Part58 シュウ vs レイド
俺の元へと駆け寄るシュウの顔には笑顔が浮かんでいたが、それは一瞬だった。
彼の意識は、すぐにレイドへと向けられる。
右手でエルゲージを生成し、敵に向けて投擲するシュウ。
投擲されたエルゲージを避ける為、飛び込むようにして通路の曲がった先に逃げるレイド。
二人の動きは、ほぼ同時だった。
だが——
「ァガッ......!」
残っていたレイドの右脚の先を、シュウのエルゲージが捕らえた。
レイドは痛みを堪えきれず、短く呻き声を上げる。
シュウとレイドの間に、そこそこの距離があった今の状況。
同時に動いたのなら、普通に考えてシュウのエルゲージが当たる事は無い。
それでも当たったのは、風属性の特性故だ。
俺のエルゲージが燃え滾っているように、風属性を帯びたシュウのエルゲージにも効果が二つ付与されている。
一つ目は、速度の上昇。
エルゲージの表面から後方へ噴き出した風が推進力を生みだし、その速度はより早くなる。
二つ目は、殺傷力の増加。
マナの粒子をまとった風がエルゲージの先端で渦巻き、チェーンソーのように周囲をねじ切るのだ。
そしてその効果は、壁に散った鮮血の量でも確認する事が出来た。
「ハルト! 俺は彼を負うから、君はエレベーターを!」
シュウの声に頷き、俺は手摺に捕まってぶら下がったまま<ソーラー・ビーム>の詠唱を始める。
同時に、シュウは<ウインド・スラスト>の詠唱を始め、そして廊下の曲がった先からはレイドの小声が断片的に耳に入る。
止血する為の<ヒール>だろうか。
魔法が発動し、シュウは崩れた廊下を飛び越え、俺は四階と三階を繋ぐエレベーターを壊し、レイドはよろめきつつ隣接する駐車場へと逃げる。
シュウとレイドの居ないショッピングモールに、表面上の静寂が訪れた。
「何とか助かった......でも、今度は俺が早く助けに行かないと、シュウが......!」
そう漏らしながら、俺は顔を下に向ける。
真下に見えるのは一階の床、やや前方には瓦礫が山積する三階の廊下。
判断を誤れば、怪我は免れない。
慎重に降りないと、なとど考えていると
[ガラガラガラッ!]
三階にある駐車場への出入口が、上から降って来た瓦礫で塞がれてしまった。
俺は小さく舌打ちする。
「悪い、シュウ。すぐに行くから、それまで耐えてくれ......!」
◇◇◇◇◇
「待てっ!」
崩落した廊下を風魔法の反動で飛び越えた俺——高山 シュウは、レイド君が消えた駐車場へと駆け込む。
が、周囲を見渡しても彼の姿はない。
「まさか、もう下に——」
そう言いかけた時、足元に忍び寄る亀裂に気が付いた。
「クッ!」
飛び退いた直後、俺の立っていた場所——出入口の前が崩れた。
これで四階だけでなく、三階の連絡路も使えなくなった訳か......ハルトの到着が遅れそうだ。
と考えた所で、俺は改めて周囲を見渡す。
相変わらずレイド君の姿は見えない。
何より、亀裂が走って来ていた左側に人が隠れられそうな場所は無い。
なのに、どうやって左側から......?
「ッ、あれは!?」
その答えには、亀裂の進路を目で辿る事で気が付いた。
柱の一本に亀裂が入っている。
更にそれは天上を伝い、車や遮蔽物のある右前方へと続いていた。
「なるほど、柱と天井を経由させていた、と」
俺はその考えを、敢えて口にする。
こうする事で、レイド君への牽制になるだろう。
ふぅと小さく息を吐き、思考を巡らす。
レイド君としては一刻も早く下に降りたい所だろうが、それは難しい。
この場所は開けているから隠れて移動し辛いし、俺の目の前を横切る事になるからだ。
足元を魔法で崩して降りる方法もあるが......そんな事をすれば、居場所が一瞬でバレる。
レイド君は詰むだろう。何故なら——
「俺の風が、君を瞬時に吹き飛ばすだろうからね......!」
肌を、髪を撫でる感触に、ニヤリと笑う。
ここは五階建てのショッピングモール。幸いにも、周辺の建築物はそこまで高くないらしい。
故にこの場所では、ある事が起こっている。
規模の大きな建物の周辺で風が発生する現象——ビル風だ。
右手を挙げて集中し、共鳴術を発動する。
集えよ、風。俺に力と幸運を運んで来い。
自分の頭上で、大きな力の奔流を感じる。
これだけの風があれば、例え相手がAランカー上位であろうと、力負けはしない......!
「そこだっ!」
風によって僅かな音も集められ、今の俺の聴覚は半ば地獄耳と化している。
鋭敏な聴覚は、亀裂が柱の表面を走る音も聞き逃さない。
風を叩きつけられた柱は、風に含んだマナの粒子によって一瞬ですり潰された。
「さあ、来ないのかい!? 時間が経つほど、君の立場は悪くなると思うけどね!?」
そう言ってレイド君を急かしつつ、俺は目に付く遮蔽物に次々と風をぶつける。
壁は壊され、車は吹き飛び炎を上げる。
そうしている内に更に風を取り込んで、頭上に渦巻く力はより強力に。
と、頭上の天上が崩れ落ちて来る。
「こんなものが通用するとでも!?」
そう口にしつつ、襲い掛かってくる瓦礫を風で簡単に弾く。
だがその直後、驚くべきものが右斜め前から飛んで来た。
バイクだ、バイクが突っ込んで来る!?
天上の崩落は陽動か!
「クッ!」
操っていた風の一部を引き戻し、俺は迫り来るバイクに風をぶつける。
脅威は目と鼻の先まで迫っていたが、寸での所で弾き返す事が出来た。
だが——
[ギィン!]
バイクの後方から出現したレイド君の、長槍の如く伸ばしたエルゲージの薙ぎ払いが、風を切って襲い掛かって来た。
辛うじて反応しエルゲージで受け止めるも、その一撃はあまりに重かった。
不意打ちだった事もあり、俺は大きく体勢を崩される。
それを、レイド君は的確に狙って来た。
彼は俺に長槍の一撃をぶつけた後、それを手放し、代わりに新たなエルゲージを生成する。
「シッ!」
そして左に捩った上半身を使って、強烈な突きを繰り出した。
俺は風を呼び寄せて、レイド君ごと吹き飛ばして攻撃を防ごうとする。
「ゥグッ......!」
が、今度は一瞬間に合わず、伸びる槍の一撃が俺の右脇腹を貫いた。
激痛で意識が乱れ、集まっていた風が散る。
一方、風で飛ばされたレイド君は宙を舞い、スタリと音を立てて着地した。
「そ、んな......!」
一体、どういう事だろうか。
ショッピングモールを出る時に、俺はレイド君の傷の深さを確認している。
あの出血量、そして落ちていた肉片。
そこから判断するに、レイド君の右脚の指は引き千切られていたはずだ。
そんな重傷、<ヒール>では回復しない。
今の機敏な動きを、足の指を無くした状態で出来る訳が......
が、千切れたはずのレイド君の右脚指を見た時、俺は思わず叫ぶ。
「その指の色......<オルティネート>!?」
「オイオイどうした、そんな驚く事かよ?」
「だって、さっきのバイクや槍の一撃は......」
「ああ、身体強化だな」
肩で息をしながらもそう言い放つレイド君に、俺は衝撃を受ける。
<オルティネート>で補った部分にマナを流せば、痛覚に直接刺激が走る。
それだけでも中々の痛みだが、レイド君はよりによって身体強化の魔法をかけているのだ。
信じられない。そんな痛み、普通の人間が耐えられる訳がない。
「まさか、<インセンシティビティ>を習得しているのか!?」
「ハッ、それが使えりゃ楽なんだがな」
「な、何だって......!?」
侮っていた。
レイド君は、俺達の想像の遥か上を行く覚悟を持って、この戦いに挑んでいる!
「<我が身に宿る温もりよ 」
彼の気迫に、様子見をする事さえ耐えられなくなった俺は、急いで脇腹の傷を治そうとするが——
「させねぇよ!」
「クッ!」
それをレイド君が見逃す訳も無く、強化された脚力で彼は一気に接近して来る。
俺は急いで風をかき集め、一発、二発風の一撃を繰り出すも、それらはヒラリと交わされる。
今度はマナの粒子を混ぜていないのに......視線や指の動きで読んでいるのか!?
「でも、これなら!」
ぶら下げていた左手を、俺をクイと動かす。
さっきまで操っていた風は右手をアンテナに集めた物。
レイド君がマークしていたのも、右手の動きだろう。
だが、初めて使った左手の一撃なら、きっと——
「なッ!?」
通用、しなかった。
レイド君は腕にマナを溜めていたのか、瞬時に盾状のエルゲージを展開。
菱形に作られたそれは、俺の風をいなす。
そしてレイド君の笑みが近づいたと思った瞬間——
「ガハッ!」
俺は、盾を使ったタックルを正面から喰らってしまう。
全身の骨に衝撃が走った後、俺は後ろの壁に叩きつけられた。
そして、コンクリの床に力なく倒れる。
「ゥグ......!」
立ち上がろうとするも、全身が痛みに軋んで動かない。
心臓だけはバクバクと動いており、暴れ狂った血流が口から噴き出した。
足音が、近づいて来る。
歩く振動がピタリと止まった時、俺は力なく微笑んだ。
レイド君の息遣いが聞こえる。疑うまでも無く、彼は俺の傍に立っているのだ。
そして、エルゲージでとどめを刺すだろう。
済まない、ハルト。君の前であんなに恰好を付けておいて、地の利もあって、それでもレイド君には敵わないようだ。
ああ、全身が燃えるように熱い。
よく創作で『刺された場所が燃えるように痛む』なんて言うけれど、これがその感覚か......
「......?」
いや、違う。それだけじゃない。
この外側から包み込むような、身を焦がすようで暖かい感覚は......!
「シュウ! 無事か!?」
その感覚の答えは、声となって降り注ぐ。
「ハ、ルト......良かった、間に合った」
「間に合ったって言えるのか、コレ!?」
戸惑いを隠さないハルト君の声に、俺は思わず笑ってしまう。
今この身体はボロボロだけど、もう大丈夫。
彼が居てくれれば、百人力だ......!
次回更新は4/11(月)を予定しています