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Part55 PREVIEW

 闇と静寂に包まれた世界の片隅に、ポツン一軒家が佇んでいる。

 その屋内では、話し声もテレビの音声も一切ない中、歯を磨く音だけが響いていた。


 が、不意にガチャリと言う音が混じる。

 それに気付いた女——レイヴンは、軽快な足取りで洗面台から玄関へと向かった。

 その容姿や行動は、まるで20歳手前の少女である。


「は、ほはへひー!」

「なんだ、まだ起きていたのか。ただいま」


 Yシャツにデニムのショートパンツと言うラフな格好でレイヴンが出迎えたのは、同じくストライプシャツにジーンズと言う軽装姿の男——ウォリッジだった。

 手荷物は、何一つ見当たらない。

 洗面台で手を洗うウォリッジを、レイヴンは素の表情で眺める。


「ほんはひはんはへ、ふっほはほほほほっふんひへはほ?」

「......何を言っているか、分からないんだが」

「ほんは! ひはんはへ!」


 単語で区切って話そうとするレイヴンだが、ウォリッジは表情を険しくするばかりだ。

 その反応にレイヴンはムスッとした顔をして、ウォリッジの脇下から頭をニュッと出す。

 そして口の中にあった歯磨き粉をベェと吐き出し、膨れ面でウォリッジを睨みつけた。


「こんな時間までー、ずっとあの子のー、特訓してたんですかー?」

「ああ。今日が本番だからか、あの子も随分と気合が入っていた」


 ふーん、と言ってレイヴンは時計を見る。

 時刻は深夜一時を過ぎたところ。

 とは言え、これは今居るこの場所の時刻であり......あの子——九条 ソラの居る世界では、今は朝の六時を回った頃だろう。


 普通に考えれば、本番当日の徹夜など論外。

 だが、二人には徹夜の影響を無くす方法があった。

 加えて、この時間まで特訓をしているのも日常茶飯事であるため、レイヴンは何も言わない。


「ティアの方はどうなんだ?」

「至って順調。と言っても、日付が変わるまで特訓してた訳じゃないけど」


 レイヴンは、普段からミツキの特訓に付き合っている訳ではない。

 が、ソラが今回の試合に向けてウォリッジに看てもらっているのに対し、ミツキに何もしないのは不公平が過ぎる。

 そう言う理由で、期間限定ではあるものの、レイヴンがミツキを看るようにしたのだ。


 と、シャコシャコと音を立てて歯を磨きながら、レイヴンは微笑む。


「ミツキちゃん、レイド君との時間を大切にしてるもの」

「戦いへの気持ちが弱いんじゃないか?」

「いやいや、貴方達が異常なだけだから!」


 そうなのか? という顔で首をかしげるウォリッジに対し、レイヴンは額を手で押さえる。

 歯磨きを終え、口をすすいでから呟く。


「やっぱりそう言うトコ、似てるんだろうなぁ......はぁ」

「そう言うトコ、とは?」

「......あなた、あの子を機械か何かにするつもりなの?」

「何を言う! 俺は純粋に、あの子の身の安全を想ってだな......」

「そーなんだよねぇ、悪気は無いんだよねぇ」


 呆れ顔のレイヴンは、どこか遠い所を見ているような様子だった。

 ウォリッジの話も半分ぐらい聞き流しているかもしれない。


「まあ......早く強くならないといけない、って言うのは分かるんだけど」

「ああ。残酷だが、そうしないといけない」

「一つ聞きたいんだけど、制御用の組成式は何処まで解いたの? 見た目変わってたりする?」

「その三歩手前まで解いた、と言った所か。特訓中に何度かラインを超える事があったが、今はその手前で落ち着いている」

「そう......そろそろ、あの子もヒトの理から外れだす訳ね」


 そう言って、レイヴンは顔を逸らす。

 ウォリッジも、どこか浮かばれない様子だ。


「解く前に、説得は試みたんだが......」

「言われずとも分かってる。ホント、あの子も無茶するんだから......」

「『同じ土俵に立たなければ、勝負にならない』。あの子はそう言っていたよ」

「『勝負にならない』か......ねぇ、どっちが勝つと思う?」

「実力で言えば、それは分からないな」

「まあ......そっか」


 二人は洗面台を離れ、リビングの中央にある机に備え付けられた椅子に腰を降ろす。

 レイヴンは机の上に置いていたマグカップを手に取り、回しつつ中を覗き込みつつ、静かに言葉を並べ始めた。


「天龍砕 ミツキは序列29位のSランカー。でもこれは、殲滅せんめつ能力を加味した上での順位」

「無属性魔術しか使えないミツキは、Sランカーの中でも殲滅せんめつ能力は最下位だ。逆に言えば......一対一での強さは、両手の指に入る」

「飛び抜けた不死性と予測困難な攻撃の数々に、九条 ソラがどう対処するか......」


 そう話すレイヴンに対して、ウォリッジは暫く言葉を返さなかった。

 気になったレイヴンが、手元のマグカップからウォリッジに視線を移すと、彼はニヤリと笑っていた。


「あるさ、秘策ならな」


 レイヴンの、マグカップをくるくると回していた手が止まる。

 彼女はウォリッジの顔を少し見つめた後、ふーんと声を漏らしてマグカップを机の上に置く。

 コトンと少し強めの音が、屋内に響いた。


「その秘策、私には教えてくれないんだ?」

「それはそうだ。タダで教えられる内容ではないだろう?」

「タダじゃなかったら教えてくれるってコト? なんか、普段のあなたらしくなくない?」

「......確かに、その通りだな」


 レイヴンはふふ、と声を漏らしながら、スッと立ち上がる。

 そしてウォリッジの横まで近づき、見上げて来る彼に対して右手を差し出した。


「あなた、ソラちゃんの特訓に付き合ってる影響で、誰かと全力で戦いたくなってるんじゃないの?」

「そう、だな。よく分かったな」

「当たり前じゃない。いったい何年間、一緒に暮らしてると思ってるの?」

「さあ......もう忘れてしまったが」


 ウォリッジは少し口角を上げてから、レイヴンの手を取って立ち上がる。


「じゃ、負けた方は勝った方のお願いを何でも一つ聞く、と言う訳で!」

「待て、そこはさっき俺が言っていた『秘策』について教えて貰う、とかじゃないのか?」

「えっ!? ......ま、まあ? この言い方でも同じ意味だと思いますケドー?」


 ウォリッジの怪訝そうな眼差しが突き刺さり、レイヴンはうっ、とうめく。


「ティア......どうせ君は、俺が不意に漏らしてしまった野性的な表情を見て欲情してしまったんだろう......? そしてあわよくば、肉体関係を迫ろうと......」

「なっ!? オトメに対してその台詞はどーかと思いますけどねぇー!?」


 レイヴンは反論してみせるが、今度はウォリッジが呆れ顔だ。

 様々な思いが詰まっていそうなその表情に、レイヴンは顔を赤く染めて腕をブンブン振る。


「ハイハイその通り、欲情しましたですよーだ! てゆーか今すぐにでもヤりたい気分ですよ、わたしゃあ!」

「凄い開き直り方だな......」

「慎ましやかにしても効果無いの知ってますし!? そろそろ我慢の限界なワケ! 何千年もオアズケ喰らってる身にもなってみなさいな! バーカ!」


 振り回していた腕を組んでプイとそっぽを向くレイヴンに、ウォリッジは肩をすくめる。


「......勝手に欲情されても困るし、肉体関係を結ぶのは亡き妻だけと決めているのだが......まあ良い、一対一なら俺に分があるからな。何も心配する事はないか」


 口元に拳を近づけ、プッと噴き出すウォリッジ。

 彼のわざとらしい行動に、レイヴンの堪忍袋の緒がブチリと切れた。


「こ、このぉ......! 言わせておけばぁ......!」


 わなわなと震えるレイヴンの頭上に、光り輝く輪が浮かび上がる。

 不規則に変化するその輪は、まるでオーディオスペクトラムのようだ。


 直後、濃密なマナがレイヴンから漏れ出し、周囲の物質は組成式を破壊されドロドロに溶け始める。

 流石のウォリッジも、顔を青くして止めに入った。


「おい待て! 人が住んでいる星で始めるのは流石に——」

「問答無用ぉ!」


 この日、第一界 アースガルズの南半球の地形は大きく変わり、居住地域からでも眩い光と地響きが確認できたと言う。

次回更新は3/14(月)を予定しています。

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