Part23 今の僕が出来ること
後ろから、水と炎、そして風がぶつかり合う音が聞こえる。
ここは襲撃を受けて、大きく損壊した常明学園。
僕、桐島 ヒカルと友達のサキト君は、シュウ先生の依頼で本舎一階の保健室を目指していた。
保健室にある補填材と骨形成材。
それを取って来るのが僕達の役目。そして、ソラ君の為にできる唯一の事。
「駄目だヒカル、向こうも塞がってる!」
サキト君が息を切らしながら戻って来る。
シュウ先生が言うように保健室は一階にあって、出入口からも近い位置にある。
それでもすぐに入れないのは、殆どの場所が瓦礫で塞がっていたからだ。
「近い所は全部塞がってるね......」
「ああ。でもよ、俺達がここを出た時、こんなに酷かったか?」
「ううん、ここまで滅茶苦茶じゃなかったと思う。多分、ソラ君が戦ってる内にもっと壊れたんじゃないかな」
襲撃に遭った時は慌ててたから、当時がどんな感じだったのかハッキリとは憶えてない。
でもあの時、第二通行口の右にある音楽ホールは、少なくとも形は留めてた。
奥の駐輪場兼緑地も、根っこごと樹木が倒れている事は無かったはず。
地割れも、タイルに突き刺さった噴水の銅像も、屋根の無くなった本舎も、そして、焼け落ちた木造の旧校舎も。
全部全部、この戦いの爪痕なんだ。
「まだ見てない場所もあっけど、どうする?」
「......第一特別棟の入り口は無事だった。あそこから入ろう」
「近い方の渡り廊下は崩れてたろ?」
「うん、だからもう片方を渡ろう」
「かなり遠いぞ!?」
「さっきエンガの姿を見たでしょ。奴は校舎の中に入ってる。先回りされたら、もう終わりだよ」
「......分かった、じゃあそうすっか」
二人で頷いて、急いで第一特別棟へ向かう。
「こりゃひでーな......」
そうサキト君が漏らすぐらいに、その先にあった特別棟は酷い状態だった。
床は汚水で水浸しになっていて、ガラス片も一面に散らばっている。
壁はボロボロになっていて、穴が空いて落ちかけている天井もあった。
臭いし、とても危険な場所。
普段なら、どんなにお願いされても入らない。
でも、そんな場所にも躊躇わずに脚を踏み込む。
虐められている僕は、ソラ君に助けられてばかりだった。
助けてもらうのは嬉しかったけど、同時にとても情けない気持ちになる。
自分には何も出来ないのか、自分に出来る事は無かったのか。
虐めが解決して以来、毎日それを考えてる。
以前より、魔術の勉強に力を入れるようにした。
学校が終わってから、魔術の特訓をするようにもなった。
それでも、ソラ君には届かない。どころか、その背中は益々遠くなっていく。
シュウ先生にも勝ってるし、今日はクラスの皆が一緒でも全く敵わなかった。
追いかけようとしても、どんどん遠ざかる。
ソラ君の活躍を見て凄いと思う一方で、どうしてと焦る心がある。
何かで役に立たないと。何か出来る事が無いと。
そうじゃないと、僕はあの時から止まったまま。
あの時と、何も変わっていない。
だから今! ここで止まってしまったら、僕は何も変わってない事になる!
階段に積み上がった瓦礫を、指を切りながら這って乗り越え、穴の先の床にヒビが入っていても、怖気づかずに飛び越えて、僕達は前に進む。
そうして渡り廊下を通過し、本舎と第一特別棟が繋がる踊り場まで来た時。
「まずったな、これは......」
サキト君が目の前の状況に嘆息した。
踊り場が二階部分もろとも完全に崩れ、一階のエントランスまで落ちる大穴が出来ていた。
視線の右には階段があるけど、残った床の面積からして足を乗せるのは無理だ。
「こりゃどっかからロープ持ってこないと駄目だな。つっても近くにあるか......?」
サキト君は頭をボリボリと掻き、悩まし気な声を上げている。
すぐ足先を見れば、そこは穴。
普通に飛び降りれば、骨折どころでは済まない。
立っているだけでも脚が震えて来る。
「ヒカル、手分けして探すぞ。......ヒカル?」
でも、ロープを探す余裕はあるのだろうか。
エンガは僕らより早く入っている。
彼より後に入った僕らが先に保健室に辿り着き、更に無事にソラ君の元へ帰るには、それ相応のリスクを背負わなきゃ駄目だ!
「<水面を揺らす波の力よ その理 この身に集い 我が障壁を押し倒せ>」
「ヒカル、お前ッ!?」
この程度の障壁に、怖気づくもんか!
ソラ君はあの三人組と一人で戦っていた。
そんな人を助けるには、その人に比類する覚悟を持たなきゃ駄目だ!
覚悟を決めた僕は、一階に向かって飛び降りる。
あっという間に床が迫り、その恐怖に目を閉じそうになる。
いや、駄目だ! 閉じるんじゃない!
恐いからと言って、目を逸らすんじゃない!
今! このタイミングだ!
「<ビロー・ブッシュ>!」
下に向かって水流を放ち、床に当たった時の押し返される力で速度を殺す。
完全には殺せなくてお腹を打ってしまったけど、無事に着地する事に成功した。
早く、とサキト君を手招きする。
少し怖そうな素振りを見せたけれど、サキト君も僕と同じようにして着地した。
いや、むしろ僕より綺麗な着地だった。
「やっぱり僕はまだ駄目だね......」
「いや、そんな事ねーよ。正直、ヒカルが先にしなかったら俺も出来なかった」
「そ、そうなんだ」
「ああ。今のヒカル、ビックリするぐらいに勇気あったぜ。ソラが見たら驚くんじゃないかな」
「そ、そんなに......!?」
ソラ君が驚く?
彼の立つ場所に、少しは近づけたんだろうか。
「ま、今は驚いてる暇じゃねーな。保健室はすぐ先だ、急ぐぞ!」
「うん!」
頷いて、サキトの後に付いて行く。
今は崩れている本舎西口のすぐ横に、保健室はあった。扉の下まで瓦礫が迫っていたけど、何とか開きそうだ。
「よっと。って、コイツはひでぇな......」
保健室は汚水の臭いが充満していた。
加えて天上が崩壊していて、目的の物が入ってる保冷庫の位置も分からない。
でも、ここで諦めたら駄目なんだ。
諦めたら、青空はずっと戻ってこないから。
ソラ君に救われて学園生活が楽しくなった直後、僕の心の中には不安があった。
晴れた空が、また曇るんじゃないかって。
学園が襲われて真っ黒な雲が広がっだ時には、やっぱりこうなってしまうんだ、そう思ったけど。
でも公園で、シュウ先生とハルトさんの背中を見てやっと気づいた。
曇りかけても、雲を払いのければ良い事に。
今、ソラ君の空は曇っている。
だから、僕が晴れさせてあげるんだ!
「探すよ、サキト君!」
「おう!」
臭いとかだるいとか、今は言っていられない。
これが僕らに出来る事。逆に、僕ら以外にこれが出来る人はここには居ない。
外からは、今も激しい音が聞こえてくる。
シュウ先生とハルトさんは諦めてない。
だから、僕も諦める訳にはいかない!
「! サキト君! 保冷庫、あったよ!」
「よし分かった! ヒカルはそこのポーション取っといてくれ!」
「分かった!」
サキト君はリュックを降ろし、補填材と骨形成材をありったけ詰め込んでいく。
その間に、僕は棚にあったポーションをポケットに突っ込む。
「サキト君、行ける!?」
「ああ、こっちもOKだ!」
やる事は終わった。あとはソラ君の元に補填材と骨形成材を届けよう!
急いで保健室を後にし、道を引き返す。
「それで、出る時はどうするの?」
「二階と三階をつなぐ階段の、その窓から飛び降りるのはどうだ!?」
「分かった、それで――」
「行かす訳ねぇだろうが、ア゛ァ゛ン゛!?」
『「!?」』
僕達の向かう先。
その曲がり角から発せられた威圧的な声が、廊下に響き渡る。
「ひっさしぶりだなぁ、オ゛ォ゛イ゛!」
「~~~ッ」
ここで後ろを向いたら、その間にやられる。
恐怖から、過去の自分を虐げた相手から......逃げたら、駄目だ!
「......へえ、ちったぁマシなツラするようになったじゃねぇか、ン゛ン゛!?」
凄まじい威圧感を放ちながら、エンガがジリジリと近づいてくる。
あの炎が届けば、僕は焼かれて死ぬ。
死の恐怖が形を持って近づいて来る。
もう少し、あともう少し耐えるんだ。
耐えるのは得意。そうだろ、桐島 ヒカル!?
心の内で、恐怖が膨れ上がる。
腰の力が抜けそうになるのを――
僕の後ろで組成式の光が溢れる。
その瞬間、僕はエンガに背を向けた。
「<ビロー・ブッシュ>!」
サキトが唱えた魔法が発動し、エンガめがけて発射される。
ソラ君のように、一瞬で魔法陣を描いて魔法を発動させる事は出来ない。
だから僕達は極小の声量で呪文を唱え、相手に気付かれずに発動出来るよう練習したんだ!
「逃がすか、コ゛ラ゛ァ゛!」
迎え撃つように放出される炎。
下級魔法ではエンガを倒せない。これはあくまで時間稼ぎだ。
「サキト君、パス!」
「はいよ!」
ポケットから取り出したポーションをパスしながら、エンガとは反対方向の階段へ向かう。
エンガに遭遇した時の対処も相談済み。
ここも、落ち着いて切り抜けよう。
蒸気の向こうからエンガが姿を現し、階段をある程度登った所で
「喰らえっ!」
僕は小瓶をエンガの上空に投げる。
「ア゛、どこに投げて――」
「<アクア・カッター>!」
背後から、サキトが魔法で小瓶を撃ち抜いた。
中の液体がエンガへと降りかかる。
「グ、アギガガガガ!!!」
内容物はホルマリン。
ハルトさんが持っていた物を、一度合流した際にサキト君が受け取っていたのだ。
効果を確認したら、急いで――
「逃がさねぇつってんだろ、ア゛ァ゛ン゛!?」
「ア゛ギッ!?」
僕のふくらはぎを、エンガの炎が捕らえた。
一瞬にして血肉が焼け、足全体に痛みが広がる。
「グ、ア、アッ......!」
「ヒカルッ!」
「イ゛って! ハャ゛グ!」
補填材等を持っているのはサキト君の方。
だから、僕は行けなくたって......!
「<貫き通す水の力よ――」
! そんな事しちゃ――
「喰らうかよ、ア゛ァ゛ン゛!?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
詠唱を始めたサキト君の口の中に、エンガが炎をねじ込む。
咥内を痛みが支配し、彼もその場に倒れ伏した。
「どいつもこいつもチマチマチマチマァ! しゃらくせぇ手ェばっか使いやがってよ、ア゛ァ゛ン゛!? テメーらやっぱゴミか、ン゛ン゛!?」
爛れた片目を治癒せず、エンガが怒鳴り散らす。
「ふざけやがって......! テメーら、楽には殺さねぇぞ、コ゛ラ゛ァ゛!」
「う、ゥ......」
――駄目なのか。
「まずはテメーからだ、眼鏡野郎!」
学園に着いて二人を助けて、シュウ先生からお願いされて。僕でも出来るんだ、って思ってた。
でも、やっぱり駄目なの?
「まずは......まずは足の指にしてやるよ、ア゛ァ゛ン゛!?」
僕は、あの人達やソラ君には――
「さあ喚け! 泣いてクルシ――」
[ドォン!]
「ッ!?」
エンガの足が僕の目の前まで近づいた、その時。
鼓膜を叩くような轟音が鳴り響き、直後にエンガが建物の外に吹っ飛ばされた。
一体何が起こったと言うのか。
風に押された? 違う、今のは何かに殴打されたように聞こえたけど......
「ア゛、ヴ、ア゛ァ......」
そうだ、サキト君の治療をしないと!
ッその前にこの足を......
僕自身の足とサキト君の口の中に補填材を当て、それぞれ<ヒール>を唱える。
歯を食いしばらないと耐えられない程の苦痛を感じながら魔法を唱えるのは、相当辛かった。
きっと、あの三人はそれをこなしてるのだろう。
近づいたと思った背中が、また遠くに感じた。
「ッゴホッ、ガハッ......アァ......悪ぃヒカル、助かった」
「サキト君、大丈夫?」
「俺は大丈夫だ。にしても、さっきの一体なんだったんだ? ヒカルの魔法じゃ......ないよな」
「そんな事が出来たら、サキト君が怪我する前にやるんだけど......」
「だよな。さ、ボヤボヤしてらんねーぞ。あいつがくたばったとも限んねーし、さっさと合流だ!」
「............うん」
自分の足を治癒しようと身体を起こした時、確かに一つの人影を遠くに見た。
あれは一体、誰だったのだろう?




