Part37 サマヨウモノ
「すっくな!? コレだけかよ!?」
「ハルト、声が大きいですよ」
「わ、悪い......」
図書館の地下から帰還した後のこと。
俺と真耶は休憩を取ってから、図書館の検索システムで本を探していた。
が、検索結果で表示されたのはたったの三件。あまりの少なさに、俺は大声を出してしまったと言う訳である。
「こんなに広いのに三冊だけとか......蔵書内容、偏りすぎじゃないか?」
「仕方ありませんよ。ニューターの事となれば、必然的に情報量は減るでしょう」
「ふーん......?」
真耶の言ってる事を、信用してない訳じゃない。
実際、スタホで『ニューター』と検索しても、嘘かホントか分からないような情報ばかり。
肉を食べると不老不死になれるだの、人を誘惑して魂を吸い取るだの、実は亜人じゃなくて異人だの。
画像を検索すると、時折目撃される事があるらしく、写真が数点引っかかった。
エルフのように尖った耳に、紺色の頭髪。
ただ、目つきがやや糸目で身体の線が細いエルフとは違って、ニューターの見た目は人間に近かった。
にしてもこの感じ......どっかで見た気がするんだよなぁ......
「数が少ないとは言え、本があるのは確かです。見つけて調べますよ、ハルト」
「ん? ああ」
ぼんやりとニューターの写真を眺める俺に先立って、真耶が本のある場所へと歩き出す。
が、俺が足を踏み出した時。
真耶の足が、急にピタリと止まった。
「? どうした?」
問いかける俺に対して、真耶は小さく息を吐く。
「いえ......今、思ったのですが。別に、三冊程度なら二人で探す必要も無いと、そう思いまして」
「え? でもさっき『調べますよ、ハルト』って――」
「二人で探そうとは言っていません。それに、ずっと貴方が一緒なのもストレスですし」
「んなっ......!?」
ここまで露骨に遠ざけられたら、ハルトさんショックなんですが。
いや確かに、『ずっと一緒』って改めて声に出されると、その、俺も少し居づらいけどさ。
でも、今は調べ事を優先すべきだろうし、真耶もそう言う感じだったと思うんだが......?
「なあ、どうし――」
[ヴー、ヴー、ヴー]
何かおかしいと思い、真耶に話しかけようとしたその直後、俺のスタホが鳴り始める。
チラリと画面を見ると、発信元はシュウだった。
「電話ですか」
「あ、ああ。でも――」
「図書館の外に出て、出るべきです」
「いやでも......真耶、さっきから様子が――」
「私は大丈夫ですよ、ハルト」
そう言って、こちらを振り返る真耶。
普段通りの冷静な表情だった。
「それとも、図書館の中で何か悪い事が起こる、とでも?」
「いや、それは無いだろうけど――」
「なら電話に出るべきです。急ぎの用事かもしれませんし」
「......」
俺は真耶の顔を少し見つめる。
いつもの表情。声色もいつも通りだし、おかしな所はどこにも無い。
言っている事も、確かにその通りだ。
「......分かった。何かあったら、連絡しろよ」
「言われずとも」
「じゃあ、俺は出るから」
そう言ってから、俺は出口に向かう。
自動ドアが開いた直後、ポケットからスタホを取り出した。
「ゴメン、――」
「良かった、繋がった。出るのが遅いから、どうしたのかと心配したよ」
俺が言い終わる前にも、シュウは食い気味に話し始める。
やや早口になっている事からも、焦っているとすぐに分かった。
「図書館に居たせいで、出るのが遅れてさ。と言うか、何かあったのか? 誰かが怪我をしたとか――」
「いや、そう言う訳じゃない。無いんだけど......」
そう言ってから、言葉を詰まらせるシュウ。
シュウがこんな姿を見せるのは珍しいな。
でも、怪我人が出た訳でも無いみたいだし......どういう事だ?
少しの間うなるシュウは、どう話せば良いか頭の中でまとめているようだった。
そして話す内容がまとまったのか、再び開いたシュウの口から、驚くべき言葉が飛び出した。
「ソラちゃんとレイド君で、模擬戦闘をする事が決まったんだ」
◇◇◇◇◇
「ハァ、ハァ、ハァ......クソ、相変わらず道が分かり辛いな......!」
高校の広い敷地の中、俺は四方を見渡しながら息を切らしていた。
息を切らしているのは走っていた為。そして走っていたのは、模擬戦闘が行われる場所に向かう為だ。
ソラとレイドの模擬戦闘。
俺にとっては寝耳に水の話だが、きっかけはクラーケン討伐の報告らしい。
実は、ミツキが救援で駆けつけた時点で、ソラはクラーケンをほとんど倒していたと言うのだ。
すなわち、ソラの実力はSランカーに匹敵する可能性があると言う事。
その事に大層喜んだ学長は......あろうことか、ソラとレイドの模擬戦闘を提案したのだ。
その時点でビックリなのだが、俺がもっと驚いたのはレイドの反応。
レイドは学長とソリが合わないみたいだし、よく分からない提案は突っぱねそうである。
が、この時のレイドは学長の話を承諾したのだ。
「ホント次から次へと......息を付かせてくれない場所だよなぁ......」
俺が来たのは高校じゃなくて魔境か何かか?
実際、魔境っぽい経験しまくってるし。
じゃあ道に迷ってるのも魔境だからって事でおk? ......な訳ないか。
「だぁー、マジで辛いわぁ! ソラと会う事がこんなに難しいとか、お兄ちゃん辛いわぁ!」
つい頭を抱えて天を仰ぐ俺だが
[クイクイ]
と。不意に、服の裾が引っ張られた。
「ん?」
気になって後ろを振り返ると、そこにはやや背の低い女の子が。
制服を来ていないから、ここの生徒じゃ無いのは間違いない。
年齢は......ソラと同じか、少し下だろうか。
『だろうか』と言うのは、顔つきが一般的な日本人......もとい月生人とは違っていたからだ。
ツンと尖った顎先に、高く筋の通った鼻。
髪は黒色だが、その色合いはわざとらしいまでに黒く、どこか不自然だ。
これは――
――。
――――。
生粋の......月生人、だな。
「すみません」
と、小さな声で少女が話しかけて来た。
「えと、俺に何か用......かな?」
「はい。私はこの写真の人を探しています。あなたはこの人がどこに居るか、知っていますか?」
そう言って、少女は写真を取り出す。
写っていたのは紛れも無くソラだった。
ムム、これは......ソラに、厄介な虫が付こうとしている予感。
兄として、ちょっと探っておくか。
「キミ、その子と知り合いなのか?」
「はい。以前街中で、彼女は私にハンカチを貸してくれました。私はその時に借りたハンカチを返そうと、彼女を探しています」
「んー......ん?」
少女の話を聞く中で、俺は違和感を抱く。
一番先に浮かびそうなのは、街中で会った程度でソラの写真を持っているのは変じゃないか、という点だが......ここは意外とクリアしやすい。
と言うのも、ソラはこの近辺ではすっかり有名になっており、常明高校と画像検索するだけでソラの写真はポンポン出て来るのだ。
兄としては無視できない事だが......今は一旦脇に置くとして。
街中で会った際、ソラの服装が学生服なら、そこからたどり着いた可能性がある。
だから、この点ではクロとは言い切れない。
もう一つ気になったのは、この少女の話し方だ。
まるで英語の教科書に出て来た英文を、そのまま丁寧に和訳したかのような言い回し。
発音もどこかカタコトで、話し慣れていない印象を受ける。
見た目も普通の月生人とは少し違うし、ちょっと引っかかる。
でも、そんな事はどうでも良い。
さっきの話の中でクロと断定できる内容、それは――
「ちょっと待て。その子が女の子だって、何で知ってるんだ?」
そう。見ず知らずの少女に、ソラが性別を明かす訳が無い。
仮に明かしたとしても、普通の関係じゃないのは明確だ。
「それは......」
一瞬、言葉を詰まらせる少女。
ボロを突いた質問......と、俺は思っていた。
が、その少女の表情は崩れない。
それどころか、彼女は呆気に取られたような顔をして、目をパチパチさせている。
「どういう事ですか? この人は、女の子では無いのですか?」
「......は? え?」
少女の質問に、今度は俺が困惑する。
どういう事だ? まるで、ソラが女の子だと思う事が当然みたいな......
嘘を付いてるようには…..見えない。まさか、宝具の力が通用してない、とか?
「......話の方向性を転換させましょう。あなたは、なぜ彼女が――ソラさんが女の子だと知っていたのですか? あなたは、彼女とどういう関係ですか?」
俺の様子を見て、埒が明かないと判断したのか、少女は新たな質問を投げかけて来る。
まずいな、いつの間にか話の主導権を握られてるぞ。とにかく話を繋いで、奪うチャンスを伺わないと......
「俺は、ソラと旧い仲の友人だ」
「友......人」
少しの間、少女は表情を曇らせ視線を逸らす。
が、何か思い至る所があったのだろうか。
小さくため息を付いてから、俺に向き直る。
「あなたの顔を、私はどこかで見たと思っていましたが......もしかして、あなたが北条 ハルトですか?」
「え? あ、ああ」
「これは幸運ですね。私は、あなたからも一度話を聞きたいと思っていました」
「お、俺から?」
これまた予想外の質問に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
この子、一体何が目的なんだ......?
ソラはともかく、俺にまで興味を持つなんて。
何か変わった点がある訳でも......いやもしかして、俺とソラが地球人だと知ってるのか?
だったら尚更、本当の事は言えないな。
何か適当な事を言って乗り切らないと......
「あなたは今、私を警戒していますね?」
が、俺の心を見透かしたのか、少女がまた別の方向から話を切り出す。
「い、いや。別に警戒してる訳じゃ――」
「確かに、あなたが私を警戒するのも無理はありません。私は当初、あなたにソラさんを見たかどうかを尋ねるだけのつもりでした。ですが、こうして詳しく話を伺うとなった以上、自己紹介をするべきだったと私は反省します」
「お、おう......」
無駄に丁寧な言い回しに戸惑う俺だが、少女はそれに構わずペコリと頭を下げる。
悪気は無い......んだろうか......?
「アイ ウン セロ」
「え? 何て?」
「アイ、ウン、セロ」
突如発せられた謎の言語に、思わず聞き返す。
が、それに対する少女の返事はオウム返しだ。
余計に困惑する俺だが、少女はその様子を見て何かを悟ったのか、小さく息を吐く。
「今私は、『私はセロです』と言いました。ですがその様子から判断すると、私があなたを警戒する必要は無さそうです」
「う、うん......?」
なんだろう、ちょっとバカにされた気分。
ええとつまり、この子の名前は『せろ』って言うのか......?
「なんか珍しい響きの苗字だな......漢字だとどう書くんだ?」
「これは苗字ではありません、ファーストネームです。それと、『カンジ』とは何ですか?」
「あー、いや。気にしないでくれ」
そっか、こっちの世界だと漢字って言わないのか。また今度、空いた時間に調べておくか......
「でも『せろ』って......まるで、外国人みたいだな」
「『みたい』ではありません。私は、この国の外......はるか遠い場所から来た人間です」
「え? でも――」
「あなたが言いたい事を、私は理解できます。ですが、それは誤りです。あなたの認識は私の魔術によって歪められており、月生人としか思えなくなっています」
「お、おう......」
つまり、『セロ』と言う名前の外国人らしい。
信じにくい話だけど......正直、レイヴンに会った後だと有り得なくも無い気がして来る。
「と言うか、良いのか? そんな事話して」
「あなたに警戒されていては、私が聞きたい事も聞けないと思った。それだけの事です」
「な、なるほど」
「つけ加えて言うと、この髪も黒に染めているだけです」
隠している事を、サラリと明かすセロ。
他の人には言わないでください、と釘を刺して来たので、俺は軽く頷く。
「ソラさんの性別が分かったのも、私の力のせいでしょう。それがあなたに警戒心を抱かせてしまいました。申し訳ありません」
そう言って、セロは再度頭を下げる。
この低い姿勢、騙すつもりは......無いのかもしれない。レイヴンと違って、話は出来そうだ。
「じゃあストレートに聞くけどさ、なんでソラに会いたがってるんだ?」
「私は私自身の知り合いから、ソラさんは大きな力を持っていると聞きました。私も、この身に余る力を持つ者。力を手にした彼女がどう思っているか、私は聞いてみたいのです」
そう話すセロの顔に、一瞬陰が差す。
まるで何かに苦しんでいるような表情は、とても嘘には思えなかった。
「ただ、こうしてあなたと話した事で、私は彼女の考えを少し感じ取る事が出来ました」
「えっと、それって......?」
「あなたは彼女から、何も知らされていない。彼女の力も、それが招くであろう事態も。ですが、それがソラさんの意思なのでしょう。大切な人だからこそ巻き込みたくない......優しくて、とても哀しい方です」
「な......」
以前、藤宮邸に来た時にソラは言っていた。
俺の為にも、探る事はしないで欲しいと。
それは、“605 常明学園襲撃事件”のような事から俺を遠ざける為だと思っていた。
でも、今のセロの言い方は......まるで、それ以上の事が隠されているように感じられて。
「なあ、君は何を――」
俺は気になって、ソラの事をセロから聞き出そうとする。
だが、
「『大切な人を危険から遠ざける』......そうすれば、私もあなた達を失わずに済んだのでしょうか。イェネ、ヤジジェグ......」
俯き、今にも泣き出しそうな顔のセロを見ると、とても聞く気にはなれなかった。
そして俺は、同時に気付いた。
セロの話し方に生気が感じられない、そこにもう一つの理由があった事に。
彼女は哀しみに暮れ、今なお答えを求めて彷徨っているのだ。
次回更新は10/18(月)を予定しています
※『異人』と『亜人』の違いですが
異人:元々人間だったが、魔術的な原因で異形と化してしまった者
亜人:人に似た見た目をしているが、人とは全く異なる者
と言う設定です。