表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/146

Part49 進むべき道へ

「全く、せわしない人ですね」


 そう漏らしながら、私——藤宮 真耶は主代高校の中を一人歩いていた。

 林の中で出会った少女、ルゥエルとはあの後すぐに別れた。

 あの振る舞いを見ていると一人にして良いか若干悩んだが......彼女が良いと言ったのだ、それ以上気にしても意味が無い。


 『せわしない人』とは、北条 ハルトの事だ。

 彼は一本の電話を受け取るやいなや、大急ぎで学長室へと向かって行った。

 なんでも、彼の妹が強制的に主代高校に編入されられるかもしれない、との事らしい。


「知人が困っていると言うのに、それを放置するとは。随分とご挨拶な事をするものです」


 妹の事となると目が変わる辺り、彼らしいと言うか何と言うか。

 とは言え、そんな彼でも過去に人を助けているのだから......頭ごなしに否定するのも良くは無い、か。


 それに客観的に考えてみれば、彼は状況把握をする為に妹の元へと向かった訳であって。

 決して、私を放置するつもりは無いのだ......多分。

 これまでの様子からして、そうだと......思う。

 だと言うのに、この心のモヤモヤは何だろう。

 いつもの人間不信......だとは思うが。

 いや、考えた所で結論は出ない。一度深呼吸して、別の事に頭を切り替えよう。


「......はぁ」


 それにしても、彼は今の状況をどうするつもりなのだろうか。

 私の問題だけでも彼は頭を抱えていたと言うのに、そこに彼自身の身の危険が重なり、加えて妹の問題にまで首を突っ込んでいる。


 彼はお人好しなのだ。

 困っている人間が居れば、後先考えずに手を差し出そうとする......本当に甘い人間だ。

 そして、今の彼は問題を背負い過ぎている。

 私には分かる。このままでは、彼は潰れてしまうだろう。

 だが、私に彼を助けられる程の力があるとも思えない。足を引っ張る可能性だって——


「おやぁ? そこのマドモアゼル(お嬢さん)、キミは今、迷っているね?」


 突然声を掛けられ、私は左へ顔を向ける。


「別に、迷っている訳では——」

「ノンノン。キミは迷っているさ、自らの進む道にね。さぁ仔猫ちゃん、ボクがその悩み、受け止めてあげようじゃないか」


 そこにはバスローブ姿の痴漢と、その後ろから怪訝そうな目線を彼に向ける三人の男女が立っていた。


◇◇◇◇◇


 潮風が頬を撫で、髪を揺らす。

 普段なら目を閉じてその感覚に身を委ねそうなものだが、今の俺にそんな気は無かった。

 ただ、顔面で風を受けているだけなのだ。

 遠くには海があるが、海を見ている訳じゃない。

 手前には高校の敷地があるが、それを見ている訳でもない。

 ただ目を開いて、手摺てすりに身体を預けていた。


「......別に、兄さんは帰っても良いんだよ」

「......」


 俺の横で手摺てすりにもたれているソラが、ポツリと声を出す。

 無言なのは、『帰らない』と言う意思表示。

 だが、それ以上は言えない。

 今の俺の中に、答えは見つけられない。

 そして、この事はソラも察しているだろう。


「じゃあせめて、一人にさせてくれない?」

「馬鹿っ、そんな事する訳が——」

「私にだって、一人になりたい事があるの。ちょっとの間で良いからさ、兄さんはシュウ先生と一緒に——」

「駄目だ、そんな事したら......」


 表面上は少しの間。

 だがその間に、ソラは全て自分で抱え込む覚悟を決めてしまうかもしれない。

 また抱え込ませる事は、させたくなかった。

 だから俺は、またあの問いを繰り返す。


「なあソラ、戦いって何だよ?」

「戦いは戦い。私の問題だから、兄さんは——」

「関係無い訳ないだろ!? 妹がこんなに苦しそうにしてて、放っておけるほど——」

「じゃあ、助けてくれるの?」


 そう言って、ソラは手摺てすりに預けていた身体を起こす。

 俺はその様子を横目でチラリと——


「ッ!?」


 見た瞬間、驚きで目を見開く。

 ソラの顔には、苦悶くもんと寂しさと、そして怒りが入り乱れていた。

 気付かぬ内に俺の身体は手摺てすりから離れ、背筋がピンと伸びる。


「ミ、ヨ......?」

「私が苦しいって、守ってって言ったら、兄さんは助けてくれる? 守ってくれる?」

「そ、それは——」

「無責任な事言わないでッ! 私に勝てもしないのに、私を守ろうとしないでッ! ただの迷惑だよッ、そんなの!」

「ッ......!」


 何も、言い返せなかった。

 ソラの実力が俺を上回っている事は疑いようのない事実。

 そして俺がソラの横に立った所で、役に立てるかどうかも怪しい。

 ソラの戦いはもうSランクの域にまで達しているからだ。

 意識を散らせては、逆に足手まといになる。


「......悪いけど、ソラちゃんの言う通りだよ、ハルト。俺達はもう、彼女の力にはなれない」

「シュウ、お前まで......!」


 シュウは俺より実力が上だ。そんな彼までも諦めてしまえば、もう希望は無い。

 誰もソラの力になれない、負担にしかなれないなら、俺達はソラを苦しめるだけの存在と言う事になるからだ。

 だが、苦しそうな表情で顔を伏せる彼に、諦めるなとは言えなかった。


「止めろよ、そんな......だったら、答えはもうとっくに......」


 『主代高校への編入以外に道は無い』。

 そう言いかけた俺だが、寸での所で言い留まる。

 ソラもシュウも、今の力量を把握していた。

 だったら——


「なあ......ソラ」

「何、兄さん」

「何でソラは......まだ迷ってるんだ......?」

「ッ......! それは......」


 ソラの表情が歪んだ。

 いや、正確には怒りの割合が減って苦しさと寂しさが増えた、と言った方が正しいだろう。

 だが、ソラは次の言葉を口にしない。

 唇は震え、肩が小刻みに揺れている。

 何かを我慢している。その意味を俺が理解しかけた頃に——


「『離れ離れになりたくない』。それが、貴方の答えなのでしょう」


 後ろから、凛とした声が降って来た。


「真耶......!?」


 真耶だ。冷静で、冷酷で、容赦や迷いなど一切無い、いつもの真耶が立っている。

 

「真耶、いつの間に......?」


 そんな俺の問いかけを無視し、真耶はゆっくりとこちらに近づいて来る。

 そして、ソラの肩に優しく手を置いた。


「苦しかったでしょう。貴方は、少し休んでください」

「真耶さん、ありがとうございます......私、私......」


 感極まって、真耶の胸に飛び込むソラ。

 真耶はソラの背中を優しくさすってから、静かに足元へとしゃがませる。

 唐突な出来事に、俺もシュウも困惑である。


「な、何? 今どう言う状況なんだ?」

「ハルト......」

「ちょい待ち真耶さんや、顔怖——」

「この大馬鹿者ッ!」

「ブベラッ!?」


 強烈なビンタにより、本日二度目のブベラ。

 やっぱり俺への当たりは強いのね、オヨヨ。


「何を座っているのですか、ハルト」

「ちょ、いくらなんでも——」

「貴方の力は、こんな所でしょぼくれる為にあるのですか」

「……!? そ、そんな訳——」

「だったら立ち上がってください。立ち上がって、今の状況を変える為に動いてください。それが貴方に出来る、最善の選択でしょう」

「真耶......」


 真耶の顔に、俺をからかってやろうと言う気持ちは一切感じられない。

 純粋に、俺の為を思ってそう言っている。


「......私は、大馬鹿者でした。問題を解決する為の時間は十二分にあった。それなのに、私は現状に甘え、こんな状況になるまで問題を放置してしまった」

「......」


 レイヴンも言っていた事だ。

 もちろん、真耶の事を想えば責める気になれない。

 だが、何もしなかったせいで今の苦しい状況に陥ったのも事実。


「これ以上問題を放置すれば、私の二の舞になる。私も、それを見過ごせるほど腐ってはいません」

「真耶......」

「ハルト、貴方には力がある。例えソラさんの横に立てずとも、自分の身を守る程度には強くなれる」

「そうなれば、ソラの負担も減る......」


 真耶がコクリと頷く。


 さっきまで、俺はソラの横に居ないと力にはなれないと思っていた。

 でも、実際は少し違うのだ。

 俺や常明学園の生徒に降りかかる脅威まで排除しようとすれば、ソラの負担は膨大になる。

 が、ソラの力を借りずとも守れる事を証明できれば、ソラは自分の事だけに集中出来る。

 戦いが無くなる訳じゃない。が、一人で抱え込むよりかはずっとマシだ。


「......よし」


 気持ちを確かにした所で、俺はソラの前にしゃがみこむ。


「ちょっと、いや、結構情けない話だけど......ソラの荷物にならないように、お兄ちゃんは頑張ってみようと思う。ソラは、どうしたい?」


 そう語りかけると、ソラは両手で目をこすってから俺の方を向き——


[ゴツン]


勢いよく、額をぶつけて来た。


「あって!?」


 尻もちを付く俺に、ソラは意地悪そうに笑う。

 

「兄さんのバカ。遅いよ、もう」

「ん、悪い」


 表情を崩し、素直に俺が謝ると、ソラは手を差し出して来る。

 柔らかい、いつもの妹の手だ。

 

「こっちこそゴメン、さっきは傷付くような事言って。私だって、本当は兄さんと離れたくない。いつまでも、皆と笑っていたい。だから兄さん、力を貸してくれる?」

「当たり前だろ。俺はお兄ちゃんだぞ?」

「そうだね。どこまでも私を追いかけて来る、しつこい兄さんだもんね」

「ああ、その通りだ!」


 互いの手をガッシリと握りながら、俺とソラは楽しそうに笑う。

 考えてみれば、こうやって手を繋いだのは久しぶりかもしれないな。

 そう思うと、胸の内にジワリと暖かいものが広がって行くのを感じた。


「でも、実際どうするかだよな。ソラの気持ちを確認出来たは良いけど、状況は変わってない」

「それについては、ちょっと考えがあるんだ」

「考え?」

「うん。ああ見えて、レイドさんは優しい人だから。私を困らせる為に、あんな事を言った訳じゃ無いと思うんだ」

「えっと、つまり?」


 何を言いたいんだ? との表情を俺が浮かべると、ソラはえー、と言いたげな顔を作る。


「兄さん鈍すぎ。さっき真耶さんが言ってた事を受け入れてくれるかも、って事だよ」

「......ゴメン、マジで分からん」

「鈍すぎですよ、ハルト」

「ですよねー、ホントに」


 互いに顔を合わせて、ねぇ? と言うソラと真耶。

 おいおい、二人で話を進めるんじゃない。

 少し離れた所から見てるシュウだって......って何だその顔は!?

 困ったような笑みを浮かべて俺を見るんじゃない!


「つまり、ハルトがソラさんの負担にならない事を証明すれば、レイドさんは編入しない道を認めてくれるかもしれないと言う事ですよ」

「え? 聞いてくれるか、そんな話?」

「多分、ね。あと、シュウ先生が加わってもレイドさんは聞いてくれるかな」

「俺もかい?」

「レイドさんを説得する材料は、『ソラの近くに戦力があるかどうか』。シュウ先生と兄さん、二人の力をアピールすれば、きっと彼の心には届くと思うんです」

「そうか......!」


 シュウの声が、軽くなったような気がした。


「ハルト。頑張ろう、俺達で」

「ああ、頼りにしてる」


 そう言って、俺とシュウは笑い合う。

 俺・ソラ・シュウ。

 一か月前のあの時のように、三人の心が一つになった気がした。

次回更新は1/24(月)を予定しています

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ