Part3 魔法、コワイ
「ウツダシノウ」
ミヨが連れ去られてから数日後、俺は勉強机の上でうなだれていた。
単純に妹成分が不足しているのもあるが、原因はそれだけじゃない。
ここ数日で、もっと恐ろしい事を感じたからだ。いや、冗談抜きに。
一言で言うと、妹がこの世界から消されたのだ。
分からない?じゃあも少し詳しく言おうか。
妹が存在したという、ありとあらゆる痕跡が消されたのだ。
あの夜、俺はすぐにミヨの捜索願いを出すよう父母に迫った。
ところが......
「美夜子? ミヨ? ハルト、それは誰のこと?」
「妹も何も、我が家はお前と父さん達の三人暮らしだろう?」
いくら聞いてもこの調子で、俺の両親はミヨを、我が子の事を完全に忘れているようだった。
他も皆、同じだった。美夜子が通う高校、市役所、警察、かかりつけ医、エトセトラエトセトラ......
様々な人や場所に聞いて回ったが、収穫はゼロだった。
ミヨが使っていたものを見せても、それらは周りの人間が使っている物や、ただの落とし物として処理されていて、やはりダメだった。
ならば写真だ。
そう思いもしたが、写真の中からもミヨだけがそっくりそのまま消えていて......
「ハァ」
考えるだけで頭が痛くなってくる。
どうすりゃいいんだよ、笑いすら出てこないわ、こんなん。
ポル〇レフ状態、いや、それ以上に恐ろしいものの片鱗を味わうことになるとは。魔法、コワイ。
そんなこんなで疲れた俺は勉強する気も起きず、かと言って他にする事もないので、勉強机に突っ伏しているのである。
くっそうアイツめ。写真まで消されたら残っている思い出は脳内HDDだけじゃないか。
「でも、なんで俺だけ覚えてるんだ......?」
やっぱりアレか? ファンタジーの主人公みたく、隠された能力的な?
現にファンタジーな事が起こってるし、それもあり得るよな......?
でも俺、何か特別な事あった記憶は無いぞ?
まあ、ミヨに特別な出来事があったかと言えば、それも無いんだが......
「あー、ダメだ。勉強する気湧いて来ん!」
ベッドの上で暴れてみたり、意味も無く叫んでみたりするが、帰って来るのは静寂だけ。
まあ、家族に聞かれないと分かってやってるんだが。聞かれたら超恥ずかしい。
と言うのも、平日の間は両親共に働きに出掛けており、家に残っているのは俺だけなのだ。
その間、俺は自宅警備をしているのかと言われればそうでもない。
図書館に行ったり、その帰りに漫画喫茶に寄ったり、気ままにブラブラしてる。
昼食についても残り物を食べたり定食屋に行ったりで、まちまちだ。
さて、今は丁度昼食を食べ終えたばかりの午後一時半。特にする事はない。
「まあ、テキトーにコンビニにでも言って、マンガの立ち読みでもしますかね」
モヤモヤした気持ちを誤魔化すべく、俺は靴を履いて外に出掛ける。
外の空気を吸えばスッキリした気分に......いや、ならないな。モワッとしてる。
もう五月だし、晴れてたら暑く感じるわな。
季節の移ろいを感じながらも、受験が近づいてきている焦りを感じる事は無く。
ぼんやり街の様子を眺めつつ、あー何も変わって無いなー、なんて考えつつ歩いてた、そんな時。
「お......?」
目の前に、交番が見えてきた。
のは、おかしくないんだが......なんだ、何か騒ぎ声が聞こえるぞ?
気分転換を求める俺には、恰好の餌である。どれ、たかってみるか。
スイマセーン、ちょっと観ますよ、っと――
O R U
怪しい男がおる。まーたあの厨二マント羽織った奴がORU。いや、髪の色が黒色だから、アイツとは別人っぽいな。
フルフェイスのヘルメットを被っていたアイツと違い、今度の男はゴツい仮面を被っている。
分かりやすく言えば、ジョ〇ョに出てくる石仮面みたいな見た目をしている、そんな仮面だ。
......うん、分かりやすい位ヤベー奴だ、コレ。
雰囲気的に野次馬していいレベルじゃないな。逃げよう。
ハイ表情変えずにー、ハイ右脚引いてー、回れ右してー、右足踏み出し――
「見つけた、君だね」
「ふぉう!?」
ヤッベ、変な声出たよ。というか掴まったよ。
というかどうやって交番のニイチャンにガッチリ肩掴まれた状態から抜け出したんだよ。
ヤッベ、ヤッベ。
何か俺に用があるみたいだが、シラを切ろう、そうしよう。
「ヒトチガイ ジャ ナイデスカネ?」
「いやしかし、この写真に写っているのは間違いなく君――」
「オウッ!?」
男に、一人でピースしているサムイ俺の写真が写ったスマホを見せられる。
恐らくその写真には元々ミヨも写っていたのだろうが、その姿はどこにも無い。
しかし、そんな現象自体は家の中で腐るほど見ているのであり、俺が驚いているのは別の事だ。
「このスマホって……」
ヒョイ、と男からスマホを摘まみ取り、クルクルと回してその外観を確認する。
やはりこのスマホ、ミヨの物だ。
使っているカバーに傷や汚れの付き方、保護フィルムの気泡の入り方まで、俺の脳内画像と一致する。検出率100%でございます。
「っと、パスワードは......って、分かる訳ないか」
「意外だ。妹さんへの執着心が非常に強いと聞いていたから、すぐに分かるのかと思っていたが」
「変な評価ありがとう。でもミヨが中学生の時、俺にスマホのパスワードがバレてさ。それから毎日変えてるみたいなんだよ」
「......妹さんも苦労しているようだな」
「あ、取り敢えずコレ返すよ」
手でしっかり持って、男にミヨのスマホを渡す。
「ちなみに最初は自分で決めてたみたいなんだけど、美夜子が思い付きそうな数字なんてすぐに分かるからな。また直ぐにバレてさ」
「............」
「で、最後は乱数生成アプリで決めるようになって......ああ、なんてたくましい妹なんだ、お兄ちゃん感激ッ!」
「そこは感激する場所じゃないと思うのだが」
仮面をつけた男が引いている。
分かっているさ、そんな反応をされる事ぐらい。
妹を想う兄の気持ちの深さは、時には誰にも理解出来んだろうて。
「それよりアンタ、妹の事を知ってるんだな?」
「その通りだ」
「なら教えてくれ。妹はどこにいる?」
「やはり、そういう話になるか」
「当たり前だろ。妹が突然消えて、生活に支障が出まくってるんだ」
「そのようだね。目の下に、わずかだがクマがある。顔色も少し優れないな」
そうなのか? 自分でも気付かなかった。
「私がここに来たのも、妹さんが兄である君の事を心配していたからでね。代わりに様子を見に来たのだよ」
「ミヨ……!」
ああ、なんと兄想いな妹か。
別れ際は機嫌を悪そうにしていたのに、やっぱりお兄さんが大好きなんだなぁ。
「自分が居なくなって、兄が非行に走っていないか見てきて欲しいとの話だったが」
............想ってくれている方向性が違うぞ、我が妹よ。
「その心配は要らなかったようだな。では――」
「ちょい待ち。妹がどこに居るのか、話してもらおうか?」
「やはり、誤魔化せんか。はぁ」
そう言って、男は暫く黙り込んだ。仮面を被ったままの状態からでは、その表情は伺い知れない。
「......異世界だ」
「イセカイ?」
「ああ。こことは違う世界に、君の妹は居る。以上だ、失礼する」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? じゃあどうやったら会えるんだ!?」
「......通常、二つの世界の往来は出来ない」
「じゃ、じゃあ妹が消えたのは――」
「私が空間転移させた」
「オマエノ シワザ ダタノカ」
異世界に空間転移。
以前の俺なら信じないが、この前あんな事を体験した以上、嘘だとは思えない。
それに――今気づいたが、俺が今立っている場所も交番前とは違う場所だった。
つまり、これが空間転移と言うものなんだろう。
さっきからずっと話しているのに警官が絡んで来ないのは、そういうことか。
「じゃあ、俺も妹の所に――」
「それは出来ない」
「な! なんで――」
「先日、君の家に来た者が言っていただろう? 君の妹さんには、魔法の才能があると」
「あ、ああ」
「こちらは魔法の無い世界、あちらは魔法のある世界だ。魔法の使えない君に、あちらの世界に行く権利はない」
ぐぬぬ、確かに正論だ。でも、ここで引き下がる訳には......
「............会いたいか?」
「そりゃそうだ! でも今アンタが出来ないって――」
「私が会わせてあげよう」
「え?」
いやいや、自分から出来ないって言っておいて、なんだコイツ。
「さあ、手を取り給え」
「............」
どうする、俺。
目の前に居るのは、今日会ったばかりの、しかも石仮面と厨二マントを被った怪しい人間。
到底信用なんて出来る訳がない。
だが、男の用事が『俺の様子を見に来ただけ』というのなら、次にこの男に会えるのがいつになるのか分からない。
ミヨと再会出来るチャンスは、もう無いかもしれない。
「~~~~~~ッ! ああ! 行ってやるさ! 連れて行ってくれ!」
男の手をガッシリ掴む。迷っていたところで、ミヨは帰ってこない。
妹と会えるならたとえ日の中水の中!
虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ!
「分かった。では、目を閉じてくれ」
男に言われ、目を閉じる。
――今すぐ会いに行くからな、ミヨ!