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Part54 決意と共に

≪プログラムナンバー756の撃破を確認しました。あなたの勝利です≫


 感情のこもっていないアナウンスが、どこからともなく聞こる。

 終了の合図。身体の奥から若干の喜びが込み上がるのを感じながら、俺——天龍砕 レイドは白い雲の浮かんだ空を見上げた。


 邪魔な前髪を、頭を振って退けようとする。

 が、血で張り付いているせいで動かない。

 右手......は腕が折れているので、左手で頭部から髪をがす。

 そして空の青さを頭に焼き付けてから、俺は崩れるように膝を着いた。

 低くなった視界の先には、傷だらけののっぺれぼうが二体、地面に転がっている。


「これで全パターン勝利、か。試合は明日、何とか間に合いそうだな」


 そうして安堵のため息をすると、同時に気力も抜けていったのだろうか。

 脚から力が抜けて、俺は尻を付けて座る。

 骨折の鈍い痛みが頭を揺らしているが、今の俺にはどうでも良かった。

 疲労困憊(こんぱい)と言うのもあるが、戦闘が終わった今、単にこの腕を治す必要は無いからだ。


 ここは主代高校にあるフルダイブVRシステム、通称“サンドボックス(箱庭)”内にある仮想空間だ。

 運用開始から五年近く経過してデータが集まり、昨年からはAIとの戦闘も可能になった。

 さっき俺が戦っていたのも、火属性と風属性使いの二人組として設定されたプログラムの一つなのだ。


「出るか」


 そう呟いてから、左手の人差し指と親指を、閉じた状態から上下に広げるように動かす。

 すると、何も無い空中にウィンドウが表示された。

 いくつかあるタブの中から、最下段にある『Exit』をタップし、再確認のウィンドウで『Yes』を選択。

 その直後、視界は次第に暗転して行く。


サンドボックス(箱庭)からの退出を完了しました。お疲れ様でした≫


 耳元でアナウンスが流れた後、ヘッドギアと両手両足を拘束していたリストバンドがカプセル内部に収納される。

 右側の内壁にあるボタンを押すと、カプセルがスゥと音を立てて開いた。

 足を出して、ゆっくりと立ち上がる。

 戦っていたのは仮想空間で、マナも体力も一切使っていないのに、身体がおもりを付けられたように重い。


 建物から出ると、外は既に暗かった。

 時刻は23時前。放課後すぐにここに来たから、七時間ぶっ続けで戦っていた事になる。

 スタホで時計を見た途端、待ってましたと言わんばかりに空腹感が襲い掛かって来た。

 学生寮の食堂は既に閉まっているから、買い置きしているパンでも食べようか。

 その後はシャワーを浴びて、身支度を整えたらすぐに就寝だ。


 明日は勝負の日。表面的な意味でも、俺の今後を占う意味でも。

 だから、万全のコンディションで挑まなければならない。


 学生寮に着き、指紋認証でドアを開けると、玄関には同居しているミツキの靴があった。

 靴を脱ぎ終わり、廊下へ足を出した所で奥の部屋の扉が開く。


「レイドおかえりー! 遅かったね?」

「ああ。明日の試合、負ける訳にはいかねぇからな。ミツキはどうだ?」

「ふふん、バッチリだよー!」


 言葉を交わしながら、奥の部屋へと入る。

 六畳ほどの空間に円卓と二段ベッド、冷蔵庫、収納棚がひとつずつ。

 元々は一般的な勉強机とただのベッドがあったのだが、俺からの希望で変えてもらった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 棚からパンとコップを取り出し、冷蔵庫にあったレモンティーをコップに注ぐ。

 円卓の傍にある座布団に腰を降ろし、無言でパンをむさぼる。

 そんな俺の顔を、向かい合って座るミツキはジッと見つめていたが、ある時スッと立ち上がって俺の後ろに回り込んで来た。


「んだよ」

「レイドしんどそうだから、肩をトントンしようかなって!」

「やめろ、メシ食ってんだぞ」

「えー......」


 食ってる所を見るのが退屈になって、何かをしたくなったんだろう。いつもの事だ。

 その証拠に、落ち着かない様子のミツキは俺の後ろでムー、とかウーとかうめき出した。

 ......賑やかなヤツだ。


「暇だったら、動画見るなり本読むなりすりゃ良いだろ」

「そうなんだけど、そうじゃなくて......」


 じゃあ何したいんだよ、と言うツッコミを、パンと一緒に飲み込む。

 そしてコップを手に取ろうとしたタイミングで、不意に背中を押された。

 ミツキが後ろから抱きついて来たのだ。


「っ! 危ねぇだろ!」

「ごめんねー、レイド」

「全く反省しているように思えねぇんだが?」

「なんかね、こうしたくなっちゃって」

「......勝手にしてろ」

「えへへ、ありがと」


 そう言って、ミツキは両腕を俺の身体に回して顔を肩に乗せる。

 銀糸が顔をくすぐり、ミツキの体温が直に伝わって来る。

 小さい頃から常々させられている事なので、今となってはもう慣れた。

 去年の春ごろ、ニーナに『こうすれば男は喜ぶ!』等とそそのかされ、乳袋をデカくした状態で抱き着かれた時は流石に焦ったが。

 その時は大喧嘩にまで発展したものの、今となっては一つの思い出だ。

 と、一人で過去の出来事を思い出していたところに、


「ねぇ、レイド?」


 ミツキが、ささやくような小声で話しかけて来た。


「なんだ」

「何でレイドは......ソラ君をこの高校に編入させようって思ったの?」


 食べていたパンを、レモンティーと一緒に流し込む。

 口の中に何も無い状態になってから、俺は返事した。


「ミツキと同じものを感じたんだ」

「ミツキと......?」

「模擬戦をした時......アイツは終始無表情だった。楽しむ訳でも、辛そうにしている訳でもねぇ。戦う事の苦しさを受け入れ、拒絶する心を押し殺し、その上で刃を振るっているように見えた」

「そっか......あの人も......」

「オウルズ・ヘリテージに狙われてる所も含めて、昔のミツキにそっくりだった。だから、見てられなくてな」


 そっかそっかーと言って、ミツキは上機嫌に身体を揺する。

 正直食べ辛いが、それを今言うのははばかられる気がした。


「じゃあ、絶対に勝たないとね!」

「ああ。ミツキも、絶対に負けるんじゃねぇぞ」

「うん!」


 ニコリと笑うミツキを見て、胸の内に安堵感が広がる。

 ミツキだって手を抜いている訳じゃない。

 俺が特訓しているように、ミツキも連日レイヴンと手合わせをしているのだ。

 その上で、自信を見せているのだから、ミツキの方は万全なのだろう。

 ......正直、ヤツが手合わせを引き受けてくれるとは思っていなかったが。


 パンを食べ終わった後、俺はすぐにコップを片付けてシャワーを浴びる。

 そのまま脱衣所で歯磨きを済ませ、部屋に戻ると照明は落とされていて、ミツキは円卓にスタンドライトを立てて本を読んでいた。


「何の本だ?」

「えっと、おばあさんの病気を治す為に旅をする男の子がね、女の子と出会う物語なんだー」

「ファンタジーか」

「うん! ちょっと変な女の子でね、ボーっとしてて凄く頼りなさそうなんだけど、でも滅茶苦茶強くて! 悪い人みーんなやっつけちゃうんだ! あと、何でか分からないけどスッゴク身体が硬くて——って、レイドもう寝ちゃうの?」


 楽しそうに話し始めるミツキだったが、寝支度を整える俺を見て少し寂しそうに漏らす。


「ああ、明日の為にもな」

「そっか......おやすみなさい」

「おやすみ。また今度、話聞かせてくれ」

「うん」


 俺はベッドに取り付けられたカーテンを閉めて、布団に潜り込む。


 ミツキは寝ない。寝る事が出来ない。


 目を閉じる事は出来ても、いわゆる睡眠状態にならないのだ。

 だから暇でしか無いし、夜はいつも本を読んだりして時間を潰している。


 ミツキは、人とは根本的に異なる。

 性別が無い。性欲も無ければ、食欲も無い。と言うより、食べると言う行為をしない。

 なんなら、呼吸さえ必要としないのだ。

 体温も、身体を動かすエネルギーも、全ては宝具“夢幻ファンタジア()現界リアライズ”から供給されている。

 人の身体に宝具が宿る一般的なレリカントとは違い、ミツキの場合は宝具に人の肉体が宿っている、と言った方が正しい。


 正直、自分の隣に居る存在は何者なのか、怖くなった事もある。

 人の形を模した化け物と言う声も、未だによく聞く。

 だが、そんなのはもう関係無い。

 ミツキに心がある事を、俺は知っている。

 俺は沢山のものを、ミツキから貰っている。


 九年前、鍛錬ばかりの日々に嫌気がさして、憂さ晴らしをしたくても心が痛んで、それで家出をしたあの日。

 あの時、あの場所でミツキと出会っていなければ、今の俺は絶対に無かった。


 受けた恩は返しきれそうにない。

 ミツキと同じ高みにまでたどり着けるかも、今は分からない。

 だが、例えそうであっても。

 俺は、何としてもミツキの傍らに立つ。

 ()()()()を手にした以上、もう後戻りは出来ない。するつもりもない。

 ミツキがいつまでも笑顔で居られるよう、支え・守り続けるために。

 俺の覚悟は、とうの昔に決まっている。


 北条 ハルト達との試合は、俺にとってのチャンスでもある。

 俺が先に勝てば、ミツキの負担は減る。

 僅かな量で良い。ただ、必要以上に抱え込まなくて良いと、ミツキが実感してくれるなら。


 勝つんだ、なんとしても。


『ミツキ、レイドと一緒に居て良いの? 甘えても良いの? 笑っても、良いの?』

『何も気にすんな。ミツキがミツキで居られるよう、俺がずっと傍に居てやる』


 かつて交わした約束を胸に、勇気を拳に。

 俺は、目を閉じた。

次回更新は3/7(月)を予定しています

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