Part38 ストレンジ・ワールド
「つ、着いた......」
膝に手を付いて、俺は荒い息を吐く。
目の前にどっしりと構えているのは、マンガの針フキダシみたいな形の屋根を付けた、円柱形の白い建物。
ソラとレイドが模擬戦を行うと言う施設だ。
あの後、俺とセロは急いで移動し始めた。
二人とも、最初の目的がソラと会う事だったのもあるが......正直、あの雰囲気でセロにかける言葉が思い付かなかったのだ。
「にしても、本当にここで模擬戦なんてするのか......?」
スタジアムみたいな建物を想像していた俺としては、この形状には引っかかる。
建物の横幅はかなりあるが、天上が低い。
周りから少し掘り込まれているせいもあってか、余計に低く感じる。
窓も無く、解放感は皆無だ。
本当にこんな所で、模擬戦なんてするのか
「ま、取り敢えず中に入ってみるか」
そう言って歩き出すが、俺の足はすぐに止まる。
俺の耳に届いたのは、俺自身の足音一つだけ。
と言う事は――
「セロ? どうしたんだ?」
振り返ると、俺より少し離れた場所でセロが立ち止まっていた。
「私は、その建物の中には沢山の人が居ると予想します。申し訳ありませんが、私は建物の中に入る事は出来ません」
固い表情で話すセロは、随分と警戒している。
素性を隠してここに来ているようだし、余り人に見られたくないのかもしれない。
悪い子には見えないんだけどな。
「ソラと会わなくて良いのか?」
「彼女が建物から出て来た際に話そうと、私は考えています」
「分かった。俺は急いでるから、悪いけど行かせて貰うよ」
「ええ。またどこかで」
そう言って小さくオジギするセロを後ろに、俺は建物の中へと急ぐ。
自動ドアをくぐると、待っていたのは半円状の空間だった。
藍色の壁と天井に、床は紅いカーペット。
何より目立つのは半円の中心にある大きな柱で、部屋の横幅の半分以上を占めている印象だ。
そして柱を囲むように、モニターがいくつも並ぶ受付があった。
予想に反して人の数は少ない。
「ええと、どこに行けば良いんだ......?」
見た感じ、この場所で模擬戦をする訳では無さそうだ。
かと言って観戦用のディスプレイも無さそうだし......取り敢えず、受付に聞いてみるか。
「あの、すみません。ここで模擬戦をするって聞いたんですけど......」
「外部から来られた方ですね。こんにちは。この施設では、仮装空間での疑似体験や模擬戦、それらの鑑賞を行う事が出来ます」
「仮想空間......!?」
興奮で、足先からゾワゾワとした感覚が駆け上がる。
なるほど、そう言う事か。つまり、ソラとレイドは仮想空間で模擬戦をするらしい。
だったらソラが怪我をする危険性も無いし、一安心だな。ただ――
「観戦をするには、どうやったら?」
「この奥にある鑑賞室で観ていただく事が可能です。ただ、オープンの仮想空間に限られますので......失礼ですが、具体的に何をご覧になりたいのでしょう?」
「ええと、九条 ソラとレイドの模擬戦だ」
「でしたら、間もなくA会場での上映が始まりますので、そちらに入っていただければ」
そう言って受付さんが手の平で示した先には、Aと書かれた表札と柱の奥に繋がる扉が見えた。
「じゃあ、観るのにお金とかって......」
「要りません。自由にご覧ください」
「分かった、ありがとうございます!」
受付さんに軽く頭を下げつつ、俺はA会場の扉へと向かう。
扉を開けると、そこは短い廊下があるだけ。
扉と壁一面は防音仕様になっていて、この空間は音を漏らさない為にあるようだ。
実際、向かいの扉に近づくにつれて騒めく音が大きくなる。
そしてもう一度扉を開けた瞬間――
[ワアアアアアア!!!]
割れんばかりの歓声が、俺の全身を包んだ。
俺が居る出入口の上下左右には、映画館よろしく観客席がズラリと並んでいる。
そして人々の目線の先にあるのが、四つの大きなスクリーン。
その中には障害物の無い平地が写っていて、中央ではレイドとソラが距離を取って向かい合っていた。
「良かった、まだギリ始まってないみたいだな」
胸をなで下ろしつつ、俺は周囲を見渡す。
やっぱりこう言うのは椅子に座って観たいけど......右も左も制服だらけ。
当たり前か、高校の設備だもんな。
あの中に混じるのはちょっと抵抗感あるし、俺は一番上の席の後ろで観るか。
時折スクリーンを確認しつつ階段を登っていると、
「ん、あれは......?」
薄暗いなか、一人の人物が俺に向かって手を振っているのが見えた。
あれは......シュウだ。
階段を登りきると、シュウは手を上げながらこちらにやって来る。
「良かった。何とか間に合ったね、ハルト」
「ああ、なんとか。それにしても、レイドがこんな事するなんてな」
「俺も驚いたよ。彼は学長さんの話を適当に流している様子だったけど......この提案を受けた途端、真剣な表情で考え始めたんだ」
「真剣な表情で......ねぇ」
そう言いつつ、俺はスクリーンに映るレイドの顔を見る。
鋭い三白眼に、普段以上に絞られた目元。
いつもは横一文字の口元も、力が入っているのかややへの字に曲がっている。
シュウの言う通り、かなり真剣な様子だ。
と言うか、ただの模擬戦でここまで気合いを入れる必要があるのか、とさえ思えて来る。
「なあシュウ。この模擬戦、どっちが勝つと思う?」
「単純に考えればソラちゃんになるかな。単独でクラーケンを討伐できる人間なんて、そうそう居ないからね」
「まあそうだろうけど......そう言えば、レイドの属性って何なんだ?」
「土だよ。二人とも同じ属性だ」
「ぇあ? そうなのか?」
言われてみれば、レイドは領土って書くもんな。
土属性じゃ無かったら、逆に違和感あるか。
「うーん......」
スクリーンを見ながら、俺は腕を組む。
属性は一緒で、戦う場所も平地。
となれば、勝敗を決めるのは純粋な力量差だろう。
シュウの言う通り、ソラはクラーケンを倒した実績がある。
一か月前、常明学園を襲撃したオウルズ・ヘリテージの三人......Aランカーが束にならないと勝てないような奴らを相手に、一人で凌いでいた経験もある。
俺から見ても、分があるのはソラだ。
............。
「とは言っても、レイドは魔法使いの名家、天龍砕家の息子だ。彼が易々と負けるようには、思えないけどね」
「......」
「ハルト?」
「あ、悪い。聞いて無かった」
そう言って俺が首筋を掻くと、シュウは少し目をすぼめた。
「あまり......嬉しくなさそうだね」
「え?」
「いや、ソラちゃんが勝つ事に対して、さ。ハルトもソラちゃん有利だと考えているだろうけど、それにしては浮かばれない表情だと思ってね」
「まあ......な」
シュウの言う通りだ。
俺はソラが勝つ事を......いや、戦う事をどうしても喜ぶ気になれない。
『妹だから』と言う型にはめた考えもある。
だが、それ以上に俺の心を曇らせるのは、戦った後のソラの表情だ。
常明学園で、生徒達相手に勝った時も。
学園に襲撃して来た三人を撃退した時も。
どの時も、ソラは暗い顔をしていた。
『あなたは彼女から、何も知らされていない。彼女の力も、それが招くであろう事態も』。
『優しくて、とても哀しい方です』。
ふと、道中でセロが言っていた事を思い出す。
ソラには力がある。
でも、その力はソラを......妹を笑顔にしてくれているのか?
俺には、そうは思えない。
ふと、スクリーンに映るソラの顔を見る。
喜怒哀楽の無い、スンと感情を仕舞い込んだ無表情。地球では見た事のない表情だ。
素性を隠し、九条 ソラとして人前に立った時の顔だ。
妹は今、心に仮面を被っている。
[開始5秒前ぇッ!]
録音された、高揚した声が室内に響き渡る。
「4......3......2......1......!」
室内に居る生徒達が、スクリーンに映る数字に合わせてカウントダウンをし、
[ゼロ!]
模擬戦と言う名の、楽しい楽しいイベントが幕を開けるのだった。
戦闘回は描写に気合を入れる為、次回更新は遅れるかもしれません......
月曜日に更新出来るよう、努力します!