Part39 ソラ vs レイド
戦闘が始まった瞬間、両者の身体は同時に動いた。
レイドに向かって、真っ直ぐに走り出すソラ。
対して、レイドはその場で姿勢を落とす。
「!」
初手でレイドが仕掛けた事に、鑑賞室が騒めく。
左手を自らが着るジャージの内側に突っ込みながら、右手を地面につけるレイド。
観衆の目線が、彼の手元を写すスクリーンに集まる――
[ドドドドドドド!]
前に、状況は既に変化していた。
レイドの眼前で、地面が突然沸騰し始める。
大地を打ち鳴らすその音は、まるで獲物を狙う獣の唸り声のようだった。
そう、レイドが懐から取り出したのは、土属性の魔法を印字したスクロール。
右手を地面につけたのも、土属性魔法の高等技術――魔法の自由操作を行う為だったのだ。
土竜が地中を這ったような跡を残しながら、大地の湧き立ちはソラの元へと直進する。
その速度は、人が走るよりもずっと早い。
このままではソラがすぐに捕まる事は、誰の目から見ても明らかだった。
――ヤバイ、このままじゃ......!
俺の脳裏に、深手を負ったソラの姿がよぎる。
届くのなら、この手でソラを引き戻したい。
そう思った俺は、届きようのない右手をスクリーンに伸ばす。
だが。
ソラは、俺の意思とは真逆の行動を取った。
右脚を踏み出すと同時に、上半身を左にひねりながら右手を左肩口へ。
そして丸めた右手から伸びる形で、一本のエルゲージが生成される。
長さは50cmほど。バトンのような形状をベースに、先端は鋭利に形成。
左足を踏み込み、地中を進む獣へと。
投擲。
[ズガァン!]
瞬間、轟音と共に大地が爆ぜる。
内包していたエネルギーが一気に拡散し、地中では亀裂が、空中では土煙が噴き出す。
戦地を静寂が、鑑賞室を歓声が包み込んだ。
「こ、これは......」
「驚いたかい、ハルト? これが、ソラちゃんがクラーケンとの闘いで使ったスキルだよ」
驚きの声を漏らす俺を横目で見ながら、シュウはやや上ずった笑いをこぼす。
「ソラは一体何をしたんだ? 俺には、エルゲージを投げたようにしか見えなかったんだが......」
「確かにそうだけど、ソレだけじゃない。あのエルゲージには、魔法陣が仕込んであるんだよ」
「魔法陣を......仕込む?」
スクリーンに映っていた映像を思い返す。
エルゲージの表面は滑らかで、表面に何か刻んであるようには見えなかった。
大体、刻もうとした所で横幅が狭い。
手の平ほどの大きさで魔法陣を描いたとしても、両端がぶつかってしまいそうだ。
「円盤だったら出来るだろうけど......あんな細い棒で可能なのか?」
「表面に刻んだ訳じゃないよ。魔法陣は、あのエルゲージの中に仕込んであるんだ」
「中に?」
「ああ。ハルトは、軸の内側に紙を巻き付けたタイプのボールペンを見た事があるかい?」
「ん? ああ、あるけど......」
小学生の頃、課外授業で訪れた工場で貰った記憶がある。
ボールペンの軸に、目盛りの付いた紙が巻いてあったのだ。
でも、それが何の......?
巻いてある、巻物、スクロール......
......まさか!
「はは、気付いたかい?」
「気付いたって言うか、いや......嘘だろ? いくらなんでも、そんな......」
戦慄と興奮が混じり合い、俺の背中を舐め上げる。
ソラが器用な事は知っていた。
ついさっきレイドが使って見せた魔法の自由操作も、ソラは一ヶ月前にはマスターしていた。
だから、今はあの時以上に器用になっているのも分かる。分かるが、まさか――
「マナでシートを作って、それに魔法陣を描いて、更にそれをエルゲージに巻いたのか!?」
「その通りだよ。驚いたかい?」
「ああ、ビックリだよ。ハハ......」
円盤に書く行為と、エルゲージに書く行為。
この二つは、似ているようで全く違う。
技術的な難易度が高いのは言わずもがな。
ソラはエルゲージ本体を生成しながら魔法陣を仕組んでいた訳だから、さっきの工程三つを同時にこなしていた事になる。
つまり、目で確認せずに巻いた状態の魔法陣を描いていたのだ。
どれだけ大変な事か、俺には理解が届かない。
そして、使い勝手でも差が生まれて来る。
円盤は抵抗の大きい形状だ。
だから浮力が働いたり、外から少しでも力が加われば、狙った位置には届かないだろう。
だが、針状だと抵抗が少ない。
外部からの干渉を受け辛くなるだろうし、速度だって早いだろう。
それに、魔法陣に工夫を凝らす余裕があれば、そのエルゲージを持ちながら戦って、狙ったタイミングで発動、と言う事もできるかもしれない。
考えれば考えるほど、凄いスキルだ。
「おっと、動いたね」
「!」
土煙が晴れぬ間に、ソラが煙の中から飛び退いて出て来る。
追うようにして土煙から姿を現したのは、土塊で出来た大きな手。
その指を切り刻みつつ、迫り来る手から逃れるソラだが――
「なんだありゃあ......!?」
戦地の中央に、大きな影が落ちる。
土煙の中から、巨大な腕が何本も出現したのだ。
「シュウ、あれって......」
「レイド君が、共鳴術で地面を操ってるんだ。凄いな、彼も相当な手練れだよ」
「......」
いつかの常明学園の襲撃事件を彷彿とさせる光景に、俺はゴクリと唾を吞む。
だが、
「ねえ、アレって......!」「やべーな、ソコまでするかよ、鬼生徒会長......!」
にわかに、鑑賞室の生徒達がざわつき始める。
右上――遠くからの俯瞰映像を写すスクリーンを指差す生徒も居る。
「何だ? あの手以外、何もないけど......」
「......」
状況から取り残され、スクリーンを静かに眺める俺とシュウ。
だが、胸の内では嫌な予感がざわついていた。
映るのは、天の恵みを求めるかの如く、空に向かって広げられた巨大な手。
その下では、数本の手とソラの間で小競り合いが繰り広げられている。
激しく絵の動くスクリーンを他所に、静止したスクリーンに注がれる目線。
鑑賞室の喧騒もシンと止み、まるで時が止まったかのうような錯覚を感じた頃。
それは突然やって来た。
「何だ......アレ......」
戦地に、更に大きな影が落ちる。
天に伸びた土塊の手の先に、巨大な岩石が降って来たのだ。
あれはそう、間違いない。
<ペプル・フォール>、土属性・落石系統の上級魔法だ。
「......!」
あまりの光景に、思わず言葉を失う。
その岩は大型の商業施設を押し潰すほどに巨大で、人ひとりを相手にする行為では無かった。
天に伸びた手が、岩盤を掴む。
ただ落下するだけならともかく、手で掴んで落とす以上、攻撃範囲は調整可能。
あの大きさ、避けるのは不可能だろう。
「ハルト......すまない。これはもしかしたら......俺の予想は当たらないかもしれない」
口を大きく開け、ポツリと漏らすシュウ。
「............」
その横で、俺の中では二つの気持ちがせめぎ合っていた。
模擬戦が始まる前、俺はソラに戦って欲しくないと思っていた。
それは今でも変わらない。
でも、窮地に立たされているソラを見ると、『勝ってくれ』と願ってしまう。
これもある意味、当然かもしれない。
負けるとは、無事では済まないと言う事。
だからある意味、俺はソラの無事を祈っている。
ただ。
戦いに勝つには、負けないように経験を積む必要がある。
つまり、戦いに身を投じなくてはいけない。
「俺は......どうしたら良いんだろうな」
スクリーンに映る衝撃的な映像のせいで、思考が中々まとまらない。
でも今は、負けないで欲しい。
メチャクチャな事言ってるなぁ、と心の中でつぶやいた。
悲鳴・歓声、様々な物が混じり合う鑑賞室。
誰も彼もが、ソラの窮地を確信している。
周りの空気に圧し負けそうになりながら、俺は右下の画面に目線を写した。
「ソラ......?」
その時、俺はある事に気付く。
ソラの顔に浮かんでいたのは、諦めとは正反対の引き締まった表情だった。
そして次の瞬間、ソラは両手を地面につける。
「あれは......!?」
ソラの腕から、遠目にも見えるほど超高濃度のマナが流れ出る。
地を流れる藍色の線はソラの数メートル先で凝縮され、瞬く間に藍色の結晶を創り出した。
ソラが手に握っていた物よりも、何倍も大きく青色の濃いエルゲージ。
それが天に向かって、真上に伸びている。
「あの岩石を砕くつもりなのか….…?」
さっきの様子から考えると、あのエルゲージには魔法陣が仕組まれている。
が、あの岩盤の大きさ。正直、<エクスプロージョン>の数発では壊れそうにない。
「出来るのか? あの岩を――」
「ああ、問題無い。この程度で負けるような子では無いだろう」
「えっ?」
独り言に返事が帰って来て、驚いた俺は後ろを振り返る。
そこには図書館で会った金髪の男性、カイン・フランベルクが静かに微笑みながら立っていた。
どうして、こんな所に......?
そう思って顔を硬直させる俺を見て、カインはおいおい、と口を開く。
「私の顔を見ていても意味は無いだろう。今は、スクリーンの写す物だけを見ていたまえ」
「あ、ああ」
促された俺は、再びスクリーンに目を向ける。
そして、その瞬間は数刻と経たずに訪れた。
振り下ろされる岩盤。
地面から打ち出される槍。
二つはソラの頭上10メートル程の所で接触し、その瞬間
[ビキビキビキビキ!]
岩盤の表面を、無数の亀裂が走った。
けたたましく鳴り響くその音は、まるで岩盤が悲鳴を上げているかのよう。
だが表面に亀裂が入っただけでは、岩盤は砕けない。
やっぱり駄目なのか。
そう思って目と耳を塞ぎかけた、その時。
「間に合ったな」
小さく呟いたカインの声が、周囲の雑音を押し退けてハッキリと耳に届いた。
俺が再びスクリーンに目を移した直後、亀裂が岩の裏側まで到達。
振り下ろそうとする空気抵抗に押され、岩盤は形を崩したのだ。
「やった......!」
興奮して声を弾ませる俺を見て、カインはフッと笑う。
「言っただろう。あの程度の攻撃では、あの子には届かないんだ」
次回更新は11/1(月)を予定しています