Part18 災禍の外で
「......さ......、......ぃさん。兄さん! ねえ起きて!」
聞き慣れた声に導かれ、俺は意識を取り戻す。
目を開けた瞬間、ボロボロと涙をこぼすソラの顔が飛び込んで来た。
俺の頭は床についておらず、後頭部が暖かい。
なるほど、膝枕というヤツですか。
「良かった、目が覚めた。もう手遅れかと思って心配したんだよ!?」
手遅れ? そうか、俺はエンガに―― ! そうだ、右脚! どうなった!?
上半身を起こして右脚を確認すると、膝上三分の二あたりからズボンが切れていたが、肝心の右脚は元通りにくっついていた。
そして少し離れた所に、エンガが倒れている。
! ......そうか、終わったのか。良かった。
「うん。兄さん、身体に痛い所はない?」
ああ、ソラに看てもらったから絶好調だ!
「もう、何それ」
クスクスと笑うソラ。釣られて、俺も笑う。
いやー、何とかなったな。一時はマジで死ぬかと思ったけど。
「......うん、そうだね」
学園は滅茶苦茶。再開まで結構大変だろうけど......ま、ソラも無事だしな。
お兄さんにとってはそれだけで満足だ。
「............」
ソラ?
はは、と笑いかける俺に対して、ソラの反応は薄い。待て、何か様子が変だ。
「そう......だね」
ソラッ!?
突如、ソラの口からツーと血がこぼれる。
そしてそのまま、ソラの身体が力なく倒れた。
はずみで上半身がグッと持ち上げられ、急いで後ろを振り返ると、ソラの背中にはエルゲージが深々と突き刺さっていて。
ソラ!? おい、しっかりしろ!?
「ごめん兄さん、私無理しちゃったかも」
かもじゃねぇよ! 待ってろ、今すぐ――
「もう、遅いの」
ソラの声。今度は、天から。
頭を上げると、白い衣服に身を包んだソラが宙に浮き、こちらを見つめている。
さっきまで話していた方のソラはすでに冷たくなっていて、その身体から出た粒子が宙に浮くソラを形作っていた。
ウソだろ!? 俺を置いてかないでくれ!
「ごめん。それと、今までありがとう」
ソラッ!
「さようなら、兄さん。あい、し......て、る......」
白みゆく世界の中、俺は必至に手を伸ばす。
その手が届いた瞬間世界が輝き、そして――
「ソラぁぁぁぁぁーー!」
「ふがっ!?」
俺は見知らぬ男性の顔を掴んでいた。
「え? 何、どうなってんだ?」
「キ、君。意識を取り戻したのは良いが、その手を放して貰えるかな......?」
「あ、す、スンマセン」
白衣を着た男性の顔から手を放し、上半身を寝かせる。男性の腰ぐらいの高さにある目線、肌ざわりの良いシーツ。
今俺が寝ているのは地面ではなく、担架の上なのだ。そして、上に広がるは薄く雲の張った空。
「......ここは?」
「常明学園から1キロ離れた場所にある公園だよ。君みたいな怪我人を運び込んで、ここで看ているんだ」
「怪我人......?」
周囲を見渡してみると、男性が話した事を裏付ける光景が広がっていた。
公園の中に居る生徒は、俺のように担架に乗っていたり、白いシャツを血で汚していたり。
相当怖かったのか、泣いている生徒も居た。
「......酷いものですね」
「ああ。でもあんな事があったのに死者が出なかったのは、本当に良かった」
「死者......そうだ、ソラは!?」
「ちょっと、急に動いちゃ良くないよ!」
飛び上がろうとする俺を、男性は制止する。
「君だって危ない状況だったんだ。瀕死の所を警官の方々が見つけてくれたから、何とか助かったものの......」
「そう、ですか......」
下半身を見てみると、やはり膝上三分の二あたりからズボンが切れて、そこからニョッキリと右脚が這えている。
なるほど。なんとなく話が見えてきましたよ。
エンガに右脚を切られた後、俺は気絶してしまったんだろう。
そして、そこを学園内部を捜索していた警官が通りかかり、エンガは人数差か何かで分の悪さを感じて撤退。
その後右脚を治されて、俺はここまで運ばれて来た、という事だ。
つまり、あのソラに介抱されていた光景はただの夢だった、という事になる。
うん、まあ途中からオカシイとは思ってたよ。人間の魂なんて見える訳ないし。
何より、我が妹が面向かって『愛してる』とは言わないと思う。でも声は本物そのものだったな。
ナイスだ俺、脳内SSDにも保存しておこう。
などという些末な事は置いといて。
「ちょっと君、平気なのか」
「あ、ハイ。別になんとも無いですし、探してる人が居るんで。ありがとうございました」
担架から起き上がり、俺は公園を見て回る。
あれが夢だったとしても、まずはソラが無事か確認しよう。
この公園に居るといいんだが......いや、公園に居る人数からして、生徒全員が居るようには見えないな。
さっき怪我人をここに運んでいるって言ってたし、無事な生徒は別の場所に居るのやも。
とにかく、手掛かりを得ないと始まらない。
俺は教師っぽい人間に話しかける。
「すみません。学園の中に残ってる生徒って、まだ居たりしますか?」
「ん? ああ......すまないが、まだ分かっとらんのだ」
「分かってない?」
はいかいいえではなく、『分かってない』か。
これは予想外だ。
「凄い騒ぎだったからなぁ。避難誘導するのも困難で、自分の判断で学園を脱出した生徒も大勢居る。大体の生徒の安全は確認できたんだが、まだ安否不明の子が数人居るらしい」
「......ちなみに、その中に九条 ソラという生徒は?」
「確かに、その生徒の名前もあったな......」
「!!!」
何てことだ、ソラがまだ取り残されてるかもしれないのか。
こうしてはいられない、学園に向かわないと!
が、公園の外に向かって歩き出そうとすると、さっきの教師に腕を掴まれた。
「ちょっと君、ここを出るつもりか!?」
「あ、ああ――」
「止めておきなさい、外に出るのは危険だ!」
「多少の危険は承知の上です! でもここで待ってろだなんて......」
「駄目だ! 今の学園には、普通の人間は敵わない危険な奴らが居るんだ!」
『普通の人間は敵わない』?
それに『奴ら』って事は、複数人居るのか?
「私も詳しい話は聞いていない。だが、裏社会に身を置いた者達のようでな。三人一組で行動していて、Aランカー複数人じゃないと対応できない、それぐらい危険な存在らしいんだ」
「Aランカーが複数人で......!?」
考えてみれば、これは大袈裟な話ではない。
自慢じゃないが、俺だってレベルだけで言えばAランカー相当の強さがある。
にも関わらず、襲撃者の一人のエンガは、サシの勝負で俺以上の火力を見せた。
仮に全員がエンガぐらいの実力なら、Aランカー一人で勝てないのは明らかだ。
「もちろん、そんな危険な人物達を学園に居座らせる訳にはいかない。あと30分も経てば、Aランカーで構成された特殊部隊のチームが到着する予定だ。それまでは、警察の方々に任せるしかない」
「それは......そうかもしれませんが」
客観的に見れば、その対応が正しい。
でも、もしソラが学園に残っていて、三人組に見つかっていたら。あるいは、今隠れていて動けない状況だったら。
30分も持つか、不安を感じずにはいられない。
「ところで、君はその子の友達か?」
「え!? いや、友達というか、その......」
「一年生にしては大人びてるような......?」
ギクリ。
「え~~~っと、それは......」
「待てよ。君の顔をどこかで......?」
ッ~~~! やばい、バレる――
「――何仰ってるんですか、池野先生。彼は一年四組の佐野君ですよ」
かと思われたその時。
俺の後ろから、落ち着いた男性の声がした。
振り向いた瞬間、思わず声が出そうになる。
その男性は、五時間目でソラと勝負していたシュウだった。
ちらりと視線を向けると、彼はにこりと微笑む。
「佐野君?」
「はい。すぐに不登校になった子なので、顔を知らないのも無理ないでしょうが」
「は、はあ......」
「私も直接会うのは初めてで。佐野君、向こうで話しようか」
「は、はい」
そうしてシュウに言われるがまま、俺達は公園のトイレの裏に移動した。
「はー、ヒヤヒヤしました。助けていただいてありがとうございます」
「いやいや、そんなに頭下げなくたっていいよ」
壁に手を付き、安堵の息を漏らす俺に、シュウはおどけてみせる。
「まだ名乗っていなかったね。俺の名前は高山 秀。君は北条 ハルト君だね?」
「ええ、まあ。というか、俺の事知ってたんですか?」
「知ってるというか、つい先日ニュースで出てたからね。よく憶えているよ」
「はは、どうも......」
もしかして、俺は結構認知されてるのか?
嬉しいやら恥ずかしいやら。
「あと、俺の事は呼び捨てで良いよ。俺は20歳だし、そこまで違わないだろう?」
「いやいや、助けてもらったのにそんな――」
「じゃあその助けてくれた人のお願いという事で、聞いてもらえないだろうか?」
「そういう事なら、まあ......」
んー、なんというか。
普通に暮らしてたら関われないタイプのイケメンを呼び捨てにするのは、何だかむず痒い。
それに......さっき心の中で、思いっきり罵倒した相手だしなぁ。
でも実際に話したら分かる、シュウは良い人間だ。
オマケに状況を察して助け船出してくれるとか、性格までイケメンかっての。
シュウには悪いが、その良心に付け込んで仲良くさせて貰おう。
「それで、君はどうして学園に居たんだい?」
「あーそれは......」
「?」
「ちょっと気になる事があったというか......」
「もしかして、妹のソラちゃんの事かな?」
「まあそんな所......って、え?」
今確かに、ソラの事をちゃん付けで、しかも俺の妹って言ったぞ!?
「どこでソレを!?」
「今から10日ほど前かな。あの子は学園の中でも少し浮いてたから気に掛けていたんだけど、それが災いしてあの子の事情に立ち入ってしまったんだ」
やや申し訳なさそうに頭を掻くシュウ。
悪気があった訳ではないようだし、そこは一安心なのだが。
「他の人にこの事は......」
「言っていないし、悪い事に利用するつもりも無いよ。そこは安心して欲しい」
「ならまあ、いいけどさ......」
悪意はないみたいだし、一先ずヨシとしよう。
今は与太話してる余裕はないしな。
「というか、そこまで知ってるなら俺が公園を出ようとした事情も――」
「そうだね、無駄話が過ぎた。本題に......学園への襲撃の話に移ろうか」
そう話すシュウの声色は打って変わり、表情も硬い物へと変化していた。




