幕間2 ドキドキの二者面談
リーシャを家まで送った俺。
だが、帰って来た藤宮家で驚きの光景を目の当たりにする。
藤宮家で働く給仕の一人、佐伯さんが庭の生垣に刺さっていた。
その姿、まるで犬神家。
「佐伯さん!? 誰にやられたんですか!?」
「うっ、ハルト様ですか? 抜いて貰えるとありがたいんですけども......」
白い靴下を掴み、ズポッという感じで抜いてあげる。パッと見た感じ、怪我はしていない。
「ゴホッ、ゴホッ。ハァ、ありがとうございます」
「あ、いえ。それで何があったんです?」
「んーっとですね。少し前に、スーツ姿の女性が来まして。ハルト様がいつからいらっしゃるかとか、普段どうしてらっしゃるのかとか、そんな感じの事を聞かれたんですよ」
ん、俺の事?
「何ででしょうかねー。というか、何処から洩れたんでしょう。ハルト様がここに住んでらっしゃる事は外に言わないよう、我道様から伝えられているのですが。うーん」
「そ、そうですか。ちなみに、それが刺さってたのとどういう関係があったんです?」
「いえ、私が正直に話してたら、真耶さんが恐いオーラ放ちながらこっちに向かってきましてね? で、女性の目の前で私にバックドロップを仕掛けたんですよ。もうビックリして。アハハハ」
............
これは、アレですな。
やっちまった、どーするよ!?
コレ確実にさっきの取材関係だよな!?
ゴーレム倒してBランク合格した人物が、どんな人柄なのか情報集めてる感じだよな!?
やべぇ、『藤宮家にいる』なんて言うべきじゃなかったか!?
「あ、今は真耶さんに会わない方がいいですよ。すっごいカリカリしてたんで」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
俺、殺されるかもしれない。
今日の所はさっさと元の世界に帰ろう。
マヤへの謝罪は後日に――
「......あ」
「――ハルト」
自分の部屋のドアの前まで来た所で、一番見られてはいけない人に見つかってしまった。
アイエエエ! 真耶!? 真耶ナンデ!?
「あ、真耶。あの、あー......スマン」
「ハルト」
「ハイッ!?」
「我道様が先ほど戻られまして。お話があるそうなので、書斎に来て欲しいと」
「............あ、後で――」
「我道様はとてもお忙しい方ですので、そう言う訳には参りません。さ、行きますよ」
あ、これ終わったな。
書斎の前まで来た真耶は、ドアを三回叩く。
「我道様、ハルト様を連れて参りました」
「ありがとう真耶。貴方は仕事に戻ってなさい」
「はい、では私はこれにて」
はー、どうするよこの状況。かつてないぐらいに緊張してるんだが。
「ハルト君、早く入りなさい」
「......失礼します」
ドアを開けると、古書の匂いがふわりと漂ってくる。高くそびえる本棚の数々、その奥の椅子に我道さんは座っていた。
「かけたまえ。コーヒーは飲めるかね?」
「は、はい。いただきます」
カチャリと音を立てて置かれるティーカップに、ポットに入ったコーヒーが注がれる。
荘厳さを感じさせる静かで薄暗い室内と合わさって、我道さんの発する雰囲気はまるでゲームのラスボスのようである。
アリス・真耶・リーシャの三人と一緒に開いたお茶会の時とは、凄まじい違いだ。
部屋で鳴るのは時計の針の音ぐらいだが、俺の中では心臓が暴れる音の方が俄然大きい。
「さて、ハルト君。君は試験の帰り道、取材してきた記者に対して当家に下宿していると答えたそうだね」
コクリ。
「君の軽薄な行動故、当家の使用人の真耶はその対応で手一杯だ。私の娘 有栖の世話をするという本来の職務に手が回りきっていない」
コクリ。
「あの子の手を煩わすようであれば、相応の対処をさせて貰うが――」
(((( ; ゜Д ゜)))) ガクガクブルブル
「ふ」
「ッ! ......?」
「ははは。安心したまえ、何もせんよ。ただのジョークだとも」
「え、あ?」
「真耶が忙しいのは事実だがね。とはいえ、あの子もこれぐらいの事には慣れている。今のも、あの子の要望で少しからかって欲しいと言われたからだ。いや、すまないすまない」
「ッ! あの性悪バトラー......!」
「驚いたかね?」
「いやもうビックリを通り越して、死ぬかと思いましたよ。ホントに......」
なんだ、この人案外優しい――
「ま、何度も手を煩わすようであれば、考えねばならんが」
やっぱり気のせいでしたハイぃ~......
「しかし、真耶にからかわれるとは。さっきの君の様子を見るに打ち解けているようだし、良かった良かった」
「? 誰に対してもあんな感じじゃないんですか?」
アリスにいたずらしたり、さっきも佐伯さんにバックドロップしたり、結構好きにやってるイメージがあったんだけどな。
「ああ。あの子は周囲に対して壁を作ろうとする癖がある。学校に通わず、友人もいないのだよ。今の人間関係を壊されるかもしれない......その恐怖に、ずっと縛られている」
「............」
これだけ聞けば、ただのコミュ障と言えなくも無い。でも、そうじゃない事を俺は知っている。
真耶が周囲に隠している、耳と尾。
学校に通っていないのも、恐らく偶然的な接触でこの事実が露見しないようにする為だ。
だが、そうして周囲と距離を保っている限り、友人と言うのは生まれない。
「この前、アリスも言ってました。真耶は昔色々あったって」
「有栖にも全ては話していないが、その通りだ。真耶がああなってしまったのも、全て当家の責任。なんとかしてあげたいのだが......」
『当家の責任』? どういう事だろう。
まあでも、アリスに教えない事を俺に言う訳ないか。
「ああ、すまないね。こんな話をする為に君を呼んだのではないのだよ」
「え、じゃあ何を......?」
「『何を』、ではない。君は娘を助けてくれた恩人だ。それの礼を伝えようと呼んだのだが......どうも固い感じになってしまうな。私の悪い癖だ」
そう言って、我道さんは立ち上がる。
「娘を助けてくれた事、感謝する。この程度の事しか出来ないが......」
「ちょっ、頭なんて下げないでください!」
我道さんに腰を45°まで折ってお辞儀され、俺は手を振って慌てる。
『一企業の社長が頭を下げる』。
働いてなくとも、この行為の意味は分かる。
下手にお金を貰うより重い行為だ。
三秒頭を下げた後、我道さんは椅子に座り直す。
「今回魔術の資格試験を受けたのも、一緒になった子を助けるためだそうだね。とても立派な事だ」
「いやまあ、ただの流れみたいなもので。アリスを助けたって言われても、アレただの親子喧嘩で家出してただけなんですよね?」
「ん?」
――あ、ヤバ。
「ああ。いや、そうだな。その通りだよ。こんな歳になって恥ずかしいばかりだ」
「ははは......」
一瞬変な汗出たよ。超焦ったぁ~......
「もっと毅然とした態度で振舞うよう言うつもりが、ついつい熱が入ってしまってね。あんな形になってしまった」
「まあ、ちょっと抜けてる所があるとは思いますね......」
「そうだろう? アイラもそうだが、娘は少し人が良すぎる。もう少し気を引き締めないと、何かあった時に足元を掬われかねない。私の父は情に流されやすい人間だったのだが、そのせいでどれだけ苦労したか」
「あ~......」
なんか掴めてきた感じがする。
我道さんがこんなにも厳かで、やや威圧感を放っているのは、父親が反面教師になってたからなんだろう。
「......私もアイラも、そろそろ新しい子を望むのは難しい年齢だ。この会社は、娘に継いでもらう事になるだろう。だから、今の内にしっかりとした心構えを持っていて欲しいのだ。娘なりに応えてくれているのも分かっているが、まだまだだ」
「............」
「ああ、すまないな。娘の話になると気が前のめりになってしまう」
「いや、いいですよ」
立派だと思います、と口にするのは止めておく。
さっき話したリーシャのお父さんとは全然違うタイプだけど、良い父親な事に違いは無い。
「普段から私のような人間を相手にしていては、娘も疲れるだろう。ハルト君、もし娘が私の愚痴を言っていたとしたら、否定せずに受け止めてやって欲しい。歳の離れた兄貴分として」
「お、俺がアリスの兄ですか!?」
「ああ。君は娘に気に入られている。それに、君は我々の身内ではないが、部外者でもない。その立場だからこそ、出来る事があるはずだ。期待しているよ」
「は、はい!」
何だコレ、なんか社長と社員の関係みたいだ。
いや、我道さんは社長だけどさ。
というか、ミヨ以外の“妹”がどんどん増えていってる感じがするのは気のせいじゃないハズ。
「ところで例の報道についてだが......」
「ヒ、ヒャイ!?」
「そんなに怯えずとも良い。君は人でも探しているのかね?」
人探し......? あ、ミヨの事か。
「まあ、妹を探してまして。この辺りに居る、って聞いて来たんですけど、中々見つからなくて」
「ほう、妹君を」
「ある日突然家を出て行ったから、結構心配なんです。大丈夫......とは信じたいんですけど」
「そうかそうか」
何やら感慨深げに頷く我道さん。
「? もしかして妹の事を知ってるんですか?」
「いや、そう言う事では無いのだがね。ただ、私の若い頃と少し似ていると、そう感じるのだよ」
「我道さんの......?」
「ああ。私もアイラの為、色々と無茶をした時期があった。君のその様子を見ていると、色々思い出すものがあってね。いや、大変だったよ。将に茨の道だった」
静かにコーヒーに口を付けながら、我道さんは穏やかに笑う。
『茨の道だった』と言うその顔は、とても幸福そうだった。
と、ここで我道さんのスタホが鳴る。
チラリと時計を見て、我道さんの顔が動いた。
「! もうこの時間か。すまないが、この後会食に出る事になっていてね。これにて失礼するよ」
「あ、お疲れ様です」
「ああ、一つ言い忘れていた。君の人柄もある程度掴めた事だ、この書斎も自由に使ってくれ給え」
「あ、ありがとうございます」
「では、これにて」
そう言い、我道さんは足早に部屋を出て行った。
「書斎、か。パッと見た感じでも、街の図書館に無い古書があるっぽいしな。気になる事もあったし、結構有難いぞ」
住民票が発行され、資格も取得したし古書も読めるようになった。
今回の件で、俺の異世界の行動圏はますます広がっていきそうだ。




