Part15 兄妹の想い
ソラの様子を見て放心していた俺だったが、その内別の所が緩んできた。
そう、膀胱。思い返してみれば、朝に一回行ったきりだ。
そりゃキツイわな。
時計を見ると、授業終了の15分前。
この後トイレに行ってまた教室のロッカーに潜伏する事を考えると、かなり時間は厳しそうだ。
「ニーナ悪い、俺トイレに行くから」
「りょーかいです。私も私で好きにするんでー」
「頼むから変な騒動は起こすなよ......」
「ぬっふっふ、大丈夫ですよ!」
[ピッ]
......安心できそうにない。
というか、ニーナに安心とかを求めてはいけない気がしてきた。
ニーナの同級生とか大変そうだなぁ。
いや、類は友を呼ぶとか言うし、周りも似たような奴らなのかもしれん。
そうだと益々地獄なんだが......
などと考えて意識を逸らしながら、俺はトイレへと急ぐ。
とは言っても授業中の教室の前を避けたりしていると、最寄りでも到着までに結構時間がかかってしまった。
「ふぃ~、とうちゃ......く?」
安堵の声を漏らしつつトイレのドアを開ける。
が、しかし。
俺はそこで不測の事態に陥ってしまう。
ドアを開けた先には、ある人物の後ろ姿。
体操服を脱ぎ露わとなったその背中には、一切の傷は無く。
きめ細かな地肌が、蛍光灯の明かりを受けて白く艶やかな光沢を放ち。
黒髪をなびかせてこちらに振り返ったのは、間違い無く妹のソラだった。
『「ふぇっ!? ぇあ――」「す、スマン!」』
急いでドアを開け、トイレから出る俺。
「な、何でソラがここに居るんだ!?」
「土が服の中に入って、それを払おうと......」
ドアに背中を当てて、ソラと言葉を交わす。
確かに、共鳴術で操った土はそのまま残るから、背中に入ると気持ち悪いわな。
「って言うか、兄さんこそ何でこんな所に!?」
「そ、それは......偶然通りかかってさ――」
「自分が通ってすらいない高校に、偶然通りかかる訳ないでしょ!?」
はい、ご最もでございます。
テンパってるとは言え、もう少しマシなウソ付けなかったのか、俺。
「え、と言うか......ちょっと待ってよ。何で私がここに通ってるって知ってるの?」
「え、ええと......」
ヤバイ、益々言い逃れ出来る状況じゃ無くなって来た。
ソラの声の調子も真剣そうだし、また下手な嘘を付くのはマズそうだ。
どうしたら......ええい、なるように成れ!
「人から聞いたんだ! 学校に入る事になったのは、俺自体も予想外だったけど!」
「ど、どうしてそんな事――」
「心配だったんだよ! この前来た時、何も言わずに居なくなったから! 俺に学校を教えたヤツも、ソラの様子が変だ、って言ってて......」
「心配、だった......?」
急に、ソラの口から勢いが無くなる。
そして訪れるのは、重苦しい沈黙。
先程まで言葉の応酬をしていた為にその落差は凄まじく、まるで時間が止まったかのような錯覚さえ覚える。
そして、
「やっぱり、こうなるの......?」
ポツリと呟くソラ。
何だ? ソラの様子が変だ......
「兄さんは......さっきの授業見てた?」
「あ、ああ」
「じゃあ分からなかった? 私はこの学園の誰よりも強いって。友達も居るし、不自由はしてない」
「それは、見てたら分かったけどさ......」
「何だったら、兄さんよりも――」
「な、なあ? さっきから何が言いたいんだ?」
ソラが強引に話を進めようとしている気がしたので、俺は慌てて遮る。
何かを言いかけていたものの、言いづらそうに顔を逸らせて口籠るソラ。
が、やがてゆっくりと口を開いた。
「思って欲しかったんだ、兄さんに。私の心配しなくて大丈夫だ、って」
「!」
「アリスちゃんの家で私の実力を披露して、兄さんも認めてたから。もう追ってこないって、そう思って安心してたのに......」
「............」
そうか、この前のあの表情にはそう言う意味があったのか。
......待てよ、じゃあもしかして――
「何も言わずに藤宮家を出て行ったのも、もう会わないようにする為、なのか?」
「......そう言う事。何で察してくれなかったの?」
「......悪い」
そんな意図があったとは、考えもしなかった。
妹の気持ちに反する事をしてしまったのは、兄として凄く申し訳ないと思う。
――でも。
「けどな。さっきの言葉、俺もそのまま返すぞ」
「ど、どう言う事?」
「ソラ、いや......ミヨ。兄さんがここまで来た理由が分かるか?」
「さっき兄さんが自分で言ってたでしょ? 私が心配で来たって。だから――」
「甘いな、ミヨ。分かってない。『何で察してくれなかった』?」
確かに今回のきっかけはソレだ。
でも、妹に対する気持ちがソレだけで出来てるだなんて、そう思っているのだとしたら。
それは余りにも的外れだ。
15年間、何を見てきたって言うんだ?
「ミヨが心配だから追いかけて来た。それは間違ってない、その通りだ。でも、仮にそうじゃなかったとしても、兄さんはミヨを追いかける」
「え?」
「ミヨが笑っていようと、悲しんでいようと。居場所が地球であろうと、異世界であろうと。結婚しようと離婚しようと独身であろうと歳を取ろうと病気になろうと。どんな事情があっても、兄さんはミヨから離れるつもりは無い」
まくりたてるような俺の口調に、ソラは戸惑いの表情を見せる。
「どんな事情があっても、って......いくら何でもそんな事は――」
「じゃあ聞くぞ。ミヨが勉強で詰まった時は?」
「......一緒だった。自分の宿題ほっぽり出して、私の教科書読み直して、一緒に答えを考えてた」
「ミヨが風邪引いた時は?」
「一緒だった。学校ズル休みしてでも私の看病してた。それがインフルエンザでも、水疱瘡でも。うつるよ、って言ってもお構いなしだった」
「ミヨが泣いてた時は?」
「一緒だった。私の気持ちが落ち着くまで、兄さんは何時間でも話を聞いてた」
「な? これまで離れた事なんて無かったろ?」
「............そう、だね。私の兄さんは、ずっとそんな調子だった。何で......忘れてたんだろ」
暫く流れる沈黙。
それを破ったのは、ソラのわざとらしい位に大きな溜息。その様子は呆れているようで、肩の荷が降りたようで。
そして、何か可笑しい物を見たかのようにクスリと笑った。
「あーあ。これじゃ突き放すなんて無理、か。何だろ、色々考えてた自分が馬鹿みたい」
「そうだろうそうだろう! 諦めなっさーい!」
「ホント、何この兄......気持ち悪」
「ハイっ、ありがとうございます!」
「は~ぁ......」
ようやく観念したな、フハハ。
妹を想う気持ちは、何にも曲げられんのだ。
「じゃあ問題は解決したと言う事で......そろそろ、中に居れされて貰えませんかね?」
「え?」
「いやいや、俺だって元々は用を足す為にトイレに来たんだってさ」
「あ! ご、ゴメン! ちょっと待ってて!」
ドアに当てた背中を持ち上げ、パタパタと体操服をはためかせる音が聞こえてくる。
うっ、さっきまで緊張感漂う場面だったからか、それが一件落着するとますます尿意が......
「わ、悪い! もう待てそうに無いから、今入っていいか!?」
「だ、だからちょっと待ってってば! ......はいOK! どうぞ!」
「サンクス!」
急いでドアを開ける。
ソラは半袖の体操服だけを着て......ん? ジャージに混じって見える白い布地は――
「ジロジロ見ないでよ、この変態!」
「わ、分かった分かった!」
ムッとした顔のソラに怒鳴られる。
急いでいると聞いて、どうやら体操服を被っただけの状態で俺をトイレの中に招いたらしい。
ホントありがとうございます。
そしてソラから視線を逸らしつつ、俺は逃げ込むように個室に入る。
アノ白いのは何だったんだ?
ブラとは形状が違ってたから......ああ、胸潰しって奴か。
ゆっくりと用を足し、もう大丈夫か聞いてから俺は個室を出る。
ソラはジャージまできちんと来た状態で、髪を括り直していた。
そして、兄妹並んで手を洗っていた、その時。
[トン、トン、トン、トン、トンッ!]
廊下から、一つの足音が割り込んで来た。




