part8 第一試験 & 揺れる車の中で......
時刻は10時ごろ。
こっそりアリスと真耶に見送られつつ、俺は裏の通用口から藤宮家を後にした。
坂を少し下った所の公園に入ると、そこにはベンチに座るリーシャの姿がある。
「あ、お兄さん。おはようございます」
「おはよう。ちゃんと寝られたか?」
「はいっ、絶好調です!」
「それは良かった。じゃ、行くか」
なんかデートっぽい会話に聞こえなくもないが、別にそういう訳じゃない。
今日なのだ。今日が、Bランク試験の当日。
二週間もあるかと思っていたけど、結構あっという間だった。
エルゲージが出せるようになった後も、真耶が連れてきたトレーナーみたいな人に、毎日クタクタになるまで絞られたりしたし。
お陰で今もちょい筋肉痛だ。
「それにしても、晴れて良かったな。コレ雨の日はどうするんだ?」
「二番目と三番目の試験は延期になる事が多いとか。でも、雨の日がずっと続いてた時があったらしくて、その時は雨の中で試験したそうですよ」
「それは大変だなぁ」
「ですねー......」
「うお、朝から行列出来てる......。あそこのパン屋さんヤバイな」
「あのお店は凄くおいしいって有名なんですよ。旅行で来た人も居るかも......?」
「そこまでなのか」
「お兄さんは食べた事ないんですか?」
「まだこっち来たばっかりだからなぁ」
「また食べてください、おいしいですよ!」
「そっかそっか」
他愛もない会話をしつつ駅に向かうが、その声は少し硬い。
言うまでもなく、緊張しているのだ。
気軽にやってやろうとは思っていたが、試験に向けて準備を進めれば意識も変わると言うもの。
滑ったらどうしよう、という考えも無くはない。
と、電車に揺られる中、隣を見るとリーシャが本を開いていた。
ここ二週間で、何度も目にした姿。
その瞳は真剣で、内に秘める志の大きさを感じさせる。
不意に、技能センターで泣きはらしていたリーシャの姿が脳裏に浮かんだ。
――合格しよう。
この子を落ち込ませないよう、頑張らないとな。
電車に揺られること10数分、下車した俺達は再び技能センターまでやって来た。
まずはここで一時間、第一試験である筆記試験を受ける事になる。
配点は40点。Bランク試験は60点以上で合格だから、無視出来ない点数だ。
建物に入って受付に声を掛けると、奥の部屋に案内された。
部屋に入ると、床に固定された長机と椅子、そして詰められるように座っている受験者の姿が目に飛び込んできた。
人数にして50人ぐらいだろうか。
「多いな、いつもこんな感じなのか?」
「私も受けるのは初めてで......。でも、いつもは20人ぐらい、って聞きます」
「『今回で暫く最後』だからか」
部屋の空気は何処か張り詰めた感じだ。
参考書のようなものを見ている人も居れば、笑い声を上げる人も......いや、ちょっと声が硬い。
あー、なんだろうなこの感覚。模試受けに来た時みたいだ。
椅子に座って暫く待っていると、試験官と思しき人物が入ってきた。
軽く挨拶をしてから、注意事項等を淡々と話す。
試験時間は一時間。問題は45問で、マーク式。
試験中の不正を防ぐため、会場で用意された鉛筆でマークする。
「では、始めてください」
試験官が静かに開始を告げると、ほぼ同時に問題用紙をめくる音が響き渡った。
【以下の文章の空白に入る語句を、それぞれ①~④の内から選べ。】
おおう、分かっちゃいたけどモロにテストだ。
【――マナの属性には、火・水・風・土の4つの[①自然属性]と無属性がある。――複合魔法の内、重力魔法は風・[④土]属性の組み合わせである。】
はい、男士高校生憧れの重力魔法。なお、火属性とは無関係の模様。悲しい。
【――複合魔法を共同で発動するには、[④手を繋ぐ等、マナが接触した状態で、同時に詠唱する]必要があり、息の合った者同士でなければ実戦での使用は難しい。】
いつか妹と会った時、複合魔法とか使ってみたいもんだ。
手を繋いで共同作業とか夢が広がりますわぁ。
【――地中には[③地脈]と呼ばれるマナの通り道があり、それが魔物のマナ源となっている。また、マナが噴き出す場所を[①魔泉]と言い、その近くは[②強力な魔物が発生しやすく、危険である]。】
何ていうか、デジャヴを感じる世界観。
正直、ファンタジーの知識があればなんとなく想像付くんよな。
【――魔物には、マナを溜め込む器官が身体の何処かに存在している。以下の魔物は何処か、選べ。】
スライムはこの紅色の核、ユニコーンは角だったっけか。
などと心の中でぼやきながら、解答を進める。
よしよし、結構順調だ。実技重視の試験だけあって、筆記試験の難易度はそこまで高くない。
「そこまで。ペンを置くように」
試験官がそう告げる頃には回答欄は全て埋まり、見直しを一度し終えていた。
やべぇ、なんか頭の良い奴みたいだ。こんなに余裕あるもんなのかアイツら。
「ふぃ~。ま、こんなもんかね」
ぐ~っ、と身体を伸ばす。試験後の一伸びは格別ですなぁ。
「余裕、でしたか?」
声に反応して目を開けると、リーシャの顔が反対向きに映る。
「まあ、ね。緊張するまでも無かった感じ。リーシャはどうだった?」
「読みにくい字もありましたけど、なんとか」
「そっか、その年だと色々大変だよな」
周りを見ても、リーシャほどの低年齢は居ない。
自分より一回り・二周り大きな人に囲まれて、プレッシャーも結構あるだろう。
改めて、リーシャの気持ちの強さに驚かされる。
などと雑談していると、室内にチャイムが流れた。次の試験会場へ行く用意が整った合図である。
表に出ると、そこにあったのはジムニーを連想させる大きなタイヤの着いた車。
他にも、軍用車両のような車が数台ある。
「なんか物騒だなぁ」
「試験会場の辺りは時々魔物が出て、コンクリートで固めても荒らされちゃうんです。あの車の人達は、私達を守る人だと思います」
「ほーん。あ、もしかしてコレがランク取得者の仕事の一つ、警護ってワケか?」
「はい。よくある仕事ですけど、大切な仕事なんです」
やがて俺達を乗せた車は、会場になる八伏山の中腹に向かって走り出す。
リーシャの言っていた通り地面には凹凸が多数あり、その上を通過する度に車が大きく揺れる。
何か戦地に赴く兵士みたいな気分だ。
むー、益々緊張してきた。どうしたものか。
いやいや、何ビクビクしてるんだ、俺。しっかりお兄ちゃんしないとダメだろ!
落ち着け、リラックスだ。俺は大丈夫だ。
「あの、掴んででていいですか?」
と、大きな揺れが怖いのか、隣に座るリーシャが青色の瞳を潤ませ上目遣いでお願いしてきた。
うっ、そんな目で見つめないでおくれ。
「あ、ああ。いいけど」
「ありがとうございます」
車が揺れる度にサラサラとした髪が宙を舞い、子供特有の香りが俺の嗅覚を刺激する。
ピッタリと俺の身体にひっついた華奢な体躯からは、小さな命の温もりが伝わって来て。
そして俺の腕を掴む力は絶妙に弱く、目で見ていなくても触れる手の小ささ、か弱さが分かる。
って、何考えてるんだ俺。リラックスするんだ。俺は大丈夫なんだ。
「きゃっ! ......」
そして発せられる、嬌声にも似た怯え声。
......動揺なんてしてない
「んっ......」
俺は大丈夫なんだ、ノーマルなんだあああ!
マズい、このままだと......我ながらやばい扉開けちゃうっっっ!
心を強く持つんだ、北条ハルト!
俺は、絶対ロリコンなんかに目覚めたりしない!
揺れる車の中で、俺は思いもよらぬ攻め具に耐え続けた。
潤んだ視線、声、体温、香り、触感。
身体が優しく、甘く、暖かく包まれ、理性の牙城を溶かそうとする。
やがて、車は第二・第三会場へとたどり着いた。
「怖かった......。お兄さん、ありがとうございました――って、ぐったりしてる!?」
「俺は勝った、勝ったんだ......」
「もう燃え尽きてますっ!? お兄さん、しっかりしてください!」
「ふへへへへへ............」
あ、幼女にユサユサされてる。ちっちゃな子が、必死に動かそうとしてる~。
これが生命の力強さか~。おいたんびっくい~。
――ハルト、堕つ。




