Part42 JUSTICE
頭がどうにかなりそうだった。
図書館と視聴室で話していたカイン・フランベルクの正体は、オウルズ・ヘリテージの首領。
それだけでも驚きなのに、彼の口から飛び出したのは地球の事だったのだ。
「おいハルト、アンタは何か知ってるのか!?」
「そ、それは......」
申し訳無さを噛みしめながら、俺は閉口する。
異世界の人間に地球の事を話せば、ペナルティで俺は気絶する。
そうなれば、レイドに話すどころでは無い。
「無駄だ、生徒会長君。恐らく、彼には口を滑らせないよう、口止めのような物がしてある」
そうだろう、と尋ねて来るカインに対して、俺は黙って頷く。
だが、俺もカインには聞きたい事だらけだ。
なぜ地球の事を知っているのか、なぜ俺が地球人だと思ったのか。そして——
「80億人を救うって......どう言う事だ?」
地球の人々を救う事が、彼にとってどんな利益があると言うのか。
そして何より、救うと言う事は何かしらの窮地に立たされていると言う事。
地球が立たされている窮地とは、何の事を言っているのか。
「それは——」
質問に答えようと口を開くカインだが、
「おっと、それ以上話されては困るのぉ」
果たして、その答えを聞く事は出来なかった。
「レ、レイヴン......!?」
人の姿を模した鳥の羽が、カインの頬にエルゲージを突き付けていたからだ。
「やはり現れたか。普段はボンヤリしている癖に、いざと言う時は素早いお方だ」
「左様か。褒め言葉として受け取っておこう」
「もちろん褒めているとも。乗り越えるべき敵が強いほど、我々もやりがいがあると言うもの」
「敵じゃと? お主らが敵に値するなど、ワシは一度たりとも思った事が無いがのぉ」
一周回って、仲が良いように思えてしまう。
それほど軽快に言葉のやり取りをした後、カインとレイヴンの両者はハハハと乾いた笑いを上げた。
今のやり取りから判断すれば、カインよりレイヴンの方が実力は上。
だからこそ、一つの疑問が沸き起こる。
「レイヴンは......オウルズ・ヘリテージを討伐しようと思わないのか?」
真耶は言っていた、レイヴンは世界の管理者であると。
実際、世界を襲う大災害から救って見せたり、強硬的な手段を取って戦争をやめさせたりしている。
だとしたら、目の前に居る社会を混乱させる存在も見逃す訳が無い。
だが、その考えの下に発せられた俺の質問に、レイヴンはほぇ、と間の抜けた返事をした。
「何を言っておる? コヤツは世界を救う可能性の一つじゃぞ?」
「は? え?」
「そんなものを、ちょっとした粗相で潰す訳がなかろう」
「『ちょっとした粗相』......だって?」
繰り返しになるが、真耶はこう言っていた。
『レイヴンは世界の管理者である』と。
そんな人物が、人殺しを『ちょっとした粗相』で片付けたのだ。
それじゃ、まるで——
「ハルト君、君は随分と混乱しているようだが......別に、何も迷う必要はない」
「え?」
呆然とする俺に、カインがゆっくりと話しかける。
「所詮、正義と言うのはその程度のものだ。立場によって見え方は変わって来る。正義を振りかざして人を殺したのならそれは悪で、他者を労わるなら善だ。最も、正義を貫くとは他者に道理を押し付ける事に過ぎないから、悪を含んでいる事が大半だが」
「だから......何が正しいんだよ!?」
「絶対的に正しい正義など存在しない。だが......そうだな。尊ぶべき正義があるとすれば、それは犠牲を最小限に留め、目的を達成した正義だ。一つ聞くが、先の学園の襲撃で犠牲者は出たか」
「......!」
俺はあの出来事を脳裏で掘り返す。
俺もシュウもソラも大変な思いをした。多くの生徒が傷付いた。
だが、襲撃して来たエンガとヒュウランを覗けば、犠牲者は一人も出なかった。
「いや......いなかった」
「直接的ではなく、あの事件が引き金になって亡くなった人はどうだ」
「いや、それも居ないって聞いてる。今の所は」
「それは良い事だ。エンガはカッとなる事が多いから、少し気になっていたのだが」
そう言って、カインはフッと微笑む。
なんでだ。なんでソラの敵が、俺達の敵が、そんな風に笑うんだ。
いや、何もおかしくないのかもしれない。
彼は正義を持つのだから。
悪でもあって、善でもあるのだから。
「だが、気を付け給えよ。世の中には、こうやって正義を押し付けようとする者も居る」
そう言って、カインはクイクイと自身の首元を指す。
「当たり前じゃ。お主が事実を口にすれば、多くの者が心変わりを起こし世界が乱れる。世界が乱れるのは防ぐべきだと思わんか?」
「ならそれは、必要悪だと言う事だ」
「つまりは悪と認める訳じゃのぉ。なら、この場は諦めてくれんか」
「なに、我々は最初から悪だと認めている。それに拘束を解いて貰えるのなら、私は喜んでこの場から立ち去ろう」
「ほう? 大人しく退くと言うのか」
「当たり前だ。貴方が出て来た以上、奇策の持たない私に万に一つの勝ち目も無い」
「ふむ、殊勝な心掛けじゃな」
またしても流れるように言葉を交わした後、レイヴンはスルリとカインから離れる。
ふぅと小さくため息を付いたカインは、チラリと腕時計に目を見やる。
「油を売っていたせいで、時間を過ぎたようだ」
「時間?」
警戒心を滲ませてソラが尋ねる。
「別行動をしていた者と、この後合流する予定だ。が、連絡を寄こさないとなると......アクシデントがあったか、何かに夢中になっているか」
カインが最後に発した一言に、俺は不意に嫌な予感がした。
「彼の事だ、合流前に図書館にでも寄って、そこで興味深い本でも——」
「図書館だって!?」
全身を衝撃が貫き、大声が自然と飛び出した。
胸中で蠢く悪寒が、急速に膨れ上がるのを感じる。
「! そう言えば兄さん、真耶さんは......!?」
「図書館に居るままだ! 突然様子がおかしくなって、俺を遠ざけて......まさか、カインと別行動してる奴と面識があるんじゃ......!」
くそっ、あの大馬鹿バトラー少女!
自分が一番苦しいのに、他人に嫌な思いをさせない為に更に抱え込む人間が居るかよ!?
馬鹿......俺の、馬鹿野郎!
「おい、カイン・フランベルク! アンタの連れの名前は何だ!?」
事態の深刻さを予感したのか、今度はレイドが怒鳴り声をあげる。
その質問に、カインは相変わらず落ち着いて答えた。
「私も本名は知らない。だが、彼は自身をこう名乗っている。醜い者......ミンガーと」
その名前を聞いた瞬間、レイドの表情がみるみる変わって行く。
胸の内のざわめきが体中を駆け巡り、そして
「そいつだ......」
「な、なんだって......?」
「そいつだッ! 藤宮 真耶の心に闇を作ったのはッ!」
内部に溜まっていた悪寒が、冷や汗となって全身から噴き出る。
最悪だ。よりによって、このタイミング・状況で、一番真耶に合わせちゃいけない奴だ!
「急いで戻らないと!」
そう言いつつ走り出す俺だが、その背中から
「待て」
カインが落ち着き払った声で話しかけて来る。
が、切羽詰まった俺はそんな声に耳を傾けない。
そのまま図書館の方へ向かおうとするも
「だから、待てと言っている」
「ッ!?」
突如、何も無い所からカインが現れ、俺の前に立ちはだかったのだ。
「その力は......パースの!?」
「彼の者に会った事があるのなら、話は早い。私の力で図書館まで送り届けよう」
「お前が、何で!?」
どうしてその力を。どうしてそんな事を俺に。
先ほどからの衝撃で、頭の中で疑問が氾濫して言葉にならない。
だが俺が口ごもっている間に、カインは指先で空をなぞる。
直後、空間がグバッと割れ、その向こうに図書館が現れた。
「私も図書館に用事がある。なら、君も一緒に——」
俺の質問に、丁寧に答えようとするカイン。
だがその言葉を聞く前に、俺は空間の裂け目へと足を踏み出した。
罠と言う可能性も無い訳じゃない。
それでも恐れずに飛び込んだのは、俺がある意味カインを信用していたから。
そして何よりも、真耶を助ける事に比べれば、そんな物はリスクにならないと直感したからだ。
「早く、早く......!」
空間の裂け目を跳び越え、勢い良く向こう側に飛び出す。
息が乱れようが、足がもつれようが関係ない。
人を押し退けようが、図書館の中を走ろうが。
「真耶ッ!」
椅子に座る真耶の背中を見つけた瞬間、俺は大声を張り上げる。
だが、その背中と向かうようにして、一人の人物が座っていた。
「アあ、いけなイ。ソの行いはいけませんヨ」
ぎこちない言葉と共に、真耶の向かいに座わる人物が立ち上がる。
「お前が、ミンガー......!」
「ハい、その通りですとモ。初メまして、北条 ハルトくン」
そこに居たのは、膿の染み付いた包帯を体中に巻いて細長い手足を振る、ミイラのような人物だった。
次回更新は11/29(月)を予定しています