Part51 こんなに可愛いメイドが男の子のはずがない
「ただいまー......?」
時刻は18時過ぎ。
電車から降りてバスに乗り継ぎ、藤宮家まで帰って来た俺は、恐る恐る裏口のドアを開ける。
出発時には、佐伯さんとアイラさんの詰問から逃げるようにして出て来たのだ。
きっとドアを開けた所で待ち伏せされ、何があったか根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
そう思っていたのだが......
「......居ないようですね」
「けど、何か騒がしくないか?」
「ええ。悲鳴と言うより、黄色い声と言った感じですが」
頭を上下左右に向けても、人の姿は無い。
が、裏口から少し歩いた所、ホールの奥の廊下辺りから楽しげな声が聞こえて来るのだ。
気になった俺達が向かおうとすると、上機嫌そうな顔のアリスがドアを開けて出て来た。
「あっ、真耶にハルトじゃない! おかえりなさい!」
「お、おう。ただいま。て言うか、何かあったかのか?」
「今ちょうど良い所だったのよ! 来て!」
興奮を隠せない様子のアリスは、手前に居た俺の手をグイッと引っ張る。
まるで歳の離れた兄妹みたいだなぁ。
なんて内心ホッコリしつつ、アリスに導かれて開けたドアの先には――
「お?」
床に力なく座り込む、一人のメイドが居た。
なんだコレ、どういう状況だ?
「ハルト、どう? すごく似合ってると思わない!?」
「いやまあ似合ってると思うけど......え?」
「ちょっとちょっとお嬢様、ハルトさん混乱してますって。ちゃんと説明しないと......」
戸惑う俺を見て、廊下の隅で曖昧な笑みを浮かべた佐伯さんが声を出す。
え? 佐伯さんが居るのか? じゃあ目の前で座ってるメイドさんは一体——
「ハ、ハルトさんまで......似合ってるなんて、言わないでくださいよぉ......」
——ん?
待て。この声に、俺は聞き覚えがある。
女性の声にしてはやや低く、とは言え男性の声とも言いづらい中性的な音域。
そして、ちょっと自信無さげなこの口調。
ひょっとして、このメイド服を着た人物の正体は——
「ヒカル、なのか......?」
「......」
目の前の人物は耳の先まで真っ赤になった顔を両手で隠しつつ、コクリと頷く。
桐島 輝、15歳。
ソラのクラスメイトで......男の子だ。
『似合っている』だなんて言ってしまった事に、少し罪悪感を覚える。
が、本当に似合ってるから仕方ない。
女子と見紛うほどの華奢な身体に、小さく整った顔付き。
顔を真っ赤にして恥ずかしがる所とか、人によってはグッと来るかもしれんし。
......うん、今考えると完全に男の娘だな。
「て言うか、なんでこんな事になったんだ?」
「ホラ、今日は真耶様とハルトさんが出掛けてらしたじゃないですか。加えて、奥様と旦那様も一緒に外出されまして......そこで暇を持て余したお嬢様が、ヒカル様を呼ぼうと」
「ちょっと、変な事言わないでよ。ヒカルは勉強が出来るって聞いたから、教えて貰う為に呼んだんだから」
「でもヒカル様がコーヒーで衣服を汚してしまった時、メイド服を着せようって言ったのはお嬢様でしたよね?」
「だって、似合いそうだったし......」
質問した俺を他所に、キャイキャイと騒ぎ始めるアリスと佐伯さん。
と言うか、アリスが提案したのか。
さっきは歳の離れた妹に見えたけど......なんだろう、急にオトナに見えて来た。
「ナルホド、ヒカルも災難だったなぁ」
「うぅ......ありがとうございます。最初は普通にお勉強を教えてたんですけど、まさかこんな服を着させられるだなんて......」
「いやまあ、それについては似合ってるから、俺はアリスに賛成なんだけど」
「もおぉ、だからそんな事言わないで、ってぇ......」
そう言って、赤くなった頬を抑えるヒカル。
存在自体が可愛い我が妹は脇に置くとして、今までに出会った人間の中で一番カワイイ仕草してますよ、ヒカル君。
なるほどなぁ、これが女装男子の魅力ってヤツか。勉強になる——
「アデデデデ! なんで俺の背中ツネるんですか、真耶さん!?」
「困っている人に対して、あるまじき態度だからですよ、ハルト」
「うわぁ、本当にアリス以外には一ミリも興味湧かないのな」
コレ結構ソソると思うんだけど......さすがに真耶は格が違った。
コホンと咳払いした真耶は、佐伯さんと話しているアリスに近づく。
「お嬢様も、これ以上は止めておいた方が宜しいかと。そろそろ奥様がお帰りになる時間です」
「えっ、ウソ!? だって、お父様は泊まり込みになるって......」
「旦那様はお仕事がございますが、奥様は社交界に出席された後帰宅するご予定です」
「えぇっ!? さ、佐伯! 服乾いてる!?」
「しょ、少々お待ちをっ!」
急いで屋敷の中を駆けまわるアリスと佐伯さんを、真耶はどこか満足げな表情で眺める。
あーこれ、アリスの慌ててる様子を見て悦に浸ってるな。流石は真耶さん、歪んでらっしゃる。
が、その後表情を切り替えて、真耶はポツンと取り残されたヒカルに一礼した。
「お忙しい所、お嬢様のわがままに付き合わせてしまい申し訳ございません。このような形で大変恐縮ですが――」
「あぁそんな、お金なんてっ! こんなお屋敷に招いていただいただけで、僕は十分ですから!」
「しかし——」
「お金のやり取りがあると、後で処理が大変なんですよね? 僕は何も言いませんし、ただこのお屋敷に遊びに来ただけと、そう考えていただいて結構なので......」
「......分かりました。ご厚意、痛み入ります」
深々と頭を下げる真耶。
こう言う所だけ見てると、本当に良く出来た侍女だよなぁ。
「服の用意が終わるまでここに居るのは暑いでしょう。書斎にご案内しますので、そちらでお待ちいただければ」
「はい、ありがとうございます」
そのまま書斎に行くものと思っていたが、その前に俺を見て一言。
「ヒカル様は私が看ますので、ハルトは自分の事でもしていてください」
「え? ......ああ、分かった」
一瞬何の事かと思ったが......つまり、今の間に帰っておけと言う事だろう。
何だかんだ言って気が回る。
感心している内に、真耶とヒカルは居なくなり、廊下に残っているのは俺一人となった。
「さて、お言葉に甘えて一旦帰るとしますか。あー、今日はホント疲れたなぁ......」
両腕を頭の上で組み、グ~っと伸びてから自室に行こうとした、その時。
[ヴー、ヴヴ]
スタホが鳴った。
画面を見ると、ソラからメッセージが来ている。
(兄さんお疲れ。9時から時間ある?)
(ちょっと電話したいんだけど......)
次回更新は2/7(月)を予定しています