Part20 災禍の中へ
[ドォン!]
[ズ......ズゥン!]
学園を揺らす、轟音と振動。
それを頼りに、戦場の運動場まで辿り着く。
そこには、俺を倒したエンガと身なりを整えたヒュウラン、そしてフードを深々と被った小柄な人物――恐らくウマウ――が立っていた。
「ソラ! 今すぐ......ッ!?」
が、しかし。
先程までソラを助けようとしていた脚が、気持ちが、思わず止まってしまう。
なぜなら、目の前には想像を絶する光景が広がっていたからだ。
上空には、錘のように低く黒く垂れ下がった雲が学園を抑え込み。
その雲からは、数多もの太く長く伸びた水塊が跋扈し、まるで龍のように上空を乱舞している。
そしてその龍が、あるいはその身体から生じた分体が、次々とソラを襲撃。
隆起させた土の塊と激しく衝突しては、水と土、轟音と振動をまき散らす。
加えて、地上からの追撃がソラに襲い掛かる。
ヒュウランの操る、マナを粒状にして混ぜた風の共鳴術が大地を切り裂き、エンガの放った魔法が土や岩石を破壊する。
ソラも、水龍の猛攻が途絶えた一瞬を狙って攻撃を仕掛ける。
それを、迫り来る土砂は反り立つ氷の壁が、降り注ぐ礫は燃え滾る炎が阻む。
天が荒れ、大地が怒り、炎が跋扈していた。
並の者なら吹き飛ぶ風も、畏怖する大地の轟きも、下敷きとなる土石流も、死まで追い込まれる熱風も、この戦いではただの余波でしかない。
戦いの次元が違う、そう直感した。
近寄る事さえ出来ないが、事態はすぐに転機を迎える。
無理に反撃しようとした結果、水龍への迎撃が遅れ、更にそれがエンガの放った<サンライト・アロー>への対応を遅らせたのだ。
血肉を焼き切る光線に腹部を抉られ、患部を押さえてその場に倒れるソラ。
間髪入れずに、水の手がソラに襲い掛かる。
「ソラッ!」
頼む、間に合え!
絡まりそうな程に両脚を回転させ、ソラの元へと駆け寄る。
このままでは間に合わない。なら。
<エクスプロージョン>のスクロールにマナを流し込み、三人めがけて投げた。
「!!!」
突然の乱入に三人組は驚きの表情を覗かせる。
生まれる一瞬の停滞。
それを突き、倒れるソラの元へ滑り込む。
急いで背を向け――
<エクスプロージョン>、発動。
――強烈な爆風に背中を押され、抱えたソラと共に強引に三人組から離れる。
今は水蒸気が発生して視界も悪くなっている、この隙にッ......!
「やれやれ、逃がすとでも?」
――ヒュウランの風が、一瞬にして蒸気を吹き飛ばした。
「くっ......!」
「ふむ、もう復活したのか。が、さようならだよ」
涼し気な声を発するヒュウラン。
直後、風の刃が迫り
「さようならじゃない。また会ったね、だ!」
――それをシュウの風が食い止めた。
「ハルト、風は俺が抑える! その間に撤退を!」
「分かった!」
追い付いたシュウに背中を任せ、ソラを抱えて走り出す。
俺の後ろ姿をヒュウランの風が狙うも、受け流しと衝突を使い分け、シュウが匠みにガード。
二つの風が激しくぶつかり合い、金属を削った時のような音を発する。
「ふむ、素晴らしい技量だ。だが、今は一対一じゃない。ウマウ!」
ヒュウランの合図にウマウが頷き、シュウの両側から水塊が襲い掛かかった。
「<熱をもたらす日の光よ その理 この身に集い 光線の一撃と成し給う>、<サンライト・アロー>!」
だがその状況を、俺も黙って見過ごしはしない。
俺が放った魔法はシュウの脇下を通り、ウマウの水を撃ち払った。
更に、魔法はそのままヒュウランを襲う。
運良く俺の位置はヒュウランにとっての死角となっており、光線の一撃はヒュウランの腕を貫いた。
「グッ......!」
「助かったよ、ハルト!」
「ラッキーもあったけどな!」
負傷したヒュウランは治療せざるを得ず、ウマウはそれに気を取られている。
この隙に一気に引き返すが――
「逃がすかよ、ア゛ァ゛ン゛!?」
迫り来る炎。だが、これぐらいでは焦らない。
Bランク試験で見せつけた妙技、喰らうがよい! 口からファイヤー!
「またウゼェ真似を――」
「俺も加勢する!」
「グアッ!?」
よし、ナイスフォローだ。
俺が吐き出した炎にシュウが風を吹き込む事で、炎の勢いを増幅。
エンガの超火力を押し返す。
合図無しでもここまでしてくれるのだから、シュウ様様である。
「! シュウッ、来るぞ!」
「分かってるさ!」
が、上手く行ったのはここまで。
俺が気付いた頃にはヒュウランの傷は癒え、風の中級魔法の組成式が宙に浮かんでいた。
迷わず、シュウは<エアロ・ブラスト>のスクロールを使用する。
吹き込む強い風を背にして走り、俺とシュウは中庭の東屋の下まで到達した。
「兄さん、ど、ぅして......」
「無理して喋るな! 傷を看るぞ!」
魔法の発動時間が切れるまで、余り時間もない。
安静にするよう言ってから、俺達はソラの身体の状態を急いで確認する。
ソラの身体は、有り体に言って異常な見た目をしていた。
おかしくないのは右腕だけ。後の四肢は途中から半透明の青色をしていて、よく見ると骨のような物も覗いていた。
肩や腰もそんな状態になっている場所が見られたが、気になったのは腹部。
さっき確かに抉られた場所で、出血の後もあるが、ここさえも半透明の青色をした身体に置き換わっている。
いや、待て。これはつまり......
「シュウ、これは――」
「......<オルティネート>。四肢欠損などの、体内の栄養素だけでは治せないレベルの傷を負った時に使う治癒魔法だよ」
「なっ!?」
青くなってる場所全てが、抉られた場所だって言うのか!? なんて惨い......!
「それに、この魔法を使ってる状態で魔術を使うなんて……これは触覚や痛覚まで再現する魔法だけど、あくまでマナで出来た身体。そこにマナを流せば、疑似的な痛覚に直接刺激が行って、激痛が走る......拷問方法に採用されてるぐらいなんだよ」
「ソラ......」
夢の中のソラは、背中を貫かれて死んだ。
だが、実際はもっと痛ましい事になっている。
クソッ、何でもっと早く来てやれなかったんだ、俺は......!
それに――
「俺を遠ざけようとしたのは、こう言う理由もあったんだな?」
「ぁーぁ、バレちゃったかぁ......」
息を漏らしているだけと錯覚する程の弱弱しさで、ソラは笑う。
トイレに居た時は分からなかった。
でも、今なら分かる。
ソラが俺を遠ざけた本当の理由、それはこんな出来事に巻き込ませない為だ。
恐らく、最初にオウルズ・ヘリテージと接触した時点で、ソラはいずれこうなると予感していた。
だから遊ぶ事無く、黙々と力を養っていたのだ。
警察に相談をすれば良いと言われそうな物だが、奴らがいつ襲って来るかソラには分からない。
『いつ来るか分からないけど、もしかしたら襲われるかもしれません』では、誰も動かないのだ。
それに、この前藤宮家に来た時、俺はソラ以上の実力がある事を示せなかった。
それが、俺を遠ざける決定的な要因になった。
社会的に見ても、人命的な観点から見ても、合理的な判断だ。
だがそれが鎖になって、周囲に助けを求めようとする手を縛り付けたのだ。
独りで闘い続けるのは、とても辛かっただろう。
「何もせずに兄さんに任せてくれ、な?」
俺の呼びかけにソラは力なく頷く。
今の俺がしてやれるのは、これが限界だ。
ソラを少しでも安全な場所へ、隣接する体育館の階段まで運んだ直後。
「ハルトッ、来たぞ!」
「!!!」
振り返ると、雲から降りてきた水龍が俺達を飲み込まんと迫っている。
「クッ!」
今から詠唱する時間はない。
スクロールは残り一本、これ以上の消費は避けたいし、火のスキルで事足れば......!
「――~~~ッ!」
いや、無理だ。全力で放射しても、物量差が尋常じゃない!
シュウに援護......いや、それも駄目ッ、ここはスクロールを使うしか!
急いで<ソーラー・ビーム>のスクロールを取り出すも、時既に遅し。
眼前までに迫っていた龍を光線で打ち抜いた結果、俺達は大量の水蒸気に視界を奪われる。
シュウが急いで蒸気を風で払うと
――頭上には、二人の身長を超えるほどの氷塊が迫っていた。
[ズ ドォオン!]
俺とシュウが立つ位置の手前に、巨大な氷塊が落下する。
瓦礫や土砂と共に砕けた氷塊が飛び散り、腹部に大きな塊がめり込んだ。
「ガ、フッ......ゥ」
強烈な痛み、そして吐き気。
しかし、うつ伏せに倒れ込んだ俺の視界の端にエンガの放った火球が映る。
狙いはシュウ。このままでは直撃する。
しかし、シュウは脳震盪を起こして気を失っているのか、ピクリとも動かない。
今の体勢に、この距離。
駄目だ、防ぐ手段がッ――
[ドンッ! ジュウゥゥゥ!!!]
最悪の結末を想像して目を閉じる。
だがその直後、火球の命中と共に地面が揺れるのを確かに感じた。




