Part8 ※良い子はマネしないでください
時刻は11時過ぎ。
一人の警備員が看守室の中でボンヤリ本を読んでいると、不意に本のページに影が差した。
ふと外を見ると......看守室の前に、大柄な人物が突っ立っている。
メッシュの帽子を被り、黒のサングラスとマスクを装着。加えてヒョウ柄のシャツを着たその恰好は、奇天烈と言う他ない。
あまりの異常さに、警備員は呆気に取られる。
「あの......」
警備員が警戒していると、その者は唐突に声を発する。意外と声は高い。女性のようだ。
「私、クリーナーマスターニーナと申します」
「は? クリー......? ニーナ?」
「本日この高校をピッカピカのテッカテカのツッヤツヤにする為、馳せ参じた所存。事前に連絡したはずですが」
「......しばしお待ち頂け願いますでしょうか」
やや不自然な敬語で話しつつ、警備員は手元のリストを確認する。
――看守室の奥で、人が立ち上がる音がした。
「......いや、無いですね」
「そうですか」
立ち去るのか? それとも――
突如、女は平然と校内へ歩き出した。
「! 動いた、シマさん確保! 急いで!」
「あいよ!」
裏から近づいていた別の警備員が、女を追って走り出す。
「こらっ! 待ちなさい!」
が、女の足は意外と素早く、その後ろ姿は遠ざかっていくばかりだ。
「テラさんも来てくれ!」
「わ、分かった!」
急かされた警備員は、ドタドタと足音を立てて看守室を後にする。
看守室前は無人になった――かに思われたが、女が引いていた手押し車から顔が覗く。
「何とか潜入成功、か。にしても、マジで正面突破するとかヤバイなニーナの奴」
戦々恐々としながら、その者は身体を出す。
それは制服を着たハルトであった。
制服には学園周辺の適当な草むらで着替えさせられた。
ニーナ曰く、この学園の制服らしい。
言うまでも無く、さっきのニーナは完全な陽動。
調査をするのはハルトの方である。
まああんな派手な恰好してるし、モロ陽動って感じなんだが。
「今からでも逃げだしたい気分なんだが......やるしかない、のかねぇ」
後悔先に立たず、ってこの事を言うんだなぁ。
ちなみに元々着ていた服はニーナが持っているから、どちらにしてもこのままでは帰れない。
マジでどないしよ。いや動くしか無いんだが。
「嘆いてても仕方ない、か。取り敢えず、打合せ通りに動きますかね」
ポケットから地図を取り出す。
そこには、高校に向かう途中で行ったやり取りが書き込まれていた。
脳裏に、その時の様子が浮かび上がる。
「――い〜ですかぁ、ハルトさん? 常明学園は現在三時間目。ソラさんのクラスは実習棟で音楽の授業を受けてる真っ最中です」
「どこでそんなの分かったんだ......」
「ふっふっふ、常明高校の生徒にオネガイしたら教えて貰ったのですよ!」
「お、おう」
色仕掛けか、はたまた脅迫か。
話の腰を折りそうだし、聞いたりはしないけど。
「で、この間にハルトさんにはソラさんのホームルームに侵入していただきます」
「侵入するって、戸締りはしてるんだろ?」
「モチロン! なんで、コレを使ってください」
手渡されたのは、普通のガムテープだ。
「? どうやって使うんだ、コレ?」
「具体的な方法は地図の裏に書き込んでますから。ハルトさんの操作レベルなら、多分問題なく出来ますんで」
「え、俺の事まで調べたのか?」
「ハルトさんの事は報道を見てたら大体分かりましたからね。情報収集・解析は記者の得意分野ですよ? やー、それにしてもハルトさんが腕の立つ人で良かった」
そこまでして俺の情報集めたのか。
なんだか嬉しいやら恐いやら。
「で、侵入したらソラさんのカバンに盗聴器貼り付けて、後は掃除用具入れのロッカーに隠れて観察してください。五時間目が魔術実習なので、そのタイミングで離脱をお願いしますよー。貼り付けるのはコレで、覗くのに使うのはコレですね。使い方はメモ読んでください」
そう言って、ボタン上の小さな道具とペンのような物を渡される。
「どうかしましたか?」
「いや、学園への侵入にしても盗聴にしても、モロ犯罪だよな、と思って」
「おやぁ、今更怖くなって来たんですか~?」
「いや怖えーよ、むしろこんな事平然と出来る事が恐ろしいわ!」
「お褒めいただき、恐縮であります!」
「褒めてねーし!」
――等というやり取りがあって、今俺は教室に侵入しようとしているのだが。
ソラの教室は1 - 4、校舎の四階部分だ。
職員室や教員の居そうな位置に気を付けながら、少しずつ近づいていく。
ふと廊下から外の景色を見ると、校庭の中心には噴水が。決して大きいものではないが、噴水の周りは木のベンチで囲まれていて、多くの生徒がここで昼休みを過ごすのだろう。
流石私立、公立の高校と比べたらオシャレだ。
ニーナに渡された地図を見た限りでも、その様子は伝わってくる。
へー、結構良さそうな所じゃないか。
またちゃんとした機会に訪れてみたいもんだ。
学園祭とか無いんだろうか?
「っととと、ココか」
脳内でボヤきながら進んでいると、場所は既にソラのホームルーム前だ。
えーっと、教室への侵入方法は......
まずは妹パワーでマナの操作力を上げてから、ステッキを取り出す。
先端から炎を極小範囲、高出力で放出。
それを教室と廊下の間にある窓ガラスにあてがい、クレセント錠周りのガラスを熱で切り抜く。
で、この際にガラス片が落下しないように、あらかじめガムテープで左手とガラス片をくっつけておく、と。
......おいおい、その道の人間か何かか。
完全に空き巣の侵入方法なんだが。
開けた穴からクレセント錠に手を伸ばし、あっさりと開錠する。
窓を乗り越えて教室内に侵入したら、もう一度ガラス片の端を溶かし、開けた穴に嵌めてガムテープで貼り付けておく。
暫く経てばまた引っ付くはずだ。
次はソラの席を探さないといけない。
ニーナ曰く、外から見ているだけではソラの席が確認できなかったそうだ。
ま、こちらのソラには日光過敏症という設定があるからな。多分、廊下側の列なんだろう。
取り敢えず、教卓の上に座席表とか貼ってたら良いんだが......あ、無いな。
教室の中を見渡してみても、掲示物があるだけでそれっぽい物は見当たらない。
仕方ない、自力で探しますか。
廊下側の列の一番前から、順番に当たっていく事にしよう。
名札を確認する? そんな物ある訳ないだろ。
持ち物に名前? 高校生が書くと思うか?
ここで頼りになるのは、ズバリ筆跡だ。
机の中にあるノートを取り出し、一字一字確認していく。
コレは、全然違うな。
コッチは......やや近いけど、“2”の下の曲がり方が違う。
コッチは......お、それっぽいな。
文字もそうだし、マーカーの使い方も見慣れたものだ。筆圧もピッタリ。よし、ここだろう。
ちなみに、どっかに名前は書いてたりするんだろうか。......んー、無いな。でも大丈夫だろ。
後はカバンに盗聴器を張り付けるのみ。
貼り付け用のテープには何色かあって、この場合は紺が一番近いからそれを使用する、のだが。
このままだとソラがうっかり変な発言をしてしまうと、それをニーナが知ってしまう可能性があるんだよなぁ......どうしたものか。
ここはソラの為に教えてあげる所かもしれないが......いやでも警戒されたら俺の知りたい事も話さないかもしれないし。
それに、『盗聴器しかけてロッカーの中から見てるぞ~』とか書いて暴露されたらどうしよう。
そんな事はしないと信じたいが、如何せんリスクが高いから結構恐い。
ん~......やっぱりソラには何も言わない事にしよう。だらしない兄ですまない。
「それにしても、少しばかり暇が出来たな」
三時間目が終わるまでには後10分ほどある。
長い間ロッカーに入ってると身体痛めそうだし、何かで時間を潰しておきたい。
次の授業科目は――魔術講習か。その教科書でも覗かせてもらおうかな?
ソラの机から教科書を抜き取り、パラパラとめくってみる。
陣術のページはやっぱりややこしい。
魔法文字を覚えるのも面倒だけど、何よりプログラミング臭いのがなぁ......
高校の数学でそれっぽいのを触った事があるが、何か生理的に受け付けなかった記憶がある。
......でもアレだよな。
昨日のソラは、テリトリーの中に魔法陣を描くスキル、マーキングをして見せたんだよな。
そう考えると、ソラの魔術に対する本気度が伺える。でも、そこまで真剣に魔術に向き合う理由は何なんだろうか。
いや、そもそも自分のマナを展開したテリトリーの内で魔法陣作ったら、自分のマナ使って陣術発動させる事にならないか?
んー、どうなんだ。よくワカラン。
と、頭の中に ? を浮かべている内に、三時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
急いで窓ガラスに張り付けたテープを剥がし、盗聴器の受信機を持ってロッカーの中に入る。
外を覗く為の穴がないから、これも火属性のスキルで穴を開けてしまおう。
ロッカーがあるのは窓側最後尾の後ろ、つまりソラの席の斜め後ろだから、ソラの机の上はある程度見えるはずだ。
さて、いよいよソラの異世界学園生活を覗かせて頂こうじゃないか。
ワクワクしかしねぇー!




