Part11 侮るなかれ
「〈エクスプロージョン〉!」
頭上で発動した術式から光がほとばしり、地上を暴風と灼熱が襲う。
エクスプロージョンは火属性・爆発系統の中級魔法だけど......まあ、相手が視認出来ず、かつ人の居ない方で発動させたし。
ルールには抵触しない......と思う。多分。
耳を抑えて姿勢を低くし、爆発の余波が収まるのを待つ。やはり、熱くない。
土煙が晴れると、群立していた壁の数々は殆どが吹き飛び、フィールドの端に僅かに残る程度となっていた。
更地にあるのは俺と、そしてヤイバの姿だけ。
「いきなりびっくりしたぁ。壁ごと吹き飛ばすなんて、ヤイバじゃなかったら失格になってたかもだよ?」
「相手がヤイバちゃんじゃなかったら、こんなコトしないって」
「どうしてこんなコトしたの?」
「不意打ち出来なくする為だよ。それとも、お兄ちゃんと正面から向き合うのは恥ずかしいってか?」
見栄を張り、余裕そうに振る舞ってみる。ポカンと口を開けてこちらを見るヤイバ。
――そして、顔を両手で覆って笑いだした。
「ふ......クク、アハハハハハハ! ホント、ホントに愉快なニンゲン!」
ケタケタと笑ってから、ヤイバは左手を口の横に当てて右手を頭上で振り回し、遠くにいる省吾さんに呼びかける。
「おじさーん、あのねあのね?」
「うん? どうかしたのかな」
「お兄ちゃんがヤイバに向かって魔法使うのをね、許して欲しいの!」
「うーん、悪いけどそれは......」
「大怪我しない為のルールなんでしょ? だったら、ヤイバがどんな攻撃を受けても大丈夫ならいいよね?」
「それならまあ......。でも、ハルト君に大怪我させないようにね?」
「はーい!」
クルリ、と俺の方を向くヤイバ。
「さァお兄ちゃん、ちょっと遊んであげる!」
その表情はこれまでとは違う、でもある意味子供らしいもので。
「殺す気でかかってきてねっ♪ じゃないと......つまらないかラッ!」
まるで虫に洗剤をかけ、そのもがく様を愉しむ子供のような。
純粋な好奇心が作る、歪で残酷な笑顔だった。
あ~、これ変なスイッチ踏んだな、なんて
――迫
[ギィン]
「ぁガッ!?」
一瞬の出来事だった。
数回、砲弾が地面を抉るような衝撃が走ったかと、そう思った時にはヤイバの姿が肉薄していた。
俺が反射的にエルゲージを出したのは『殺す気でかかってこい』と言われたからか、それともあまりの速さに恐怖を感じたからか。
しかし俺が出したエルゲージを、ヤイバは強い踏み込みと共に自らのエルゲージを薙ぎ払い強く弾いた。
電流が走ったような強い振動が、手の平から右腕の付け根までを貫く。
握力が抜け、エルゲージはそのまま明後日の方向に弾き飛ばされる――
「な、何これッ!?」
かと思ったかいお嬢ちゃん!
エルゲージは俺の手から離れていなかった。
いや正確には、弾かれたエルゲージの付け根と手の平から出したマナを鎖のように繋げておき、手を離しても大丈夫なようにしていたのだ。
そして紐のように軟化させたエルゲージは勢いよく伸びていき、ヤイバが振り払った右腕にグルグルと巻き付いた。
「このっ!」
「おおっと!」
「えっ......キャア!」
右手を強く振り上げるヤイバ。
きっと、俺ごと振り回そうとしたんだろう。結構恐ろしいコト考えよる。
が、これは通常の紐とは違い、いくらでも伸びる紐だ。振り回した所で、俺自身は動かせない。
そして一緒に俺の右腕を振り上げてやれば、紐はヤイバの身体の左側まで回り込む。
右手を振り下ろせば紐が絡まりスッテンコロリ。
モチロン長くは持たないだろうが、ここまで無防備な状態ならペイントボールを当てるのには充分。
ボールを取り出して......あ、右手の握力がお亡くなりしてる。マジか......
じゃあ左手で。
「ホイッ」
俺が投げたペイントボールは、ヤイバの横腹に紅い華を咲かせる。
プラス10点、総計でプラス5点だ。
「な、何で......」
「何でもなにも、流石の俺でも気付くよ。風属性での空中移動に、3メートルの高さからの飛び降り。どっちも、身体へ結構負担があるはずなんだ」
風属性の魔術で宙を移動するのは、俺も以前森の中で経験したが、アレはかなり身体に来る。
大の大人にタックルされたような、そんな衝撃が身体を走るのだ。
そうやって飛んでいる中、更に空中で方向転換しようものなら、身体への負荷は相当なもの。
にも関わらず、ヤイバは平然としていた。
加えて、3メートルもある壁から平然と飛び降りられる身体の強さ。
「あと、男子高校生ぐらいの年齢と筋力が同じって、それ十分おかしいから」
空中移動や壁からの飛び降りは、痛くても我慢しているだけの可能性が残る。
しかし、初めてエルゲージを交えた時、力で押し返す事が出来なかった。
筋力で均衡しているとなれば、もう他に選択肢は無い。
「無属性魔法の身体強化系統、<ブレイブ・マッスル>と<スピリット・アーマー>だろ?」
「!!」
身体強化系統の魔法はいくつかあるが、その中で<ブレイブ・マッスル>は筋力増強、<スピリット・アーマー>は身体強靭化の魔法だ。
マナの瞬間出力が大きい術者であれば、女性でも大柄な男性に腕相撲で勝てるほどの筋力や、ボクサーのパンチに耐えられるほどの頑強さを得られる。
「隠れる場所が無い状態でまだ短期決戦に持ち込むなら、身体強化のゴリ押しに切り替えてくるだろうな、って賭けてたんだ。あ~、やっとプラスだよ。ヤレヤレ」
「そ、そんな......」
「フッフッフッ、悔しいかね? 残念でした、お兄さんを舐めすぎたねぇ!」
「う......」
う?
「うわあぁぁぁん!」
「イ゛ッ!?」
「ああぁぁん、お兄ちゃんが、おにいちゃんがいじめてくるぅ~~~!」
「チョ、殺す気で来いって言ったのは誰だ!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん!」
それこそ子供のように大声で泣き出すヤイバ。
ヤバイ、なんか急に罪悪感が......
「何があったんです!?」
と、そこに駆け足で省吾さんが近付いてくる。
「いや、ヤイバちゃんが泣き出しちゃって......」
「泣き出した、って――」
スッ、と足元に視線を落とす省吾さん。
そこに転がるは、脇腹にペイントボールを投げつけられ、簀巻きにされて泣きじゃくる幼女。
そして俺に向き直った時の省吾さんの表情は......凄く冷めた目になっていた。
「ハルト君、キミってやつは......こんなに小さな子になんて仕打ちを......」
「いやっ、違わ......ないですけど!」
「何か言い訳でも?」
「ッ、それは......」
[べチョリ]
え、べチョリ?
左足首を伝う、このほんのり冷たい感覚はもしや――
「あっ!?」
「フッフッフッ......」
気付いた時にはもう遅かった。
簀巻きのままヤイバは、左手首のスナップを効かせてペイントボールを俺に当てた。
俺の視線が省吾さんに反れていた所を、ヤイバは見逃さなかったのだ。
「くっ、この――」
「ハイそこまで」
「い、イジメじゃないですよ! 今は試験中――」
「その試験時間が、たった今終わったんだ」
「ヘェッ!?」
え、じゃあ何? 泣き出したのは俺を油断させる為で、ペイントボールを投げつけたタイミングは試験時間終了ギリギリを狙って!?
どこまで抜け目無いんだこの子!?
「お兄ちゃんったらお間抜けさん! ......グスッ」
「いやまだグズっとりますがな! 決まってないって!?」
「えへへ......」
その後、ヤイバの拘束を解いてやる。
立ち上がったヤイバは服に着いた土埃をパンパンと叩き落とし、涙を拭いて俺と向き合う。
「えーと、それじゃあ第二試験を終了させるけど......ヤイバちゃんから、何か伝える事はあるかな?」
「えっと......楽しかった!」
いかにも小学生らしい感想を口にするヤイバちゃん。なお、目に光は無い模様。
「あ、そうだ! お兄ちゃん、おてて見せて!」
「ん? こう?」
「ぱーん!」
「痛って!」
差し出された俺の手を、ヤイバは小さな手の平を被せるように叩く。
小学生の時、『もみじまーんじゅう!』って言いつつ相手の手のひら叩く遊びあったじゃん?
アレアレ。結構痛いんよな。
「なんだコレ?」
と、ヤイバが手を離すと、バーコードを円形に幾層にも重ねたような、複雑怪奇な模様が手の甲に出来ていた。
「魔物がお兄さんを襲うようにする、コダ......じゃなくて、おまじない!」
何その謎なおまじない。でもそうか、第三試験は魔物との遭遇戦があったっけ――
「ん?」
などと考えながら叩かれた右手を押さえつつ、ヤイバの方へ向き直ったその時。
目の前の光景に、何か違和感を感じた。
ヤイバの顔が掠れて見える......?
と言うよりもこれは......俺の目の前に立っているのは一体――
「ビターン!!!」
「グワーッ!?」
等と考えながら眉間にシワを寄せ、ヤイバの顔を覗き込むように見ていると、今度はビンタが飛んできた。
特に理由のない暴力が俺を襲う!
「痛ったたた......アレ?」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「人にビンタしておいて『どうしたの』は、お兄ちゃん的にナイと思うんだけどな......」
「?」
「いや、何でもない。気のせいみたいだ」
再びヤイバの顔を見てみると、今度は異常無し。
何だったんだ、一体。
そのヤイバは、いたずらが成功して喜んでいるのかニンマリと笑っている。
「じゃあ、またあそぼーねー!」
「もうコリゴリだっての!」
そして上機嫌そうに身体を翻し、俺に向かってブンブンと手を振りながら去って行く。
子供らしく元気いっぱいに坂を下るその姿は、直に見えなくなった。
こうして、めちゃんこ強いロリっ子との二次試験は幕を閉じた。
......いや、結局マイナス5点だよ! 合格出来るのかコレ!?




