Part60 土塊の拳
大変お待たせしました!
痛みが脳を揺らし、視界がぼやける。
ただその中で、焼けるような感覚を腹部が主張していた。
さっきまで壁があった場所。
今は大きな穴が空き、その向こうには大きな土塊の拳が見える。
それが何を意味しているのか、痛みで考える事さえ出来なかった。
「ハルト、しっかりしろっ......!」
そんな俺を、シュウが脇を掴んで動かす。
そして柱にもたかけさせてから、両手を前にかざして詠唱を始めた。
「<この身に宿る魂よ その不屈の精神よ 今こそここに具現せよ 我が望むは体躯なり 夢追うための手足なり 生命の理を超越し 代わりの身体を構築せよ>、<オルティネート>!」
シュウが魔法を発動させた瞬間、さっきよりも数段強い灼熱感が腹部を襲う。
「ぁ、ぐ......!」
が、その痛みのせいなのか、俺の意識は急速に再覚醒する。
そして魔法による青白い光が収まった頃、全身を襲っていた痛みは嘘のように消え、
「これが......マナで出来た身体ってヤツか」
抉れた肉を補うように、腹部には半透明の青い物体が埋まっていた。
触ってみた感触は固く、そして冷たい。
まるでプラスチックの塊のようだ。
「意識は確かかい、ハルト」
「ああ、お陰様で......ッ!?」
シュウに礼を言おうとした直後、身体に電流が走ったかのような感覚が走る。
さっきの怪我のせいか?
いや、この感覚は......
外からの刺激だ!
ヤバイ、と言う直感が脳裏をよぎった。
シュウも同様だったらしく、俺達二人は同時に右へと飛び出す。
その、直後。
[ドゴォォォン!]
土塊の拳が、ついさっきまで俺達が隠れていた柱を粉々に砕いた。
「ぐあっ!」
コンクリの破片が身体に当たるのを感じつつ、俺は転がって着地の衝撃を逃がす。
そして顔を上げた頃には、既に土塊の拳の横払いが迫っていた。
「くっ!」
俺はそれを、再度転がって回避する。
拳の生み出す風が背中を強く押した。
もう一瞬でも回避が遅れていたら、今頃俺は壁に叩きつけられていただろう。
その後俺は立ち上がり、暴れ狂う土塊の拳から距離を取る。
「こっちだハルト! 早く!」
と、後ろからシュウの声がした。
見ると、下のフロアへと繋がる通路の前でシュウが手招きしている。
「あ、ああ!」
近々の目的は、この駐車場からの脱出だ。
少しでも早くあの拳から離れないと、命がいくつあっても足りやしない。
足がもつれそうになりながら、俺はシュウの後を追ってフロアを下る。
「——ッ!」
そして、再びの刺激。
あの拳がまた襲い掛かってくるのか?
そう思って後ろを振り返るも、例の拳は見えない。
よし、今回は——
[バゴォォォン!]
直後、天蓋の割れる音。
上から振り下ろされた手刀が、駐車場を一刀両断する。
その衝撃に弾き飛ばされ、俺は顔面から床へと倒れ込んだ。
「ぁ......ぐ、」
文字通り、顔がひしゃげるような激痛。
鼻血なのか鼻水なのか涙なのか、何なのか分からない液体が顔を覆う。
「ハルト! くそっ......!」
倒れる俺にシュウが駆け寄り、急いで<ヒール>をかけた。
顔についた傷が、瞬く間に治る。
が、立て続けに怪我をしたからか、精神的には頭の中をかき回されたかのような気分だ。
不意に自分自身が惨めに感じ、目から涙が溢れ出した。
「わ、悪い......」
「泣いてる場合じゃないだろう!? 悔しいなら、今はその気持ちをバネに走るんだ!」
「あ、ああ......」
服の袖で乱暴に顔を擦り、また走り出す。
情けない。つい涙が出た事も含めて。
「ハルト、来るぞ!」
「ああっ......!」
そして再び走る、あの感覚。
走りながら左右に分かれた俺とシュウの、その真ん中を潰すように、土塊の拳骨が落ちる。
回避には成功したものの、顔に、身体に、バチバチとコンクリの破片が当たる。
「くそっ......!」
また噴き出て来る、やり場のない感情。
なんだ? なんでこんなにも、悔しいんだ?
情けない自分に対する感情も確かにある。
けれど、その気持ちは外へも向かっていて。
——情けない、情けない。
走っている最中、自責に混じった感情は
——情けない......逃げ続けている俺が
少しずつ、ハッキリと形を成して来る。
どうして俺は、逃げ続けているのか。
ソラの役に立つって決めたのに、大きな力と対峙した時、結局俺は逃げてるじゃないか。
こんなの......戦ってるなんて言えないだろ!
「シュウ!」
俺は逃走していた足を止め、シュウを呼ぶ。
「どうしたんだい、ハルト!?」
「肩車だ! 俺が上になるから、早く!」
「わ、分かった!」
シュウはやや困惑しつつも、俺が何か策を思い付いた事に気付き、こちらに引き返して来る。
そしてシュウに肩車をして貰いながら、俺は急いで詠唱を始める。
「<火の力よ その熱の作用の源よ 我に力を貸したもう」
三回も経験すれば、疑う余地は無い。
時折足の裏に走るあの感覚は、レイドが俺達を探知する為に発しているマナの波動だ。
「我が求めるは爆発なり 全てを破壊する爆裂なり」
そしてレイドが優先して狙っているのは、恐らく俺の方だ。
その理由は、俺の方が倒しやすい為。
俺は自分一人だと怪我を治せない。
そして一対一では俺達は勝てないため、シュウは俺を放置して逃げる事が出来ない。
つまり、俺を狙えば二人とも足止めする事が出来るのだ。レイドもそれを分かっている。
「炎の脅威を体現し 地上の象を爆破せよ>」
詠唱が終わったと同時に、目の前に青白く光る珠が現れる。
押し出すような意識を珠に向けると、それは俺達からスーっと離れて行く。
そして珠を五メートルほど離した所で、俺は珠に向かってステッキを投げた。
ステッキには、事前にマナを貯めてある。
「......よし!」
直後、足裏を走ったあの感覚に、俺は思わず声を出す。ベストタイミングだ。
俺達が一人じゃ勝てないのも、俺の方が足を引っ張ってるのも、随分と情けない話だと思う。
けれど、今はそれを認めよう。
認めた上で、利用してやる!
俺は肩車されながら、急いで曲がり角の先まで退避する。
その、直後。
天上を突き破った土塊の拳が、ある場所を正確に叩き潰す。
——そう、俺がステッキを投げた場所へ!
「<エクスプロージョン>!」
まさしく拳がステッキを潰したであろうその瞬間、俺は魔法を発動させた。
爆発の振動が、壁越しに背中へと伝わる。
右を向くと、爆発でバラバラになった土の塊が次々と視界を横切って行った。
成功だ。土塊の拳を罠に嵌めてやった。
マナを込めたステッキは、レイドに『そこに俺が居る』と思い込ませる為の囮。
だが、それだけだと不十分だ。
俺がボンヤリ突っ立っていると、レイドには俺が二人居るように伝わってしまう。
そこでステッキが囮だと勘付かれないよう、俺はシュウに肩車をしてもらったのだ。
こうすれば、俺自身はレイドの探知上から消える事になる。
「中々考えたじゃないか。見事だよ、ハルト」
「へへ、ざまー見ろってんだ!」
俺はやや大げさに喜びながら、シュウの肩の上から降ろしてもらう。
そして前を向き、再び一階へ向かおうと......思った所で、ある事が頭をよぎる。
「なあ、シュウ」
「なんだい、ハルト」
振り返った先に居たシュウも、俺同様すぐに走り出そうと言う感じには見えない。
「あの土の拳を壊したんだったらさ、無理にここから出る必要は無くなるんだよな」
「そうとは限らないよ。あの拳自体は、レイド君が作ろうと思えばいくらでも作れるはずさ」
「あー、そうか」
だったら急いで外に出ないと。
胸の内で若干の焦りが生まれた俺だったが、シュウは未だにその場から動こうとしない。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「作戦が、あるんだ」
◇◇◇◇◇
数分後。
あれ以降特に苦戦する事も無く、俺はショッピングモールの駐車場から姿を現す。
隣に、シュウの姿は無い。
「さあ......第五ラウンドだ! そろそろ勝たせてもらうからな、レイド!」
シュウのステッキを手に握り締め、俺は無人の街並みへと踏み出した。
次回更新は5/2(月)を予定しています