Part61 その刃は、届かない
またまた遅くなりました、ごめんなさい!
「ハァッ、ハァッ......!」
街灯に照らされた夜道の中、俺は燃え盛る炎を従えて走っていた。
「——!」
突如、足の裏に走る刺激。
その直後、右にある家屋が崩壊し、土煙の中から土で出来た手が姿を現した。
「くそっ!」
俺は炎を束ね、迫り来る土の拳を迎撃する。
二つ・三つと拳を溶かし、攻撃が収まった所で再び走り出した。
ちなみに、今操っている炎はショッピングモールの外にある駐車場の車を燃やして得た物だ。
市街地では、炎属性の共鳴術も意外と使える機会が多いのかもしれない。
一見逃げ回っているように見えるが、これはシュウが話していた作戦の一つだ。
俺がするべき事は時間を稼ぐ事。そして、レイドが居る場所を突き止める事。
走っているのは、自分の位置を変える為。
そうする事で、土の手がどの方向から襲い掛かって来ているか......つまり、レイドがどこに居そうか探っているのだ。
が。
「さっきは南東方向、この位置なら南南東から出て来るハズだけど......やっぱり変えてるのか」
そう呟きながら、俺は顔をしかめる。
襲撃して来る方向が定まっていないのだ。
レイドは、襲って来る方向から自身の居場所が割り出される事を警戒している。
だからきっと、土の手を出現させる場所をある程度変化させているのだろう。
「だとしたら、どうやってレイドの居る場所を特定したら良いんだよ......!」
この辺りに居そうだ、と言う場所なら既に確認し終わっている。
だが、何処にもレイドは見当たらなかった。
共鳴術を使っている以上、地面に立っているのは間違いないはず......なのだが。
「ったく、一体どこに——」
ぼやいた直後、左足から先に伝わる刺激。
「こっちか......うわっと!?」
刺激の方向から攻撃方向を推測して身構えるも、手が現れたのは全く別の方向だった。
虚を突かれ、反撃が遅れる。
俺は初撃を紙一重で交わし、すれ違いざまに炎で反撃。
そして背中から迫り来る二撃目を迎え撃つ。
正直、今のはほぼ勘に頼っていた。
もし少しでも反撃する位置がズレていたら、きっと俺は潰されていただろう。
我ながら、土壇場で悪運が良いと思った。
「くっそ、一体何を信じたら......」
そう口にした時、俺はある事に気付く。
土塊の手が現れるのは、レイドが共鳴術で操っている地面の何処かからだ。
だから、その範囲であれば出現する位置を変えられる。
対して俺を見つける為の探知は、一瞬だけテリトリーを張る事で行われる。
よほど器用でない限り、術者を中心として円状に展開されるのがテリトリーだ。
「て事は......刺激が伝わって来た方向が、レイドの居る方向って訳か!」
さっきの刺激は左足、それも真横の方から。
じゃあ、そこから円を描くように移動して、もう一回刺激が来た方向を重ねれば......!
「上手く行くか分からないけど、今はその可能性に賭けてみるか!」
俺は急いで走り出す。
今の位置から離れた場所であるほど、レイドが潜む場所を絞り込みやすくなるはずだ。
そして再度感じ取る、足の裏からの刺激。
比較的余裕を持って対処した後、俺は二回の刺激が伝わって来た方向の、その線が重なる場所へと急いで向かう。
「この辺りか。でも、ここは何も見つからなかったぞ......」
行き着いたのは、街路樹が立ち並ぶ大通り。
サッと見渡しただけでは、誰かが居るように思えない。でも......
「いっちょ、ガサを入れてみるか!」
そう言って、俺は通り一面に炎を走らせようとする。
そしてある場所を炎が呑み込みかけた時——
[ボゴォ!]
突如地面が盛り上がり、ある場所を覆い隠すようにせり上がった。
間違いない、当たりだ!
と言うかあの辺り、花壇の植え込みなんだが!? どうやってたんだ!?
俺はその場所を炎で包むが時すでに遅く、少し離れた地面を突き破ってレイドが現れる。
そしてすぐさま、共鳴術で作った土の腕で襲い掛かって来た。
迎撃するも、俺が共鳴術で操っていた炎はそのそろそろ限界を迎えていた。
炎の元となる魔鉱石のマナが尽きかけているためだろう。
土の腕が迫り、傍から見れば俺が窮地に立たされているようにしか見えない。
だが、俺の心に焦りなんて無かった。
何故なら——
「今は一対一じゃなくて、二対一だからな!」
そう叫んだ直後、上空に黒い影が現れる。
レイドが驚いた顔をしたのとほぼ同時に、
「<エアロ・スラッシュ>!」
空の影は、俺の背後から魔法を放った。
風に乗った無数の刃が、俺に迫っていた土の腕を次々と切り刻み、破壊する。
そう、シュウが話していた作戦とは、ハンググライダーを使った奇襲戦法だ。
ショッピングモールにハンググライダーがあるのか、と言う話だが......それについては、『ショッピングモールにある素材で作れる』との事だった。
翼となる布は呉服店から。
身体を吊るすワイヤーはエレベーターから。
そして、骨子にはエルゲージを使用した。
そして俺がやったのも、シュウがハンググライダーを準備するまでの時間稼ぎ。
シュウのステッキを俺が持っていたのも、レイドを騙す為だ。
俺はある時はシュウのステッキを足に巻き、ある時は自分とは離れた場所に置いていた。
こうする事で、レイドに『シュウは地上に居る』と思い込ませようとしたのだ。
レイドの反応を見るに、成功したらしい。
「ありがとな、シュウ。助かったよ」
「いいや、ハルトもよく頑張ったさ」
上空で停止するシュウに向かって、俺は親指を立てる。
共鳴術で風を操作する事で自由に空を飛ぶ彼は、まさに水を得た魚だ。
「ここで決めるぞ、シュウ!」
「ああ!」
掛け声と同時に、シュウは上空からレイドに接近する。
レイドは土の腕でシュウを掴もうとするも、充分な時間をかけられないこの状況、まともに共鳴術を行使できる訳がない。
「<スモーク>!」
そしてレイドがシュウに気を取られている間に、俺は魔法を発動する。
発生した煙幕は、何もしなければ周囲に広がって行くだけ。
でも、それを制御する方法もある。
それは——
「シュウ!」
「ああ!」
俺の合図で引き返して来たシュウが煙幕の近くを通った瞬間、煙はピタリと動かなくなる。
風をコントロール出来れば、煙の動きだって操作可能なのだ。
今のレイドに、煙を払う方法なんてない。
シュウがレイドを煙幕で包み込んでいる最中、俺はその横でまた口を開く。
「<火の力よ その熱の作用の源よ 我に力を貸したもう 我が求めるは爆発なり 全てを破壊する爆裂なり 炎の脅威を体現し 地上の象を爆破せよ>」
宙に生まれた組成式の球を、俺は後ずさりしながらレイドの前まで移動させ——
「<エクスプロージョン>!」
渾身の力を込めて、言い放った。
轟音が、レイドを包んでいた煙幕や立っていた地面を吹き飛ばす。
ゼロ距離での<エクスプロージョン>、例え土の壁でガードしていたとしても、防ぎきるのは不可能なはずだ。
少し離れた所から、ハンググライダーから降りたシュウが話しかけて来る。
「終わった、ね」
「ああ......」
シュウが風を操って土煙を取り払うと、そこに残っていたのは大きなクレーターだけだった。
そう、大きなクレーターだけだった。
肉の焦げた匂いも、何も残っていない。
胸の中で沸き起こる、嫌な予感。
そう言えば、駐車場での俺とシュウの一撃を防いだ方法も、まだ——
「! ハルト、アレを見てくれ!」
俺が思考を巡らせていると、何かに気付いたシュウが声を上げる。
シュウが差し示したのはクレーターの内部。
よく見ると......周りと凹み方が少し違う。
「まさか、あの攻撃から逃れて——」
周囲を警戒しようと、振り返った直後。
「<ペブル・フォール>」
少し離れた位置で、地面から顔を出したレイドが魔法を発動させた。
直後、俺達の頭上から瓦礫が落ちて来る。
「くっ!」
反射的に、前に転がり込む俺。
だがハンググライダーのワイヤーを身体に巻き付けたままのシュウは、瓦礫の下敷きになってしまう。
「シュウ!」
瓦礫の山に呼びかけるも、返事は無い。
音も立てず、瓦礫から血が染み出す。
「馬鹿な......どうして!?」
手を地面に付けたまま、後ずさる俺。
「さあ、どうしてだろうなぁ?」
レイドは地面からヌルリと這い出し、口元を歪めながら、エルゲージ片手に近づいて来る。
俺もエルゲージを、炎を......
くそっ、さっきの魔法で殆ど使い果たしたせいで、何も出て来ない!
迫り来るレイド、後退する俺。
そしてレイドがエルゲージを振りかぶった、その直後——
「<ウィンド......スラス、ト>ォ......!」
瓦礫から血まみれの手が飛び出し、蚊の鳴くような声が耳に届いた。
後ろを振り向く暇もなく、強風がレイドを吹き飛ばす。
だが——
「何だ......今の......?」
俺はレイドが立っていた場所を見たまま、愕然とする。
脳裏には、レイドが吹き飛ばされた時の様子がアリアリと刻まれていた。
あの時、あの一瞬。
レイドの身体は、止まっていたのだ。
動きを止めていた、なんてレベルじゃない。
風に揺れるはずの服も、なびくはずの髪も、何もかも止まって見えたのだ。
まるで、時が止まったかのように。
「アレを喰らって死んでなかったなんてな......大したタマだ」
振り返ると、レイドがムクリと起き上がり、スッと立ち上がって見せた。
服には土埃が付いているものの、身体のどこにも擦り傷すら見つからない。
よろめきながらも、エルゲージ片手に迫り来るその姿は、まるで死神のようで。
死という口が塞がった者。不死。怪物。
勝てるのか? こんなヤツに。
レイドはどう考えても、ただの人間じゃない。
ステッキ以外の持ち込みは禁止されている事から考えて......おそらく、ソラやミツキと同じレリカント。
そんな相手に、俺が? そんなの、そんなの——
『勝てる訳ない』......なんて思いたくないっ......!
ギリと奥歯を噛みしめ、立ち上がる。
「へぇ......」
レイドがニヤリと笑った。
あざ笑っているようにも見える。褒め称えているようにも見える。
それはそうだ。エルゲージすら出せない今、俺が勝てる可能性は絶望的なまでに低い。
そんな状況で立ち向かおうとするなんて、冷静に考えれば無謀な行為だ。
でも、だからって。
逃げた所で、何にもならないだろ......!?
俺は......お兄ちゃんは......決めたんだ!
ソラと同じ場所に立てなくても、ソラの脚を引っ張らないようにしようって。
みっともない姿を晒すのだけは、絶対にしないって!
それが、兄のプライドだ!
独りで戦う妹への、せめてもの償いだ!
「ハッ......いいツラしてんじゃねぇかよっ!」
ゆっくりと迫っていたレイドが、地を蹴って急接近する。
「シッ、ハッ......!」
袈裟斬り、首狙いの左一文字斬り。
「フッ、ハッ......!」
俺はそれを、身を捻じって避ける。
「ハッ!」
身体を回転させての脚払いを飛び上がって避けるも、
「オォッ!」
「ガッ、フ......!」
低い姿勢から突き上げるように繰り出された肘打ちが、鳩尾にめり込んだ。
「ゲッ、ゴホッ!」
地面を転がりながら酷くせき込む。
......違う、咳き込んでる場合か、俺は!
敵から目を背けるな、前を——
「ガァアアア!?」
頭を上げた瞬間、レイドの投げたエルゲージが左脚の太股に刺さる。
痛みで意識がねじ曲がりそうになるが、咄嗟に服の袖を噛んで耐える。
そして立ち上がり、刺さったエルゲージを......引き抜く!
「うぉあああああ!」
痛みなんて関係ない、刺さったエルゲージでも抜けば武器だ!
俺はふらつきながら、レイドから奪ったエルゲージを振り下ろす。
が——
[ギュアッ!]
レイドの斜めに構えたエルゲージが、金属音を立てて俺の握るエルゲージを受け流し、
「セアァッ!」
続く真向斬りによって、体勢を崩した俺の背中を深く切り付けた。
俺は糸が切れた人形のように、その場に倒れ込む。
「ガ、ア......!」
背中が痛い、まるで焼けるようだ。
傷口がドクドクと脈打ち、噴き出る血が顔を、手を生ぬるく浸す。
身体の表面は暖かいのに、傷は焼けるように痛いのに、脳が、心臓が、段々と冷えるような。
ゴメン、ソラ。お兄ちゃん駄目だったよ。
終わっちまったよ、俺は。
意識が遠ざかる。
倒れる俺の頭を狙って、レイドがエルゲージを持ち上げて、
振り下ろされた、その直後。
[ビーーーーーー!]
けたたましい音が、頭の中で鳴り響いた気がした。
やっとこさ戦闘パート終了~!
残りはエピローグですが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
次回更新は5/9(月)を予定しています。