Part5 再びの来客
コンコン。
「ハルトー......って、死んでる!?」
中学校から帰宅したアリスは、ハルトの部屋のドアを開いた瞬間悲鳴を上げる。
そこには、椅子に座ったまま力無く腕と頭をぶら下げるハルトの姿があった。
「ふしゅううううう~............」
はい。ワタクシ死んでおります。
ソラが何も言わずに去って行った事を目にして以来、もう何にもやる気が起きません。
朝食は全然喉を通らないし、パパーンやママーンに心配されるし。でも二人は仕事だから俺は一人になるし。
昼は自分でテキトーに作って食べる事が多いけど、その気も起きませんし。もちろん勉強する気なんて起きませんし。
あぁ、腹減った。でもそれ以上に――
「うぅぅ......ソラよぉ、ドコ行ったんだぁ......」
ああ、流れ落ちるよ涙。とめどなく。
ずっと泣いてて、顔がふやけてしまいそうです。
俺の気持ちを代弁してるのか、お空も泣いておりまする。
「な、何泣いてるのよ。私......だって......わたしだって悲しかったんだからぁ゛~~~!」
「! お前も泣いてくれるのか......。すまねぇっ、すまねぇっ......」
まるでドラマのワンシーンみたく、勢いよく立ち上がり涙を散らしながらアリスの方へ向かう。
空中をキラキラと涙が舞う、あんな感じ。
そうして飛びつくように、熱い抱擁を交わした。
ありがとう同志よ、今はこの溢れんばかりの気持ちを分かち合おうぞ!
『「あ゛ぁ゛~~~! 会いたいっ、会いたいぃ゛~~~」』
ボロボロと涙を流し、俺達二人は大きな口を開けて喚き声を上げる。
「ハルト、少し......って、お嬢様まで何をされているのですか......」
そこに、珍しく戸惑った様子の真耶が現れた。
が、ゴホンと咳払いして気を改める。
「ハルト、客人ですよ。貴方に会いたいと」
「断るぅ......」
「は?」
「今は泣きたいんだ、放っといてくれぇ~~~」
『「お~いおい、お~いおい」』
再び泣き始める俺とアリス。その様子に、真耶は右手を額に当てて俯く。
ずっとオアズケを喰らっていた俺に対して妹がチラリと姿を見せ、また去って行った事でおれの哀しみが臨界点に達した。
この哀しみはしばらくおさまる事を知らない。
悪いがまた今度にしてくれ。
「高校生ぐらいの方で――」
『「行くしかないだろ!」「行くしかないわね!」』
さっきまでの暗い気持ちはどこへやら。
真耶から見たら、俺達の目はシイタケみたいになってたハズだ。
心の底から沸き起こる歓喜に突き動かされ、俺とアリスはスッと立ち上がる。
「何を――って、お待ちください!」
伸ばされた真耶の手に捕まる暇など与えずに、俺達の身体は部屋の外へと向かっていた。
ちなみに、
「......もう少しお嬢様の泣き顔を見たかった」
などと一人取り残された真耶が供述していたが、まあどうでも良い話である。
部屋を出た俺達は、ドカドカと足音を立てて応接室へと向かう。
――ああ、帰ってきてくれた。
昨日何も言わずに出て行ったのは、何かの間違いだったんだ。今日こそはいっぱい触れ合うぞ!
『「待ってたぞ!」「お待ちしておりました!」』
そして応接室の前まで来た俺とアリスは、笑顔いっぱいで歓声を上げる。
声をかけられた人物も笑顔で振り向き――
「ご歓迎頂き有難うございます! 私――」
『「お引き取りください」』
「出会って三秒で手の平返されました!?」
その顔が見えた瞬間、俺の中に沸き起こっていた感情は完全に消え失せた。
と言うのも、そこに居たのは普通の女子の恰好をした高校生。
肩にかかったボリューミーな一つ三つ編みに青の太縁メガネをしていて、どう見てもソラじゃないのだ。
俺達二人の冷めきった表情を見て、その女子高生は両手をワタワタさせている。
「せ、せめて一言だけでも......」
「はぁ、俺いいよ。あんまり他人と話す気力ないからさ。アリス話しとくか?」
「嫌よ、私だって宿題しないといけないんだから」
「よし、じゃあお帰りいただくしかないか」
「そうね、看守さんに連絡を」
食い下がる女子高生に対し、ものの十秒ほどの会話を挟んで追い返そうとする。
しかしアリスが電話を掛けようとしたその時、女子高生は思わぬ事を口にした。
「ここなら九条 ソラさんの情報が得られると思ったのですが......」
『「その話詳しく!」』
「随分とゲンキンな方達ですねぇ、嫌いじゃありませんケド」
再び目を輝かせる俺とアリスに、女子高生はやや引き気味。
んな事知るか。こちとらただの女子高生に興味は無いが、ソラ本人かソラの事を知ってる女子高生には興味津々なのだ。
まあ、まずは話を聞くとしよう。
女子高生と向かい合うようにして、俺とアリスは隣り合ってソファに腰を降ろす。
「まだきちんと自己紹介してませんでしたね。私、こういう者です」
そう言って、女子高生は名刺を取り出す。
開いた手帳とカメラのイラストがあしらわれたその名刺に、俺とアリスは顔を近づける。
その名刺には、『主代高等学校 二年 報道部所属 高梨仁奈』と書かれていた。主代の上にはルビが振られていて、ぬしろと読むらしい。
「高梨 仁奈と申します。お気軽にニーナさんとお呼びくださいっ!」
「ど、どうも。北条 ハルトです」
「......藤宮 我道の娘、アリスよ」
威勢の良いニーナに若干気圧されながら、俺は簡単に自己紹介する。
アリスはお嬢様モードに移行しているのか、やや硬い返事の仕方だ。
が、そのアリスの表情が少しおかしい。
表に出すまいと努めているが、やや笑顔が引きつっている。
「? どうしたアリス?」
「どうした、って......」
理由を聞こうとするも、アリスは口元をモゴモゴさせて黙るばかりだ。
その様子を見ているニーナは、何故かニマニマと笑っている。
「オモシロ高校の生徒が来た、と?」
「......ええ、そうよ。顔に出てしまったわね、ごめんなさい」
「い~えぇ? むしろ誇りに思ってますから!」
「オモシロ高校? どういう事だ?」
「やっぱりハルトはハルトね......」
大きな溜息を付いてから、アリスは話を始める。
「この高校の別名よ。主をヌと読まずにオモと読んで、オモシロ高校」
「なんだそのネーミング」
「何と言うか、凄くヘンな高校なのよ。特定の人物が校内で炭酸飲料を飲むと酔っぱらうとか、男子が劣情を抱くと鼻血が出るとか」
「はぁっ!?」
何だその、一昔前のラノベのテンプレを詰め込みましたー、みたいなの。
「いやいや、科学的に考えて可笑しくないか?」
「何でも、敷地内だけに作用する宝具があるらしいの。他にも、疑似的な対人戦闘を実現する謎のシステムがあって」
「へ、へぇ............」
「そんな場所だから、集まるのも変わった人ばかり。文武共に優れた成果を出す一方で、個性の強さでも結構有名なの」
「あー、だから嫌そうな顔したのか」
変人ばかりが集まるか。言われてみれば――
「? 私の顔に何かついてますか?」
「いや、付いてるというかその眼......」
「コレ? ああ、カラコンです!」
このニーナも、結構尖った見た目をしている。
なぜか右目だけが赤色なのだ。
「職業柄、まずは顔を覚えて頂くのが一番ですから! 作戦成功、です!」
「記者ってそういうもんなのか......?」
むっふー、と鼻を鳴らすニーナ。
ここ数日、意味不明さで衝撃を受ける事が多いなぁ。ソラも男装してたし。
「ん、と言うかソラもこの高校に通ってるのか?」
「ソラさんは私とは別の高校に通ってますよ?」
「そ、そうか」
なら良かった。というか、他校の生徒にまで名前知れてますよ、ソラさんや。
「それで、本題に入っても宜しいでしょうか。とは言っても、そのソラさんの取材なのですが」
「ああ。大丈夫だ」
あ、そう言う事か。
昨日ソラが言っていた『私の事を嗅ぎまわってる人』とは、ニーナのような人間の事だろう。
なるほど、うっかり女の子だとバレないように話さなくては。
「まず、北条 ハルトさん。貴方はソラさんがお兄さんと言っていた人物ですね? なぜ苗字が違うのか、気になるのですが......」
! いきなりぶっこんできたな。
だがしかし、それの口裏合わせは済んでいる。
兄妹のタッグを舐めてもらっちゃ困るぞい?
「ああ、それなら――」
無難な返し方で切り抜けようと、そうした時。
「あれ? そう言えばハルトって妹を探しに来たんじゃ......」
思いもよらぬアリスの発言に、俺の口は止まるのだった。




