Part12 不安な第三試験
「あ゛~~、疲れたぁ~~」
試験から帰った俺は、テント下に並ぶ椅子に頭を擦りつけて地面に座り込んだ。
あー、なんか電車に乗ってる酔っ払いの気分。酒なんて呑んだ事ないけど。
アレは気分が良くなってそうしてるのかと思ってたけど、そうでもないのかもしれない、なんて考えてみたりする。
「それにしても......」
首をグイと横に向けて周りの様子を見てみるが、椅子に座る人の姿はまばらだ。
俺が試験を受けた所以外にも会場はあるから、そっちの方で試験が進んでいるんだろう。
「そう言えば、リーシャの姿が無いな......」
金色の髪を日の光で煌めかせる、異国系少女。
もし居たらヨシヨシして貰いたかったナー。
いや、冗談だよ、冗談。ははは......ハァ。
などと心の中で呟いていると、周りの声が聞こえて来る。
「さっきの実技、お前どうだったー?」
「いやー、俺10点しか取れなかったわー」
「え、俺20点なんだけど。大丈夫なのか、オイ?」
え、俺マイナス5点なんだけど......
と言うかなんだろう、この聞き慣れたやり取り。
赤点ギリギリな人間の前で『オレ80点だったわ』みたいなノリ止めてくれません? マジで。
「あの......」
「アーアー聞こえない、周りの点数なんて聞こえない!」
「お、お兄さん?」
ん、『お兄さん』?
「あ、リーシャか」
「は、はい。何かあったんですか?」
「あー、何でもない。そっちも試験終わったか?」
「はい、でも......5点しか取れなくて」
ウグッ
「折角お兄さんのお陰で受験出来たのに、ごめんなさい......」
「............」
うわー、どうするよこの雰囲気。
見るからにションボリしてるし、ここで
『いやー、俺マイナス5点なんだよ、アッハッハ』
なんて口が裂けても言えない。
この試験への意気込みも俺とは比べ物にならない程に強いだろうし、軽い気持ちで話したら泣いてしまうやも。
「別に気にする事ないって。次で挽回しよう!」
「お兄さん......。ありがとうございます!」
飛びついて来たリーシャの頭をポンポンする。
周りの目線が刺さってるけど、気にしない。
何か自分で自分を追い込んでる気がするけど、それも気にしないっ!
やるしかないのだ。このまま次の試験をほぼ満点で通過すれば、俺がさっきの試験でボロボロだったのがバレる事もなく、リーシャの前でカッコイイお兄さん像を崩す事もない。
これで、行こう。
◇◇◇◇◇
――とは言ったものの。
「やっぱ厳しいかねぇ」
「えっ?」
あ、本音が漏れた、ヤバイヤバイ。
所変わって第三試験場前。
そこには会場入口の前に立て掛けてある表示版を見て、Uターンしたくなる俺の姿があった。
どうして手の平四回転サルコーしてるかって?
お察しの通り、それは第三試験の内容が絡んでいるのだよワトソン君。
第三試験は、一言で言うとスタンプラリーだ。
コース内に用意された計五つのスタンプを揃え、会場入口に帰還したタイムで採点する。
勿論、コースには魔物が出現するので、いかに偶発的な戦闘を切り抜け、効率良く回るかが鍵になる......のだが。
「満点の走破タイムは30分未満、25点は35分か......」
現状の俺の点数は、筆記試験で満点を取っていたとしても35点。
数点取り逃している事も考えると、30点を取れないと――つまり、30分以内に完走できないと不合格になる可能性が高い。
コースは山の中に広がる洞窟で、地図はあれどうっかりすれば迷いそうだ。
これにプラスで魔物の対処......考えれば考えるほどキツイ気がして来るぞ。
「次、26番と37番、準備が出来たので入るように」
等と考えていると、俺達の番が回って来た。
「は~、とうとうか。リーシャ、行こっか」
「はい、頑張りましょ――ヒャッ!?」
「見るなっ!」
「~~~っ!!!」
立ち上がって会場に入ろうとしていた時、俺の後ろに付いて来ていたリーシャの、その目を咄嗟に隠した。
「い、いきなりなんですか?」
「いや、リーシャには刺激が強いと思って――」
「血、ですか?」
「! 見えてたのか」
「はい、一瞬でしたけど」
「そっ、か......」
俺がリーシャの目を隠したのは、直前に試験を終えた受験者――その血で汚れた姿が見えたからだ。
身体がマナで構成されている魔物に、血は無い。
つまりあの血は返り血ではなく、自分自身か、あるいはペアの血。
それも、一見赤い服を着ているのだと見間違える程の量の血が付いていた。
「大丈夫です。この試験に応募した時に、覚悟は出来てましたから」
「そう、だよな。びっくりさせてゴメン」
「そんな! 謝らなくてもいいですから!」
「まあまあ、ハハハ」
今更ビビってどうするんだ、俺。しっかりしないといけないのに。
そう。この第三試験は魔物との戦闘になる故、かなりの危険が伴う。
応募書類にも『試験中に発生した如何なる損害に対しても、運営側は一切の責任を追わない事とします』と赤字でデカデカと書いている。
申請には大人なら親族の、子供なら親のサイン・身分証明書・住民票が必要という徹底ぶり。
ちなみに、俺の申請書に親族のサイン欄は何故か無かった。
サインの件は後にリーシャから聞いた話だ。
第二試験でマイナス11点以下になると強制的に不合格になるのも、恐らく実戦能力が伴わない者を事前に排除するためだろう。
「受験番号26番・37番、早く入るように!」
職員にせかされる。
ここでボンヤリしていても、魔物が増えて反って難しくなるだけだ。
リーシャと顔を合わせ、黙ってコクリと頷く。
そして俺達を招き入れるようにぽっかりと口を開けた洞窟へと、ゆっくり脚を踏み入れた。
洞窟に入ってすぐの所で、俺達は脚を止める。
「リーシャ、ちょっと準備するから周り見といて」
「はい!」
目を閉じて、意識を内側に向ける。
少女(妹)へ祈祷中...... よし、準備完了だ。
「おお、お......?」
「何か分かりますか?」
「ああ、ぼんやりだけど魔物の気配を感じる」
妹パワーでマナの操作力が上がった今、俺には魔物の感知が何となく出来るようになっている。
熱というか匂いというか、なんとも言いにくい感覚が漂ってくるのだ。
あちこちから漂って来る感覚は濃さが異なっていて、多分数や強さが影響しているのだろう。
「<地上を照らす日の光よ その理 この身に集い 我が行く道を照らし給う>、<トーチ>。それじゃ行こっか。と、言いたい所だけど......」
「? 何かあるんですか?」
「いや、天井から下がってるその岩、なんか怪しいからさ」
「えっ!?」
「軽く片付けるから、ちょいとお待ちよ」
懐からステッキ――棒状の杖を取り出し、右前方をシュピッと指す。
「<熱をもたらす日の光よ その理 この身に集い 光線の一撃と成し給う>、<サンライト・アロー>!」
杖の先から放出された熱線が、矢の如く速さで対象を射抜く。
すると岩に見えていた物が不自然に揺れ、硬い音を立てて地面に落下した。
岩にはエジプトの壁画のような無機質な目が嵌め込まれていて、その目を閉じて動きを止めた魔物は塵と消えていった。
「! 土属性の魔物、ハングド・ストーンですね」
「ああ。凄い数って程ではないみたいだけど、時々ぶら下がってるっぽいな。気をつけて進もう」
「はいっ、お兄さん!」
<トーチ>で周囲を照らし、暗い洞窟を進む。
肌に張り付く、湿っぽくも冷たい風。
四方八方から漂う魔物の気配も合わさり、かなりの緊張感だ。
途中いくつかの魔物を倒し、スタンプを一個回収しつつ分岐を進んだ所で、一旦脚を止める。
「結構奥まで来たな」
「みたいですね。それで、どうしましょう?」
「そうだな......」
俺の点数の件を抜きにしても、リーシャは第三試験で高得点を取らないと合格できない。
道中、『二人一緒に回っていては時間切れになるから、簡単そうな箇所は分業でスタンプを回収しよう』という話にしていたのだが......
「......ここの左奥は、魔物が少ないっぽいな。登りも緩いみたいだし、任せていいか?」
「はいっ、了解です!」
「じゃ、俺は引き返すから、終わったらここで落ち合う感じで。気をつけてな!」
「はい、お兄さんもお気をつけて!」
締まった表情で敬礼するリーシャの姿を見てから、俺は踵を返して走り出す。
リーシャにはヘッドライトを持たせているから、明かりは心配無い。
「さて、俺も......、って、時間が無い!?」
チラリと時計を見れば吃驚仰天。
洞窟に入ってから、もう15分足らず経過しているではないかッ!?
「クリアリングしながら、って言ってもここまでかかるなんてなぁ。ペース配分間違えたか......?」
などとぼやいても仕方が無いので、転倒に気を付けつつ急いで引き返す。
そしてスタンプがある分岐に入って、そのまま回収――
「なんて、流石にないか」
薄々感知してたが、やっぱり魔物が居るもので。
現れたのはヒュージ・スライムだ。
俺の背丈ぐらいの大きさがあって、結構圧迫感がある。
ここは一旦隠れて......あ、核を地中に隠した。もう気づかれてるのか。
こうなると警戒を解くまでじっと待つか、無理矢理地面からひっぺがすのがセオリーらしい。
「待つ時間も惜しいし、ここは無理矢理......」
ステッキを取り出し、地面に炎を放つ。
さてと、これで核は狙える位置に戻るだろうけど、多分襲ってくるから――
「て、あら?」
戦略的撤退になるかと様子見していた俺は、呆気に取られる。
炎に包まれたスライムが、そのまま蒸発するように消滅したではないか。
「ひょっとして、この辺りの魔物もワンパン出来るのか?」
これはBランク試験。
レベル的に200ぐらいが適性らしいから、今の俺はかなりのオーバースペック。
とは言ってもこの前の森よりは奥地だし、流石にスキルで一撃とは思って無かったんだけど。
「別に不正してる訳じゃないしな......。取り敢えず、試しながら進むか」
その後も、行き当たりばったりに魔物を倒しつつ前進する。
結論から言えば、誇張無しに無双状態だった。
スライムもクリープ・スラッグも、炎を飛ばせばちょちょいのチョイ。
複数体出てきても、サンライト・アローで撃ち抜いてワンターンスリーキルゥ。
「おやおや、もう帰って来てしまったよ」
緊張感の欠片も無しに難無くスタンプ二つを押してきた俺は、リーシャと別れたポイントまで戻って来ていた。
リーシャの姿はまだない。
さて、どうしたもんか。
試験が始まってから20分ほどが経過している。
感じる魔物の気配の強さからして、さっきまでより難易度が高いみたいだが......
「俺一人でも、何とかなるんじゃないか?」
熟考する前に湧いてきた、一つの可能性。
さっきまでの余裕、第二試験の点数、年長者として見栄。複数の要素から鑑みて、乗らない手は無さそうだ。
腕試しも出来るし、一石二鳥じゃないか?
「いや、三鳥、四鳥? まあいいか」
決まったなら早速動こうという訳で、暗闇に閉ざされた洞窟の中をズンズン進む。
確かに、魔物の数は多かった。が、言い換えればそれだけだ。
戦いは数? 知らんな、何処の言葉?
「あった、アレだな」
サックリ進んでいると洞窟の奥、少し広がった空間にスタンプが置かれていた。
やや近くに魔物が潜んでいる感じがするし、出て来ない内にさっさと回収して、
ん? 足が――
「ッ!?」
何かに掴まれたような感覚と、脚が上がらない事に違和感を感じて振り返る。
地面から伸びた腕が、俺の足首をガッシリ捕まえていた。




