Part52 REGALIA
「やべ、なんかもう寝そうだわ」
夕飯とシャワーを終え、俺はまた藤宮家の自室に戻る。
が、ベッドに腰掛けた瞬間、とてつもない睡魔が襲って来た。
「って、イカンイカン。ソラが電話して来るんだ、寝落ちは良くないぞ、俺」
自分自身に良い気かせながら、今度は木製の椅子に座る。
そして、フゥと息を吐いた。
一日中バタバタしてたから、その疲れが残ってるんだろう。
ソラとのお喋りは嬉しいけど、今日は早めに寝るかな。
[ヴー、ヴー]
などと考えていると、ソラから電話が来た。
3コール手前で、俺は電話に出る。
「もしもし、ソラか?」
「兄さんお疲れ様。今日は大変だったでしょ?」
「まーなー。悪いけど、今日は早めに寝ようかな、って思っててさ」
「ううん、それでいいよ。私も、早めに寝ようと思ってたし」
少しの間、生まれる空白。
ここで話を続けない辺り、ソラもただ雑談をしたい訳じゃないらしい。
「で、何話そうと思ってたんだ?」
「その前に......兄さん、今どこに居るの?」
「え? 藤宮家の使用人室」
「真耶さんとかは、隣の部屋に居る?」
「真耶はアリスに勉強教えてる最中だけど、そろそろ佐伯さんが隣の部屋に戻って来るかな」
「じゃあ、人気の無い所に行ってくれない?」
「......分かった、ちょっと待っててくれ」
この感じ、きっと他人には聞かれたくない話なんだろう。
そう気付いた俺は、西洋庭園の四阿まで移動する。
ここなら、誰かに話を聞かれる事は無い。
「待たせた。それで、話って?」
「うん......オウルズ・ヘリテージのボス、カイン・フランベルクの力について話そうと思って」
身体に、ピリッとした緊張感が走る。
そうだ。真耶やソラの事で一杯になっていたから、つい忘れていた。
「もしかして、何か知ってるのか?」
「こんな事、話さなくて済むのが一番なんだけど......オウルズ・ヘリテージに狙われる以上、知っておいた方が良いのかな、って」
ゴクリ、と唾を吞み込む。
この言い方、『何か知っている』と言うレベルではなさそうだ。
やっぱり、ウォリッジやレイヴンから何か聞かされてるんだろうな......
そして少しの間の後、
「神器って言って、兄さん分かる?」
ソラは、漏らすようにポツリと言った。
「ヤクザとかが掲げてるアレ......じゃないよな?」
「当たり前。今、私が言ってるのはカミノウツワ。三種の神器とか言う、アレの事」
「で、その神器が——」
『どうしたんだ?』と言いかけた所で、俺は口を止める。
いや、止まったと言うべきかもしれない。
ついさっき、ソラはカインの力について話すと言っていた。
あまりに想定外の事。しかし、話の流れから判断すると、これはつまり——
「まさか......カインの力が、神器の力だなんて言わないよな......!?」
「まさかも何も、その通りだよ兄さん」
「ホントかよ......」
ソラの言い方は、俺を馬鹿にするようでも無く、茶化すようでも無い。
真実をごまかさずに伝えるソラの言葉が、俺の脳内を駆け巡る。
あまりの衝撃に、俺は危うく放心してしまいそうになったが
「続き、いいかな」
「あ、ああ......」
ソラが声を掛けた事で、我に返る事が出来た。
「ヤツの身体に宿ってるのはギンヌンガガプって言って、空間を司る神器なの」
「空間転移や空間結合が出来るって感じか?」
「そう。あとは、空間の創造と破壊かな」
「そこまで出来るのか......」
空間転移と結合については、主代高校で俺も見ていたからすぐに想像が付いた。
が、創造と破壊は如何にも神らしい力だ。
「じゃあ......敵が居る場所を丸ごと破壊する、みたいな事をして来るのか?」
「ううん。空間の創造や破壊には相当量のマナが要るらしいから、そこまでは出来ないと思う」
「て事は、全く敵わないって訳でも無いのか」
「そうだけど......相当厄介なのは確かだよ。空間転移の対策は必須だし、こちらからの攻撃は勘付かれたら最後、どんなに強力なものでも別空間に繋がれて逸らされる」
「確かにそれは......キツイな」
ミツキの宝具、“夢幻の現界”も大概だったが、個人的にはソレ以上に厄介な力に思える。
神器の名前は伊達じゃないらしい。
「それにしても空間転移の対策って.....具体的に、何をすれば良いんだ?」
「転移しづらい状況を作る事、かな。兄さんだと......自分の周りを常に高温の炎で囲っておけば、簡単には近づけないと思う」
「おいおい、それメチャクチャ大変だぞ」
「そう? 私はマナを思いっきり込めた砂埃を漂わせて、空間転移を防いだけど......」
あっけらかんと話すソラ。
カインの力には驚きだけど、あなたの力も大概ですよ、我が妹よ。
いや、それぐらいじゃないとカインの相手は出来ないって事か......厳しいな。
「あと厄介なのは......神器の力を使った、防御不可能な攻撃かな」
「防御不可能だって......!?」
「ヤツは空間を破壊できるんだよ? あの力の前じゃ、どんなに硬いものも無意味ってコト」
「最強の矛って訳か......」
全てを削り取る最強の矛。
攻撃を別空間に飛ばす事だって、最強の盾と言える能力だ。
「ヤツの力について、私が知ってるのはこんな所。正直、今の兄さんが勝てる相手だとは思えないけど、話だけはしておこうと思って」
「ああ。これは急いで特訓しないとだな」
「兄さんが呼べば、私はすぐに駆け付ける。けど、私が来るまで耐えられる力を、兄さんには身に着けておいて欲しいんだ」
「......分かった、ありがとな。と、ちょっと聞いていいか?」
「良いけど......何?」
ソラが質問に答えてくれる姿勢を見せてくれた事に、俺は内心ホッとする。
そして、ソラとの会話中に考えていた事を、俺は口にした。
「神器ってのは、同じ力の物が複数個あったりするのか?」
「ううん。一個だけしか無いし、同じ力を持った神器は創れないって聞いてる」
「そっか......でも、それだとオカシイんだよ」
「オカシイって?」
「パースだよ。ソラも知ってるだろ?」
パース。俺を異世界に連れてきた張本人。
ヤツがソラの事を知っていると言うのは、以前ヤツ自身が話していた事だ。
それだけだと嘘という可能性も無くは無いが......今、ソラに話して俺がペナルティを喰らわない以上、これは真実だと言う事になる。
「アイツは、空間転移の力を使ってた。さっきソラが説明してた、『同じ力の神器は一つしかない』って言うのと矛盾するんだ」
「それは......」
「教えてくれないか。全部とは言わないから」
問い詰められたソラは黙ってしまう。
ソラ自身が神器の話を持ち出した以上、それに関連するこの質問を無視するのは気が引けるのだろう。
そして、悩んだ後にソラが口にした答えは
「矛盾、してないよ」
俺の指摘を、真っ向から否定する物だった。
「矛盾してないって、どう言う事だ?」
「同じ神器は一つしかない。けどそれは、ある瞬間において同じ力が複数ある事はあり得ない、と言う訳じゃないんだ」
「......?」
普通に考えると説明になっていない。
ソラの言葉に、俺はますます混乱した。
「ゴメン、サッパリ分からないんだが」
「だと思った。でも私が答えなかったら、どうせ兄さんは真耶さんに聞くんでしょ?」
「まあ......そうだけど」
「はぁ」
「おい今のため息はどう言う意味だ我が妹よ」
まるで、俺が真耶に頼りっきりの情けない男みたいじゃないか。いや確かに頼る事多いけど。
でもそれをソラに思われるとは......兄の威厳ガガガガガ。
「もうストレートに言うね。パースさんには、空間だけじゃなくて時間を司る力もあったの」
「時間を司る......って、じゃあまさか!?」
「そう、パースさんは過去から来た人なんだ」
ソラの言っていた事がようやく理解出来た。
確かにパースが過去から来た人間なら、神器は一つでも見かけは二つある事になる。
が、同時に別の疑問が二つ湧いて来る。
「だとすると、パースはもう......」
「うん。随分と前に亡くなったんだって」
「やっぱりそうだったのか」
森の中でアイツは言っていた。『私には、時間が惜しい』と。
何年生きたかは不明だが、アイツは自分に残された時間の中で色々とやっていたのだろう。
そう考えると、憎ましく思っていた彼に哀愁を感じて、むず痒い気持ちが芽生えた。
「でも、今の話だと神器には時間を操る力もあったんだろ? なんでカインはその力を持ってないんだ?」
「パースさんの死後、時空間を司る神器......“ユグドラシルの種”は四つに分けられたんだって」
「カインが持つのは、分けられた力の内の一つって事か......でも、何で分けたんだろうな?」
「多分、安全上の問題だと思う。時空間を超えて同じ神器の力を持った人物が現れないように、って事じゃないかな」
「なるほど......」
時空間を司る神器を持った人間は、少なくともカイン以上の戦力を持っているのだ。
それが一度に何人と集まれば、世界にとって大きな脅威になるに違いない。
「今、神器は未来・現在・過去・空間の四つに分けられてる。あと三つを誰が持ってるかは、私は知らないけど......」
「いや......過去を司る神器は、オウルズ・ヘリテージの手中だ」
「えっ」
「俺が会ったミンガーって言う男は、過去を観測する力を持ってた。多分、ソレだ」
「四つの内二つを、オウルズ・ヘリテージが......」
ソラが言葉を詰まらせる。
意図していたか偶然なのかは分からないが、世界を脅かす組織に力の半分が渡っているのだ。
「やっぱり、アイツは好きになれないな」
「兄さん?」
「いや、こっちの話だ。ソラに言っても八つ当たりにしかならないから、言わないけどさ」
一体、パースは何を考えてたんだ?
ソラの話とミンガーの力から考えるに、パースには未来を観る能力もあったのだろう。
未来がこうなると分かっていて、どうして。
「ふあぁ......」
と、受話器の向こうから欠伸を噛みしめる声が聞こえた。
ソラも、もう眠いらしい。
「ええと、話ってこれだけか? ソラも疲れてるみたいだし、今日はこの辺にしとくか?」
「う、ん......」
俺の確認に対して、ソラは何処か悩んでいるような答え方をする。
「ソラ?」
「......え!? ああ、最後に声掛けようかなー、って思ってさ。一週間後、頑張ろうね兄さん」
「おう! ずっと情けない恰好は嫌だからな!」
「その意気その意気。それと、私も集中したいから、試合までの間は連絡取れないと思う」
「んー、分かった。じゃあその間の妹成分を補給する為にも、音声データをだな——」
「却下。よく本人の前でそんな事言えるよね?」
そう言いつつ、ソラはケラケラと笑っていた。
もちろん、冗談半分とは思われた上で軽く嫌がられると予想してたのに......少し意外だ。
「じゃあ、一週間後に」
「うん、兄さんも頑張って」
ソラにお休みを言ってから、俺はすぐに寝床についた。
次回更新は2/7(月)を予定しています