Part62 敗者だらけの結末
「今......何つった?」
主代高校の地下、サンドボックスへの接続を行う施設にて。
試合終了後、インタビューで訪れたニーナの言葉に、レイドが思わず聞き返した。
それまで、俺達三人は茫然としていた。
カプセルから身体を起こしたものの、何か言葉を発する訳でもない。
俺達の試合はどうなったのか。どちらの陣営が勝ったのか。
何も分からない。ただ、レイドが勝利の言葉を口にしない事から、『ここの三人は誰も事の顛末を知らない』と言う事だけは分かった。
ニーナが現れた時、俺達三人の視線は揃って彼女に注がれた。
その反応に、ニーナは一瞬驚いたような顔を見せたが......すぐに表情を直し、ツカツカと音を響かせて歩く。
そして俺の前で上半身を倒し、こう言ってからレコーダーを差し出したのだ。
——おめでとうございます、ハルトさんの陣営の勝利です。何か一言いただけますか。
訳が分からなかった。
側頭部を左手で掴み、意識が途切れる直前の記憶を掘り起こす。
あの時......俺は確か、背中から血を噴き出して意識を朦朧とさせていたはず。
あそこから逆転できる手段なんて、万に一つも存在しない。
だと言うのに、今ニーナは『俺が勝った』と言ったのだ。
そして俺が驚きで声を詰まらせる中、最初に言葉を発したのがレイドだった。
「『何つった』って、そのままの意味ですよ。ハルトさんの陣営が勝ったんです」
「ッ! 俺は北条 ハルトに止めを刺そうとしていたんだ! あの状況から......俺達の陣営が負けただと? なら、つまり......!」
「ええ。ソラさんが、ミツキさんに勝ったんです」
物凄い見幕で詰め寄るレイドに対して、ニーナは淡々と言葉を返す。
その温度差に冷や水を浴びせられた気分になったのか、レイドはガクリと膝を折った。
「馬鹿な......ミツキが負けた、だと......!?」
「完勝、と言った感じですね。私もあちらの試合を観ていて、試合の途中はどちらが優勢なのか分かりませんでしたが......今考えてみると、概ねソラさんの作戦通りだったのかと」
レイドの口から漏れた歯ぎしりの音は、俺達にもハッキリと聞こえるほど大きかった。
「......くそっ!」
そして矢庭に立ち上がり、レイドはバタバタと足音を立ててエレベーターに乗り込む。
「おい、どうしたんだレイド!?」
俺が声をかけるも、レイドがそれを気にした様子は無かった。
「十中八九、ミツキちゃんの元へ行ったんですよ。ホント大切なんですねぇ......レイドさんにもインタビューするつもりだったのに」
ヤレヤレ、とため息を吐くニーナ。
が。さて、と一言漏らしてから、ニーナは再び俺の方を向く。
「んじゃ、ハルトさん。勝って一言」
「......」
差し出されたレコーダーに対して、俺は思わず身体を退いてしまった。
一体......どう話したら良いんだ?
レイドが口にしていたように、俺は止めを刺される直前だった。
負けなかったと言うより、負ける直前で終わっただけ。限りなく黒に近い結果だ。
それにやっぱり......俺が勝って終わらせたかった。
お兄ちゃんもやれば出来るんだって。
守る事は出来なくても、ヒーローみたいに活躍する事は出来なくても。
話を聞いて、寄り添えるぐらいの力はあるんだって。
そんなささやかで、ちっぽけな願望を、俺は言いたかった。
レコーダーを向けられた状態で、俺は俯いて黙る事しか出来なかった。
シン、とした静寂が場を包む。
「すみません。俺もハルトも、疲れのせいで頭が回らなくて......」
と、その場の空気に耐えられなくなったのか、シュウが口を開く。
「んー? んー......」
その言葉に引っかかるのか、やや不満そうな声を漏らすニーナ。
が、暫く悩んだ後、分かりましたと言った。
「ま、疲れてるお二人をつつき回したら、私がレイドさんに怒られますしね。じゃ、お二人とも三日後までにメールをお願いします」
「済まないね、助かるよ」
「相手と良好な関係を築かなければ、ネタも貰えませんからね!」
そう言って、フンスと鼻息を立てるニーナ。
普段なら『おい、ブーメラン刺さってんぞ』と突っ込んでいた所だが、今の俺にそんな気力は無かった。
「さ、ハルト。俺達もソラ君の元へ行こう」
「......ああ」
立ち上がったシュウが、俺の背中をポンポンと叩く。
俺はのそりと立ち上がり、重い足取りでエレベーターに乗った。
「ソラって子、ヤバかったね~」
「ヤバイって言うか、コワく無かった?」
「分かる! 表情が無って感じでさ、殺し屋みたいな雰囲気だった!」
「まさか天龍砕 ミツキに、一対一で勝つ人間が現れるなんてな......しかも高校生だろう?」
「パワーも技術も凄まじかったが、何よりあんな方法で勝つとは。とてもじゃないが......普通の人間ではない」
エレベーターを降り、建物の中を探している途中、俺達は様々な言葉を聞いた。
どうやらソラとミツキの試合は、多くの学内関係者が見ていたらしい。
それらは興奮した様子と言うより、恐る恐る話しているような感じだった。
自分の妹が、他人から恐れられている。不気味に思われている。
俺はそれらの声を取り払うように、人混みをかき分けて進んだ。
「......」
だが、そんな言葉以外にもう一つ、不安の種となる事があった。
もしソラに会えたとして、今の俺はどんな言葉をかけてあげられるだろうか。
自分が負けかけた事を棚に上げ、手放しに喜んで良いのだろうか。
周りがこうして騒いでいるのだ、ソラ自身もそう言う目線を感じているだろう。
そんな中で、『おめでとう』だなんて......
「! ハルト、あそこを見てくれ」
「え? あ......」
色々と考えながら建物を出て、そして外を探し始めて暫く経った頃。
シュウが指差した先に、ソラの姿があった。
人気の無い高台で、細目がちに海を見ている。
と、視線を感じたのかソラがこちらを向く。
気付かないフリをする訳にも行かず、俺とシュウは少し思い足取りで高台へと登った。
潮風が、後ろ姿のソラの髪と、俺達の頬を撫でている。
ふと、一週間前もこんな感じだったな、などと思った。
「ソラ!」
そして意を決したように、俺はソラに話しかける。
「兄さん」
振り返ったソラの顔には、やはりこれと言った表情が無かった。
『表情が無って感じでさ、殺し屋みたいな雰囲気だった!』
『とてもじゃないが......普通の人間ではない』
道中で耳にした言葉の数々が、再び俺の意識にまとわりつく。
俺は首を横に振ってから、高めの声を意識して話した。
「ソラも、さ。疲れただろ? こんな所で立ってないで、お兄ちゃんとお茶するか?」
「疲れてない。身体を動かした訳じゃないし」
「ッ......そ、そっか。でも俺疲れちゃってさー、妹に肩たたきしてもらったら、さぞ疲れが取れるだろうなぁ、って」
「肩叩きじゃなくて、睡眠を取れば良いと思うんだけど」
「はは、は......」
曖昧な笑いを漏らした所で、ソラの顔は何一つ動かない。
なんでだよ......どうしたんだよ、ミヨ。
俺が知ってる妹は、『なにそれナンパ? 気持ち悪』とか、『人前で妹に甘えるとか止めてよ!』とか、そんな事を言うんだ。
言ってくれる......はずなんだ。
まるで自分の知っている妹でなくなったように感じて、俺は強い寂寥感に苛まれる。
「兄さん、もしかして悲しんでるの?」
と、俯く俺を見て何か感じ取ったのか、ソラが問いかけて来た。
頭を上げると、ソラの表情には色濃い不安が現れていた。
「悲しいって言うか......なんかこう、変わってしまったな、って......」
「駄目だよ、そんな顔したら。私の役目は、皆や兄さんの笑顔を守る事なのに......!」
首を横に振り、ユラユラと揺れながら歩くソラが、俺の所へと近づいて来る。
「今日の私の役目は、勝って私の居場所を......皆の日常を守ること」
目の前で立ち止まったソラは、突然俺の両肩を掴み、
「教えて、兄さん。ワタシ ヤクメ ハタセタ?」
目を大きく見開いて、下から顔を覗き込んで来た。
これまでのソラからは、全く感じた事の無かった感覚。
ソラの全身から発せられる懇願の意志は、もはや威圧感を伴っていた。
「あ、ああ......」
俺は半ば強制されたような気分で、ぎこちなく首を縦に振る。
それを見た瞬間、ソラはパァと顔を輝かせ、俺の胸に飛び込んで来た。
ドンと強い衝撃が、俺の胸を打つ。
「本当!? 嬉しい! じゃあ兄さん、頭撫でてくれる!?」
「え、あ......?」
「ホラ、早く早く!」
「わ、分かった......」
言われるがまま、俺はソラの頭を撫でる。
こんな笑顔、今まで一度も見ていない。
歓喜を爆発させる目の前の少女とは対極的に、俺は眩暈で倒れそうな気分だった。
暫く抱き着いていた少女だったが、やがてゆっくりと俺の身体から離れる。
「ゴメン兄さん。私、用事があるから......先に帰るね」
「あ、ああ。気を付けろよ」
「うん、またね!」
少女は笑顔を咲かせ、俺に向かって手を振りながら高台の端へと向かう。
そして縁に手をかけ、飛び越えるように崖下へと姿を消した。
急いで下を確認しようとするも、その前に軽快な足音が崖下から響く。
俺が高台の下を見た時、その姿はもう無かった。
突然の脱力感に見舞われ、俺はヘタンと座り込む。
「何だか......いつもと様子が違ったね」
その後ろから、軽く息を切らしたシュウが声を掛けて来た。
「なあシュウ......さっきの、幻だったりしないかな?」
「ハルト......」
「崖の下に、ソラは居なかったんだ。だから、アレはきっと......」
俺は途中で口を閉じる。
口にしてしまうと、反って現実になってしまうような......そんな感じがして、俺は海岸線を眺める事しか出来なかった。
次回更新は5/16(月)を予定しています