Part1 遠のく再会と新たな出会い
「ウツダシノウ」
ある日の昼下がり。
俺は机の上でうなだれていた。あれれ、なんかデジャヴを感じますな。
いや、厳密に言えば、状況はこの前と比べて少しばかり違っている。
今俺が突っ伏している机は、木製の簡素な物だ。
椅子も木製で、背もたれだけで手摺はない。
窓から差し込む日差しが後頭部をポカポカと温め、そして窓の外には豪華な庭が広がっている。
ここは異世界、藤宮家の邸宅。
広い敷地に和・洋の庭。風靡な浴場に植物園完備、オマケに給仕も付いている。
普通ならテンション爆上がり間違いなしだが、今の俺は激しく落ち込んでいた。
なぜなら
「うぅ~、妹がぁ~......妹がこ゛い゛し゛い゛の゛ぉ゛~゛」
ミヨを取り返そうと飛び込んだ異世界。
だが、冷静に考えるほど状況が詰んでいるのだ。
まず、手掛かりが無い。
手元にあるのは『ミヨがこの世界に居る』という漠然とした情報で、どの辺りに居て、何をしているのかという事は一切分からない。
調べようにも、どこから手を付けて良いかすら分からないのである。
そして、手掛かりを探す為の手段もない。
ここは異世界で、であれば俺の知っているミヨの知り合いなんて居るはずもなく。
写真も無いから、通りすがりの人に聞いても意味は無いだろう。似顔絵を描ける自信もない。
仮に似顔絵が描けてビラを作ったとして、土地勘が無いせいでどんな場所で配れば効果的なのかも分からない。
それに、怪しい人物が妹を探していると言ってビラを配っている、なんて補導待ったなしだ。
「情報無エ 土地勘無エ
似顔絵それほど上手く無エ
ツテも無エ 写真も無エ
フラストレーションぐーつぐつ」
............
「......はぁ。」
もういっそ、アリスや真耶に協力してもらって立て籠もり事件を演出。
『妹に会わせろー!』って叫んでテレビ中継に映り、逮捕されて面会室でミヨと再会......というのが手っ取り早い気さえしてきた。
うーん、でも犯罪者になるのは嫌だなぁ。
いやでも、このままじゃ何年かかるか分かったものじゃないし。うーん。
「あー、どうすりゃいいんだァーッ!!!」
「一人で煩いですね、口にガムテープでも貼り付けますよ」
「おぉう!?」
突然後ろから発せられる女性の声。気付けば、真耶が椅子の後ろに立っていた。
「ビックリさせるなし! というか、何時から居たなっしー?」
「なんですか、その語尾。ウツだとかぼやいている辺りから居ましたが」
「うおう、恥ずかしい」
それってかなり前からじゃないか。
まあ、覆水盆に返らずってことで。閑話休題。
「で、何か用があって来たんだろ?」
「ええ。ハルト、貴方自身に関する事ですが......」
「お、おう?」
「近い内に、この屋敷から追い出される可能性があります」
「ナ、ナンダッテー!?」
「余り大声で騒がないでください、声が漏れます」
「わ、悪い。で、何でそんな話が出てきたんだ?」
「ハルト、当家の主、藤宮 我道様と話した事は?」
「そう言えば......無いな」
アリスの父親、藤宮 我道は所謂仕事人間で、休日が殆ど無い。
夜遅くに帰宅して翌朝すぐに出掛けるため、俺と出会う機会が無いのだ。
「ハルトがお嬢様を助けた事に関しては、我道様も感謝なさっています。ですが、屋敷に間借りする以上どうしても素性が気になるそうで。先日も、あの青年は何処から来たのかと私に尋ねて来ました。その時は適当に誤魔化しましたが」
「ありがとうございます、恩に切ります」
「とは言え、このままでは時間の問題でしょうね」
「うーん......」
マズイな、どうしようか。
この屋敷は妹探しをする為の拠点ではあるが、最近別の側面を持ち始めている。
というのもこの屋敷、いやこの部屋は、勉強するにはもってこいなのである。
落ち着きつつも、どこかノスタルジックな空間。
周りには漫画もパソコンもないから、娯楽の誘惑に負ける危険性もない。
そして時々雑談もできる、まさに理想の環境だったんだが......
「なんとか出来ないのか?」
「普通ならどうにもなりませんね。そもそも、異世界からの転移等と言うものはこの世界で想定されてませんから」
「やっぱりそうか......いや、待てよ?」
異世界転移が想定されていないとしても、前例はあったはずだ。
そう、俺より数日早く異世界に来たミヨである。
ミヨは如何にこの問題を解決したのだろうか。
「まあ真耶、さっき『普通なら』って言ってたけど、もしかして......」
「ええ。実は、今朝方こんな物が届きまして」
そう言って手渡されたのは、一通の手紙だ。
俺の名前はあるが、差出人の名前はない。
が、この筆跡からして......以前に手紙を寄こしたヤツと同じなのが分かる。
さて、手紙の内容を簡単に要約すると
『戸籍の取得について、書類上の処理はこっちで済ませておいた。ただ、“魔力測定”だけは自分で受けて欲しい』
というものだった。
「魔力測定?」
「はい。この世界に足を降ろす以上、戸籍の作成と一緒に魔力測定を受ける必要があります」
「体力測定みたいなものか? でも、それが何で義務なんだ?」
「魔術というのは、一つの武力ですからね。治安管理の観点から、その人物がどれほどの武力を持っているか把握しておきたいんですよ」
言われてみれば。
アリスの魔法は触手を一刀両断したし、俺のスキルは魔物を一瞬で燃やし尽くした。
銃火器並かそれ以上の殺傷能力だ。
アメリカで銃の登録が要るように、この世界では魔術の運用能力の登録が要る訳か。
「なるほどな。で、それって結構手間なのか? 何日もかかるのは嫌だけど」
「測定は数時間で終わります。ただ、測定を行う施設に出向く必要がありますが」
「お出かけ、か」
「ハルト、現状自分一人で街を出歩ける自信は?」
うーん、どうだろう。何となく行けそうな気はするが、この前の森で起こったような事が無いとも言い切れない。
「悪いけど、やっぱ心配だな。面目ない」
「まあ、仕方ありませんか。私も同行しましょう」
「でもお前って、アリスのお付きなんだろ?」
以前アリスに屋敷を案内して貰った際、大学というワードが出たが、当然他の教育施設もある。
今話しているこの時間も、アリスが中学校から帰宅し真耶が一通りのお世話を終えた後だった。
アリスが中学校に行っている間は、当然真耶も一緒な訳で。
「ええ。なので休日に暇を頂いて、お嬢様と一緒に行く事になるかと」
「でも俺とお嬢様が一緒にお出掛けって......それこそ、当主様が反対するんじゃないのか?」
「一緒に屋敷を出る必要はないかと。別々に屋敷を出て、現場集合としましょう」
「なるほど、了解」
そして翌日。
使用人用の裏口から屋敷を出た俺は、真耶から貰った地図を片手に一人で坂を下っていく。
目的地は最寄りの栄町駅。この駅は馬を留める場所では無く、言わずもがな電車の駅の事である。
車がある時点で予想してたけど。そして、これもマナで動くらしいから驚きだ。
お屋敷から駅までは直線距離で十数分程度。
ま、迷うのも嫌だから大通りを通っていくと20数分掛かってしまうんだがね。
アリス達と共に車で向かえたら良いのだが、表面上一緒のお出掛けじゃ無いから仕方がないか。
さて。
勉強も無理、話す他人も居ないこの状況、俺はどうやって退屈をしのぐか?
答えは一つ、妹で過ごすのである。
とは言っても、俺のスマホ及びPCに大量に保存してあったミヨの音声ファイルは全て無くなっている。
無くなっているが......逆に考えるんだ、無くたっていいさ、と。
耳にイヤホンを指すだけで、妹の声を脳内再生する事など造作も無いのである。
そう、妹を想う気持ちさえあれば、妹は俺と共にある。妹思う故に妹在りだ。
――.......兄さん――
ああ、妹の声が聞こえてくる。
「あの......お兄さん?」
!!
今確かに、耳から声が入ってきた! 脳内で再生した声じゃない、肉声だ!
「すみません、ちょっと――」
「もー、これまでどこ行ってたんだよー! 兄さんすっごく心配したんだぞー!? 取り敢えず不足してた妹成分補充させろーい!」
「ヒャアアアアアア!!??」
お顔スリスリスリスリスリ。
ああ、ほっぺぷにぷに。それはまごう事無きお餅触感。でも懐かしいな、この感触は10歳ぐらいの時の感覚とよく似てるぞ? あと香水も変えたのか? まあ異世界だし香水変わるのは仕方ないか。髪色も金色に染めちゃってまあまあまあアラアラうふふふふふふ。
「おろ?」
暫く頬擦りしてから、ふと気付く。
俺の知ってるミヨが、金髪に染めるだろうか?
それに異世界に来たからと言ってマイナス5歳肌になるなんて――
「えっと......離れて貰えませんか?」
異常に気付いた俺は、ゆっくりと目を開ける。
そこには潤んだ瞳で拒絶する、金髪の女の子の顔があった。




