Part4 第一異世界人(?)発見!
待ってろよ、我が妹よ!
などと気張っていた時期が、俺にもありました。
いや、別に今すぐ会えるっていうんなら、また気張るんですけどね。ふんぬらばー。
だが、今の俺は......
「それでまたソイツが奇怪な奴でなっ! ヌハハハハハハッ!」
――おっさんの無駄話を聞かされていた。
話はちょいとばかし遡るのだよ、ワトソン君。
俺があの厨二マントwith石仮面野郎の手を掴んで目を閉じた後、すぐに厨二マントwith石仮面野郎――いやもう長いから、『ワトソン君』でいいや――が声を掛けてきた。
「着いたぞ」
「おおぉ.........おぉ?」
希望と喜びに溢れていた俺の顔は、あっという間に困惑に変わった。
いや、だってですよ?
初めての異世界、胸を躍らせる風景とか、美少女とか、そう言うのと出会いたいじゃないですか。
でも、その期待を裏切って――
砂漠スタートとか、あんまりじゃないか?
「ここに俺の妹が?」
日差しが強いし、脱水症状で倒れたりしないだろうか。いや、そんな妹を看病するのも、また乙な物なんだけどさ。
「いや、居ない」
「居らんのんかい! じゃあなしてこげな所に連れて来たし! 『あれれー、おかしいぞー』とか言っても――」
「いや、最初からここに来るつもりだった」
「お、おう......」
ノリノリで返せとは言わんけど、こうも無機質に返されるとやり辛いな……。
「そもそも、君には魔法を使える分のマナもオドも無い。そんな状態でこの世界の妹さんに会おうとしても、無理というものだ。だから君でも魔法が使えるよう、私の知り合いの元へと連れて来た。この事が出来る知り合いは全員で六人ほど居るのだが――」
「長い、一文で」
「君が魔法を使えるよう、火属性の賢者の元へ連れて来た」
「最初からそう言ってくれよ......」
”ワトソン君”の長ったらしい話に辟易しつつ、俺は周囲を見渡す。
が、見えるのはサボテンと幹の太い木ばかり。
「その賢者とやらの姿が見えない件について」
「ああ、それなら――」
”ワトソン君”が何かを言おうとした時、猛烈な風圧と共にドシンと音を立て、何かが地面に降り立つのを感じた。
後ろを振り返ると、どう猛な目つきをした竜がこちらを睨みつけている。
口元から覗く狂暴な牙に、翼となる両腕の先についた鋭い爪。
身体も、ゆうに3メートルはあるだろう。
端的に言って、ものすごく威圧感がある。
「ど、どうも......」
「グルルルルゥ!」
「あの、もしかして貴方が賢者様でしょうか?」
「ギャァァァァス!!!」
fufu…… 話を聞いてくれません。
「な、なあ、これが本当に賢者様なのか?」
「何を言っている。これはこの地方に出現するデザートワイバーンだ。気でも触れたか?」
「気が触れてるのは、こんな状況でも落ち着き払ってるお前だよっ!」
どーするんだよ! アイツの目、俺達を獲物か何かと捉えてるぞ!
どう考えてもヤバイ状況だろコレ!?
「ゴアアアアアア!」
半分パニックになっている俺に向かって、ワイバーンの爪の一撃が襲い掛かる。
あんな物に切り裂かれたら、間違い無く首チョンパである。
「うわあああああ!?」
余りの恐怖に、思わず目を閉じて両腕を頭の前で交差し、身構える。
こんな奴にホイホイ付いて来た俺がバカだった! などと今更後悔していた、その時。
「グギャアアアアアアア!!」
デザートワイバーンの全身を、燃え盛る炎が包み込んだ。
断末魔を上げ、地響きと共に倒れるワイバーン。
と、黒焦げになった身体から粒子のようなものが立ち昇り、灰が風に散るように跡形も無く消えてしまった。
「お、おお?」
なんだこれ? なんかゲームで魔物を倒した後の表現に似てるな。
「ヌハハ、成程成程! 確かに聞いた通り、異世界人が見せる反応は楽しいものだな!」
デザートワイバーンが消えゆく様子を見ていた俺の後ろから、またも声が発せられる。
後ろを振り返ると、身体が炎で出来た筋骨隆々のおっさんが浮いていた。
というのも、そのおっさんの下半身が脚ではなく、炎になっていたからだ。
上半身からも、火花のようなものがチリチリ舞っている。
「どうだ、こっちの世界は楽しいか?」
「いや楽しいも何も、さっきからヒヤヒヤしっぱなしだっての!」
「ヌハハ、そうかそうか!」
半ギレな俺の反応に対しても、おっさんは金剛力士像みたいな渋い顔を破顔させ、上機嫌そうに笑って流している。
これはアレだ、酒を飲んで上機嫌になってる近所のおっさんみたいなタイプの人間だ。......はぁ。
「久しぶりかな、デービス」
ヌハハヌハハと笑い続けているおっさんに向かって、”ワトソン君”が話しかけた。
このおっさんの名前はデービスというらしい。
しかし、なんか普通な名前だな。賢者と言うから、もっとカッコイイものかと。
あるいは、愛称か何かなのか?
「おお、パース殿ではないか!」
「パースではなくパッセンジャーだ、ただのな」
ん、”ワトソン君”の愛称はパースって言うのか。
「で、横に居るお前さんがハルトとやらだな?」
「そ、そうだけど」
「パース殿から話は聞いている。魔術を使えるようになりたいそうだな?」
「そうだ! この世界に連れ去られた俺の妹に会って、また家族で暮らすために力が居るんだ」
「ム、妹が連れ去られたとな? パース殿、その連れ去った者は......」
「ウォリッジだ」
「ああ、アヤツめか......」
さっきまで上機嫌そうだったデービスの顔が曇り、口をへの字に曲げている。
「なあ、ハルトよ。今からワシが授ける力は、お前さんの妹に会いに行くには大きな力になるであろう。だが......妹を取り返すまでは、ちとワシの力ではどうにも出来ん」
「な!? おいパース、話が違うぞ!?」
「私が言ったのは妹と会いたいかだ。連れ帰りたいのであれば、自分の手でしていただこう」
ムムム、そうだったか。
しかし、これで妹とまた暮らせるようになると思っていた俺にとっては不満が残る。
最終的なゴールには、自分の力で到達しろ、ってことか。
こっちの世界でも、世の中そう易々とは行かせてくれないらしい。
「分かったよ! だから早く力をくれ!」
「ヌハハ、率直な奴は嫌いではないぞ! よし、少し待っておれ!」
そう言って、デービスはパンと音を立てて手のひらを合わせる。
暫く後にゆっくりと手を離すと、その中には赤白く輝く珠があった。
「ワシのオドの一部をその中に封じ込めた。飲み込めば、お主に新しいオドが宿る」
宙に浮く珠を、デービスは両手でゆっくりと押すように俺に渡す。
差し出した手のひらの上に落ちた珠は、ほんのりと温かい。
――これを口にすれば、妹に会うための一歩を踏み出すことになる。
でも同時に、地球の理とは外れた、異世界の力を手にする事も意味していて。
得体の知れない物を飲み込む事に、若干の抵抗を覚える。
が、意を決してグイと飲み込んだ。
……ん? 何か変わったのか?
特に何も感じないんだが。
「なあ、これで魔法が使えるようになるのか?」
「おうともよ!」
ニカッ、と笑って見せるデービス。ホントかよ。
まあでも、こういうのは往々にしてイメージすれば何か出てくるのだ。
火属性の力だそうだから、炎をイメージして、ムムム――
「フン!」
……
右手を思いっきり振ってみたが、何も起こらなかった。
「ああ、使えるようになるのは二時間後だ。そんな派手な動きしても今は何も出んぞ、ヌハハ!」
「それ先に言えよ! 少し恥ずかしいだろぉ!」
からかうように、ヌハハヌハハと笑うデービス。
くっそう、さっきからこのおっさん何なんだ。
「と言うか、二時間も待たされるのか? すぐに妹を探しに出掛けたいんだが......」
「あるにはあるが......」
「じゃあそれで!」
こちとら妹に会うためなら火の中水の中だ。
ちょっとのリスクがあるぐらいで、ボンヤリしていられないっての。
「本当に良いのか? 恐らくだが、全身を身体の内側から焼かれるような痛みを経験するぞ?」
「分かったこのままでOKだ」
急がば回れってね。身体の内から焼かれるぐらいなら、ちょっとの間ボンヤリしとくか。
「まあ、お前さんも二時間ボンヤリするのも辛かろう? 折角こうして会えたのだ、少しぐらいこの老骨の話でも聞いていかんか?」
――という経緯で今に至る。
ずっと立ったままおっさんの話を聞いている俺としては、もう限界である。
暑さについては、パースが俺の頭上と足元を別の空間へと繋げてくれたお陰で大して堪える事は無かったが。
話している途中に寄ってくる魔物も、気付いた瞬間デービスが黒焦げにするものだから俺は気を張る必要も無い。
そして、デービスが話す内容は為になる話でもなんでもなかった。
以前自分に会いに来た奴の恰好が変だったとか、仲の悪そうに見えた二人が結婚したとか。
おばちゃんズの井戸端会議かな?
と、いつまでもこの時間が続くような、そんな錯覚がし始めていたころ。
「そろそろ時間だな」
パースが口を開いた。スマホを取り出して時間を確認してみると、16時半ほどだ。
にしても、この時間からの探索か……
一旦家に帰った方が良いか?
アレ、でも家に帰ったらこの後も異世界に行けるのか? 少し不安だな......
「なあ、一回家に帰りたいんだけど、またこっちの世界に来れるか?」
「大丈夫だ。特別に、君の部屋の鏡と異世界を繋げている。そこから入れば、また異世界に行ける」
「了解。だったら、一回俺の家まで転移させて欲しいんだ。妹を捜すのは明日からにするよ」
「いいだろう、そうしよう」
パースと会話していると、デービスが眉をピクリと動かした。
「ム、そうか、もうお別れか」
笑顔だったデービスの顔が、少しシュンとした表情に変わる。
話が長かったけど、こういう表情をされると憎めない奴だ。
「ああ。力くれてありがとうよ、デービス」
「お前さんも頑張れよ。また、いずれ会おうぞ!」
デービスが親指をグッと突き出すので、俺もそれを返してやった。
それからパースの方に目をやって催促する。
「飛ぶぞ、目を閉じていろ」
また目を閉じて、パースの手を握る。
さてさて、明日から頑張りますか。……いや、フラグじゃないよ?
「――着いた......が」
目を閉じてからすぐ、パースの声が聞こえる。もう飛んだらしい。
でもアレ? なんでそんな不安を残す答え方するんですかね?
そう言えば、何やら周りが騒がしい。鳥の声が盛んにするし、結構ヒンヤリしてるな。
まるでここが森の中であるかのような、いやそんなまさかな――
「!?」
目を開けた俺は、そのまま仰天する。
俺が立っていたのは、紛れも無く鬱蒼とした森の中だったのだ。
家じゃないんだけど!? どこだここ!?