Part57 滾る炎、走る亀裂
「ん......?」
暫く後、俺は違和感に気付いて目を開ける。
足の裏には、寝ていれば無いはずの圧迫感。
そう、立っているのだ、俺は。
白い壁と黄色い床だけに包まれた、10畳ほどの細長い部屋に、俺は突っ立っていた。
部屋の左奥と左手前にはドアがあって、天井の白い灯りが部屋を灯している。
灯りのスイッチらしき物も見えた。
「外は......暗いな。夜なのか?」
顔を右に向けると窓が並んでいて、その先には夜を彩る光の点が見える。
窓に近づくと、眼下に街灯が並んでいる。
そこそこ高い場所のようだ。
って、ボンヤリしてる場合じゃないな。さっさと準備を始めるとしよう。
この一週間、俺はシュウやギンジさんから色々な事を教わった。
一つ、戦場ではいつ敵と遭遇する事になるか分からない。
今すぐに対処すべき脅威が無ければ、動く前に準備を済ませておくのがベターだそうだ。
と言う訳で、俺はいつもの“妹パワー”を発動させてから右手にエルゲージを握る。
この二つを維持するだけなら、殆どマナを消費する事も無い。
ドアノブをゆっくりと回し、そっと顔を出して左右を確認する。人の姿は無さそうだ。
長い廊下にドアが並んでおり、その向かいには沢山の段ボールが積み上げられている。
天上に、むき出しになった様々な太さのパイプが、血管のようにめぐっていて。
随分と無機質な場所だな、と思った。
俺の出て来たドアの上には表札が付いていたが、何も書いていない。
空室と言う事だろうか。
他の部屋の様子が気になった俺は、少し歩いた所にある『休憩室』のドアを開けて——
左を向いた瞬間、部屋の奥に居るレイドと目が合った。
「——ッ!?」
俺が驚いて飛び退いた瞬間、
「<サーフェス・クラック>!」
レイドは自身の前に浮かんでいた組成式の球を解放した。
瞬間、俺めがけて亀裂が床を伝う。
土属性魔法の武器、魔法効果の自由操作。
床に刺さったレイドのエルゲージを経由して、破壊の力に意思が宿る。
だが——
「シッ——」
それを妨げる方法を、俺は知っている。
俺は右手に握っていたエルゲージを、突進して来る亀裂の手前あたりを狙って投げた。
溶鉱炉から出したばかりの鉄のように、赤く輝く刀身。
それが床に刺さった瞬間、俺はエルゲージから伸ばしていたマナの鎖を経由させ、エルゲージを変質させた。
結果、直に高熱を流されたコンクリートは、熱を帯びてドロリと解ける。
一つ、魔法効果の操作を乱すには、その制御に介入するべし。
魔法効果を操作するには、絶妙なマナコントロールが要求される。
だから予期しない外部干渉があると、途端に力の制御は困難になるのだ。
レイドに攻撃を仕掛け、操作を手放させる方法もあったが......この瞬間に俺が思い付いたのは、自身の防御だった。
何はともあれ、これで床を伝う亀裂の俺への直進ルートは防がれた。
レイドとしては、エネルギーのロスを覚悟で一旦ブレーキを掛け、横から回り込ませるのもアリだが——
彼はそうしなかった。
俺がエルゲージを刺した場所へ到達する前に、レイドは魔法効果を解放。
部屋の中央に、大きな亀裂が広がった。
エネルギーが放散し、部屋に土煙が舞う。
「うっ......」
土煙で見えない中、攻撃をされたら厄介だ。
そう考えた俺は、部屋から出て様子をうかがおうとする。
が、
[ドンッ]
そうしている内に部屋から地鳴りがして、直後にガラガラと崩れる音が響いた。
「......何があったんだ?」
部屋の中を見ると、レイドの姿は無かった。
床には、人が余裕で入れそうな穴が一つ。
逃げたのだ、彼は。
直近の脅威が去り、俺は安堵しかける。
「......って、ボンヤリしてる場合じゃない! 急いで追いかけないと!」
が、ある事を思い出した瞬間、それは冷や汗へと変わった。
一つ、高層物件の中の土属性使いは逃すな。
理由は単純明快、地上から離れた場所に居れば、彼らは地殻変動の力を利用した共鳴術を使えないからだ。
そもそも土属性使いは高層物件の中に入ろうとしないのだが......幸か不幸か、俺とレイドのスポーン地点は共に高層物件の中。
だからこそ、俺は絶好の機会を逃しかけている事になる。
「シュウを探してる場合じゃない、か......!」
俺は飛び降りようと、穴に近づく。
だが下の様子が見えた瞬間、思わず身体が引けてしまった。
その理由は、床までの距離だ。
下の階は天上がやや高く、三メートルほどの高さから飛び降りる事になる。
瓦礫の積み上がっている所なら多少距離も短く済みそうだが......足元が不安定過ぎて無事に着地できるかどうか。
どうする......迂回するか?
『一人で居る時、俺は出来る限り無理をしてはならない』。
これも、教えの一つだ。
俺は無属性魔法が使えないが、それは回復魔法が使えないと言う事。
だから不用意に身体を痛め、そこを狙われでもしたら一巻の終わり。
焦って怪我をするのは、最大の下策なのだ。
......でも、ここで遠回りすると時間を大きくロスする事に......それは出来れば避けたい。
無事に着地する方法は無いか。何かこう、クッションになるような物でもあれば......
「そうか!」
少し考えた後、俺は太めのエルゲージを生成し、それを延ばして積み上がった瓦礫に突き刺す。
そしてタイミングを見計らい、
「うぉあああ!」
意を決して、俺は高熱で溶けた瓦礫を目掛けて飛び降りた。
着地した衝撃が溶岩と化した瓦礫に伝わり、周囲に飛び散ってはジュウと音を立てる。
「何ともないって分かってても、やっぱりヒヤヒヤするもんだな…..」
緊張で乱れた息を整えながら、俺は残った瓦礫の山をゆっくりと滑り落ちる。
普通なら大火傷のこの行為。
それでも無事なのは、共鳴術で熱をいなしているからだ。
この一週間、特訓頑張ったからな......まあ、ミスって服が四着・靴が二足燃えたけど。
さて、ゆっくりしてる場合じゃない。
レイドの姿は無し。
ドアを開け——ようとするも、立て付けが悪くなって開かない。
レイドがスキルを使ったんだろう。
エルゲージをドアに突き刺し、穴を開ける。
ドアの穴から顔を出し——
[ガラガラガラッ!]
魔法により、廊下は崩壊。追尾不可。
図られた。部屋から出られない。
ドアを開けて追いかけるだけなのに、時間をロスし過ぎた......!
「くそっ、どうにかして追わないと......」
悪態を付きながら、俺は周囲を見渡す。
壁をくり抜いて隣の部屋に移動するか?
いや、廊下の崩れていない場所までたどり着くのに、一体どれだけの時間が——
いや......待て。
この建物、どんな形状になってるんだ?
左右にはズラリと部屋が並び、入口と反対側には窓が並んでいる。
もしこの建物がこれだけだとすると、余りにも薄すぎる。
「もしかして......!」
一つの可能性に行きついた俺は、廊下の向かいにある壁にエルゲージを突き立てる。
そして小さく円を描いて壁をくり抜くと——
「よし、何とかなりそうだ!」
向こう側から漏れて来たのは光。
やはり、壁の向こうには部屋があった。
人が通れる大きさまで壁をくり抜くのも良いが、崩れた廊下を挟んでの作業になるため力を入れづらい。
と言う訳で、俺は廊下から少し距離を取る。
「<膨張し爆ぜさせる熱の作用よ その理 この身に集い 我が標的を破壊せよ>ッ、<バースト>!」
魔法で壁に穴を開け、土煙が晴れない内に飛び込む。
レイドを探しつつ、周囲を確認する。
マネキンやトルソー、スラリとした女性のポスター......アパレル店のようだ。
ただ、アパレル専門店にしては広すぎる。
フロアの構造的に百貨店でもなさそうだ。
と言う事は......
「これは......!」
走っている内に店外に出た俺は、思わず声を上げる。
店の向かいにあるのは手摺。
その先には、建物の天上から一階まで見渡せる吹き抜け構造。
そう、ここはショッピングモールなのだ。
だとしたら、下に降りようとするレイドの向かう先は......
「ッ!」
居た、三階へと向かうエスカレータだ!
ヤバイ、何としてでも一階に——共鳴術が使える場所に到達するのは阻止しないと!
「<日の力よ その光の迸りよ 我に力を貸し給う>ッ!」
俺は大きく息を吸い、わざと叫び声で唱える。
直後、レイドは詠唱を止めるべく足の向きを俺の方へと変えた。
よし、上手く行った!
「<我が求めるは光槍なり 全てを貫く閃光なり>ッ!」
エスカレーターを逆走し、レイドは四階まで登って来る。
だとしても、俺の詠唱の完了の方が早い。
今の内に、エレベーターを破壊して——
「<天道の威光を体現し>——ッ!?」
レイドの脚が早すぎる!
まさか、身体強化の魔法を使ったのか!?
「くそっ!」
完了する前に、俺は詠唱を打ち切る。
『仮に魔法を発動させても、レイドに一瞬で詰め寄られて刈り取られる』、そう予感させる気迫があったからだ。
そしてレイドがエルゲージを投擲したのは、俺がエルゲージを生成した直後だった。
[ガキィン]
レイドのエルゲージと、それを紙一重で弾いた俺のエルゲージが鋭い音を轟かす。
ぐっ、なんて重さだ......!
体勢を崩した俺に向かって、レイドはエルゲージをもう一本投げ込む。
俺は左肘から盾状に生成したエルゲージで防ぐも、踏ん張れずに尻を付けてしまった。
訪れた機会を、レイドは見落とさない。
「<サーフェス・クラック>!」
道中で詠唱を完了させていたレイドは、壁に手をつける。
その衝撃は壁を伝い、俺が居る床を崩す。
「ぐっ......!」
俺は身体を回転させ、間一髪で手摺に摑まった。
が、それも所詮は一時しのぎ。
「まずはアンタから、だな」
レイドは右手からエルゲージを生成する。
防ごうにも、俺の握力では片手を離した瞬間に下に落ちてしまう。
下に降りたとしても、投擲したエルゲージに串刺しにされるのがオチだろう。
怪我を負えば、俺は一気にキツクなる。
もう俺は駄目なのか。
レイドを下に行かせない為に仕掛けたのに、逆にやられる側になるなんて。
どんだけ情けないんだ、俺は。
畜生ッ、畜生ッッッ......!
レイドがエルゲージを振りかぶり、心理的にも見たくなくなった俺は目をつぶり。
終わりが訪れると思った、その直後。
[バァン!]
レイドの後方にあるドアが勢いよく開かれ、そして——
「<ウインド・スラスト>!」
放たれた烈風が、彼を吹き飛ばした。
風に弾かれたレイドは、壁に打ち付けられてその場に崩れ落ちる。
やったのは——
「彼を下に行かせないのは良い判断だったよ、ハルト。ここまでよく一人で持ち堪えたね」
そう言って、息を切らしながら口角を上げるシュウだった。
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