Part21 意志という名の力
[ドンッ! ジュウゥゥゥ!!!]
「......!?」
最悪の結末を想像して目を閉じた直後、地面が揺れるのを確かに感じた。
まさか、これは――
「ソラッ!?」
目を開けると、シュウを守るように地面が盛り上がり、壁を作っていた。
そして少し離れた場所では、ソラが地面に手を付けている。間違いない、魔術を使ったのだ。
直後、<オルティネート>で形成された両手の指がボロボロと崩れ落ちる。
「ァ、ア゛ア゛ア゛、ヴぅッ......!」
「馬鹿ッ、なんて無茶を!」
耐え難い痛みに身をよじらせるソラ。
よろめきながらも駆け寄り、背中をさする。
治癒魔法に充てたマナをも消費したという事は、ソラのマナはほぼゼロだろう。
そしてシュウは気絶。
持ち込んだスクロールも、全て使い果たした。
この状況、もう――
「万事休す、とはこの事だろうか」
「ッ!」
脳内に浮上し、それでもどうにか否定したかった言葉をヒュウランが口にした。
「もう、諦めたまえ。君達に勝機はない」
「ふ、ふざけるな! お前達にソラは渡さない!」
やっと再開出来たのに。
やっと笑顔を見られたのに。
それを失うなんて、絶対にしたくない。
「ふむ、大切な人を渡したくない気持ちなら、確かに分かる」
ヒュウランはエンガにチラリと視線を向け、ウマウの頭をそっと撫でる。
「だが、失うのは? もっと辛い事じゃないか?」
「何が言いたいッ!?」
「いや、簡単な事だよ。君が大人しくその子を渡してくれたら、我々はその子を殺したりはしない」
「そうか、お前達の目的は、ソラの力......」
「その通り。君の感情とはベクトルが異なるが、我々にとってもその子に死なれるのは困る。ふむ、そういう意味では利害が一致している、と言えるだろう?」
ふざけるな。何が利害の一致だ。
こんなにソラを痛めつけて、人として見て無いのは明らかだ。
「はは、怒らせてしまったみたいだ。しかし、怒った所で何になる? 君の大切な人の命の灯は、今まさに消えようとしているんだよ?」
「ぐ......」
ソラに目線を向ける。
床に倒れ、苦し気に喘ぐ姿は見ていて辛い。
「......一つ、質問がある」
「ふむ、聞こう」
「俺が今、ソラを引き渡したとして......お前達には助ける手段があるのか?」
「ある」
そう、ヒュウランはきっぱりと断言した。
「我々には他にも仲間が居る。連絡すれば、その子を治す補填材と共に五分で駆けつけよう。それまでの間もマナを供給し、彼女の苦しみを和らげる事が出来る」
「そう......か......」
「我々も人間だ。他人とは言え、苦しんでいる様を見るのは忍びない。その子の事を想うのなら、今すぐにでも引き渡すべきじゃないかな?」
ギリ、と奥歯を噛みしめる。
引き渡すべきじゃないのは分かっている。
でも、俺がハイと言いさえすれば、ソラは苦しみから解放されるのだ。
言い換えれば、今のソラを苦しめているのは俺......とも言える。
自分でもおかしな理屈だとは思う。
悪いのは襲撃してきた奴らで、でもソラを苦しみから解放する鍵は俺で。
............
俺は一体、どうしたら――
「諦め、ちゃ! だめ、です!」
頭の中がぐちゃぐちゃになり、助けを求めていたその時。
右後方、第二特別棟入口の脇から、青年の声が聞こえた。
その声は震えていて、息を切らしているせいで途切れ途切れで。
それでも、鼓膜から入って俺の気持ちを揺さぶるには、十二分に強い声だった。
振り返ると、眼鏡をかけたソラの友人――ヒカルが、頭髪を乱し両手を膝に突いて立っていた。
「テメーはあん時のッ!? 出てくんじゃねぇぞ、ア゛ァ゛ン゛!?」
突然乱入してきたヒカルに対して、エンガが声を荒げながら火球を飛ばす。
俺ですら対抗できない威力だ。このままではヒカルは――
「<オーシャン・ウェーブ>!」
炎にやられてしまう、そう思った時。
ヒカルの横から大波が押し寄せ、エンガの放った火球を揉み消した。
その大波は、そのままエンガらに襲い掛かる。
一体、何があったんだ......?
「ども、ソラのにーさん。援軍に来ました......つっても、俺達戦えないですけど」
そう言って物陰から姿を現したのは、ソラのもう一人の友人のサキトだった。
中級魔法をぶっ放したせいで、マナの欠乏で顔が青ざめている。
「ヒカルぅ、とりまシュウ先生治してやってくれ」
「分かった。......でも、サキト君は大丈夫?」
「俺はへーきだよ」
......強がってるけど、本当に大丈夫なのか?
「<我が身に宿る温もりよ その心 傷つきし身体に 癒しの力を与えたもう>、<ヒール>」
ヒカルが魔法を唱えると、直にシュウは意識を取り戻した。
脳震盪は脳の外傷だから、ヒールで治るのか。
「くっ、あなた達は――」
「渡しません!」
シュウを治癒した後、ヒカルはヒュウランに声を大にして言う。
「僕達は貴方達には勝てないけど、ソラ君の横には立てないけど! でも、同級生として、友達として! 貴方達にソラ君は、渡しません!」
「な、何も出来ないのに――」
「違うッ!」
ドン、と大きな音と共に、ヒカルはパンパンに膨らんだ二つのリュックを背中から降ろした。
「なっ......!?」
その中からはボトル入りのポーションがゴロゴロと転がり出て、リュックの狭さに耐え兼ねたスクロールがボッと頭を出す。
その物量に、目を丸くしたシュウが尋ねる。
「これは......?」
「公園から持ってきた、ありったけのポーションとスクロールです!」
「! それは君達の身の安全を守る為に、警官と教師の皆さんが持っていた物だろう!?」
「大丈夫です、もちろん許可貰ってますから!」
「そうじゃなくて、だね――」
「ハルトさんとシュウ先生が出て行った後、思ったんです。僕達は何も出来ないのかな、って......」
「ヒカル君......」
ヒカルの表情には、並々ならぬ量の感情が詰め込まれていた。
まるでそれは、自身の人生を回顧している様で。
「そうしたら、みんな同じ事考えてて。ソラさんやシュウ先生に助けて貰ったのに、何も出来ないのは嫌だって。だから、僕達に出来る事をやろう、って決めたんです。自分の身ぐらいは自分で守って、託せる力を託そう、って!」
ヒカルはヒュウランらに向き直り、胸を張って高らかに宣言する。
「力の無い生徒だと思って、利用価値のあるコマだと思って......僕達を、見くびるんじゃない! これが僕達の、意志という名前の力です!!!」
「!!!」
大量のスクロールにポーション。
これは、明らかな形勢逆転材料だ。
ヒュウランの表情が初めて歪んだ事が、何よりの証拠になる。
ヒカルの姿を見て、シュウが微笑みながら耳打ちする。
「......よく来てくれた、二人とも。でも、もう一つ頼みたい事がある」
「......ソラ君の治療、ですね」
「そうだ。<ヒール>を掛けたところで、この重傷は治らない。だが、本校舎一階の保健室には補填材と骨形成材があるはずだ。それを取って来てほしいんだが......頼めるかな?」
そのお願いに、ヒカルはコクリと頷く。
そして大きな口を開き、こう言った。
「分かりました、保健室から補填材と骨形成材を取って来て、ソラ君を助けるんですね! サキト君、行こう!」
「? ...... ! おうよ、任せてくれよシュウ先生!」
何か目で合図をしてから、二人は保健室へと向かって行く。
だが、その直後――
「ッ......くそがぁ! 力のない雑魚が、イキるんじゃねぇぞ、コ゛ラ゛ァ゛!」
突然、エンガがこちらに突っ込んで来た。
「ッ! 二人の邪魔をされる訳には――」
「テメーに構うつもりはねぇんだよ、ア゛ァ゛ン゛!?」
怒鳴りながら、エンガは校舎の壁に向かって火球を放つ。
その火力は今まで以上で、あっという間に壁を溶かし穴を開けてしまう。
こうなったら、俺の炎で壁を作って......!
「邪魔すんじゃねぇぞ、コ゛ラ゛ァ゛!」
「グッ!」
駄目だ、やはり火力の差が大きすぎる。
行く手を阻もうにも、エンガが飛ばしてくる炎の対処で一杯一杯だ。
そしてエンガの炎を振り切った時、彼はもう校舎の中へと入っていた。
「マズイ、これじゃ二人が――」
「......いや、これで良いんだ」
狼狽える俺を、シュウは冷静に引き留める。
「『これで良い』って、どういう事だ!?」
「これは、俺達の負担を減らす為の策さ」
「『俺達の負担を減らす』?」
「恐らくだけど、二人は公園で俺達の話を聞いていて、俺達二人であの三人の相手をするのは難しい、と感じてたんだ」
「まさか、意図的にエンガを釣ったのか!?」
「ああ。見た所、エンガはヒカル君のイジメに関わっていたようだね。それを利用して、奴の気を引きつけたんだよ」
そうか、通りで神経を逆なでするような言い方で、しかも大声で話してたのか。
「だから、これで二人の作戦通りなんだ。それに、ヒュウラン達が今俺達を攻撃しなかったのも、エンガに下手に構うと隙を作る事になるからさ」
そう話すシュウに、ヒュウランは肩をすくめてヤレヤレと言った表情を見せる。
「ふむ、その通りだ。はあ、エンガはこういうのに弱いな。今度、またキツく言っておかねば」
やっぱりそうだったのか。
別に俺が立案した訳じゃないが、成功すると何だか俺までトクイな気分になるから不思議だ。
「ほーん。つまり、次があるってか?」
「ああ、エンガが帰ってくるまでにカタを付ける。私の提案を拒否した事、後悔してもらおうか!」
「こちらも、妹の事になれば世界一面倒な奴を敵にした事、後悔させてやるよ!」
もう迷ったりはしない。
この三人を撃退し、妹との日常を取り戻す!
気合十分! 第二ラウンドの開始ぜよ!




