Part6 おまわりさんこいつです
「妹さんに会うために、わざわざここに足を踏み入れたんでしょ? 何で道が分からないの!?」
「標識も無い森の中を、迷わずに進めるか! 大体、地元に暮らしてる方が普通詳しいだろ!」
お嬢様と俺、お互いに言葉をぶつけ、睨み合う。
ハルトさん負けませんって、がるるー。
「お嬢様、ここは相手の言い分に分が有りますよ」
「うっ……」
そーだそーだ、言ってやれ。
「まあ確かに、お嬢様のお気持ちは察するものがありますが」
「ちょっと......」
「お父様と大喧嘩して『お前なんか出ていけ』と言われ、腹いせで本当に屋敷を飛び出すとは」
え、そうなの?
「それで自分からこの森に入ったのに迷うだなんて。確かに、迷った理由を他人に聞かれたくないですよねぇ......」
いや、思いっきり他人に聞かれてますがな。この従者ドSやでぇ......
お嬢様が若干涙目になってるし、そろそろ止めてあげた方が良いんじゃないか?
「分かった、分かったから! 助けて頂戴!」
「おやおや、人にお願いする時はどんな態度が好ましいのでしょうか」
「教えてくださいお願いします......」
うわぁ、主人から凄い言葉引き出させたぞ......
「お願いされました。さて、その地図を貸していただけますか」
コレ? ほいよ。
「お嬢様、森に入ってきた方向は?」
「大体このあたりかしら」
「そのまま真っ直ぐ入っていかれたのですね?」
「う、うん」
「となると、お嬢様が足を滑らして落ちたのがこの辺り、」
「ウッ」
「その後シャドーウルフに無様にも追い回されていたとなると......」
「グッ」
「今私達が居るのはこの辺りでしょうか」
さすが人の世話をしているだけはあるのか、バトラー少女は現在地をピタリと言い当てた。
そしてそのまま、どう進むべきか的確に指示していく。
それにしても、さっきから無表情のまま繰り出している言葉のナイフの数々が、お嬢様に刺さっているのだが。
ずっと続くバトラー少女のターン。
もうやめて、お嬢様のライフはとっくにゼロよ。
「それではお嬢様、先頭をどうぞ」
「な、なんで私がそこまで......!」
ここに来てなお、主人に酷な要求をするバトラー少女。あれ、この子従者なんだよな?
が、流石にプライドがあるのか、お嬢様も食い下がっている。
さてさて、どうなるかね。
蚊帳の外の俺が、生暖かい目線で見届けようぞ。
「お嬢様、ここは敢えて先頭に立つべきかと」
「ど、どうして?」
「考えてみてください。暗くなった森の中から、従者を引き連れ自らの力で帰還なさる......そのお姿は、お父様の目にも大層凛々しく写るのでは無いでしょうか」
魔物が出る森に入って行った時点で、お叱り確定だと思うんだけどなぁ。
流石にこんなので引っかかったりは――
「それもそうね!」
ちょっろ.........
「さあ! こんな所、すぐに出てやるんだから!」
大丈夫なのか、このお嬢様。
その辺に落ちてた棒を拾って意気揚々と歩き出す姿が、俺にはカブトムシを掴まえに森に入った子供にしか見えない......
上機嫌なお嬢様の後ろを、俺とバトラー少女は付いていく。
「いいのか? 主人を前に立たせるなんて」
「ええ。本人にも自覚はありませんが、お嬢様は魔物の察知能力が高いんですよ。魔物の巣窟と化した森の中では、この力はとても頼りになります」
な、なるほど。てっきり主人を弄んでるだけかと思っていたが、これも考えあっての事なのか。
「痛ッ、頭打っちゃった......」
......
「キャー、クモー!?」
............
「な、なあ。やっぱり俺達が前に立った方が――」
「フ...フフ......」
わ、笑った......?
これまでずっと無表情だったバトラー少女の口元が、クイと歪に吊り上がる。
「可愛いでしょう、愛らしいでしょう。私の手の平の上で踊らされているのに気づかずに、あんなに一生懸命に、無邪気に森の中を進んでいらっしゃる。今まで何度もこのような経験をなさっているのに、私の事を疑おうとしない。それどころか、頼りにしていると言って笑みを向けてくださるのです。ああ、なんと不憫で、哀れで、いじらしい方なのでしょうか。可哀想。可哀想なお方です。だからこそ、私が守ってあげなくてはならないと、そう強く思うのです。分かりませんか、アナタも。主人を騙してしまったという罪悪感と、主人に頼られたという喜びが混じり合う。この感覚が堪らないのですよ、これ以上なく。フフ。分かっていますよ、主人に抱いてはいけない感情であることぐらい。ですがその背徳感が、なんとも、なんとも......フ、フフフフフ......!」
声を上ずらせながら、まくしたてるように歪んだ情を溢れ出させるバトラー少女。
前を行くお嬢様に聞こえないよう小声になっていたのが、反って不気味だった。
......ヤベェわこの子。これまでの人生で会ってきたどの人間よりも、ヤバイと断言できますわ。
というか、やっぱり主人を弄んでるだけじゃないか。なんだこの従者。
「ねえ、進む方向こっちで合ってる?」
「ええ、合っていますよ」
歪んでいた口元がスッと戻ったが、その眼はまだ嗤っていた。
......俺、この森から出られるのかな。なんか不安になってきたわ。
◇◇◇◇◇
「そう言えば、何で森の中で迷ってたんだ?」
歩き出してすぐ、俺は気になっていた事をサイコバトラー少女に尋ねた。
「ええ、元々は……地図、のような物を持っていたのですが、それを失ってしまいまして」
「ふーん」
「あなたが地図の現物を持っていて助かりました。ええ、と……」
地図の現物って、回りくどい言い方したな。
そう感じていると、バトラー少女がどもる。
「まだ、名前を伺ってませんでしたね」
「え? ああ」
そう言えばそうだったな。
でもどうしよう、名前からして異世界人だって思われたりしないか……?
「......ああ、私はマヤと申します。前を歩くのが、アリスお嬢様です」
と、人に名前を聞く時は自分から、というマナーがこの世界にもあるのか、バトラー少女の方から名前を教えてくれた。
ふむ、この感じなら行けそうか。
俺の名前も古風な響きではないし、勘ぐられる危険性は無さそうだな。
「マヤにアリスか。よろしく、俺はハルトだ」
「ハルトですね、宜しくお願いします」
「宜しくお願いね、ハルト」
互いの名前を確認し、俺達三人は森の中を進んで行く。
やがて、人工的に整えられた小道に出てきた。
どうやら帰還には近づいているらしい。
ホッとすると共に、俺には少し気になっていることがあった。
「大分暗くなってきたな............」
二人が居るためにスマホで時刻を確認することはできないが、森に飛ばされてから一時間ぐらい経った気がする。
こっちの世界が24時間で、かつ季節が同じとは限らないが、5時半にもなれば日が傾いてきて森の中はかなり暗くなってくる。
足元がかろうじで見えるぐらいになっているし、転倒の危険性があるのだ。
「そう言えばハルト、火属性を使ってましたよね」
俺の呟きを聞いたマヤが反応を示す。
「ああ、そうだけど」
「なら、魔法で照らしてもらえますか」
「悪い、松明代わりになるような小さな炎を出せるかどうか、自分でも自信ないんだわ」
さっきは開けた場所だったから良かったものの、もしこんな林道でデカい焔でも出してしまえば山火事になりそうだ。
まだ魔法を使い始めたばかりだし、出来れば他の方法で照らしたい。
「? いえ、ですから魔法で......<トーチ>で照らして欲しいと」
待てマヤ、何のことだ。まるで意味が分からんぞ。
それにトーチって、つまり松明の事だよな?
さっきから話が微妙に噛み合わないんだが。
と、顔をしかめる俺を見てマヤがエ、と声を漏らした。
「もしかして......<トーチ>を知らないとでも?」
「知らないっていうか、ええと、そのトーチとやらはどうするんだ?」
自分でも言葉がややおかしくなっている事に気付きながら、マヤに尋ねる。
いやだってさ、やれやれって言われても何をどうやったら良いのか、皆目見当も付かんのですよ。
困惑している俺を見て、ヤレヤレと言わんばかりに溜息をつくマヤ。ちょっと傷付くぜよ。
「『地上を照らす日の光よ その理 この身に集い 我が行く道を照らし給う』」
「うん、え?」
「<トーチ>の詠唱ですよ!」
「え、詠唱?」
良く分からないが、これを唱えれば良いのか?
というか、マヤが今にも怒り出しそうな表情をしているし、ここはキツネにつままれた気分で唱えるてみるか。えーと......
「<地上を照らす日の光よ その理 この身に集い 我が行く道を照らし給う>」
そう唱えると、空中に淡く光る蒼白い球体のようなものが現れた。
球の中では、模様が描かれた帯が幾層にも重なり、回転軸を傾かせながら高速で回っている。
中々にキレイだ。
「おお!」
「......それが魔法の組成式です。あとは魔法の名前――『トーチ』と唱えれば魔法が発動します」
「分かった。――<トーチ>」
そう唱えた瞬間、球体がキュッと縮んだかと思うと中から光が――って、うおっまぶしっ!
「え、なによ!?」
「! 光が強すぎる、抑えてください!」
あまりの光の強さに、前を歩いていたアリスも驚いて振り返る。
っていうか抑えろって言われても、ええと、どうするんだコレ。
「ハルト、別の事に意識を逸らしてください!」
「ッ、仕方ない!」
こうなったら、アレを出すしかない。
手をズボンに突っ込み、スマホを取り出す。そして表示するのはミヨの写真……ではなく、マイマザーの写真である。
原理は良く分からないが、妹が写った写真は漏れなく全て消えてしまっている。
だがしかし! 故にミヨに関する写真も全て無くなっている......と思っていたのか?
もしそう思い込んでいるのだとしたら、それは想定が甘いのだよッ!
ママーンが写っているだけのこの写真、ズバリ衣服、エプロンが重要なのである。
このエプロンは今から3年半ほど前――正確には1316日前、妹が家庭科の授業で作った物。
それを持ち帰り、上機嫌で家族に見せびらかすミヨの写真はダメになってしまったが、ノリで母が着た写真も偶然残してあったのだ。
ポージングも一緒だし、本当に我が北条家の遺伝子を継いでいるのか疑問に感じるほどの美少女であるミヨとも、目元ぐらいは似ている。
そしてこれだけの材料があれば、後は脳内補完でミヨの姿を再現する事は可能ッ!
修正開始! 10%、37%、68%……100%!
おお、見える、見えるぞ! エプロン姿のソラが見える!
この時の様子は印象深い。
笑顔が良かったのもあるが、初めて見るミヨのエプロン姿に、当時中学生だった俺はノックアウトされたものだ。
ちなみに、ミヨの姿を積極的に写真に残すようになったのも、これが始まり。
つまり、俺の妹愛が飛躍するきっかけとなった一瞬なのだ。
はあ、マジ天使ですわ。
などと考えていると、いつの間にか光は弱まっていた。
妹の姿を想像――いや創造する事と、それに加えて創造した妹の姿に想いを馳せる事で、ダブルで意識を逸らすこの方法。
我ながら実に素晴らしい方法である。
例えこの場にいなくても、どんな時にでも俺を助けてくれる妹に感謝感謝。
やっぱり君は最高だよ、ミヨ。
あ、バレない内にスマホを隠さねば。
「理由は良く分かりませんが、収まって良かった」
「というか、何でそんなに焦ってたんだ?」
「なんで、ってそんなの、強い光を当てたらインハラント・マンドラゴラが起きるじゃないの。え、その事も知らないの、ハルト......?」
「本当ですよ、お嬢様。この男、あまりにも無知すぎる......」
溜息を付いて呆れかえる二人。
こっちに来たばっかりの人間なんだ、仕方ないだろう、と言いたくなるが、ここは抑えるしかないな。我慢我慢。
「と言うか、そんなにオドが強いのにどうして知識がスッカスカなんですか?」
「ごめん、そのオドって言うのも、実はよく分からなくてさ。多分アレだろ、その――」
「もういいです、全部教えますから」
魔法の知識が無い事を悟ったのか、話そうとする俺をマヤが手で制止する。
おお有難い。色々気になってたんだ、お言葉に甘えて色々教えて貰おう。