表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/146

Part63 夜陰の白状

お、遅くなりました……!

「なるほど、そのような事が」

「ああ......」


 時刻は夜中の11時半ごろ。

 アリスが就寝し、静けさに包まれた藤宮邸の自室で、俺は真耶と話していた。


 いつもと様子の違うソラと別れた後、俺はレイドと話してから主代高校を出た。

 そして寄り道をせずに藤宮邸へと向かい、ただいまも言わずに地球に帰った。逃げ帰った。

 ベッドでうつ伏せになったまま何時間と過ごし、昼飯も夕飯も食べず、死んだようにピクリとも動かない。


 そうしている内に少し心が癒えたのか......それは自分でも分からないが、気付くと俺は藤宮邸の自室に戻っていた。

 参考書とノートを広げ、シャーペンをポンヤリと眺め続ける。

 真耶が入って来たのは、そんな時だった。

 そして俺は、今日あった事を話した。


「随分と思いつめた表情をしていたので、てっきり失敗したのだと思っていましたが」

「そういう訳じゃ......でも悪い、心配かけた」

「ええ本当に。お嬢様も、勉強に全く身が入っていませんでしたし」


 ベッドに腰かけた真耶のため息が、背中越しに聞こえる。

 安堵と不満が混じった声だ。

 そして、それに胸が締め付けられたのか、


「帰ってからずっと考えてたんだ......俺のした事は正しかったのかな、って」


 俺の口から、ポツリと言葉が漏れ出ていた。


「......『俺のした事』が何を指しているのか、絞りきれないのですが」

「全部、だよ。結果もそうだし......そもそも、レイドと試合をして、ソラを助けようとした事が合っていたのか......」

「ハルト、それは......」


 声を若干荒げ、何かを言いかけた真耶だったが、途中で言葉を詰まらせてしまう。

 真耶の言いかけた事は何だったのか......考えるまでも無い。

 『それは言ってはいけない言葉』なのだ。

 俺と戦ってくれたシュウを、手ほどきしてくれたギンジさんを、俺の『力になりたい』と言う言葉を受け入れてくれたソラを、『立ち上がりなさい』と言ってくれた真耶を。

 みんなの想いを、台無しにする言葉だ。


 それでも真耶が最後まで言い切らなかったのは、俺の気持ちをおもんばかっての事だろう。

 ありがたい。そして、情けない。

 文字通り真耶に合わせる顔の無い俺は、背中を向けたままシャーペンを眺め続ける。

 と、その時


[ヴー、ヴー、ヴー]


 ズボンのポケットに入れていたスタホが、電話を受信して鳴りだした。

 通知画面に表示された名前を見た時、俺は思わず大声を上げて驚く。


「ソラ!?」


 この電話、果たして出るべきか。

 電話の向こうに居るソラは、俺の知っているソラなのだろうか。

 それとも......


「ハルト」


 画面を見たまま固まる俺の肩を、傍に来ていた真耶がポンと叩く。

 『電話に出てください』。そう表情で訴えかける真耶に対し、俺は無言で頷く。

 そして音量を大き目にして、スタホを耳に当てた。


「もしもし、ソラ......か?」

「......うん」

「ええっと、その......何かあったか? 取り敢えずば無事に帰れた......んだよな?」

「......」


 ソラに問いかけるも、返事が無い。

 

「ソラ? 聞こえて——」

[ブツッ......ツー、ツー、ツー]


 電話が切られた。


「な......? え、は......?」


 あまりに予想外の反応。

 俺は言葉を失い、真耶は目を少し見開いて固まってしまう。


「今の......どう言う事だ?」

「私が分かる訳がないでしょう......様子が変なのは伝わりましたが」

「ああ、変だった......けど、昼間とはまた違ったって言うか......」


 言葉を探しながら、俺は先ほどのソラの様子を思い出す。

 発した言葉は一言だけ。

 その声色は落ち着いている......と言うより、落ち込んでいるようだった。

 でも、一体何に落ち込んでいたのだろうか。


[ヴー、ヴー、ヴー]


 などと考えている内に、またもソラから着信が来る。

 俺はすぐさま応対した。


「ゴメン兄さん、ちょっと......ううん、何でもない」

「ソラ......」


 ソラの声はやはり落ち込んでいて、そして僅かに揺れているようにも感じた。

 また間を取ってから、ソラは話を続ける。


「今日は......ゴメン。ビックリさせて」

「あ、ああ。......ビックリ、した。あんな様子のソラ、今まで見た事なくて、さ」

「うん......自分でも、変な感じで......憶えてるんだけど、自分の意思が宿ってないって言うか......まるで、夢の中に居たような......」

「そっか、やっぱり......」

「うん......」


 たどたどしく、噛み合いの悪い言葉を交わす俺とソラ。

 停滞しているようで張り詰めている、名状し難い空気が場所を超えて立ち込める。


 と、真耶が俺の肩をつついた。

 真耶が何を言いたいか......声に出さなくとも、それは表情で伝わる。

 俺はゴクリと唾を吞み込んでから、ずっと気にしていた話題を切り出す。


「なあ......教えてくれないか。ソラに何が起こってるのか」

「......」

「話そうとしないのは、俺を気遣ってくれてるから......って言うのは分かる。でも、もう我慢出来ないんだ。どう見てもソラがおかしいのに、理由を知らないままだなんて......。俺はもう、心配で——」

「分かった。話す、から」


 気持ちを吐露する俺を、ソラは意を決したような声色で止める。

 そして息を吐き出す音が何度か聞こえた後、ソラはあのね、と口にした。


「キメラなんだって。私」


 耳から入って来たその言葉は、俺の心の奥底まで潜ってから遡上し、頭の中を駆け回る。

 キメラ。オドを二つ持つ者。そして、これが意味する所は——


「二重......人格......」

「そう言う事。ゴールデンウイーク明けのあの日、私の中でもう一人の私が目覚めて......それで、ウォリッジさん達がやって来たの」

「そんな......なんで......」

「分からない。けど、そのオドはあまりに強力で、無視する訳にいかなかった。こっちの世界に来させられたのも、地球でもう一人の私が暴れたら困るから......だって」

「......」


 にわかには信じがたい内容。

 本当......なのだろうか。でも、確かに筋は通っている......ように思う。

 言葉を詰まらせる俺に対し、ソラは説明を重ねる。

 

「昼間に兄さんが話してたのも、もう一人の私。オドが強くなるにつれて、あっちの人格が表面化するみたい」

「それって......魔術を使うほど、あの人格に染まるって事か!?」

「うん......そうだよ」


 思わず手の力が抜け、スタホが滑り落ちる。

 ゴトン、と机とぶつかる音。

 我に戻ってスタホを掴もうとするが、その瞬間、俺は気付いてしまった。


 今回の件、ソラは無茶な特訓で元の自分を失いかけた。

 そして俺はレイドに敗北しかけたが、ソラが先に勝利した事で辛うじて事なきを得た。

 もしソラが......俺がレイドに負ける事を想定した上で、特訓をしていたら。

 俺のした事は、一体なんだったのか。


「なあソラ......俺は、ソラを苦しめてたのか?」

「......」

「答えてくれよ、なぁ!?」


 スタホを握り締めて懇願する俺に対し、ソラは静かに告げる。


「......苦しかった。でも、嬉しかった。それが、私の答え」

「それって、どう言う......」

「私が兄さん達と一緒に居ようとすれば、私はともかく兄さん達まで大変な思いをする。それは、これまで経験して来たから分かるよね?」

「......ああ」


 俺の脳裏に浮かんだのは、一ヶ月前の学園の襲撃事件と、今回の編入騒動。

 そう言われると......確かにその通りだ。


「『兄さん達に私を守れる力はない、だから私が関わると負担になるだけ、迷惑になるだけ』。私はそう考えてた。だから、『大変な思いをしても力になりたい』って兄さんが言ってくれた時、嬉しかった」

「ソラ......」


 ソラとしては、俺のした事は無駄じゃなかったと、そう言いたいらしい。

 でも俺には......あまりにも無理矢理な慰めに聞こえて。


「兄さん達の気持ちは伝わったよ。レイドさん相手に、凄く頑張ってたのも知ってる。......だから、今は待ってて」

「待つって、何を......」

「私、この力をコントロールして見せる。強い力を使っても、私を見失わないように訓練する。それが出来るまでは、待ってて欲しい」


 ソラの口調は、静かに、諭すようで。

 表面上はぼかした言い方でも、俺はソラがこう言っているように聞こえた。

 

 『貴方の気持ちは伝わった』。

 『これは私の問題。それが解決するまでは、何もせずに待っていて』。


 だがそう感じた所で、俺には何もできない。

 いや、何かをした所で負担にしかならない。

 だったらもう、受け入れるしかない。


「......分かった、お兄ちゃん待ってるわ」

「うん、お願いね......もう遅いし、今日はここで失礼するよ。じゃあね」

「ああ、バイバイ」


 伝えたい事を話し終わったのか、ソラはそそくさと通話を締めた。

 そして通話が切れた事を確認すると、俺はスタホを持っていた左手をだらりと下げる。

 頭を上にあげ、天上をボンヤリと見つめる。

 右手を天井に向かって伸ばし、全然届かない事を鼻で笑いながら、俺は提案をする。


「真耶の身体の件......悪いけど、俺達だけで解決させてくれないか?」

「ソラさんの力は、借りたくないと」

「これ以上、ソラを苦しめたくないんだ。......勝手な言い分だけど」

「いえ、納得の行かない形で協力されては、私も申し訳ありませんから」

「......ごめん」


 俺は右手を握り締める。

 待っててくれ、ソラ。

 いつか、強くなってみせるから。

 傍に居ても、ソラを苦しめないように。


◇◇◇◇◇


 電話を切って、暗くなったスタホの画面。

 それに写る自身の表情が、思ったよりも暗い事に苦笑してから、私はこう呟いた。


「ごめんね、兄さん。嘘付いて」

次回更新は5/30(月)を予定しています

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ