Part2 日常の終わり
突然現れた男は、奇妙な恰好をしていた。
フルフェイスのヘルメットをかぶって家に入ってくる時点で、既に怪しさMAX。
だがそれに加えて、男の羽織っているマントが俺の目を引いたのだ。
黒を基調とした色合いに、襟には赤のライン。
肩口から袖にかけても赤の細長い、尖ったような形のラインが入っている。
その先には雫のような赤い模様があり、背中には赤い半円と、そこから放射状に伸びた赤い線。
うむ、中々厨二心くすぐる良いデザインをしているじゃないか。
普段なら素晴らしいと言って握手したいところだけど……状況が状況なだけに、それを言える雰囲気じゃないしな。
「誰だね、貴方は! 勝手に人の家に上がり込んで、何をするつもりだ!?」
血相を変えて椅子から立ち上がるマイファザー。まあ、そうなるな。
俺は男の痛々しい恰好に密かにツボっているせいで、心の均衡を保ててるけど。
「あの、まずは顔を見せてくれませんか?」
母さんに至っては警戒しすぎて、逆に相手を刺激しないように気を遣っている。
で、隣に座っている我が妹の様子は、っと。
うーん? 口を薄ら開けて固まってるみたいだが、何を考えてるか分からん。
でも可愛い事は分かるぞ。
こんな表情滅多に見れないし、放心状態の今ならスマホで撮っても気付かれないのでは?
「あまり顔を見せたくないのだが......それで話を聞いていただけるのであれば、仕方がない」
そう言って、男は俺と向かい合わせで座っている母さんの方に身体を向ける。
さてさて、何が出てくるやら。
だが、俺にとってはそんな事よりも、妹の写真が撮れるかが気になっている。
脳内HDDだと、妹の可愛さも劣化するのだ。
ヘルメットに手を掛ける男。
このヘルメットを脱ぐ間、周囲の視線が男に集中するのは確定的に明らか。
髪の長さで左右されるが、ヘルメットを脱ぎきる直前がシャッターチャンスだ。
ガッ
スルスルスル......
ん、そろそろか?
いや、こいつ案外髪長いぞ、緑色のロン毛だ。あと無駄に髪がしなやかだな。
ファサ――
今です! パシャリ。
急いで確認。やったぜ、バッチリ撮れてらあ!
ふふふ、また素晴らしい記録を残してしまった。
そう言えばさっきの母さん、何か言ってたような......?
まあいいや。妹の写真さえ撮れれば、後は野となれ山となれ、だ。
というか、皆さん男の方を凝視してどうしたんだ?
見つめ合う俺の両親と厨二マント男。
俺の位置からでは、男の顔は見えない。
カチコチと、時計の針の音だけが響く時間が続くと、そう感じていた時。
母さんが、静かに口を開いた。
「......あなたは怪しい人ではないんですね」
て、え? 何!? 何が起こった!?
暫くあの男を見てたら、母さんの態度が急に柔らかくなったんだが!?
あんなに声を荒げていた父さんもアイツの顔を見て......って、コレ催眠術か何かの類だろ!
ヤベェぞこの男! 写真撮ってる場合じゃねぇ!
「アンタ何をしたッ、って身体が――ッ!?」
何だコレ? あの男に食ってかかろうとしたら、身体が金縛りにあったみたいに動かなくなったぞ!?
「分かりやすく言えば、それが魔法というものだ」
「魔法......!?」
「そして私は、魔法の才能がある子を引き取りに来たのだ」
!? それは、それはもしかして――
俺の事か!?
受験勉強に飽きて、ふと魔法とかねぇかなー、なんて思ってたのが叶ってしまったのか!?
クッ、片や魔法のある生活、片や妹との生活......中々迷う選択を迫って来るじゃないか!
興奮で思わず口角が上がる俺。
が、そんな俺の事を奴(やっこ)さんは見ていない。視線の向かう先は妹の美夜子だ。
うん? おいおい、まさかとは思うが――
「君だよ、お嬢さん。」
ミヨの方かーい!
「あなたが居るべきはここじゃない。一緒に、来てくれるかな?」
いやいやいやいや。ちょとシャレならんしょこれは......?
さらうなら本人に断ってから――
「......うん、分かった」
ファ~~~~~!!??
エッ、チョッ、ヘェッ!? というか、どうしたんだ我が妹よ!?
なにそのはにかんだような、切なさを感じるような笑顔!?
「実を言うと、君の事は多少強引にでも連れていくつもりだったんだ。だったのだが......本当に、良いんだね?」
「......うん」
駄目だ、このままでは妹がどこかに行ってしまう! 何とかしなければ!
「待て! ミヨは大切な家族なんだ!」
俺の嘆願を他所に、玄関に歩いて行く二人。
妹の足取りは、どこか重たいものだった。
「家族四人で同じ飯食って、一緒に暮らしてきたんだ! 俺もミヨも同じものを食べて、同じ家に住んで、一緒に成長してきたんだ!」
「............」
妹の足が、より遅くなる。
「着てる物だって! ミヨが出掛けてる間にこっそり部屋に忍び込んで、下着とか被った事もあったんだ! あの時は俺も小さかったし、今は反省してるけど!」
「......兄さん?」
妹の足が止まる。その声は、わずかに震えていた。あれ、というか何故疑問形?
「成長する姿も、小さい頃から見守っていたんだ! 週に一回部屋に忍び込んで、寝ている妹のスリーサイズを測ってたんだ!」
「ヒトが寝てる時に何してたの!?」
「スリーサイズを測るという兄の務めを取り上げるのかァーッ!」
「そんなのないし! しんみりしてたのに、サイッテーだこの馬鹿兄貴!」
クルリと振り返って、妹に罵声を浴びせられる。
そう、これこそが我が妹......って違う、そうじゃない!
ドタドタと大きな音を立て、ミヨは乱暴に靴を履いて玄関のドアを開ける。
連れていくつもりだった男が、逆について行っている。
「ま、待て――」
[バタン]
謎の男という名の嵐が去り、我が家は静寂に包まれた。テレビの音だけが、ダイニングに空しく響いている。
少しの間は放心していた俺だったが、ハッとなって家の外に出た。
バンと大きな音を立ててドアを開け、周囲をキョロキョロと見渡す。が、既に妹と男の姿は無かった。
――こうして、妹の居る生活は唐突に終わりを告げたのだった。