Part1 その瞬間は突然に
――嘘だ。こんな事、あるはずがない。
焦りを隠せない俺の額を、大粒の汗が流れる。
時刻を確認するのは一分に一度、いや、もっと頻繁にしているだろうか。
ただ徒に過ぎ行く時間が、己の希望的観測を無慈悲に否定して来る。
嫌だ、受け入れたくない。
環境は整っている。状況が開始するサインもあった。ここまで来れば間違いないはずなのに。
なのにどうして、どうして......
「どうして誰も取材に来ないんだァーッ!?」
「現実はこんな物ですよ、諦めてください」
「ヤダヤダヤダ諦めたくないー!」
「齢18にもなる男が、何を情けない声出してるんですか......」
場所は藤宮家 使用人用の裏口を出た坂道。
六月に入って日差しも強まるお昼過ぎ、そこには暑さで汗を垂らして駄々っ子の如くゴネる俺と、その様子に呆れる真耶の姿があった。
昨日あったBランク試験、そこで俺とリーシャは第三試験でゴーレムを倒した上で30点をマークし、見事合格を果たした。
その功績に技能センターの受付さんは仰天し、当日の内にテレビ局から取材も受けた。
遂に訪れたテレビデビュー、きっと他にも取材が来て、もしかしたら記者に囲まれるかも......などと期待していたのだが。
「もう六時間以上粘ってるけど、まさか数人しか来ないなんてなぁ」
「気持ち悪いキメ顔で六時間も突っ立っている男を見たら、話しかけようとは思いませんよ」
うーん、やっぱり駄目なんだろうか。
さっきから腰痛めてるポーズとか首痛めてるポーズとかしてるんだけど、全然反応無いな?
「これか? これか? こっちの方がいいかな」
「......もう勝手にしてください」
心底うんざりしたような顔をする真耶。
耳は頭髪に埋まり、尻尾はしなびたように垂れ下がっている。
屋敷に戻ろうとする真耶。そこに、アリスがやって来た。
「ん、アリスどうした?」
「う~ん、二階から見てて気付いたんだけど......リーシャの方、凄い事になってるみたい」
「えっ?」
リーシャが居る山瀬調薬本舗に向かうと――そこには、大きな人だかりが出来ていた。
輪の中心では、リーシャが困惑と含羞が入り混じった表情で記者とやり取りしている。
何だコレ、どうなってるんだ。
「じゃあBランク試験を受けたのも、ご夫妻のお手伝いをする為なんだね?」
「毎日お仕事が忙しそうだから、ちょっとでも楽させてあげたいな、って」
「お勉強は一人でしてたの?」
「時々お父さんに教えて貰いながら、お家で頑張りました!」
「リーシャちゃん、カメラに笑顔お願い~」
「は、はいっ! えへへ......」
むぅ、中々しっかりとした受け答えしてるじゃないか。お兄さん嬉しいですよ。
「腕組んで見守ってる雰囲気出してるけど......ハルト、負けてるからね?」
「パッとしない男と可愛らしい少女、世間の注目を集るのは後者でしょうね」
「グッ......で、でもアレだぞ、それはつまりリーシャの容姿に集まって来てるだけであって、この際お店の宣伝しようとか、流石にそこまでは頭が回らない――」
「山瀬調薬本舗をお願いします!」
「言ってるわよ」
「アグッ」
「笑顔も仕草も行動も、全て完璧ですね」
「グハァ!」
やめてください しんでしまいます。
と言うか、リーシャのあざとさ成分も普段の三割増しされてる感じがする。
子供にのみ許されるカードを積極的に生かしていく、その姿勢にびっくりだ。
リーシャさんマジパネェっす。
「て言うか、いつまで立ってるの?」
「いや、ここに居たら幾らかの記者はこっちに来るかな、って」
「凄くみっともなく見えるんだけど」
「一周回って清々しいですね」
「う、うるせーやい!」
諦めついたら帰って来なさいよ、と言い残してアリスとお付きの真耶は屋敷に戻って行った。
一応、こうして粘る事で数人の記者はこちらに来た。と言っても、内容はリーシャへの取材の補足みたいなものだったが。
中には『実際の試験で活躍したのは貴方の方で、リーシャは余り活躍していなかったのでは』という嬉しいような悲しいような質問もされたが、そこは紳士的に『そんな事無いですよ』と説明した。
塩送ってるような感じもするが、まあリーシャは敵じゃないし。
記事になりたいという願望はあるが、リーシャを応援してあげたいと思うのも事実だ。
「............?」
と、取材が落ち着いて来た頃に、不意に俺のスタホが鳴った。
「もしもし、真耶か?」
「ハルト、今何処に居ますか」
「山瀬調薬本舗の前」
「まだ居たのですか......」
「いや、効果はあったから! で、何か用か?」
「ハルトに会って、話をしたいと仰る方が来られています。戻って来てください」
「俺に? 分かったけど......」
誰だろうか。順当に考えるなら記者だけど。
などと考えつつ藤宮家の門をくぐったところで、アリスが走り寄って来た。
「ハ、ハルト!? あの爽やかイケメン誰!?」
「え、爽やかイケメン?」
「真耶から電話無かった? お客さん!」
アリスに手を引かれて屋敷の外から応接室の中を覗くと、そこにはソファに座る一人の人物が居た。
おおよそ、記者とは異なる風貌の人物だ。
服装は男物で、長袖長ズボンに手袋と、この時期にしては随分着込んでいる印象がある。
帽子を深々と被っているせいで、目元まではよく見えない。
身体の線は細く、爽やかというか、やや気品を感じる佇まいだ。
と、窓の外からの視線に気づいたその人物は、こちらを見て微笑みかけた。
「~~~ッ!!!」
その瞬間、大袈裟に後ろを向くアリス。
顔は隠しているが、隠しきれていない耳はまっかっかだ。あ、そういう事ね。
とは言え俺も顔を見られている以上、きちんと挨拶をしないと失礼だ。
急いで屋内に上がり、応接室に入る。
アリスは二階の自室へ駆け込んで行った。
「こんばんは、北条 ハルトです」
「初めまして、九条 ソラと言います」
ん? 男にしてはやや声が高いか?
「さっきは見苦しい所を見せてしまったみたいでスミマセン。それで、どういったご用件で?」
「給仕の方から聞いていませんか? 貴方に会いに来たのですよ」
「エ゛っ」
妖艶な笑みを浮かべ、ソラは俺を見つめる。
え、俺もしかしてホモに狙われてんの?
ニュース見てここまで来たとか、何処まで気持ち強いんだ。やべーよ こえーよ。
「え、ええっと。それはどう言った......」
「クスッ」
「!?」
急に笑ったソラの声を聞いて、俺は驚く。
その声は、まるで女性のようだったのだ。
おまけに、笑いを堪える時の手を口に当てる角度に、肩の動き方。
この特徴に、俺は見覚えがあった。
「まさか、お前は――」
「あれ、気付くの案外早かったね? まあアノ兄さんだし、当然かもだけど」
ゆっくりと帽子を脱ぐソラ。
そして髪留めを外し、頭を揺らして髪を降ろす。
一ヶ月の期間を経てはいるものの、その面影は記憶の中のある存在と一致する。
「久しぶり、兄さん」
――間違いなく、妹の美夜子だった。




