Part50 帰路の中で
プシューと音を立て、バスが走り出す。
次第に遠ざかって行く白い世界を、俺達は疲れと安堵が混じったような表情で眺めていた。
暫くしてそれに飽きた俺は、後ろに捻っていた身体を戻して大きなため息をつく。
「はあぁー、今日は疲れたなぁ......」
「ホント、色々あったねー」
元々着ていた服も乾き、普段通りの恰好のソラが俺の隣で苦笑いする。
休日のこの時間帯はバスの利用客が少ないのか、最後方の席に座る俺・ソラ・真耶・シュウ以外に乗客は居なかった。
「何にでも変化できるミツキが居て、イスミみたいなマッドサイエンティストが居て、挙句の果てにレイヴンまでも居て......何と言うか、ヤベー高校だった」
「だよねー、あんな所で生活してると変になりそう」
「だな。二度と行きたくない」
それでも、アトラクションだと思えば少しは楽しかったかもしれない。
ソラもそう思っているらしく、二人して曖昧な笑いを漏らす。
「......でも、一週間後にはまた行かないと」
「ああ、そうだな......」
ソラの一言で、弛緩していた意識が若干緊張するのを感じた。
真耶に焚きつけられた後、俺達はその足で学長室へと戻った。
『例えソラ自身がミツキに勝てる程の実力が無くとも、周りがソラの足を引っ張る事は無い。それを証明出来たら、編入はさせないで欲しい』
そう提案すると、レイドは意外なまでにすんなり受け入れた。
実際の形としては、ソラがミツキと一対一で試合するのに加え、俺とシュウがレイドと戦う事になった。
そして、勝利条件は先勝方式。
どちらかで先に勝てば、陣営の勝利となる。
そう言えば試合条件が決まった時、レイドが『良い顔になったじゃねぇか』って笑ってたな......
「でも、本当にアレで良かったのか? ソラとミツキが戦うのは変えられなかったけど......」
「うん、十分だよ。兄さんやシュウ先生が力になろうとしてくれてるって分かって、私も嬉しかったし」
「そう、か」
「どうしたら良いか迷ってたけど、吹っ切れた。これも、兄さんと真耶さんのお陰......」
と、途中まで口にした所で、急にソラの動きがピタリと止まる。
「ソラ? 何かあった——」
「あーーーーーっ!?」
そして、突然の大声。
驚いた俺は思わずのけ反ってしまう。
「わ、わたっ、や、え、僕......」
左右——つまり俺と真耶の方を交互に見ながら、オドオドと慌てだすソラ。
......ゴメン、今テンパってるんだろうけど、メチャクチャ可愛いってお兄ちゃん思いました。
「ちょいちょい、急にどうしたよ?」
「わ、私......本当は女性だって事、真耶さんに隠してたよね!?」
「え? ......ぁ」
ソラに続いて、俺も固まってしまう。
だが素の声で話していた上に、口調も私で、女々しく泣きついてしまったのだ。もう隠せないだろう。
まあ、疲れもあっただろうし仕方ない。
それに——
「実は、真耶も知ってたんだけどな」
「え? 知ってたって......私の性別の事?」
「ああ。大分前にバレてたっぽい」
ホケーっとした顔になるソラ。
お、良い感じの顔ですな。スタホ取り出して......いよっし、撮影完了。
「何撮ってるの......じゃなくて! 何で教えてくれなかったの!」
「悪い悪い、タイミングが掴めなくてさ」
「もおぉー!」
俺の胸をポカポカ叩き、両手を胸に付けたまま俯くソラ。
と、それを横目で見た真耶が小さく息を吐く。
「それが、貴方たち兄妹の素の姿ですか」
「真耶さん、すみません。これには色々と事情があって......」
「分かりました、詮索する事は止めておきましょう」
「あ、ありがとう——」
「ただ、お嬢様の誤解を解いていただきたいとは思っていますが」
「うう......」
申し訳なさそうに項垂れるソラ。
何と言うか、姉に怒られてる妹みたい......って、実際のところ真耶の方がソラより一つ年上か。
と、真耶がまた一つ息を吐く。
意識的に大きく空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
その動作に、俺は特別な意味を感じ取った。
「お互い様ですよ。私も一つ、隠し事をしていましたから」
「え? 真耶さんが隠し事?」
「真耶......アレを言うのか?」
俺の問いかけに対して、真耶は黙って頷く。
俺と真耶の間に挟まれたソラは、左右を交互に見てから目をパチクリとさせていた。
「シュウさんも、聞いていただけますか」
「......分かった」
そして真耶は、ついに耳と尾の事を包み隠さず話し始めた。
もちろん、運転手が居るせいもあって小声での説明になったが。
ミンガーの魔法により、猫と人間の間の中途半端な状態に身体を変えられた事。
普段は宝具により耳と尾を隠しているが、その宝具の効果が残り一ヶ月で切れる事。
そして、現状を打破するにはウマウの協力が必要な事と、過去の身体の一部が必要な事。
ソラもシュウも驚いてはいたが、二人とも真剣に話を聞いていた。
「私は、今の生活を手放したくありません。どうか、二人の力を貸してもらえないでしょうか」
話が終わった後、真耶は二人に頭を下げた。
と、ソラが口を開ける。
「兄さんは、この事を知ってたの?」
「ああ。主代高校に来たのも、この問題の解決のヒントを探る為だったんだ。でも、調べるほどややこしい問題だって分かってさ......正直、俺の手だけじゃ足りない。俺からも頼む、真耶を助けてやって欲しい」
「............」
真耶の横で、俺も頭を下げる。
バスの揺れが、いつもより大きく感じた。
「分かりました」
暫く後、ソラが口を開く。
俺と真耶が顔を上げると、戸惑いや嫌悪は一切ない、しっかりとした表情のソラが俺達を見ていた。
「私も、オウルズ・ヘリテージには因縁があります。出来る範囲で良ければ、私も手伝います。いえ、力にさせてください」
そう言って、真耶の手を取るソラ。
互いにゆっくりと頷いた後、ソラはシュウの方へと顔を向ける。
「シュウ先生は——」
「俺も同意見だよ。目の前で困っている人を見捨てる程、俺も落ちぶれていないさ」
「じゃあ、四人で頑張ろうな」
俺がそう言うと、三人はコクリと頷く。
問題が公に出来ない以上、沢山の人の協力を得る事は難しい。
それでも、二人で解決しようとするよりかは見込みがあるハズだ。
と、真耶の顔が俺に向く。
「さて、私は話しましたよ、ハルト。次は貴方が話す番です」
「え? 俺?」
「! 兄さんも何かあったの?」
「あー、実はミンガーって奴に目を付けられて......」
「ミンガー......聞いた事がある名だね。確か、オウルズ・ヘリテージのブレーンだったか......」
「何で言ってくれなかったの、兄さん!?」
「や、ソラの事もあったし、言いづらくてさ」
「......」
ソラもシュウも、俺に呆れ顔を向けて来る。
が、少し経ってからソラが真面目な表情で考え始めた。
「でも正直......オウルズ・ヘリテージに狙われるような力が、兄さんにあったかな?」
「おい我が妹よ、何だねその言い方は」
「や、でも本当に思い付かなくて......」
うーん、と唸り声を上げるソラ。
ネタでも何でもないのにそんな反応されると、ますます凹むんだけど......
「強いて挙げるとすれば件の妹パワーとやらですが......これは話のネタにもなりませんか」
「おい」
「真耶さん、『妹パワー』って?」
「この男、妹の事を考えるとマナの操作能力が上がると主張しているんですよ。シスコンも、ここまで来ると清々しいと言いましょうか」
「主張じゃなくて本当だからな? そんな言い方したら、ソラに——」
『ただの気持ち悪い輩だと思われるじゃないか』。
そう言おうとしつつソラの方を向くと、
「............」
ソラが、さっき以上に真剣な表情で黙りこくっていた。
「ソラ?」
俺が呼びかけると、ソラはハッとする。
「え? ......ああ、ゴメン! うん、真耶さんの言う通りあまりにも気持ち悪かったからさ、つい真顔になっちゃって」
「ちょ、そんな事言わないでくれよ!?」
「でも、兄さんぽいと思うよ?」
「ソレ全然フォローになってない奴ー!」
うあー、妹に誤解されるとかマジつらたん。
等と騒いでいると、バスが終点の駅前に到着した。
俺と真耶は東向き、ソラとシュウは西向きだからここで解散だ。
改札をくぐった所で、行先別に分かれた俺達は向かい合う。
「じゃあ、今日はここで。ハルト、一週間後までの間に、何度か手合わせをしないか?」
「ああ、分かった。ソラは——」
「私はパス。と言うか、兄さん達で相手できる?」
「ハハ、情けないけどその通りだ。ソラは余り会えないだろうけど、頑張るようにな」
「うん、兄さんこそ」
そして手を振ってから、俺達は別々のホームへと向かって行った。
その、帰りの電車の中。
「やや、強引だったでしょうか」
窓際に座る真耶が、外を見ながらポツリと呟く。
「強引って、何がだ?」
「私の、話の切り出し方です。ハルトとソラさんを焚きつけた時も、ハルトが狙われていると話した時も」
「真耶......」
意外だった。
確かに強引な感じはしたが、それを真耶が気にしているだなんて。
......今、からかうのは止しておくか。
「確かに強引だとは思った。けど、アレで助けられたって言うかさ」
「助け、られた......」
「『俺にはあがくだけの力がある』って言ってくれてさ、目が覚めたよ。色々あって弱気になってた。俺がミンガーに狙われてる事も、まずは情報共有するのが良いのかもな。でも自分から言い出すのは......その、やり辛くてさ。だから、真耶が切り出して正解だったと思う」
「そう、ですか」
俺の言葉を、真耶は背中を向けたまま聞いていた。電車が一度、二度揺れる。
「あの言葉は、押し売りだったんです」
「『押し売り』? 誰のだ?」
「主代高校に常在するエーギルと、それ以外の四賢者が私に話しかけて来たんです。そして、話しました。これからどうすれば良いかと」
「え、話したって——」
「もちろん、多少はボカして説明しましたが。ただそうして説明した後、彼らは言ったんです。『力無くして、道は開けない。そして、彼には道を開くだけの力がある』と」
「へぇ、そんな事を......」
意外と良い事を言うんだな。
四賢者って事は、俺に力を与えたスルトも居たんだろう。
ただのうるさい奴だと思ってたけど、それだけじゃ無いみたいだ。
「『だが、力ある者でも立ち止まってしまう事がある。貴方は、その背中を押す形で力になってあげなさい』、と」
「そっか。確かにあの時、真耶が居なかったら立ち直れなかったよ。ありがとな」
「いえ。貴方が落ち込んでいては、嫌ですので」
「え?」
どう言う意味だ? と一瞬思ったが......考えてみれば、真耶の問題が解決し辛くなるからそう言ったんだろう。
『俺の笑顔が見れなくて嫌だ』とか、そんな乙女チックな理由な訳がない。
そう言えば、ミンガーに狙われてる事を話したのも、誰の押し売りだったか分からんし。
「なあ、真耶——」
と、話しかけようとした所で、俺は開いていた口を閉じる。
真耶の肩がゆっくりと動き、静かに息を立てていたからだ。
窓を見たまま寝るとは......ま、野郎に見せる寝顔は無いって事か。
でも。
俺はゆっくり立ち上がり、思わず頬を緩める。
窓ガラスには、穏やかな表情を浮かべる真耶の顔が写っていた。
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