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こんな異世界、お兄さんは認めません!  作者: アカポッポ
第一章 いざ異世界へ!
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幕間1 逢魔時之邂逅

 輝く太陽は没し、空を藍色が蝕み始めた頃。

 二人の男女が、森の中に立っていた。

 明かりは青年の<トーチ>しかなく、それが二人の姿をぼんやりと浮かび上がらせるのみだ。


 森の中、男女二人。

 こう述べると逢引のように思えるが、実際の雰囲気は逢引のそれとは大きく異なっていた。

 なぜなら、スーツを着こなした少女の手には短剣が握られており、その切先は手を挙げて背中を見せる青年の首元にあてていたからである。


 この短剣は“ステッキ”と呼ばれる、棒状の杖にマナを纏わせたもので、つまるところ金属製の刃物ではない。

 しかしこの世界においては立派な武器の一つであり、少女が手にしている物も青年の首を刎ね飛ばすには十分の代物であった。


 日没の前に森を賑わしていた鳥達のさえずりは止み、鬱蒼とした森の不気味さが時間の経過と共に増している。

 冷たく、湿気を含んだ風が、少女のズボンの裾から這い上がってきた。

 身体が、震えた。否、寒さを感じたのではない。

 息が詰まるほどの緊張感に押し潰され、心が悲鳴を上げているのだ。


 ――今日は、おかしな事ばかりが起こる。

 風が樹の枝を擦らせる音だけが響く森の中で、少女は回想する。


 些末な事で父親と口論を起こした主人――アリスお嬢様を追って森に入ってから、数十分ほど経った時の事だった。

 スタイルフォンのマップの読み込みが、突然止まったのだ。

 山林の中とは言え、ここには電波塔もある。

 部分的に電波が通じない場所が存在する可能性は考えていたが、森の中一帯で通じなくなるとは考えてもいなかった。


 だが、そんな事今はどうでも良い。

 お嬢様は見つかった。故あって現在は離れ離れになっているが、彼女は帰路の途中にあるはずだ。

 だから、そんな事より――


 「アナタは人間ですか? 人間だと言うなら、証拠を示してください!」


 目の前に居る青年、否、そのように見える”ナニカ”の問題を、早急に排除しなくてはならない。


 この青年はスキルでシャドーウルフを灰に還し、<エクスプロージョン>で標的もろとも周辺の大地を抉り取った。

 オドのレベルにして恐らく350相当、Aランカーが叩き出す威力だ。自分一人で太刀打ちできる存在ではない。

 なのにこの存在は、何も知らないと言い張った。

 加えて、魔物は寸での所で彼を襲わなかった。


 魔物が途中まで手を出していたのは恐らく人間である自分と一緒に居たからだが、問題は触手を引っ込めた事。

 普通に捉えれば、これは亜人族に対する反応。 

 亜人族を街に招き入れるなど言語道断、何をするか分かったものではない。


 この青年に助けられた直後、信号弾で救援を呼ばなかったのはただの勘だった。

 しかし、その判断をして正解だったと今は心の底から思う。

 もし亜人の手先であるのなら、救援が駆け付けた瞬間にその場の全員が惨殺されてもおかしくなかった。


 だが、果たしてこの青年は亜人なのだろうか。

 この青年からは敵意や悪意は感じない。

 自分自身やお嬢様も助けてくれた。脅威であるかは分からない。

 否、人間に受け入れられるよう、亜人族に造られた存在なのかもしれない。

 彼の表の人格は無知で人畜無害でも、何かのきっかけで暴走するかもしれない。


 そのような魔術は聞いた事がないが、ない、なんて断言は出来ない。

 分からない。分からないからこそ、少しでもリスクは排除しなくてはならない。

 この間にも、青年のマナは回復している。

 <トーチ>を発動させ続けている以上、その速度は緩やかになっているだろうが、あれだけ強力な魔法を放ったのだ、元々の回復速度も相当なものだろう。

 一度マナ欠乏症の症状を見せていたし、マナの残量は<エクスプロージョン>を撃てば一度ほぼ底を着くように調節させたつもりだ。


 だが、あれから数分経っている。

 彼の正体が判明する言葉は引き出せていない。

 何かを思い出したようなそぶりも無い。

 一方で、スキルを使う程度のマナは回復しているかもしれない。

 そうなれば、やられるのは自分だ。

 しかし、本当に亜人族ならとっくにやられているのではないか。


 『分からない、かもしれない、可能性がある』。

 マヤの頭の中で不確定な思考が渦巻き、それが正常な思考回路を阻害する。

 ただ『時間がない』と言う事ははっきり分かっており、その事実がより一層混乱を深めていた。

 ――すぐに、結論を下さなければ。


「早くッッッ!」

 早く処理しないと、攻撃される可能性がある。

 ハヤクコタエテ。


「5・・・4・・・3・・・」

 もう十分だろう、リスクは排除すべきだ。

 イヤダ、ソンナコト シタクナイ。

 

「2・・・」

 死にたくないだろう? お嬢様を失いたくないだろう?

 オジョウサマヲ タスケテクレタヒトヲ、ウシナイタクナイ


「1・・・」

 どう考えたって亜人族だ、さっさと殺すべきだ。

 ヒトゴロシ ナンテ、シタクナイ!

 『アジンジャナイ』ッテ、ハヤクイッテ!


「俺は異世界人なんだッ!」

 

 喉から血が吹き出そうな勢いで、青年は叫んだ。

 一切の物音を掻き消す森の中であっても、轟いたと感じさせるには十分の声量。

 ――だが、少女の心には響かなかった。

 

「最期の言葉がそれとは、つまらないですね」


 そんな言葉を使うのは、おとぎ話の主人公か酒の席の戯言だけだ。

 私は十分に待ったんだ、もういいだろう。

 ・・・ソウダ、ワタシハ マッタンダ、ワタシハ ワルクナインダ


「では、ここまでありがとうございました。さようなら」


 ワタシハワルクナイ ワタシハワルクナイ ワタシハワルクナイ ワタシハワルクナイ ワタシハワルクナイ ワタシハワルクナイ――


 青年の首めがけて短剣を振り下ろそうとした、将にその時。

 青年の身体が突然フラリと揺れた。

 <トーチ>が消え、森の中が夕闇に包まれる。

 

「ハルトッ!?」


 少女――マヤは青年の声を呼び、糸が切れた人形のように崩れ落ちる彼の身体を抱きかかえる。

 ハルトは気を失った。これで、すぐに首を刎ね飛ばす緊急性は無い。

 そう思うと、身体から急に力が抜けていくのを感じた。

 それに従い、さっきまで揺れ動いていた思考も平静を取り戻す。


 『異世界人』。彼は確かにそう言った。

 俄かには信じがたいが......無知であることの説明にはなる。

 だがなぜ強いオドを持っている? 異世界にも魔法があるのか?

 

 ふと、彼のポケットの中から何か覗いている事に気が付いた。

 暗い中、目を凝らして良く見ると、それは自分も良く知る端末、スタイルフォンだった。

 どうしてこの端末を持っている? これではまるでこの世界と一緒ではないか。

 亜人族はこんな物を持っていない。しかし、異世界人はこれを持っているのか?


「やれやれ、ペナルティで倒れよったか。ま、予想はしておったがの」


 マヤが思考を巡らせていた時、不意に後ろから人の声がした。

 反射的に首を後ろに回すと、そこには声を発した()()の姿が。


「また会ったのう、マヤ。10年ぶりか?」


 まるで陽気さを示したような純白のワンピースに、間抜けそうに跳ねた頭頂部の髪の毛。

 サラサラとした金色の髪を腰まで伸ばしたモノはマヤを琥珀色の瞳で見詰め、屈託のない笑顔を向けている。

 その柔らかな表情・肌の質感は、人間の女性のようにしか見えない。


 ――だがマヤには、目の前に立つモノがどうしても人間には思えなかった。


 自分でも異常だと感じる。

 街行く人にこの女性の写真を見せたなら、全員が『若い女性だ』と答える確信がある。

 それでも、目の前の女性が()()()()()()にしか思えない。

 精巧に出来た石製のオートマトンだとか、未発見の亜人種の類だとか、そうとも思えない。

 ましてや、目の前の女性が石ころのような下等な存在なのだと、そう言うつもりは微塵も無い。


 ただの石ころなのだ。道端にあったり、河原で水切りに使われたりする、あの。


 そしてこの現象を、マヤは以前経験していた。

 石でなくとも、目の前の()()と自分自身の()()が一致しない、この現象を。

 その現象の名を、その正体の名を、マヤは静かに口にする。


「――レイヴン......」


 後ろから吹き付ける冷たい風が、レイヴンの髪をフワフワと揺らしていた。


「成る程、そういう事ですか。アナタが連れてきたのですね」


 レイヴンの登場により、マヤの中にあった『ハルトは亜人族では』という疑問()氷解する。


 今から10年前、<トランスファー>の魔法に失敗して居場所を無くしていたマヤの前にフラリと現れたのが、レイヴンだった。

 そして奴は何の気まぐれか、この耳と尾が見えなくなる宝具をマヤに与えた。

 このような効果を持った宝具は、過去に一度も発見されていない。

 否、考えられた事すら無かったのだ。

 そんな代物を、奴は平然と所有している。


 存在と認識を捻じ曲げる超常の存在。

 デタラメなまでの力を以てして、全てのデタラメは可能となる。

 故に、異世界人等と言うデタラメもあり得る話。そう考えざるを得なくなる。

 

 だが、それでも。

 例えハルトが異世界人だと分かったとしても、別の疑問が心の中で膨れ上がる。

 氷に閉じ込められていたそれは極彩色で、マヤの心に甘ったるく、しつこく、へばりついてくる。

 彼が亜人族の手先で無いにしても、なぜヤツはこちらに連れてきたのか。

 何が目的だ、何を企んでいる。

 そして、異世界だと言うのなら何故こうも共通点が多いのか。


「また、何かオモシロイコトでも思い付いたんですか」


 そうであれば、人類にも予想できるただの一興。

 そうでなければ、人類には想像の付かない変化の始まり。

 レイヴンはムーと少し唸ってから口を開く。

 その間が、マヤにはこれまでのどの瞬間よりも長く感じた。


「やー、ワシにも分からんのじゃよ。連れてきたのは別の奴だしのー。まー、アヤツが連れてきたんじゃ、何か深い理由があるんじゃろーて」

 

 気の抜けた声色で、レイヴンはヘラヘラと笑う。

 その態度を目にして不安感を煽られるのは、きっとマヤだけではないだろう。


「なら、彼の言う異世界とは何ですか? どうしてここまで似たものが――」

「のう、マヤや? 世の中には知らない方が良い事もあるんじゃぞ?」


 表情はにこやかなままだったが、その声には先ほどまでとは違い威圧感がある。

 本能的な危機感を抱かせる圧力に、マヤは押し黙るしかなかった。


「しかしどうやって連れていくかのぉ? マヤも疲れているようじゃし......」

 

 口をへの字に曲げつつ、レイヴンはハルトに目を向ける。

 その瞬間、マヤの腕の中にあったハルトがモゾモゾと蠢き――


「ワシ自ら、藤宮家まで行くとするかの」

「――ッ!!??」


 サラサラとした金色の髪を腰まで伸ばした、女性の姿に変貌した。

 ()()()はムクリと起き上がり、ダボダボの靴を履いた足で()()()の元へ近寄る。

 ズリ、ズリという音が、マヤの意識を強く掻き乱した。


「準備は出来たかの、ワシ?」

「うむ、()()もバッチリじゃ」

「ではの~。<レビテーション>、<インビジブル>」


 魔法名だけ唱えると二人のレイヴンは宙を浮き、すぐに姿を消してしまった。


「・・・・・・」


 暗い森の中にマヤだけが取り残される。

 さっきよりも強い風が、マヤの身体を揺すった。

 寒い。気が付けば、全身から汗が噴き出ている。

 目が、喉が、乾ききっている。

 瞬きをしようとする瞼は重く、軋むような違和感と痛みを感じた。

 ホルスターからボトルを取り出して水を喉に流し込むと、やはり水がチクチクと喉を刺激する。

 それらを堪え切って、マヤは息を吐いた。


 もう夜だ、早く帰らなくては。

 懐中電灯を懐から取り出し、前を照らす。

 そして、小さな足音を立てながらマヤは森の中を歩んでいった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マヤちゃん視点だとこうなるんだ♪♪ 葛藤の描写が面白いなぁ(*´ω`*)♪♪ ‥‥とわくわく読んでたら、ハルトくんが摩訶不思議現象に巻き込まれました?! いったいどういうこと??(゜ロ゜…
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