Part3 QUESTION
「帰ったぞ~。って、誰も居る訳ないか」
夕食後、鏡をくぐって再びこちらの世界にやって来た俺は、誰も居ない空間にそう言ってみる。
取り敢えずソラを探さなくては。
と、本館へと繋がる廊下を歩いていると、アリスの上機嫌そうな声が聞こえてきた。
「そんなに騒いでどうし......た」
そこで、俺は修羅場を目にしてしまった。
ベッドに腰掛け、べっとりとソラにくっつくアリス。その様子をやや離れた距離から見て、ソラに殺気を飛ばす真耶。真耶の殺気を感じ取り、それとない会話でやり過ごそうとするソラ。
「ハルト、遅かったじゃないか。ささ、話の続きをしようか」
俺の姿を見た瞬間、ソラはこちらにすっとんで来た。低めの声を出して落ち着いた風を取り繕ってるが......うん、目がやや怯えてる。
俺と一緒に、そそくさと部屋を出て行こうとするソラ。だが、それをアリスが引き留める
「ソラ様、またハルトとお話なのですか?」
「う、うん。もう少し話す事があってね」
「もう暫く、お話できませんか? いつぐらいに終わりますか?」
うわぁ、このアリスの表情よ。まるで恋人と離れ離れになるお姫様じゃないか。
というかソラ様て。
「え~っと......どれぐらい話すか分からないから、いつまでかはちょっと......」
「そうですか......」
シュンと視線を落とすアリス。が、シーツをキュッと握って勢い良く前を向く。
「あの! もし宜しければ夜半を共にしていただく事は出来ないでしょうか!」
『「!!!」』
うおぉぉい! なに爆弾投下してるんだ!?
アリス以外の、その場の三人の空気が凍り付く。
真耶の握る拳がパキリと鳴ったのは確実だ! 肩が震えてきてるし、このままだと何が起こるか分かったもんじゃないっ!
早くこの場から脱出しなくては!
「と、泊まるんなら寮長にも許可貰わないといけないんだろ!?」
「! そ、そうそう! だから直ぐには返事出来ないカナー!」
『「じゃっ、そういう事で!!!」』
示し合わせたコントの如く二人同時にそう口にして、俺とソラはカニ歩きをしながらカサカサッと部屋を出ていく。
そして大急ぎで俺の自室に駆け込み、勢いよくドアを閉めた。
「ハァッ、ハァッ。兄さんありがと、助かった」
「おま、アリスに何したんだ?」
「な、何って......。食事の時、口元にご飯ついてたから、それ取ってあげただけだよ。なんだか、妹が出来たみたいで可愛かったから......」
「ソ レ ダ ヨ! 今は男装してるだろ!?」
「! 久しぶりに兄さんと話してたからつい......」
おいおい、本当に大丈夫なのか?
男装を始めてから中途半端に日が経っているこの時期こそ、何かの拍子にボロが出やすいって事だろうか。
それに、ブラコンと違って男を見る事は別段珍しく無い為に、周りも違和感に気付き易く、その振舞いに求められる精度は高い。
「真耶さん怒ってたけど、大丈夫かなぁ?」
「ソラの方からアリスを狙うつもりはないんだろ? だったら、それを説明すれば大丈夫だ」
「そっか......」
とは言ったものの、果たして収まってくれるかねぇ。もしかしたら暫くアタリが強くなるやも。
「ま、取り敢えず危機は去ったし。早く話さ進めるべ。そっちから聞きたい事あるか?」
「まず、なんだけど......兄さん、どうやってここに来たの?」
「あー、それは......って、ん? 話して大丈夫なのか?」
最近こういう状況が無かったから忘れがちだったが、以前真耶に異世界転移の事を話したらペナルティで俺はぶっ倒れた。
事情が異なるとは言え、どうなんだろう。
「もしかして、何か口止めされてる?」
「ああ。ペナルティ、って言うかな。実際口にして、失神した事もあるんだ」
「ふーん......」
そう言った後、ソラは暫く黙り込む。
「? どうした?」
「今ちょっと考えてみたんだけど......多分、私に言っても大丈夫だと思う」
「ん、て言うのは――」
「話の雰囲気からして、それって無闇に別の世界の存在を話されるのを防ぐためでしょ? 私はもう知ってる訳だし、いいんじゃないかな」
「そんなフワッとした感覚で言われてもなぁ。まあでも、言われてみればそうか」
真耶に話した時も、二回目は大丈夫だった。
地球や俺の事について既に知っている相手になら、話しても大丈夫なのかもしれない。
「多分、マナを喪失させる無属性魔法の一種だと思う。どんな状況でその言葉を発したかに反応するよう、仕組んでるんだ」
「そんな事できるのか?」
「口頭じゃ無理だけど、魔法陣組んで条件分岐させればイケるかなー」
「ほーん、詳しいんだなぁ」
「ま、それなりに勉強してるし?」
ムフーと鼻を鳴らすソラ。可愛い。
陣術か。以前参考書をチラっと覗いてみたけど、ややこしそうだったんだよな。
ま、今はそれを考える時じゃないか。
「じゃあ遠慮なく。......って、何の話だった?」
「兄さんがこっちに来た経緯。ホントどーやって来たの?」
「ああ、それは――」
俺はありのままに語った。
ソラを追って異世界に来た事。アリスや真耶に出会った事。リーシャとBランク試験を受けた事。
そして、異世界と元の世界を往復しながら、大学受験の勉強を続けている事。
「――で、今はこの鏡で行き来してる」
「ふーん、それが......」
「何だったら、ソラも入れると思うぞ」
「ううん、私はいいよ」
え、随分味気ない反応をしますね。
少しは迷うような仕草見せてくれても良いんじゃないのか?
「しょーじき、今の方が楽でいいんだ~。周りの男子の目とか気にする必要ないし。それに、元の世界より過ごしやすい所あるし」
「......まあ、俺もそう思う所はある」
椅子に座ったまま、ぐぐ~っと身体を伸ばすソラ。その様子に、嘘偽りは感じられない。
元の世界に居た頃の友人の様子とかは気にならないのか、とは思いもする。
けど、ソラの口からこの言葉が出ている以上、恐らく記憶消去の件も把握してるんだろう。
気にしたところで無意味と言った感じか。
......だとしても、想定以上にあっけらかんとしている感じは否めないが。
逆にちょっと心配になって来るぞ。
「と言うか、こっちでもあっちでも、その鏡の話はしない方がいいと思うよ? 二つの世界が関わるのは良くないみたいだし」
「まるであいつらみたいな事言うなぁ」
「まーね。兄さんみたいなペナルティはないけど、私も話さないように言われたから」
「話すな、ねぇ。......やっぱり、争いの元になるから、とかか?」
以前、二つの世界が交わる事を避けるべき理由について、何となく考えてみた事がある。
その時考え付いた限りでは、紛争が起こる可能性があるから、だった。
俺も十分に感じているが、マナや魔術は色んな事が出来てしまう存在だ。
この世界の様々な物は、魔鉱石を使って直接マナで動かしているか、あるいはマナを用いて発電し、動かしている場合が多い。
つまり、俺の世界が今抱えているエネルギー問題を、この異世界は抱えていないのだ。
夢のエネルギーであるマナは、地球の文明にとって魅力的に映るだろう。
しかしそうなると、世界中がマナの操作能力の開発に躍起になるだろうから、世界のパワーバランスが変化し兼ねない。
それに、既存のエネルギー産業が既得権益を守る為に動き出すはず。
将来的には良くなるかもしれないが、世界情勢が混乱するのは必須だ。
「それに、もし魔法の力で異世界の人が攻め込んで来なよ? 大変な事になるよ?」
「あ、それは無いっぽいんだ」
「え、どうして?」
「実は、試しに地球で魔法を使ってみようと思った事があってさ。でも、詠唱しても何も起こらなかったんだよ」
これはBランク試験の対策をしていた時に試した事だ。唱えても何も起こらないから周囲を気にする必要もなく、詠唱速度を上げる事が出来た。
ずっと練習していると疲れるから、マナ自体は消費してるような感じはしたが。
「そうなんだ。......うーん、じゃあアレもそう言う事なのかな?」
「アレ?」
「ウォリッジさんがさ、私達の世界の事を『クレイドル』って言ってて」
「クレイドル?」
「揺り籠、って意味の英単語。どういう意味なんだろ、って思ってたんだけど」
魔法や魔物の無い安全な世界、って事だろうか。
「あれ、でもパースさんは『ミズガルズ』って......ううん?」
人差し指で顎を抑え、身体を揺らしながらウンウンと唸るソラ。
「あれ、と言うか......」
「何?」
「......いや、何でもない」
ソラには知識が無いから言った所で無意味だが、ミズガルズは人間の住む領域だったハズ。
何故北欧神話に結び付いた命名がされているかも謎だが、マナや魔法の無い世界がよりによってミズガルズ? ヘルヘイムとかじゃなくて?
何だか変な話だなぁ。
「と言うかその口ぶり、あいつらとはちょいちょい会ってる感じなのか」
「え!? あ......うん」
いやまあそんな感じはしてたさ。
宝具用意するのも、男子として学校に入るのも、ソラ一人だと出来るはずが無いだろうしな。
で、普通にそれを口にするって事は、彼らを恨んでもいない、という訳で。
「まあ会ってるって言っても、ほんの時々様子見に来るぐらいなんだけど」
「ふーん。というか、結局あいつらがソラを連れ去らった理由って何だったんだ?」
「それは......」
「あとあいつら自体の正体も――」
「ゴメンだけど、それは答えられないよ」
ソラの発する言葉にややトゲがあるのを感じた。
さっきまでの雰囲気を一気に変えてしまうような、重い重い口調。
俺が話すのを止めると、ソラは息を吐く。
「ごめん。でもこれは兄さんの為でもあるんだ。この世界、いろんな事があるから......欲しい物の為なら、どんな手でも使う人間はいくらでもいる。だから、変に探る事はしないで」
「......いつか、話してくれるか?」
「分からない。でも――話す時が来ない方が、いいと思う」
「分かった」
俺は押し黙るしかなかった。
こんなに真剣な表情の妹を見るのは、初めてだったから。




