幕間1 憧れの道は、バラの花道
「着いた......けど、ここで合ってるんだよな?」
技能センターを出て、眠ているリーシャをおぶった俺は例の場所に来た。
マヤが言っていた、朝の待ち合わせ場所の向かいにある店舗だ。
だが、その店舗の名前は――
「『山瀬調薬本舗』。どう見ても日本、じゃなかった、月生っぽい名前......」
或いは元々の経営者が月生人なだけで、それを白人夫婦が引き継いでるとか?
……考えても埓が明かない、か。
「すみませーん。ん?」
店舗に入ってすぐ鼻をくすぐる、土っぽい臭い。いや、石と草が混じった感じ?
「何だか綺麗な空間ですなぁ......」
そして周りを見渡してみると、駄菓子屋ぐらいの狭いスペースに、色とりどりの液体が入ったビンがズラリと並んでいる。
これ全部がポーション......って、高っ!?
こんな小さいので、16,000甲!?
ちなみに、甲というのは月生の通貨単位だ。
偶然なのか、日本円とレートは殆ど違わない。
「ひゃぁ~、ポーションって高いんだなぁ......」
「あの、何かお求めです......か」
「あ......」
振り向くと、いつの間にか店員さんらしき人が立っていた。こちらを見てポカンとしている。
「すみません、なんかその――」
「リーシャ? じゃあキミがハルト君ですか?」
「え、もしかしてリーシャのお父さん......?」
「あ、はい。義理の、ですが。ええと、こんな所で立ち話もなんですし、上がって話しましょうか。少し待っていてください」
男性は店のシャッターを締め、店内の明かりを消してから二階へ上がって行く。
どうやら、二階が居住スペースになっているみたいだ。
「この子は部屋で寝かしておきます。先に向こうの部屋に入っていてください」
「あ、分かりました」
おぶっているリーシャを引き渡すと、男性は少し表情を緩め、部屋の奥に入って行った。
通された部屋はダイニングキッチン。
部屋の中央にある机の椅子に腰をかけて暫く待っていると、男性が入ってくる。
冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぐ男性は、黒髪に馴染みのある顔立ち。
どう考えても東洋人だ。
コトン、と机にコップを置く音が静かに響く。
「お待たせしてすみません。改めまして、私はリーシャの義理の父、山瀬 卓也と言います。」
「あ、北条 ハルトです。えっと、リーシャとBランクの試験を一緒に受けさせていただいて......」
「ええ、その話はあの子から常々。一緒に受けてくれる人が居た、って、とても喜んでいましたから。それで、試験の結果は......?」
「合格できました。なんとか、ですけど」
「! そうですか......」
コップを手で握りながら、男性はホッと声を漏らす。安堵と、静かな歓喜。
「それであの、義理の父というのは――」
「娘からは聞いてなかったんですね。えっと......どこから話したものか。第五界 ヨトゥンヘイムにある国家、ドゥーマ連邦でのヨルムンガンド襲来事件はご存じですか?」
「え!? あー、ちょっとよく覚えてなくて」
突然のファンタジー要素てんこ盛りな発言に、面食らってしまう。
異世界素人に、急にイロイロ言われても。
でもヨトゥンヘイムとヨルムンガンドは聞いた事あるな。北欧神話の世界と、それに出てくるドラゴン......いや、蛇だったっけ?
「いえ、もう六年前の事ですからね。それで......当時、私と妻は補給人員として被災地に派遣されたのです。そこで出会ったのが、リーシャでした」
「............」
「あの子が暮らしていた所は、物資が不足していたようで。治癒魔法を使おうにも高品質なポーションが足らず、治療の出来ない方が多かった」
「それで、ポーションを作って回ったと?」
「はい。手持ちの魔鉱石を治癒術師一人一人の属性傾向に合わせて配合し、配り回りました。あの時は大変で......ハハハ」
リーシャに聞いた話によれば、市販のポーションは誰でも一定の効果を得られるよう、決まった属性の配分で作られているらしい。
でも、それだと吸収率が悪い。
それに、調合師が作るような純度の高いポーションは配合が難しいらしく、未だに機械での製造が出来ないそうだ。
一人一人に最適化された高純度のポーションを作る......なんとなく、凄い事だって分かる。
「あ、話が少し逸れましたね、すみません。それで、そのポーションを使って治した方々の一人に、リーシャの母親がいらっしゃって。被災地から出る時に、あの子を託されたんです」
「え、助かったのに何故......?」
「あの子の家庭は貧しかったようで。命は助かっても、災害で負債を抱えてしまった以上、家族全員を養える経済的余裕が無くなってしまった。そこで、母親は一番幼い子のリーシャを私達に」
「そうなんですか......ちなみに、リーシャのお母さんは今......?」
「はい、すっかり元気になったみたいです。時々、手紙が届くんですよ」
「良かった......」
なんだか、聞いてるこっちまで暖かくなるようないい話だ。ドラマ化してもいいんじゃないか。
「あの子が来て、月生語を教えて......普通に育てようと思ってたんですけどね。小学校に上がる前から、自分で調合の本を読み始めたんですよ」
「ははは。でも、リーシャにとってお二人は英雄ですから。憧れるのも無理ないと思いますけど?」
「いえいえ、そんな。あの子にも言われますけど、私達はそんな大層な者じゃないですよ」
その謙遜が、余計に卓也さんを輝かせる。
直接治した訳じゃなくても、この夫婦は地元の人やリーシャの母親を治した英雄だ。
なるほどな、これは憧れるのも納得だわ。
「Bランクの試験を受けたい、って言った時も、最初は反対したんですよ? でも、何度も断っている内に私達が折れてしまって。それに、あの子の夢を壊すのも、という気持ちがありましたし。......ハルトさん?」
「あ、すみません。ちょっと涙が」
イイハナシダナー。
さっき泣いたせいか、涙腺も緩んでるみたいだ。
「ですが、時々不安に思うんです。この子を調合師の道に進ませて良かったのか、と」
「え? 立派な事だと思いますけど......?」
「確かに、世間で見れば立派な事だと思います。ですが、調合師は危険な仕事です。素材の回収だけでなく、探検家に同行する事もある。大怪我をする可能性だって......」
脳裏に、第三試験での惨状が蘇る。
肩の骨の骨折。
噴き出す鮮血、鼻を突く血の臭い。千切れた腕から覗く、白い神経組織とねじ切れた骨。
もしあの時、リーシャが助けに来なかったら。ゴーレムの投槍が腕ではなく頭を貫いていたら。
俺もリーシャも、無事では無かっただろう。
「それに......あの子は過去に囚われているだけなんです。こんな危険な仕事を目指さなくても、安全で幸せになれる未来なんていくらでもある。あの子の本当の母親だって、穏やかな人生を望んでるはず……」
卓也さんの心配も最もだ。
リーシャに起こった事を見れば、安全でない事は誰にでも分かる。
でも、あの姿を見たからこそ、言える事がある。
「――そうでしょうか」
心情を吐露する卓也さんの口を、力強く遮る。
そしてぶつける、感じたままに。
「上手く言えないですけど......リーシャは自分でこの道を目指したんじゃないですか? 助けて貰ったからって、別に人生が決められる訳じゃない。俺が同じ立場だったら、いい場所を見つけたらダラけちゃいますよ、多分。それにあんなに熱心に調べてるんだったら、調合師って仕事が危険なものだって気付くと思うんです」
「子供は親が思っている以上に考えている、と?」
「はい。それに、考えてるだけじゃない。実は......一つ謝らないといけないんですけど、リーシャは第三試験で大怪我したんです」
「!!!」
「あ、今は治癒魔法で治ってますんで!」
「そ、そうですか......」
卓也さんが物凄い勢いで立ち上がったので、咄嗟に言葉を付け足す。
心配させてしまってスミマセン。
「ただ、その時の目が凄い力強かったんですよ。大人もびっくりする位、気持ちの籠った目で。それに、リーシャも『覚悟は出来てる』って言ってましたし」
「......そう、ですか。あの子がそんなに......」
「試験官の人も、『これからが楽しみだ』って」
悩める親の前で、我が子の成長した姿を語る俺。
まるで家庭訪問に来た教師みたいだあ。
「それに、立派だとかそういうの抜きにして、俺自身羨ましく思う所がありますよ」
「? ハルト君も、何かを目指しているのでは無いのですか?」
「そうだと良いんですけど、俺は成り行きで受けただけで。正直、リーシャほどの志なんて......」
「そんな事ないと思いますよ。夢を目指す人の手助けをするのだって、楽じゃないでしょうから。ハルトさんはお怪我されなかったんですか?」
「確かに、怪我はしましたけど......」
「なら、苦労をしてでもあの子を助けたんです。大丈夫、胸を張っていいんですよ」
「はは、何だか照れますね」
とは言ったものの、いまいちスッキリしない。
良い事をしたという感じはある。
憧れを追い、努力するリーシャの傍に立ってみて、リーシャが見る景色を感じる事も出来た。
だからこそ、羨ましいという気持ちが心の内でさらに強まっているのを感じる。
「――俺も、リーシャみたいになれますかね」
「えっ、と?」
「いや、リーシャを見てると凄く眩しくて。自分の将来像みたいな、大きな夢が俺にもあれば、と」
「はは。それはハルト君次第ですよ」
「なんだったら、一回――」
『リーシャみたいな経験をしてみたい』。
一瞬そう頭に浮かんだが、喉まで出かかった所で飲み込んだ。
忘れてはいけないが、リーシャが今の志を抱いたきっかけは故郷を襲った災害だ。
心に刻まれた恐怖を克服するのは、とても大変だっただろう。
母親の元を離れて慣れない土地で暮らすとなれば、言葉にし難い苦労も沢山あったはずだ。
志を持つ姿を羨ましいと思っても、その境遇まで羨ましい、体験したいとは思わない。
俺だけじゃなく、多くの人はそう思うだろう。
でも、そんな我儘を言って良い訳が無いのだ。
ましてや、リーシャを見てきた人の前で。
強い志という“光”を持つ事は、辛い境遇という“闇”を背負う事なんだと思う。
『“闇”を背負う覚悟はあるか』。
その問いに、今の俺はハイと言えない。
――憧れの道は、バラの華道なんだな。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。ちょっと考えてただけです」
と、感慨に耽っているとパタパタと言う足音が廊下から聞こえてきた。
ガチャリとドアを開けて、リーシャが勢いよく部屋に入ってくる。
「あうぅ、やっぱりお兄さんが......すみません」
「おはようリーシャ。ぐっすり寝れたか?」
「は、はい......と、お父さん。お店はいいの?」
「ああ、今日はもう閉めたよ。リーシャはまだ疲れてるだろうから、休んでおきなさい」
「ううん、大丈夫。お父さんはお店の片づけして待ってて」
そう言って、キッチンの方に向かうリーシャ。
「リーシャがご飯作ってるんですか?」
「ええ、お恥ずかしい限りで。私か妻が採集に出掛けている時は、あの子が夕飯の支度をしてくれているんですよ。昔はインスタントで済ませていたのですが、身体に悪いからと」
「へ、へぇ......」
お菓子だけじゃなくてご飯も作れるのか。
ホントにハイスペックな子だな......。
「あの、お兄さんも一緒に食べますか?」
「え、俺は......あーゴメン、そろそろ帰らないといけないから」
「そうですか......」
「また今度! また来るから!」
「! はい、また来てください!」
笑顔を弾けさせるリーシャ。
あ、尊い。なんか神聖さすら感じる。
「あの子が話す様子から想像はしてましたが......随分仲が良くなったんですね」
「というより、何か養われてる感じですケド」
気に入った大人の世話を焼こうとする心理ってヤツなのかなぁ。
こっちはその母性に吞まれそうなんだが。
「じゃあ長居するのもアレなんで。お茶、ありがとうございました」
「はい、またいらしてください。あの子とも、今後もお願いします」
言葉を交わしてから、俺は店舗を出た。
......あれ、最後の卓也さんの言葉、いわゆる親公認というヤツでは......?
いや、子供相手だし。変に意識する事無いか。




