Part44 いともたやすく行われるえげつない行為
空調機の立てる、コォと小さな音。
そこに時折、パタンと閉じる音やコトンと物を置く音、ゆっくりとした足音が混じる。
ここは図書館、物語と知識の集積地。
オウルズ・ヘリテージの二人が去った後、主代高校の図書館内部は静寂を取り戻していた。
「......はぁ」
「......」
その一角で、俺は机の脚に背中をあずけて床にへたり込み、真耶は椅子に手をかけながら俯いていた。
「ハルト、そんな所に座っていては......」
「うん、そうなんだけど、さ......」
最後まで言わずに、俺はまた息を吐く。
真耶も俺が何を言いたいのか察しているようで、これ以上は言及して来ない。
いや、そもそも真耶も人に注意する程の気力が残っていないのだろう。
それほどまでに、俺達は疲れきっていたのだ。
ぼんやりと、天上を眺める。
今日この高校に来てから、色々あり過ぎた。
ウィザードの動作テストを受けてはとんでもない物を見て、禁書を見ようとしてはレイヴンの審判を受け、それから変な少女に合ったり、カインの正体がオウルズ・ヘリテージの首領だと分かったり。
今は考え事をするのは止そう、ますます疲れる。
そうは思っても、やはりこの目で目の当たりにした数々の出来事は頭から離れず、つい口を突いて出てしまう。
「なあ、真耶」
「......なんでしょうか」
「どうやって、ミンガーがこの場所に来たって分かったんだ?」
真耶がミンガーに気付いたのは、恐らくレイヴンの審判を受けた後、本を探していた時だ。
だが、あの時の俺はそれに気付かなかった。
ミンガーの姿が見えたのなら、あの特徴的な恰好からして、俺が見落とす事は無いだろう。
「匂いですよ」
「『匂い』? でも、言われてみれば......」
ミンガーが居た時、そんな余裕は無かったが......確かに、ツンと鼻を突く柑橘系の香りがする。
改めて意識すると、かなり強い匂いだ。
「ハルトも見た通り、奴の身体からは常に膿が滲み出ています。それ故、外出や来客の時、奴は強い香りのする香水で臭いをごまかしているのですよ」
「じゃあ、あの時も匂いを感じ取って......それで、俺を遠ざけたのか」
「ええ。とは言っても、それも無駄になってしまいましたが」
「......」
俺は、黙って目を閉じる。
真耶は俺の事を考えて、図書館から逃がしてくれた。
真耶自身が図書館に残ったのは、恐らくミンガーを惹きつける為だろう。実際、図書館に戻って来るまで俺はミンガーと会わずに済んだ。
俺のした事は、そんな真耶の犠牲を無駄にしただけじゃないのか。
開いていた右手に、自然と力が入った。
「その......悪い。折角、真耶が体を張って遠ざけてくれたのに」
「いえ別に......私は構いませんが」
「え? でもさっき『馬鹿』って——」
「場面と結びつけるまでもなく、貴方はいつも馬鹿でしょう」
「えぇ......」
机の上でうつ伏せになったせいで、真耶の表情は見えない。
にしてもその言い方ヒドくないか?
いや、真耶はこんな感じだから、平常運転に戻ったって事なんだろうか。
「言うの遅れたんだけど......ミンガーには何もされなかった、で良いのか?」
「ええ、まあ。とは言っても、話すだけで疲れる相手ですが」
「まあ、そりゃそうだよな」
疲れ切った真耶の様子からして、それは火を見るよりも明らかだろう。
とは言っても、何もされてないのなら一先ず安心だ。
俺はゆっくりと息を吐く。
「ですがハルト、貴方は......」
「まあ......そうだなぁ......」
カイン曰く、俺は過去を観られたらしい。
そして、『助かりたいなら、少しでも力を付けておけ』とも。
なんでそんな事をわざわざ言ったんだろう。
......いや、今はそんな事を考えるのすら——
「そぉ~ろそろ良いかのぉ?」
「うわっ!?」
少し休もうと目を閉じかけた俺だったが、耳元で囁かれた声に反応して飛び起きる。
ビックリした。と言うかビックリし過ぎて頭ぶつけた。超痛い。
そのまま顔を左に向けると、そこにはムスッとした表情で見下ろして来る杖があった。
「レイヴン......まだ俺に用があるのか?」
「オオアリじゃよ。図書館でボヤ騒ぎを起こしかけた人間にのぉ」
「その事は、まあ......」
いけない事をしたと言うのは分かってる。
けど、あんな事を言われたら誰だって感情的になるじゃないか。
そんな感情を込めた目線を送っていると、レイヴンはハァとため息を吐く。
「ま、そう言う訳で。今からお主に、『藤宮 真耶を助けようとして、ボヤ騒ぎを起こしかけた』事の代価を与える」
「なっ、どう言う事だよソレ!?」
「ワシの箱庭でこんな事をしでかしたんじゃ、それ相応の事はしてもらわんとのぉ」
「いやいや、横暴だぞ!」
「ぶっちゃけて言うと、最近ツマランから踊れ。正直恨みは無い」
「言い切りやがったな、アンタ!?」
と言うか『代価を与える』って何だ? 良い事なのか悪い事なのか?
いや、完全に嫌な予感しかしないんだが!?
「大変そうですね、ハルト」
「ちょっ、真耶さん!? 他人事みたいに言いながら離れるの止めてくれません!?」
「ほぉ~れぇ~、暴れるでないぞー?」
「くっ、離せっ......!」
やめて! 俺に乱暴する気でしょう? エ〇同人みたいに!
俺は逃れようとするも、床から伸びて来た無数の腕に拘束され、上手く身動きが取れない。
そして、レイヴンの魔の手がどんどん近づき——
ヒタリ。
と、冷たいような柔らかいような感覚が額に押し付けられたかと思うと、レイヴンはすぐにその指先を離した。
「あ? え?」
たったこれだけなのか?
すぐに終わっただけに、大した事では無かったのでは、との思考がよぎるが......レイヴンのニヤけた表情を見た瞬間、変な汗が滲み出る。
「おい......一体、何をした?」
「ラッキースケベ」
「......は?」
何の脈絡も無い発言に、呆気に取られる俺。
が、それを気にせずにレイヴンは続ける。
「お主は知っておるじゃろう? ラッキースケベ。不可抗力により、野郎が女子の身体を触ってしまうアレじゃよ」
「あ、ああ......」
「まあな? ひと昔前はな? 流石にチト多すぎる感じがしとったんじゃよ。でものぉ......こうも全く見ていないと、何だか久しぶりに見たくなってのぉ......」
「お、おい......まさか......」
最後まで口にするのが怖くなり、俺は青ざめた顔で首を横に振る。
が、その表情を見て興が乗ったのか、レイヴンはニッと笑ってみせた。
「左様! お主には、ワシ特性の魔術『ラッキースケベの呪い』を掛けたッ! お主が何をしようとソレは解けん! ワシが満足するまで、『そうはならんやろ』、『なっとるやろがい!』に襲われ続けるんじゃなぁ!」
「はああああああああ!?」
さっきまでの雰囲気ぶち壊しかよ!?
コ、コイツ、コイツ......マジで無茶苦茶すぎだッ!?
久しぶりのはっちゃけギャグパートの予感ですが、今週末は土曜出勤のため更新が難しいかもしれません。。。
次回更新は12/20(月)を目標としています。