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Part53 守ると言う事

「らああぁぁぁぁ!」


 主代高校に行ってから四日後の水曜日、八伏山の山麓にある演習場にて。

 鳥の声一つもしない夜の山に、俺の叫び声が木霊こだましていた。

 普段は数基の灯りに頼りなく照らされているこの場所だが、今の場内は煌々と輝いている。


 火属性・貫通系統の中級魔法、<ソーラー・ビーム>。

 太陽の名を借りるこの魔法は、鉄筋コンクリートのビルすら溶解させる。

 だが、


「動きは改善した。が、まだ不足している」


 魔法の標的である男がそう呟きながら、地面から土の壁を隆起させる。

 ただの土なら、一瞬で溶け崩れる程度の厚さ。

 だが、俺の魔法はそんな土壁に防がれた。


 くそっ、意表を突けたと思ったのに......!


「ハルト! 気を抜くと......」


 少し離れた位置に居るシュウが叫ぶ。


「ッ、しま——」

「遅い」

 

 その意味を理解した頃には時すでに遅く、俺の下半身は地面に引きずり込まれてしまった。

 胸の内から湧き上がってくる悔しさに、ギリと奥歯を噛む。


「手合わせはこれで最後と言っていたな。私も帰りたいのだが」

「はい......ありがとうございました」


 俯きながらそう伝えると、男——ギンジさんはフムと漏らしてから、俺の身体を地中から出させてくれた。

 ギンジさんは手合わせの間ずっと目を通していた本を閉じ、土の椅子から立ちあがる。

 そして演習場の隅に置いていた本を拾い上げ、俺達へ一言も声を掛けずに立ち去るのだった。


◇◇◇◇◇


「あと二日、ねぇ......」


 演習場から歩いて帰った俺は、街中の階段に腰を降ろしてボンヤリしていた。


俺とシュウが演習場に行っていたのは、今週土曜日に行われる試合の為だ。

 ソラの主代高校への編入をかけた、レイドとの試合。

 ソラもミツキと戦う事になるが、あっちの決着が着く前に俺達が負けては無意味だ。

 いや、出来れば俺達が先に勝利して、胸を張ってソラの編入を阻止したい。


 打倒レイドを目標に、俺とシュウは特訓を始めた。

 が、試合を行う以上、それまでに何度か実戦訓練をしておきたいところ。

 それでレイドの代わりとなる土属性使いを探していたのだが......これが中々見つからない。

 それはそうか。自ら土属性使いを名乗れる程の人間は、早々居ないだろう。

 ましてやレイド——Aランカー上位者相当ともなれば、そんな人間は限られてくる。


 俺の知り合いは駄目、シュウの方も駄目。

 どうしたものかと悩んでいる中、ダメ元でニーナに声を掛けたところ......


「ナルホドナルホド。それなら、手頃な知り合いを知ってますよ?」


 そんな軽い感じで紹介されたのが、主代高校で司書をしている彼女の叔父——高梨 ギンジさんだったのだ。

 ......いや、自分の叔父をアゴで使おうとするとか、あいつホントにヤベェな。

 一周回って尊敬するわ。


 とまあそんな事があって、俺達はギンジさんと手合わせする事になったのだが......正直、俺はギンジさんをナメていた。

 相手は高校の図書館で働く一般人。

 ある程度腕の立つ俺とAランカーのシュウの相手を、同時に出来るのか疑問だったのだ。

 が、実際に会ってみると、そんなのは杞憂だと言う事に一瞬で気付かされた。

 

 そもそも、俺とシュウは演習場での手合わせを考えていなかった。

 演習場の付近は魔物が出る可能性がある為、手合わせに集中できないと思っていたからだ。

 が、そんな考えを持つ俺達に対して、ギンジさんは顔色変えずにこう言った。


「心配ない。コレを置いておけば済む話だ」


 そう言って彼が取り出したのは、B5判の本だった。

 中身は見せてくれなかったが、魔法陣が描かれているらしい。

 魔法陣の内容は、半径500m圏内における魔物の探知・駆逐。

 本を地面に置くと、それがトリガーとなって本に描かれた立体連結魔法陣が展開されると言う仕組みだ。


 最初は半信半疑だったが、本を地面に置いた瞬間、周囲一帯から魔物の断末魔が響いたのだから驚いた。

 ギンジさんは相当な強者だった。

 俺とシュウを、一歩も動かず、本を読みながら相手取っていた。

 あれが一般人......異世界も、随分と変わってるみたいだ。


「課題は山積み、だね」


 物思いにふけっていると、シュウが後ろから声を掛けて来た。

 差し出された缶ジュースを、俺は軽く頭を下げて受け取る。

 ズズ、と音を立てて少し飲んで、はぁとため息を付いてから口を開いた。


「俺達、レイドに勝てると思うか?」

「悔しいけど、現状は無理だ。まずは、ギンジさんが言っていた事を含めて直していかないと」

「直す、ねぇ......」


 心底面倒臭そうにしていたギンジさんだったが、それでも何点かアドバイスはしてくれた。


 一つ目は、共鳴術による足場の陥没に気を付ける事。

 これは以前、ソラにもされた事だ。

 土属性使いを相手にした時、ただボンヤリ突っ立っていると足元の地面を操られて、一瞬にして地中に引きずり込まれてしまう。

 自分の足元にマナを流せば、それは防げる。

 地面を操るにしても、多くの者が地面に手を付けないと出来ないから、予備動作を見逃さなければ対策は可能だ。


 が、それは理論上の話であって、戦いの間ずっと気を張るのはかなり集中力を使う。

 それに、足の裏からでも地面を操れる程の者が相手だと、話は全然変わってくる。

 こちらも常時足元からマナを放出する必要があり......そうなると、俺には対処不可能だ。

 幸い、レイドはそこまで器用じゃないとギンジさんは話していたから、そこは一安心だが。


 とは言っても、その事だけなら『頑張って特訓します』で話は済む。


「ホントに......直さないと駄目なのか?」


 俺が気にしているのは、もう一つの指摘。

 それが、『人に魔法を向ける事を恐れるな』だった。


「俺は......怖いよ。人に魔法を向けるのって、言ってしまえば刃物を向けるような......いや、それ以上の事だろ?」

「そうだね。街中だと使う事すら違法だ」

「それをやれって事は、つまり......」


 それから先の言葉を、俺は口に出す気にすらなれなかった。

 魔法は、下級ですら危険な代物だ。

 <ウインド・スラスト>を受ければ大体の物は吹き飛ばされるし、<バースト>を至近距離で使えばダイヤモンドは砕ける。

 そんな物を人に向ければどうなるか......考えずとも、結果は分かる。


 なのに、今回の試合の条件をレイドから聞いた時、俺は『互いが戦闘不能になるまで続行する』と言う条件を完全に聞き逃していた。

 レイドが試そうとしてるのは、『俺達にソラの足を引っ張らない分の力があるか』だけじゃない。

 その為の覚悟があるか、それを試そうとしているのだ。

 自分自身が、如何に能天気だったかを思い知らされる。


「ギンジさんも言っていたじゃないか、『やむを得ない場合は正当防衛が適応される』って」

「あーそうだな! でも、そう言う事じゃないだろ!?」

「そう言う事なんだよ」


 声を荒げる俺に対して、シュウは真剣な眼差しで見つめて来る。


「反撃しなければ、こっちが殺される。どちらが命を失うか、これはそう言う話なんだ」

「ッ......! でも、そんなのオカシイだろ!?」

「ああ、おかしな話だ。馬鹿げた話だ。でも、ソラちゃんを助けるって言うのは、そう言う話なんだ。ハルトも分かっているだろう?」

「~~~ッ!」


 諭すように話しかけて来るシュウに対して、俺は顔を背ける。

 理屈では分かっている。シュウの言う通りだ。

 一か月前、オウルズ・ヘリテージが常明学園を襲撃した時、俺もシュウも危うく殺されかけた。

 死にたくなくて、ソラを失いたくなくて、それで俺達は必至に抗った。

 その結果、エンガとヒュウランが死んだ。

 俺達が直接手にかけた訳じゃない。でも、あの時は()()()()()()になっていたんだ。


 でも、やっぱり嫌だ。

 巻き込まれたのと、自ら進んで人を傷つける覚悟をするのとでは意味が違う。


 俺は。

 俺は、自分で答えを言うのが怖くなって。


「シュウは......どうなんだよ?」


 シュウに、話題の矛先を向けた。

 困ったような顔をするシュウは、きっと俺が今何を考えたか分かっているんだろう。

 分かった上で何も言い返さないんだろう。

 その優しさに、俺の胸がズキリと痛んだ。


「そう、だね。今はこんな事を言っているけれど......正直な所、自分でも分からないよ」

「分からない?」

「ああ。ハルトの言う通り、いざその場面に出くわした時、俺は迷うかもしれない。いや、きっと迷うんじゃないかな」

「それ、もう迷うって言ってないか?」

「はは、そうだね」


 苦笑いをするシュウ。けど、と言って彼は続ける。


「もし俺のせいでソラちゃんが死んだら......それは、俺自身が人を殺した時よりもずっと後悔するだろうね。これは、絶対に断言できる」

「ソラが、死んだら......」

「ハルトもそうだろう?」

「当たり前だ! と言うか、俺が死んでソラの顔が見られなくなるのも嫌に決まってる!」

「はは、ハルトらしいね。......でも、俺達が今直面しているのは、本当にそう言う問題なんだ」

「......」


 再び真剣みを増すシュウの話し方に、俺は押し黙ってしまう。

 分かっている、悩んでいたって何も変わらない事ぐらい。

 抗わなかったら、俺達がやられる事ぐらい。

 それでも。それでも......


「俺って、情けないヤツだったんだな」

「どういう意味だい?」

「ソラを失いたくないのに、人殺しは嫌だーってさ。さっきも今も言ってる事だけど......なんか、子供が駄々こねてるみたいだな、って」


 自分で言うと駄目かもしれないが、俺は決断するのが結構速い方だと思っていた。

 この世界に飛び込む決意もすぐに出来たし、リーシャのBランク試験のペアになった時も、迷いなんて一切無かった。

 守りたい物の為なら頑張れる俺って凄くね? なんて思っていたけど......


「ああ......弱いなぁ、俺」


 馬鹿みたいだ。

 ソラの足を引っ張りたくない、真耶を助けたい、そう意気込んだのにさ。

 『その為なら人を傷つけないといけない』って分かった途端、気持ちが揺らいでしまう。

 そんな弱い人間だったなんて——


「だとしても、その『弱さ』は大切な物だよ」

「えっ」


 弱くて弱くて、駄目なヤツ。

 自己嫌悪に陥りかけていた俺にシュウが掛けた言葉は、意外なものだった。

 下を向いていた頭を、シュウの方に向ける。


「ハルトもさっき言っていただろう、人殺しは嫌だ、オカシイって。それが、人の持つべき感情なんだ。人を大切にできる、人の傍に居られる、大切な条件なんだ。それは、捨てちゃ駄目な物なんだよ」

「シュウ......」


 心が、スッと軽くなるのを感じた。

 そっか、そうだな。

 人殺しを何とも思わない人間と、人の命を尊ぶ人間。

 どちらの人間と関わりたいと問われたら、真耶とソラは迷わず後者を選ぶだろう。

 だから、この弱さは持ってて良いんだ。

 俺がみんなと一緒にいられる証拠なんだから。


 人を傷付けるのは、やっぱり嫌だ。

 けど俺は決めたんだ。ソラと真耶の役に立つって。

 俺は二人の為の......正義になろう、って。


「って、アレ......?」

「どうしたんだい、ハルト?」

「や、何でもない」


 正義と言う言葉を思い浮かべた瞬間、ある言葉が脳裏をよぎった。


『尊ぶべき正義があるとすれば、それは犠牲を最小限に留め、目的を達成した正義だ』


 カイン・フランベルク。俺達が向き合わないといけない敵が言っていた事だ。

 どうして浮かぶのが、敵の言葉なんだよ。

 いや、アイツがトコトン敵っぽくないのが悪いのか。そう思っておこう。


「シュウ、ありがとな。気持ちが晴れた」

「いや、俺も自分だけでは答えられなかった事さ。ハルトと一緒に考えていたからこそ、答えが浮かんだんだよ」

「そっか」


 こいつホントに優しいよなぁ!

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 なんて脳内でボヤきつつ、俺は笑いながら立ち上がる。


「ハルト、まずはレイドとの試合に集中しよう。試合は仮想空間で行われる訳だから、まずは人殺し云々で悩む必要も無い」

「ああ、そう考えたら楽な戦いだな!」

「楽だなんて、随分と調子の良い事を言うね」

「気分だけでも楽にしとかないと、気持ち持たないだろ?」

「ああ、その通りだ」


 へへ、と笑い合う俺とシュウ。

 技術的には何も変わってない、レイドの背中は遠くにあるままだ。

 けれど、俺は大きく前進したかのような気分になるのだった。

次回更新は2/28(月)を予定しています

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