Part40 戦いは終わり、そして
空中で崩壊した岩盤だが、元が大きいだけにその破片も大きい。
地面に多数の岩石が降り注ぐ様子を、心配しながら眺める俺だったが
「あの程度なら、心配は不要だ」
穏やかな表情のまま、カインはそう呟く。
「そこまで言い切れる事なんて......」
「いや、言い切る事が出来る。今のあの子は、まだ全力を出していないからだ」
「『全力を出していない』?」
「君なら分かるだろう。あの子の戦い方に、違和感は覚えないか?」
「......」
少しの間考えている内に、土煙の中からソラとレイドの姿が浮き上がって来た。
戦況は変わらず、レイドがソラを攻め続けている。が、やはり届いていないようだ。
砕けた岩盤を土塊の手で掴み、ソラ目掛けて投擲するレイド。
それをソラは、躱し、弾き、砕き、少しずつ距離を詰めて行く。
「あ」
カインの言う事が分かった瞬間、思わず声が漏れた。
「共鳴術を使ってない......!?」
「その通り」
気付いてしまえば簡単な話だ。と言うか何で気付かなかったんだ、俺の馬鹿。
一か月前の時点で共鳴術を使いこなしていたソラが、今使えない訳が無い。
レイドが共鳴術で作り出した土塊の腕も、共鳴術を使えば妨害出来たかもしれない。
あるいは、同じように腕を作って対抗する事も可能だっただろう。
「自分の意思で、共鳴術を使ってないって事か」
「その通りだ」
「なんで、こんな事を......」
手の内を明かしたくない、とか?
いや、一回使ってるならその線は無さそうだし――
「『共鳴術を縛った状態で、どの程度の力があるか』。それを示せと言われてるんじゃないかな」
と、このタイミングでシュウが口を挟む。
「え、どう言う事だ?」
「実は学長室でこの話が上がった時、学長さんがソラ君に耳打ちしていたんだ。何を伝えたのか、その時は分からなかったけれど......」
「なるほど......でも、なんでそんな事を?」
「......学長さんが確かめたいのは、ソラ君にクラーケンを倒す実力が本当にあったか、だ。そして、クラーケンは海に出る」
「そうか。土の無い環境で戦えるか、って話か」
コクリと頷くシュウ。
「でも、だったら地面からエルゲージを打ち上げるのはどうなんだ?」
「それは......」
「難しい事では無い。テリトリーを張り、その上で魔法効果の操作を行っただけの事だ」
シュウが僅かに言いよどんだ所で、今度はカインが口を開いた。
思わずへぇと声を漏らす俺だが、その横でシュウが眉をひそめる。
「随分と具体的な事を口にされましたね。まるで、ソラ君がそうする所を見た事があるかのような言い方ですが」
少しトゲの混じった声色に、俺達三人の空気が僅かに張り詰める。
「ハルト、この人とは何処で?」
「いや、俺も少し前に図書館で会ったばかりでさ。カイン・フランベルクさんって人なんだけど」
「そう、か。カインさん、貴方はソラさんの知り合いですか?」
そう言って、シュウはやや険しい目線でカインを見つめる。
随分警戒してるなとは思ったが、考えてみればシュウは常明学園に通う研修生。
立場上、生徒の安全が気になるんだろう。
図書館で話した感じ、悪い人ではなさそうなんだが......
「......ああ。以前、彼と手合わせをした事があってね」
「『手合わせ』? 彼はあまり外出しない生徒なのですが、一体どこで会ったのですか?」
「彼と会ったのは、近くのポーション店だ。少し話している内に、空き地で手合わせする事になった、と言った所か」
「温厚な彼が、そんな事を......」
「何か強くなりたい理由でもあるのだろう。そこまでは教えて貰えなかったが」
そう言われた後、シュウはカインの顔を見たまま黙ってしまう。
俺の考えとしては、カインの言っている事に違和感は感じない。
ソラがポーションを買っていたのは事実だ。
手合わせを行う場所だって、魔物が少しでも出る場所であれば確保し放題。
ソラと戦える程なんだから、この辺りの魔物なら軽くあしらえるだろう。
「今日呼ばれている時点で察しが付くかもしれないが、私はある程度腕に自信があってね。だが、それでも後一歩及ばなかった」
「つまり、ソラに勝てなかった、と......?」
「ああ、その通りだ」
そう話すカインだが、悔しがる素振りは無い。
むしろ、どこか喜んでいるようにも見えた。
「おっと、話に気を逸らし過ぎたようだ。見給へよ、そろそろ戦いの幕が下りるぞ」
そう言われてスクリーンに目を向けると、確かに戦況が変化していた。
ソラとレイドの距離は5メートルほど。
魔法の持続時間が切れたのか、辺りには岩石が残っていなかった。
レイドは近づいて来るソラに向かって、土塊の腕で直接ソラに攻撃を仕掛ける。
が。
「結構鈍ってないか、あの腕の動き」
「多分だけど、あの腕は共鳴術で取り込んだ地殻変動の力か、魔法の効果を変換させて動かしてる。この感じだと、魔法の効果によるエネルギーが切れかけてるんじゃないかな」
「この状況まで追い詰められた時点で、雌雄は既に決しているのだよ」
注意を払えば、俺でも対処できそうな位に緩慢な動き。それをソラが去なせない訳が無い。
ソラが刺し・逸らし・当てる度に、向かい来る無数の腕はボロボロと崩れて行く。
そして腕の本数が二本まで減った瞬間――
「動いたっ!?」
ソラの身体が、弾かれたように加速する。
無属性のスキルを応用した、身体機能の強化。
スキルでの身体強化は禁術よりも危険と言われるが、それをソラはためらわず使って行く。
残った土塊の腕がソラを掴もうとするも、ソラの身体は風のようにスルリと通り抜ける。
急接近したソラに応戦しようとするレイドだが、もう遅い。
エルゲージを振りかぶった所で、彼の喉元には切先が突き付けられていた。
ニコリ。
レイドの口元が、力なく笑う。
ダラリと右手を下げ、エルゲージを地面に落としてから、彼はゆっくりと両手を上げた。
降参だ。
[ワアアアァァァァ!!!]
その瞬間、どよめきと歓声が視聴室に轟く。
身体が震えるこの感覚は、外から揺すられているのか。それとも内から震えているのか。
興奮と熱気が、俺の身体を包む。
「見る物は見た。私はこの辺りでお暇しよう」
そんな最中、スクリーンを見ていたカインが壁に預けていた背中を起こした。
「えっ、ソラとは会わないんですか?」
「ああ。恥ずかしい話だが、以前手合わせしてから私は少々嫌われているのだ」
「へぇ、そんな事が......」
誰に対しても明るいソラが、滅多な事でそんな事はしないはずなんだが......
珍しい事もあるものだ。
「ではなハルト君。また会おう」
「あぁ、はあ......」
『また』なんて事があるんだろうか。
そう思った俺は、立ち去るカインの背中越しに間の抜けた声をかけてしまう。
だが。
「なに。会おうとせずとも、我々はまた出会う。恐らくは、近い内に」
俺の心境に気付いたのか、カインが首だけを振り返らせて呟く。
その顔には、確信している事を感じさせる笑みが浮かんでいた。
「何なんだ、あの人は......?」
「......」
ゆっくりとした歩みで立ち去るカインの背中に、怪訝な表情を向ける俺とシュウ。
と。
「あっ、居た居た! おーい!」
そこに、手をブンブン振りながらミツキが近づいて来た。
......流石はオモシロ高の“姫”、声をかけられただけで周囲の目線が突き刺さって来る。
なんだか悪い事をしたような気分だ。
「ソラさん、やっぱり強いねー! レイドに勝っちゃうだなんて!」
「はは、そりゃどうも」
「? ミツキが凄いって言ったのは、ソラさんの方だよー?」
「......」
キョトンとした顔で聞き返して来るミツキ。
いやまあ、そうなんだけども。
悪意が無い分、余計にその言葉が胸を抉る。
これはレイドも苦労をしてそうだ......
「ミツキさん、君はどっちが勝つと思ってたのかな?」
「うーん......レイドにはゴメンだけど、ソラさんが勝つかなー、って」
「そうか......」
「あの身体強化、凄かった! 禁術使って無いんでしょ? アレ難しいんだー」
あ、着目点ソコなのか。
やっぱり強者は俺とは目の付け所が違うのかもしれないな。
「その言い方だと、ミツキも使った事あるのか?」
「あるって言うか、メインで使ってるんだ。ミツキは無属性のマナしか使えなくって」
「へー......へぇ!?」
軽く流しかけたが、慌てて思考に急ブレーキをかける。
『無属性のマナしか使えない』とは、即ち属性傾向が0と言う事。
多分、ミツキの宝具“夢幻の現界”が絡んでいるんだろう。
アレは一言で言うと、様々な生物に化けるものだからだ。
「つまり......俺とは真逆ってコトか......」
「『真逆』!? どう言う事!?」
「あっ」
驚いた事で気が緩んで、うっかり口に出してしまった。
キラキラと紅い目を輝かせ、上目遣いで尋ねて来るミツキ。
これは逆らいようが無いな......
「えーと、逆って言うのは......俺は、火属性100%なんだ」
「え? じゃあハルトはエルフさん?」
「や、厳密には違ってて、無属性はあるにはあるけど魔法に使える程の量が無い、って感じかな。だから、ちゃんと人間」
「へー、変わってるね......!」
ミツキがソレを言うか、とは一瞬思ったが......確かに自然属性の有る無しで見れば、俺とミツキには『極端な例』と言う共通点がある。
そう思うと、妙な親近感を覚えた。
「と言うかハルト、どうしてそんな重要な事を言ってくれなかったんだい?」
「いや、誤解されると思ってなるべく口にしてないんだけど......」
「その気持ちも分かるけど......この前の戦いの時、それを言って欲しかったかな」
「うっ......悪い」
ピシャリと叱りつけるシュウ先生。
その理由は――
「そうだよー、自然属性だけって事は治癒魔法が使えないんだから、怪我には注意しないと」
「あー、確かに言われた事あったな......」
「身体強化が使えない、と言う意味でもマイナスだね。熟練者相手に、一対一で向き合うのは避けないと駄目だよ」
「あー、うん」
ぐっ、火属性100%が無属性100%に劣っている気がして来たぞ......
同じだと思っていたのに、何だか悔しい気分。
「逆に聞くけど、無属性100%で困る事ってあったりしないのか?」
「うーん、一度に沢山の相手を出来ない、とか? 身体を大きくすれば、ちょっとは出来るんだけど......」
「良くも悪くも、ハルトとは正反対だね」
「そうか......」
正反対とは言っても、やっぱり無属性100%に分があるように感じてしまう。
簡単に戦闘不能になるようじゃ、シュウのように周りに心配されるだろう。
『戦闘において、自分は第一線で活躍できないのではないか』。
そう思った瞬間、心の中に澱が溜まった。
俺は静かに気を落ち込ませ、三人の間に沈黙が訪れる――
「それにしても......レイド遅いなぁ」
その前に。
ミツキがポツリと呟いた。
「模擬戦が終わったら、こっちに来るって言ってたんだけど......」
「まだこっちに来る用意が出来ていない、と言う事は無いのかな?」
「始める前は荷物検査とかあるけど、終わった後はそこまで......どうしたのかなぁ?」
周囲に目をやり、ソワソワし始めるミツキ。
何だか親とはぐれた迷子みたいだ。
見ているだけで、何とかしてやらねばと言う気分になって来る。
「じゃあ、ちょっと探してみるか。ミツキはここで待っててくれ」
「ホント? ありがとー!」
「ハルト、俺は建物の中を探してみるよ」
「分かった、じゃあ俺は外を見て来る」
手早く分担を済ませ、俺とシュウは各々の場所へと向かう。
「? 何かあったのか?」
視聴室の外に出てすぐ、俺は違和感を覚えた。
人だかりが出来てる訳じゃない。
だが、ある人はポカンと口を開け、ある人は不安の混じった表情で話をしている。
そして、床を指さしている人も。
「何だ......? コレ......」
その先に目をやった直後、俺は絶句した。
床のカーペットに、抉られたようなシワが出来ていたのだ。
まるで、強い力で蹴りつけたような後。
さらにそれは、入口まで点々と続いている。
「もしかして......!?」
何か良くない事があったのかもしれない。
嫌な予感が沸き立ち、俺は慌てて走りだす。
自動ドアの隙間に身体を滑らせ、建物の外へ。
レイドは居ない。
階段を駆け上がり、首を左右に振る。
レイドは――
「何!? お前が......!?」
その時、レイドの驚いた声が背後から聞こえた。
後ろを振り返ると、そこには建物の屋根の上で向かい合う三人の人影が。
あんな所に、どうやって登ったのか。
そう思った直後、俺は建物の屋根へとかかる橋を見つける。
支柱が無く、ただ地面と屋根を繋げた代物。
加えて、俺が建物に入る前は無かった。
恐らくソラかレイドが即席で作ったのだろう。
手摺も無い細い橋を、俺は臆せずに走り抜ける。
少し傾いた陽の影響でシルエットとなっていた三人の姿が、次第に見えて来る。
そこに居たのはレイドと――
「ちょっと待てよ、なんだこの状況......!?」
刺すような険しい表情で、エルゲージを突き出すソラと。
「さっきぶりだな、ハルト君。我々の再会は、思ったより早かったようだ」
ソラの敵意を浴びてなお、余裕の表情で笑みを浮かべるカインだった。
次回更新は11/15(月)を予定しています。
戦闘回じゃないから大丈夫……なハズ。