Part11 こんな異世界、お兄さんは・・・
[キーンコーンカーンコーン]
お、授業が終わったみたいだ。......と?
ソラの完璧っぷりに静まっていた教室だったが、チャイムが鳴ればその空気はどこへやら。
複数の男子生徒がガタンと大きな音を立てて立ち上がり、机を飛び越え人を掻き分け、一目散に教室の外へと飛び出していく。
その中には、ソラの隣に座っていたサキトの姿もあった。
「こらぁお前達! 廊下を走るんじゃない!」
雨下先生が怒号を飛ばすが、大きな足音にその声も揉み消されてしまう。
同じ光景は他の教室でも繰り広げられているらしく、壁越しにドタドタと大きな音が聞こえて来た。
まあ、何となく想像はつくんだが。
四時間目が終わり、お昼の時間になって学食の人気メニューを買う為に急いで出て行ったんだろう。
焼きそばパン的なサムシングだ。
「相変わらず、スゴイよねぇ」
と、嵐が過ぎ去った後のような教室で、一人の生徒がソラの机に弁当箱を置く。
四時間目が始まる前、ソラと共に教室に入って来た大人しそうな眼鏡の男子だ。
「本当に。僕がここに転校して来てから一ヶ月ぐらい経つけど、冗談抜きで毎週あんな感じだし。怪我する生徒もいる、って話じゃなかったっけ?」
盗聴器越しに聞こえてくる会話。
ふむ、ソラが学校に通い始めたのは一ヶ月前......つまり、こっちに来てすぐに入学したって事か。
「あはは、そうらしいね」
「生徒の身体の事を考えたら、問題になりそうなものだけど。保護者からクレーム来ないのか、正直疑問だよ」
「それは無理だよぉ。だって、アレ目当てで入学して来る人も居るって話だし」
「なんだかなあ」
“アレ”? 俺がさっきから存在を仮定してる、焼きそばパンめいた何かの事か?
「そう言うけど......ソラ君は食べた事無かったっけ、水曜日限定の常明学園名物『牛ステーキハンバーガー』。僕も一回しか食べた事無いけど、厚切りの牛肉から溢れ出す肉汁と旨辛のタレが口の中で絡み合って、すっごくおいしいんだぁ......」
「ふ、ふーん?」
ソラさん? 興味ないフリしてますけど、思いっきり食指動いてますよ。
かく言う俺もちょい興味あるけど。
「あとちょっと時間が経ったらサキト君も帰ってくると思うし、一口分けてもらったら?」
「そこまで言うんなら、まあ......」
クリクリと髪をいじりながら、小さく呟くソラ。
その様子を見て、眼鏡君も口元を綻ばせる。
と、丁度良いタイミングでサキトがドアを開けて帰還する。
「あ、良い所に来た。サキト君、どうだった?」
「ふっふっふ......」
帰って来たサキトは自信満々の表情だ。
そしてその表情のまま、包みに入った物を袋から取り出した。それも三つ。
「ドン、ドン、ドーン!」
「スゴイ! 『牛ステーキハンバーガー』、三つも買えたの!?」
「その通り! 今の一年で三つ買えたヤツ、俺が初めてじゃねぇかな!?」
「三つも買うなんて、強欲だねサキト。と言うか、食べられる訳?」
「ああ、食べられねぇよ? てな訳でソラにやるよ。ヒカルも、ホラ」
『「わぁ、ありがとう!」「どうも」』
ふむ、眼鏡君の名前はヒカルか。これでクラス友達の名前は押さえられたな。
「いいの? お金とか」
「俺が自分で買った分だし、金は別にいらねぇけど......ソラ、代わりにさっきの教えてくんね?」
「『さっきの』って?」
「ホラ、魔法陣にMって書く理由」
「ホラって言われても、どう答えて欲しいかサキトが悩んでる所で話が打ち切られた感じだったけど」
「あー、そうだった。何つーか......なんでMなのかって言うか、なんでMに決まってるのか、って言うか......」
「......少し待ってて」
紙で包まれたハンバーガーを後ろの席に置き、ソラはノートとペンを取り出す。
何かを描くんだろうか。
「仮にだけど、“誰かが描いた魔法陣を発動させる役割の人が居る“と考えてみて」
「? お、おう?」
「で、サキトがその人だったとして、今描いた二つの魔法陣に”4A”・“1B”って名前を付けるよ。どっちから起動させるか、分かる?」
「んー、こっちか?」
「その理由は?」
「勘」
「もしかしたら、魔法陣を描いた人はもう片方を先に発動させて欲しいのかもしれないよ?」
「ん? んん~~?」
ソラの意地悪な質問に、腕組みをして悩むサキト。と、ヒカルが手堤を打つ。
「そっか、どこから起動させたらいいかを決める必要があって、その目印が魔法陣の中心にMと書く事なんだ」
「その通り」
感嘆の声を上げながら、サキトは身体をのけ反らせる。
「いや、流石っつうか......なあ、ヒカル?」
「うん、僕もそう考えた事は無かったかも。教科書には載ってない事だったし」
「そう?」
「何と言うか、ソラ君の見方って僕らと違うよね。魔法陣を使う側じゃなくて、魔法陣っていうシステムを作った側からの目線っていうか。何でこんな考えがすぐに思い付くの?」
「え!? いや、どこかで見たんだよ。何だったかは覚えてないけど......」
ん? えらく慌てた声を出すね、ソラさんや?
「そっか、凄いなぁソラ君は」
「はは......」
「やっぱり、何か目指してるの?」
「! それは......」
ピタリと止まってしまう会話。
と、気まずさを紛らわす為か、サキトがあー、と声を上げる。
「そんな真剣な話してたら、メシなんて食えないだろ?」
「あ、そうだね。ゴメンなさい」
「ほら、ソラもハンバーガー食べてみろって」
「いや、そうは言っても弁当あるし......」
「多かったら俺が食うからさ。ホラ、食べてみ?」
やや暗い表情のままソラは後ろのハンバーガーを手に取り、包み紙を剥いて口の中に入れる。
その瞬間、ソラの顔が思わず綻んだ。
「おいしい......」
「だろ? これがこの学園の名物の味よ!」
「これ作ってるのはサキト君じゃないよぉ?」
「今それ言うなよ......」
三人の間に笑顔が満ちる。
よほど美味しいのか、ソラは柄にも無く大きな口を開け、すぐにハンバーガーを完食した。
むう、何か飯テロを喰らってる気分だ。
兄として妹が笑顔になってくれたのは嬉しいけど、なんだか複雑な気分。
ちなみに、こんなやり取りを眺めつつ今の俺はカ〇リーメイトをかじっている。
ロッカーという狭い空間でメシを食い、しかもその内容はカ〇リーメイト。
くっ、やっぱり妬いてしまう。
「確かに、怪我をしてでもこの味を求める理由が分かったよ」
「うんうん、分かってくれたみたいだな。という訳で、また分からない事あったら教えてくれ」
「ハンバーガー一個につき三回までね」
「んなっ!? ケチ臭い事言うなよ!」
「僕はサキトの家庭教師じゃないし」
調子を取り戻し、クールキャラに戻るソラ。
「と言うか、そこまで食べたいなら自分で買えばいいだろ?」
「もみくちゃにされるのは御免かな」
「さっき味が分かったって......」
「この味を求める理由が分かったのと、人に揉まれてまで買いに行くのとは話が別だよ」
まあそう言うだろうなぁ。
男装しているとは言え、ソラも乙女なのだ。
野郎共と押し合いへし合いするのは辛かろう。
「魔術使えば簡単に手に入る、ってのになぁ」
「サキト。授業以外での校内での魔術使用は、事情が無い限り禁止のハズだけど」
「そうじゃねぇよ、ソラお得意のスキルでの身体強化なら、誰にもバレずに済むだろ、って」
「それは......」
ん、ちょい待ち『スキルで身体強化』?
恐らく無属性だとは思うが、そんな事まで出来るのか......でも、凄く危険な感じがする。
「サキト君、ソラ君を困らせても意味ないよ?」
「まあそうだけどよ......」
おっと、ここで助け舟かな?
「ソラ君だって、手放しで教えてたらいつかサキト君が負い目を感じるかもしれないから、それでハンバーガーのお返しに、って言ってるのに」
「!!」
助け舟ではなく、敵襲だったでござるの巻。
思わぬ方向からのフレンドリーファイアに、ソラは顔を赤くする。
でもなぁ、ソラの元々の性格からして、その線が一番濃厚なんだよなぁ。
加えてあの恥ずかしそうな顔よ。マジ天使。
余りに恥ずかしくなったのか、ソラは無言で立ち上がる。
「あれ、お弁当はもういいの?」
「......ちょっと気分が悪くなって」
足早に教室を出ていくソラ。ドアを閉める時には、結構大きな音がした。
「......もしかして、間違った事言っちゃった?」
「いや、あの反応は多分合ってるぞ。というかヒカル、お前時々凄い事言うよな......」
「ホント? ありがとう」
「褒めてねぇよ......。ま、ソラの事は気にすんな。次の授業、魔術演習だろ? 早く食べるぞ」
「う、うん」
そう言って、メシの残りを掻き込む二人。
なお、余った分のソラの弁当はちゃっかりサキトが食べている。兄の風上に置けないヤツめ。
「......あいつ、マジで弁当ウマイな」
「そう? 一つくれる?」
「ほい」
「......ホントだ、すごく美味しい」
「あー、あいつみたいなのが彼女になってくれたらなぁ」
「何言ってるの、ソラ君は男の子だよ?」
「だよなぁ、はは」
......ソラさんや、やっぱりバレかけてますぜ。
もし今度会ったら一言言っておこう、うん。
「でも、良い人だよねぇ」
「普段はツンケンしてっけどな」
「意地悪言っちゃ駄目だよぉ。でもホントに、僕のイジメも解決してくれたし。何とかお返しできないかな?」
イジメ......ソラが言っていた半グレ集団の返り討ち......そういう事か。
困っている人を放って置けないのが、いかにもソラ、いや、我が妹らしい。
「俺達友達だろ? 変に気に病む事はねぇよ」
「そうだけど......最近、ちょっと様子変だし」
「あー、それなぁ......。妙な所で付き合い悪いのは前からだが、最近は特にそうだよな」
「うん。何か抱えてなかったら良いけど......」
ん? 友人から見ても、ここ最近は様子が変なのか? 心配だな......
「まあでも、もしそうだったら今度こそ助けてやろうぜ!」
「! うん、そうだね!」
しっかりとした顔つきで、互いの意見を合致させる二人。
そっか、良い友達出来たんだな、ソラ。
気になる事はあるが、概ね楽しそうに学園生活を送れているようだ。
――でも、どうしてだろう。
ソラにとって良い事のはずなのに。
この光景を見ている俺は、何故だか良い気分にはなれない。
さっきから、胸の内がモヤモヤしっぱなしだ。
一体どうして......ああ、そうか。
それは俺がソラを――ムリヤリ異世界に連れて来られた妹を、取り返そうと思っていたからだ。
でも、今のソラからこの環境を奪う事は良いことなのだと、そうは思えなくなっている。
妹を取られてたまるか、そう思って飛び込んだこの異世界。
だが、これは認めざるを得ないのかもしれない。
今の妹の居場所は、異世界にあると言う事を。
和気あいあいとした雰囲気に包まれる教室の中で、そんな想いが俺の中で渦巻いていた。




