ、ああ」
凄く冷静に判断しているし、他にもチームがある。『エコー』って事は六部隊以上あるらしい。
「ようや、く――......」
「兄さん!?」
『間違いない、終わったんだ』。
そう確信した瞬間、緊張が抜けて一気に疲労感が噴き出す。
ソラの慌てた声が僅かに聞こえたのを最後に、俺は意識を手放してしまった。




