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Part47 光明は未だ遠くに

「その、真耶さんを私が治せるか、ですけど。多分、出来るとは思います」


 そう呟くルゥエルは、視線を逸らして如何にも自信無さげに見えた。

 が、それでも俺にとっては最大級の吉報だ。


「ホントか!?」

「た、多分です! 多分!」


 ルゥエルの答えを聞いた瞬間、彼女の肩を思いっきり掴んで揺すってしまう俺だったが


「お、落ち着いてください、ハルトさん!」

「あ、わ、悪い......」


 胸の辺りをグイと押されて、力づくで引き離されてしまう。

 華奢きゃしゃな身体なのに、凄い力だな......


「ただ、治すのには<メタモルフォシス>を使う前の身体の一部が居るんです」

「『身体の一部』......?」

「えっと、髪の毛とかで良いんです。その組成式に合わせて治して行く、と聞いたので」

「なるほどな......」


 つまり、魔法の影響を受ける前のDNAが必要って話らしい。意外と科学的だ。

 ただそうなると......


「でも、真耶さんの髪の毛とかって......」

「ああ。ちょっと......いや結構キツイかな......」


 <メタモルフォシス>を使った直後なら、まだ簡単だったと思う。

 でも、真耶の身体が変えられてしまったのは今から何年も前の事。

 それに、藤宮家に引き取られたのは魔法の被害に遭った後なのだ。

 その前となると、家庭内暴力を受けていた頃か研究施設に居た頃であって......果たして、当時の髪の毛とかは残ってるのだろうか。

 しかも、真耶の物だと分かるものが。


「それとさっき、ルゥエルは『聞いた事がある』って言ってたけど......もしかして、自分でした事は無いのか?」

「は、はい。既に亡くなった私の曽祖父が『やった事がある』と言っていた程度なので......」

「そっか......」

「あの、すみません」

「いや、謝らなくても良いんだ。ゴメン」


 これは......不安だな。

 ルゥエルはさっき『出来るかもしれない』なんて言ってたけど、これは“論理上可能だと思う”という感じだ。

 やっぱり、そう簡単には行かない、か。


「あの......ハルトさん?」


 俺が思い悩んでいると、ルゥエルがおずおずと話しかけて来た。


「ハルトさんは......怖くないんですか?」

「怖いって、何が?」

「真耶さんの事、です。だって、真耶さんはその......<メタモルフォシス>の影響で、耳と尾があるんですよね?」

「そうだけど?」


 どう言う事だ?

 確かに、普段の真耶は少しおっかない所があるけど、文脈的にそう言ってる感じじゃない。

 純粋に、『あのネコの耳と尾が怖くないのか』って事なんだろうか。


「別に、そんなに怖くないかな」

「えっ?」

「そりゃあ、普通の人間とは違う。性格も結構ひねくれてるしさ。けど、真耶だって俺達を傷つけようとしてる訳じゃないんだ。だから怖いって言うのは変だし......俺は一人の同居人として、真耶は今のままでも良いと思ってる。それは、藤宮家に居る他の人達もそうじゃないかな」

「え、ええっと......」

「世間的には嫌われてるみたいだけどさ。でも、俺個人にはアリだと思うんだよ。ネコミミとシッポ、良くないか? ま、もっとピコピコ動いてくれると最高なんだけど......真耶は感情を抑えようとしてるからさ、あんまり動かないんだ」

「そうじゃなくて......」

「まあでもその分、動いた時は面白いなー。何か思ってる時でもポーカーフェイスなんだけど、尻尾とか耳だけがピコピコ動いてるんだからさ。なんか面白いって言うか微笑ましいって言ゥボア!?」


 側頭部に突然のダメージ!

 驚いて横を見ると......肩で息をした真耶が、眉をピクピクさせて立っていた。

 やばい、結構怒ってらっしゃる。


「ハルト......私は『下らない話まで事細かに話せ』と言った憶えはありませんが」

「いや、話の流れでアダダダダダダ!」


 まや の アイアンクロー!

 こうかは ばつくんだ!


 思わず地面でうずくまる俺。

 と言うかさっき投げたヤツ、お茶入れたペットボトルかよ!? 地味に危ないな!


「あの、大丈夫ですか......?」

「うんまあ、いつもの事だから」

「えぇ......」


 横目で見たルゥエルの姿が、少し後ろに引いた気がする。

 違うんです、別にMって訳じゃないんです。

 まあ、いつまでもうずくまってたら話進まないし。頭痛いけど立ち上がるか。


「紹介するよ。今そこに立ってるのが、俺が話してた真耶だ」

「......初めまして、藤宮 真耶です」

「えっと、ルゥエル・ルーママウエルって言います......」


 よし、顔合わせも出来たし本題に——


「えっと、お二人は同居していて......つまり、ハルトさんは、真耶さんとお付き合いを——」

「違います」

「イタタタタ! ちょ真耶さん、何で俺の背中をツネってらっしゃるんで!?」

「えっと、これは照れ隠し——」

「んな訳ないだろアダダダダダダ!」


 くっ、このままだと背中がえぐれてしまう!

 真耶が否定しただけじゃ足りないのなら、俺の口からも——


「俺は真耶の恋人じゃないから! と言うかラブリーマイエンジェルは妹だけなんだァデデデデデ!」


 どうすりゃ良いんだよ、チクショウ!

 こりゃ駄目だ。きっと俺の口から何を言ってもイラつく状態だ。

 なに、俺そんなに怒られる事言ったか!?


「えっ、ハルトさん、妹さんが居るんですか?」

「ん? ああそうだけど」

「そう、ですか。妹さんが......」


 頼むから、これ以上真耶を刺激するような事は言わないでくれよ......?

 なんて心配していた俺だったが、ルゥエルは何も言わずに黙ってしまう。


「それよりも、ハルト。貴方は私に言う事があると思うのですが」

「あ、ああ。そうだった」


 そうだ、さっきまでバタバタしていたせいで完全に言うの忘れてた。

 と言う訳で、俺は真耶に頭を下げる。


「いきなり身体触って悪かった」


 ああなってしまった原因はレイヴンのいたずらであって、根本的な原因は俺じゃない。

 けど、真耶に不快な思いをさせたのは事実だから、ここは素直に謝っておかないとな。


 と、少し経ってから真耶が小さく息を吐く。


「まあ......良いでしょう。今回は許します」

「ん、ありがとう。......と言うか、俺は何をしたんだ? あの時は殆ど見えて無くて——」

「顔をはたいて欲しいなら、教えますが」

「や、遠慮するわ。ゴメン」


 何をしでかしたか把握しておこうと思ったんだけど......そうか、『そう言うレベル』か。

 んー、どんな感覚だったっけか......?

 いや、本人の目の前で考えるのは止めよう。

 またアイアンクローされるとかマジ勘弁。


「それでハルト、私の身体は......」

「ああ。さっき話してたんだけど、理論上は可能らしい。ただ、<メタモルフォシス>を受ける前の身体の一部......つまりDNAが要るって」

「なるほど、それは厄介ですね」


 やはり、真耶も俺と同じ意見だった。

 自分自身の髪の毛とか、何か持っていれば良かったんだが......アテが外れたようだ。


「まあでも、まだ一ヶ月あるんだ。俺も出来る限り協力するから、何とかして見つけよう」

「そう、ですね。ありがとうございます」


 これでちょっとは機嫌を直してくれたら良いなぁ。なんて打算的過ぎるか。

 と、ルゥエルがおずおずと手を挙げる。


「あの、つまり今から取り掛かる事は......」

「出来ないな。ま、こんな場所で落ち着いて作業なんて出来ないだろうし」

「そうですね。それに、あと数時間でここを去らないと駄目でしょうし」

「そう言えばそうか」


 さっきスタホを見た時、時刻は16時を回っていた。

 ここから藤宮家までは、一時間半ほど。

 俺は19時半までに帰宅しないとマズいから、残された時間は二時間足らず。

 この間に真耶の身体を治すのは厳しそうだ。


「そう言う訳だから、取り敢えず連絡先を交換しておきたいんだけど......スタホは持ってるか?」

「あ、はい。あります。お二人の電話番号と、メールアドレスを教えて貰えれば」

「ん、分かった」


 俺と真耶が口頭で伝えると、ルゥエルはすぐにテストメッセージとメールを送って来た。

 スタホの扱いには意外と慣れているみたいだ。


「じゃあ今日はこの辺りで——」


 助けて欲しい時はまた連絡する。

 そう言いかけた俺だったが、


「あ、ちょっと待って貰えませんか!?」


 そこに、慌ててルゥエルが口を挟んで来る。


「? 何かやり残した事、あったっけ?」

「やり残した事と言うか......あの、真耶さんを治せそうか、少し調べてみても良いですか?」

「『調べる』って......?」

「少し組成式に触れてみたいんです。その、やった事がありませんし......」


 そう言って、口ごもるルゥエル。

 俺は真耶の顔を見てみるが、特に気にしていない様子だった。


「構いませんよ。念を入れるのは良い事です」

「ごめんなさい、ありがとうございます」


 口元をフッと緩ませる真耶。

 あれ? 普通にフォロー出来るんなら、俺の時もしてくれない?

 雑に扱われてるの、微妙に傷付くんだが。


「じゃあ、あの。手をお借りします」

「ええ、どうぞ」

「......」

 

 ルゥエルは真耶の手を握り、目を閉じる。

 何か光る訳でも、動く訳でも無い。自然の音だけが耳に届き、時間がゆっくりと過ぎて行く。


「何か分かったか?」


 俺が尋ねるも、ルゥエルは表情を変えない。

 が、暫く後


「終わり、ました」


 ルゥエルが、スッと目を開く。


「ありがとう。それで、どうだった?」

「......」


 沈黙。予想していた物よりも、ずっと重い。

 あまりに長いに、頭の中に自然と嫌な予感が沸き起こる。


 さぁっと風が木々を揺らした後、ルゥエルが静かに口を開いた。


「違うんです......」


 ——え?


「違う、って......?」

「多分、なんですけど......真耶さんに掛けられた魔術、<メタモルフォシス>じゃないんです」

「なっ......!?」


 ルゥエルの答えは、完全に予想外だった。

 ゴクリと喉を鳴らした後で、ようやっと言葉の意味を飲み込む。


「ど、どう言う事だよ『<メタモルフォシス>じゃない』って......! と言うか、何でそんな事が......!?」

「確証がある訳じゃ無いんです。ただ......魔術の影響が中途半端に残った場合とは、感覚が違ってて......まるで、今の真耶さんの状態が、魔術が完了した状態のような......」

「な......!?」


 俺はこれまで、真耶の身体は『中途半端な状態にさせられた』と思い込んでいた。

 でも実際は、最初からこの状態にさせられる予定だったってのか......!?


「ちょっと待てよ!? 人の姿を変える魔法は<メタモルフォシス>だけなんだろ!?」

「私もそう思ってました! でも、変な所がもう一つあって......」

「変な所、だって?」

「鍵......みたいなのがかけてあるんです。組成式を簡単に触れないように。こんなの、見た事無くて......!」

「そ、そんな......!?」

 

 ミンガーが仕組んだものは、俺達の想像の遥か上を行っていたのだ。

 組成式を触れるのはニューターだけ。

 まさかアイツ、最初からこうなる事を予想してたって言うのか......!?


「くそっ......!」


 思わず、俺は近くの木に拳を打ち付ける。

 やっとゴールが見えて来た。

 そう思っていたのに、前に進もうとする程ゴールは遠のいて行く。


「何を気落ちしているのですか、ハルト。まだ希望が失われた訳では無いでしょう」

「真耶......」


 後ろを振り返ると、そこには普段通りの、凛とした表情の真耶が立っていた。


「......凄いな、真耶は」

「貴方が情けないだけですよ、ハルト」

「いやいや、真耶が強すぎるだけだって」


 思わず、口の端から笑いが漏れる。

 当事者である真耶は、ここに居る三人の中で一番ショックが大きいはずだ。

 それなのに、彼女は全く動じていない。

 一瞬羨ましく思ったが、これも出口の無い苦しみ(虐待)を味わった事があるからなのかもしれない。

 そう考えると、腑に落ちてしまうのだった。


 表情を変えずに、真耶はルゥエルを見る。


「それで、ルゥエルさん。私の身体にかけられている魔術は、もうどうにも出来ないのですか」

「どう言う事だ?」

「鈍いですね、ハルト。先ほど彼女は『<メタモルフォシス>では無い』と言っていましたが、治すのは不可能だとは一言も言いませんでしたよ」

「そっか、確かに......! で、どうなんだルゥエル!?」


 俺と真耶の視線が、ルゥエルに注がれる。

 その視線に圧を感じたのか、ルゥエルはうぅ、と小さく声を漏らすが、やがて眉をひそめたまま口を開いた。


「私の妹なら......出来るかもしれません」

「え!? だったら——」

「浮かれるのは早いですよ、ハルト。......ルゥエルさん、その妹を呼ぶ事は出来ますか」

「無理......です」

「む、無理だって!?」


 状況が二転三転し、意識がグルグルと掻きまわされるような感覚に襲われる。

 どう言う事だ? なら、ルゥエルはどう言うつもりでさっきの話をしたんだ?


 そして、その答えは——


「その......私の妹、ウルルゥ・ルーママウエルが居るのは......刑務所なんです」


 またしても、予想外のものだった。

次回更新は1/10(月)を予定しています

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱりマヤさんとハルト君の絡みが最高です。ニーナさんも良い味出てますよね。 それにしても、マヤさんがハルト君にだけあたりが強いのは、何か理由があるのでしょうか?? 二人の関係が楽しみです…
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