Part10 その瞳の先には
ロッカー内の俺の溜息が聞こえるはずも無く、雨下先生は授業を続ける。
「まず、機能群や制御文を使う為には、最初にヘッダーという物を読み込む必要がある。魔法文字で“include”、その後に“| |”で括ってヘッダー名だな。授業中に扱うのは“stdfc”だから、これを覚えておけば問題ない」
うん、これは分かる。
つまり第一層に、魔法文字で“include |stdfc| ”と書くと言う訳だ。
「まず一番最初にスキル機能だ。魔法陣でも、“skill |[属性名], [カウント]|”とコードすれば、その間だけ発動する。カウントの単位はデフォルトで秒だな。もちろん魔法同様、流したマナの属性以外のスキルは発動しないから注意しろ」
まあ、これだけなら。
でもコレって、スキルを発動させる位置とか形とか指定するとややこしい事になるって話じゃありませんでしたっけ?
いや、詳しくは知らんけど。
「で、次は制御文のwait機能だ。これは魔法陣が発動してから、 “wait |[カウント]|”で指定したカウントだけ後の処理を遅らせる」
雨下先生が黒板に書きながら説明する。
図で見ると、第二層にwait機能を書いて、第三層以降にコードの続きを書いていく感じだ。
「じゃあここで問7だ。内容は『発動してから20秒後に、水属性のスキルを3秒間発動させる魔法陣を描け』だな。五分後に答え合わせするぞ」
ノートに答案を書き始める生徒達。
暇なので、ニーナに貰ったペン状の望遠鏡を使ってその様子を覗いてみる。
コンパスを使って綺麗に図形を描く生徒、フリーハンドで適当に書こうとする生徒、鼻からやる気のない生徒、色々居る。
さて、その中でソラは......?
「!」
ソラはフリーハンドで描いていた。
が、その形は相当に綺麗だ。正直、作図用具で描いたものと見分けがつかない。
以前真耶から聞いた話だが、実戦で用いるにはフリーハンドでの高い作図能力が必要らしい。
理由は単純で、実戦ではコンパスや定規を取り出す余裕が無かったり、そもそも地面に描く時はそういった道具が使えないからだ。
故に本気で陣術を会得しようとする者は、作図用具なしで円や直線、角の等分が出来るように努力するのだと言う。
ソラはこっちに来て一ヶ月程度しか経っていないのに、もう紙の上でフリーハンドでの作図が出来ている。
いや、先日藤宮家でテリトリーの中で魔法陣を描く芸当、マーキングをやって見せたから、地面でもそれが出来るはずだ。
それに、さっきのサキトへの返事から察するに、ソラは授業内容を先んじて学習している。
圧倒的な努力密度に、ただただ驚くばかりだが、ふと俺の脳裏にニーナの言葉がよぎった。
――ソラは学校の外に出ようとしない。
放課後は学生寮に直行し、休日に出掛ける様子もない。ただずっと籠っている。
まさか、籠ってずっと魔法陣の勉強をしているのか? でも何故......?
「ん、時間だな。じゃあ糸井、答え書いてみろ」
指名された生徒が、前に出て黒板に答案を書く。
黒板用のコンパスや定規を使って、丁寧に。
魔法記号を書く事に不慣れな感じがしたが、概ね詰まる事無く書いて見せた。
「よし、正解だ。魔法文字にも間違いが無いな」
ちなみに、何故魔法陣を描いたのに発動しないのか、という事についてだが、それはマナを流していないからだ。
魔法陣の起動にもマナが必要で、ただチョークで描いただけでは発動しない。
それに、チョークの粉はマナの貯蔵力が良い訳じゃないから、チョークの線に沿ってマナを流すのは難しい。
本当に発動させたいのなら、魔鉱石を砕いた粉などを使うのが普通だそうだ。
「ここまでで、分からない生徒は要るかー?」
その呼びかけに対して、帰ってくるのは沈黙。
ここまでは、皆ついて来れているらしい。
......俺も大丈夫だよ?
「このwait機能は、陣術を使う上で基本になる機能の一つだ。これが使えなかったら、術者自身が怪我をする可能性があるからな。しっかり覚えておくように」
術者が怪我する......? あ、そういう事か。
例えば、俺が火属性の魔法<インフレイム>の魔法陣を描いたとする。
この時もし妹パワーを使っていなかったら、魔法陣を描いた直後に魔法が発動し、俺は火傷する。
が、魔法の発動までにラグを設定しておけば、その間に避難出来ると言う訳だ。
「よし、じゃあ次だな。次は......教科書の順番のままだと説明し辛いか。まずは連立魔法陣だな。連立魔法陣というのは補助陣......つまり、起点となるmain魔法陣以外に、複数の魔法陣が組み合わさって出来た魔法陣の事だ」
な、なるほど?
「補助陣は必ずmain魔法陣と直接、もしくは間接的に接合させておかないと正常に起動しない。接合は円と円の二本の接線で示される。つまりは、こんな感じだな」
そう言って、雨下先生は大き目の円を一つ、その脇とやや離れた位置に小さめの円を二つ描く。
そして大きな円と、二つの小さな円それぞれに対して接線を二本引いた。
「この大きいのがmain魔法陣、小さいのが補助陣と考えたらいい。円同士は離れていてもいいし、引っ付いていてもいい」
なるほどなるほど。
「それと、補助陣は命名しないと使えない。名前は、円に接するように書く。こんな感じだな」
小さな円の中に、それぞれA、Bと描く雨下先生。
これが名前という訳か。
と、ここで一人の生徒が手を上げる。
「先生、五芒星は描かなくていいんですか?」
「良い質問だ、岡島。確かに大きくなれば、五芒星を描いてマナを取り込む必要がある。が、単純な補助陣なら接合した魔法陣からのマナ供給だけでOKなんだ。これはコードを書いていないから、問題なく起動する」
「何故コードの無い魔法陣を描くんですか?」
「そこであがるのが、コレなんだ」
黒板に文字を書いて、雨下先生は授業を続ける。
「touch機能。これは何かが触れているかを感知する機能で、“touch|[型], 参照陣1, 参照陣2......|”の形で使う」
うん......うん?
「型は1~4の数字で指定する。1は魔法陣の中心同士を結んで出来る線に何かが触れた時、2は中心同士ではなく、魔法陣の接線に何かが触れた時、3は魔法陣の中心同士を結んで出来る図形の内側に何かが踏み込んだ時、4は魔法陣の円の中に何かが踏み込んだ時になる」
うん???
少し理解に苦しんだが、雨下先生が書いた図を見て納得がいった。
まあつまりは、こう言う事だ。
大丈夫かー、と雨下先生が呼びかけるも、数人の生徒がキョロキョロしている。
あ、コレ取り残されつつあるな。
しかしここで、分からないから教えてください、と言えないのが日本......いや、月生人のサガか。
その様子に雨下先生も気付くも、分からなかったら後で聞きに来い、と言って授業を進める。
「じゃあこのtouchはどう使うのか、という話になるが......ここでよく使うのがwhen機能になる。これは“when| |”の形で使用して、| |の中が真になれば後の処理に移る」
ふむ......?
「この| |の中に、さっき説明したtouch機能を入れてみる。その場合、『二つの円の中心を結ぶ線に何かが触れた時、以降の処理に進む』という形になる」
機能の中に機能をねぇ、ふむふむ......
なるほど、分からん。
いや、分かるような気がしないまでも無いんだけど、なんかフワフワした感じだ。
高校生達はどうなのかと観察してみると、案の定周囲と話し合ってる生徒が少なからず居る。
「じゃあここで問8、『二つの補助陣の中心を結ぶ線に触れた時、風属性魔法〈ウインド・スラスト〉を発動する魔法陣を組め』だな。10分後に答え合わせするぞ」
ざわめく教室。
うーん、それぞれの機能の説明は何となく分かるけど、魔法陣を描けと言われると俺も怪しいかもしれん。やっぱり陣術ややこしいわ......。
「――よし、じゃあ久井。分かるか?」
果たして刻限になり、指名された生徒は答えられるのかと言えば......
「すみません、ちょっと......」
返って来た答えは、やはりNoだった。
「なら、大竹?」
「すみません、僕も自信なくて......」
「じゃあ、その後ろの旗立は......あ、寝てるなコイツ......」
旗立君は論外として、どうやら他の生徒も芳しくないようだ。
うーん、と悩む雨下先生。そして――
「仕方ないな。九条、お前分かるだろ? ちょっと前出て描いてくれ」
ここで白羽の矢が立ったのは、ソラだった。
「......分かりました」
若干の沈黙......というか、盗聴器越しに僅かに聞こえる程度でエー......と声を発した後、スッと席から立ち上がって前に出るソラ。
その様子に、期待を込めた先生だけでなく教室中の生徒の視線が集まる。
後ろからはその表情は分からないが、ソラの足取りに一切の戸惑いは無かった。
「時間無いから、ササッと描いてくれ。出来れば、なるべく綺麗に」
期待をこれでもかと詰め込んだ雨下先生のオーダーを横目に、ソラはチョークを手に取る。
そして魔法陣を描くソラの動きは――まるで流れるようなものだった。
先生なんて目ではない。コンパスも、定規も、何も使わず、円を、五芒星を、魔法文字を、接線を、全てフリーハンドで迷いなく描いていく。
自分は魔法陣を描く機械なのだと、そう言わんばかりの速度と精密さで、ソラは答案を完成させた。
「さ、流石九条だな。正解だ」
まるで三倍速の映像を見ているかのような速度で回答したソラに、雨下先生も驚きを隠せない。
表情を変えず、ソラは席へと戻っていく。
拍手を送る者は居ない。ただただ、呆然と見ているだけ。
その中には俺も含まれていた。
これまで見た事の無いソラの姿に、戸惑いを隠せない。
「何処に行くつもりなんだ、ソラ......?」
そして、更に遠い所にある何かを目指そうとしている、そんな意思を宿した目を見て、俺は不安を憶えるのだった。




